102(凛々花) 平行線
桜田駅前のロータリーは、暮れる夕日できらきらと赤く輝いていた。発車してはすぐに次がやってくるバスやタクシーが、目の前でくるくると入れ替わる。同じように駅に出入りする人々もくるくると入れ替わる。あたしは入学式の日に栄たちとニアミスした例のコンビニの前に立ち、雑踏の中にママの姿を探していた。
桜田駅の一つ前で瀬戸に起こされ、携帯をチェックすると、電車に乗る前に帰宅時間を連絡しておいたママから返事が来ていた。予定より早いわね、どうしたの、返事しなさい、寝たの、まあいいわ、家じゃなくて桜田駅で降りて西口のコンビニに来ること、着いたら連絡――と一通り読んで、今起きた、もうすぐ着く、と返し、メッセージの通りに桜田駅で降りた。
瀬戸と早鈴先輩とは桜田駅の構内で、西垣とは改札の外で別れ、あたしはコンビニにやってきた。ママから、少し待ってて、今から行く、と返ってきたのを確認し、あたしは携帯をポケットにしまった。それがつい数分前。ママはまだ来ない。
「……ってか、なんであんた付いてきたのよ、今川颯」
あたしはさっきから駅のほうを伺うたびに視界に入ってくる邪魔な影――右隣に立つ今川に、焦点を合わせる。今川は駅のほうを見たまま――あたしからそっぽを向いたまま――不機嫌に答える。
「それはこっちの台詞だ。なんでお前がここにいる」
「あたしはママと待ち合わせしてるの。あんたは関係ないわ」
「奇遇だな。わたしもここで人を待ってる。別にお前は関係ない」
ぴしゃりとそう言って、今川は話を打ち切った。嫌なヤツ。本当に嫌なヤツ。ムカムカしてきて、思わず手が出そうになるが、なんとか文句を言うに止める。
「……ねえ」
「なんだよ」
「なんで、最後、あたしのボールを横取りしたのよ」
「あれはわたしのボールだった。お前が邪魔してきたんだろ」
こいつ……っ、とあたしは眉根にびっしり皺を寄せ、いくら話し掛けても振り返る素振りすら見せないその後頭部を、目からビームを出しているつもりで睨みつける。
しかし、いくら眼力を込めて睨んでも、あたしの目からは実際にビームが出るわけではないので、今川はあたしの視線など気にも留めない。そもそも、完全に顔を背けている時点で、こいつはあたしの視線を受け止める気なんて一切ないのだ。
まさに、平行線。
あたしとこいつを表すのに、これほどぴったりな言葉はないと思う。
どれだけ先へ進んだって、決して交わることはない、真っ直ぐに伸びる平行線。
それは、でも、別の言い方をするならば――。
「………………これは独り言だけど」
あたしは唇を突き出し、隣に立つ今川にぎりぎり聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、呟く。
「強かったわ、県四強」
あたしの独り言に、今川はぴくりとも反応しない。でも、それは反応をしない反応だと、なぜか理解できた。あたしはさらに独り言を紡ぐ。
「昼休みに栄の内緒話を立ち聞きしちゃたとき……沢木彰が言ってたじゃない。明正学園じゃ、栄は埋もれて終わりだって」
声が震えないように、でも無感情にならないように、あたしは言う。
「あの時は、あの鉄仮面なに言ってんだ、ふざけんな、ってむかついたけど……でも、結局、あいつの言ってたことは正しかったわ。あたしたちは県四強に手も足も出なかった。たったの1点も取れなかった。けど……それじゃダメなのよ。あのチームに勝てるくらいじゃないと、県より上の舞台には立てない。沢木彰の言った通りで終わっちゃう……」
正直なことに言えば、さすがのあたしも、聖レオンハルト女学院のレギュラーを相手に勝てる、とは思っていなかった。
それでも、頑張って喰らいつけば噛み跡くらいは残せるはずだ、とは思っていた。少なくとも、まるで歯が立たないなんてことはない、と思っていた。
今日の、獨和大附属楢木高校での、合同練習試合。
参加校は、うちの県の四強と、隣の県の第一代表、隣の隣の県の第一代表。
あの場にいたのは、正真正銘、全国大会で活躍する選手だ。しかし、そんな人たちの中に混じってもなお、あたしは大半の選手より体格に恵まれていた。同じ一年生ってくくりなら、あたしより高かったのは沢木彰一人だけ。全体を見回しても、一、二年分の成長を加味すれば、あたしの身体能力は各校のエースと呼ばれる存在に決して見劣りしないと思えた。だから、どうにかなるはずだ――と。
だが、結果はどうだろう。
あたしの力は、聖レにまったく通用しなかった。
否、力が通用しない程度なら、まだ良かった。
中三の夏の古手川南、入部試験の在原先輩たちや、小田原先輩――真剣勝負で力及ばずに敗北した経験は、それなりにたくさんある。どんな世界にも上には上がいて、あたしだって別に完璧超人じゃないんだから、思うように勝てないときはある。だから、初っ端、県内最高にシャットアウトされた時点では、あたしはまだまだ戦えると思っていた。
でも、そうではなかった。
あたしとあの人たちとでは、立場がまるで違っていた。
戦うとか戦わないとか、通じるとか通じないとか以前に、あの聖レとの一戦、あたしは勝負の舞台に上ることさえできていなかったんだ。
あたしはあの試合、全力で、真剣に戦っているつもりだった。
けれど、それは、喩えるなら、水面に映る月に牙を立てる獣。
勝ちたいだの、喰らいつくだの、そんなことを吼えたところで、どこにも何にも、届きはしない。
しかも、その事実を呑み込んだのだって、医務室に運ばれて、先生に諭されて、そこでようやくだった。
そりゃ沢木彰だって言いたい放題言うわよ。
明正学園とじゃ上に行けない――三年間、埋もれて終わり。
沢木の立場からすれば、当然の台詞。
なにより、あの時、栄は沢木に言われたことを否定しなかった。
それこそ、あたしたちにとって、最大の致命傷。
最終的に栄はあたしたちの側に残ることを選んでくれたわけだけれど、それはあくまで『獨楢に戻ってこい』に対する返事であって、『三年間埋もれて終わり』に対する返事は濁したきり、今もそのままだ。
栄は気遣いのできるいいヤツだから、あたしたちの前じゃそんなことおくびにも出さないけど、きっと心のどこかで思っているんだ。
物足りないと、見劣りすると、沢木彰や森脇世奈だったらばと。そして、それはいつか栄の中で、こういう気持ちになるんだ。
『ここは自分の居場所じゃない』
それは――そんなのは、決してあってはならないことなんだ。
だから、そうならないために、あたしたちにできることは、ただ一つ。
「……もっと強くなりたい……」
ううん、なりたい、では足りない。
「もっと強くなるの……強くならなくちゃいけないの」
だって、強くなければ、信頼も約束も矜持も居場所も、何一つ守れない。
「あたしたちと一緒にいることを選んでくれた栄を、あたしは後悔させたくない。あたしたちに目をかけてくれた先輩たちを、あたしは失望させたくない。あたしたちを信頼してくれた瀬戸や西垣を、あたしは悲嘆させたくない」
もはや独り言というには無理があるのは、自分でもよくわかっていた。でも、別にいいのだ。最初から独り言じゃなかったし。
「そのためなら――強くなるためなら、あたしはなんだってしてやるわ」
独白ではない、これは、告白。
「……ごめんなさい……」
あたしは右手を伸ばし、今川颯の制服の裾を、つい、と引っ張った。
「最後のボール……あたしはどうしても決めたかった。あんたが同じことを考えて同じことをするのもわかってた。間違いなくぶつかると思った。でも、それで躊躇して止まってしまったら――あんたも同じように止まってしまったら――せっかくの得点のチャンスを不意にしてしまう。だから……あたしはあんたを『いないもの』にした。あんたの存在を無いものとして突っ込んだの。その結果が、あのザマってわけ」
あたしはあたしから顔を逸らしたまま微動だにしない今川颯の裾をぐいぐいと引っ張り、さらに空いている左手であいつの左手を掴んだ。
「あたしは明正学園のエース……あんたが何をほざこうとそこを譲る気はないし、いずれ必ず認めさせてやる。でも、それはそれとして――あたしとあんたのどっちがエースに相応しいかは置くとして――あたしとあんたが……その、一応、なんというか、仲……同じチームのメンバーだってのは、もうどうしようもないことだから――」
ぎゅ、と、今川の手を掴んだ左手に、力を込める。
「だから……お互い、『いないもの』にするのはこれっきりにしましょう。だって、無視したってどうしたってそこに『いる』んだから。コート内の六人のうちの二人なんだから。で、ボールを取り合うときには、ちゃんと声を掛け合うの。今回のは特に……怪我をするかもだったし、それで周りのみんなにまですっごい心配かけちゃったし……そういうのは、やっぱり間違ってるって思うから」
あの時、あたしは今川颯を、今川颯はあたしを、『いないもの』として、真っ直ぐボールに突っ込んだ。
その結果、決して交わるはずのないあたしたちは、衝突した。
あたしたち自身の頑張りも、みんなのファインプレーも、何もかも台無しにして。
そうしてやっと気付いたのだ。
あたしたちは、まさしく、ただしく、平行線。
あたしたちは、いつだって一番を――同じところを目指して全力で走っている。
だから、直線と直線では、重なり合って、邪魔し合って、うまくいかない。
あたしたちは、やっぱり、平行線でないとダメなんだ。
どれだけ先へ進んだって、決して交わることはない、真っ直ぐに伸びる平行線。
それは別の言い方をすれば――。
「言っとくけど……あたしはあんたと仲良くなりたいわけじゃなくて」
同じ方向を目指していて、
「別にあんたと馴れ合うつもりもないの」
どんなときも傍に寄り添う、
「そこはほら、星賀先輩が言ってた呉越同舟で全然いいんだけど……」
付かず離れずの、平行線。
「こ、これからは……っ! なんというか、もっとこう――そうっ、線引き! 線引きををしましょう! 今日みたいなことがないように最低限の約束事を決めるの! あ、あんたと話し合いとか不本意だけど! 不本意だけど!! 本当に不本意なんだからね!!?」
びっくりマークを打つたびに、ぐいっ、ぐいっ、とあたしは今川颯の制服の裾と左手を引っ張る。なのに今川颯が頑として動かないもんだから、逆にあたしが今川颯に引っ張られて、気付くとあいつのさらさらした黒髪が目の前にあった。
「ちょっと今川颯!! いい加減なんか反応しなさいよ!! これあんたに言ってんだからね!?」
あたしは今川の耳元にわんわん叫ぶ。すると、石像と化していた今川はくすぐられたみたいにぶるっと肩を震わせて、僅かに俯いた。
「……お前が独り言だって言ったんだろ……」
その声はひどく聞き取りにくくて、それでいて聞き捨てならない気がして、聞き返そうとしてあたしは口を開き、その瞬間、ずうーーーっとあっちを向いていた今川颯が急に振り返った。
「「っ…………!?」」
顔が近い顔がっ!! でもあたしから引くのはなんか負けた気がするから引かない。今川のほうもまったく同じことを考えたらしく一歩も引かない。そうしてあたしたちは、ヘッドバットをするのにちょうどいい距離で睨み合う。
やがて、今川はあたしの目を射抜くように見つめて、言った。
「……わたしこそ、悪かったな」
「――――っ!!?」
本日ぶっちぎり最大の驚愕があたしを襲う。びっくりし過ぎて心臓が止まるかと思った。今川颯は、しかし、そんなあたしに気付いてないのか気付いてて無視してるのか、静かに言葉を紡ぐ。
「今回は……わたしの考えが甘かった。何もかも。そのせいでみんなに迷惑を掛けて……あと、お前も、危ない目に遭わせて……本当に、済まないと思ってる。――だから、その…………ごめんな」
ぱくぱくと、あたしがバカみたいに口を開閉させていると、言うことは言ったとばかりに今川はまたぷいっとそっぽを向いた。でも、慣れないことをしたせいで焦っているのか、裾と手を掴むあたしの手を振り切ることまではしない。
「………………」
「………………」
沈黙、というより、放心。そこから先に立ち直ったのは、悔しいことに今川のほうだった。
「……今日は、あれだな。本当に強かったな。どいつもこいつも」
しみじみと感想を呟く今川。強かった、なんて言いつつも、あくまでふてぶてしいその言い方に、あたしもいつもの調子を取り戻す。
「ええ……そうね。強かったわ。もう笑っちゃうくらい」
ふっ、と苦笑が漏れ出る。苦々しくても笑えるくらいには、あたしも回復したらしい。
「だが、どれくらい強くなればいいのか、この目で確かめることができた」
「目指すものがはっきりした以上、あとは突き進むだけよね」
「そのためには、まず基礎からだな。土台がなければ立場もなにもない」
「小田原先輩に言われた通りってわけね。一から鍛え直し――上等じゃない」
ぴっ、とあたしは今川颯の制服から手を離して、ぐっ、拳を握る。そこで、今川颯が振り返った。今度は顔だけじゃなくて、身体ごと。それに伴って、まだ繋いだままの左手と左手が捩れ、まるで腕相撲するみたいな形に落ち着く。
「お前にだけは負けない。明正学園の最強はわたしだ」
西日のせいだろうか、今川颯の顔が赤い。あたしの顔もなんか熱い。
「誰がなんと言おうと、明正学園の最強はあたし以外にありえないわ」
ふんっ、とあたしたちは同時に口の端を上げる。直後、いきなり今川がぎゅううっとあたしの手を握り締めてきた。たぶんさっきぐいぐい引っ張った仕返しだろう。でも関係ない。こいつから売られた喧嘩は言い値で買う。あたしは負けじとぐぐぐと左手に力を込め、ついでに空いている右手をヤツの脇腹に伸ばしてくすぐり攻撃を試みる。すぐさまあっちからも反撃が来た。
「「ふぎゃっ!?」」
って忘れてたわ! 電車で寝たから多少マシになってたけど、今は身体のあちこちが大変なことになってたんだった――!?
「ひょ、いっ、今川、やめなさいよっ!?」
「先に手を出してきたのはお前だろ……ぐっ!!」
「ひゃあっ!? ちょっとどこ触ってんのよバカ!!」
「とか言いつつやり返してくるなバカ!! ふゅ、ぬぅ……!?」
「そろそろ諦めなさいよ!!」
「そっちこそ往生しろ!!」
瀬戸あたりなら「くだらない」と一蹴するようなやり取りだがこっちは本気である。ちょっかいは徐々にエスカレートし、声も抑えられなくなる。と、ついに第三者から注意を受けた。
「仲良いのはわかるけど、そういうのは人目のないところでやりなさいよ、あんたたち」
聞き覚えのあり過ぎる声に驚いて振り返る。そこにいたのは――、
「ママ!?」
「とパパ!?」
あたしのママと今川颯の父親の立志さんが並んで立っていた。えっちょ待っいやいやいや!? なにしてるのママ!? ってか駅から出て来るものだとばかり思ってたのになんで繁華街のほうから!? うわっその高そうなデパートの紙袋なによ!? あとその春物コートあたしも見たことないやつだけど!? ぬああっ……いきなり過ぎて言いたいことがまとまらない!! けど、これだけは言っておくわ!!
「「あたしたち(わたしたち)別に仲良くないから(ありませんから)!!」」
「はいはい、わかったわかった」
その呆れ顔のリアクションやめてよママ!! っていうか本当に何がどうなってるの!?
「なにって別に、ちょっとお食事したり、お買い物したりよ。立志さん、私の知らないお店をたくさん知ってるし、センスもいいからママ楽しかったわ。あっ、あんたの分のお土産もあるわよ?」
「あっ、ありがとう!? ……って違うそういうことじゃなくて!!」
「パっ、パパも黙ってないで説明してよ!! なんで美々奈さんと休みの日に――」
「ああ……いや、颯も高校生になったからな。なにかと入り用のものも出てくるだろう? でも、パパだとわからないことが多いから、美々奈さんに教えてもらっていたんだ」
「そ、それはどうも!? ……いやでも違うそういうことじゃなくて!!」
「「どういうことなの(だ)?」」
「「なんていうかそのデッ――ぬああああっ!!」」
「「変な凛々花ね(颯だな)……」」
あたしと今川は揃って悶絶する。ってかなんなの!? 入学式で置き去りにされたのがきっかけで連絡先を交換したのはいいわ!! それから四人で一緒にご飯に行ったのもまあいいでしょう!! でもあたしたちが練習試合でいない隙に二人っきりでお出かけってのはどうなの!? ねえどうなの!?
「それにしても、凛々花、予定では帰りはもっと夜遅くって言ってなかった? 何があったのか知らないけど、メッセージの返事はちゃんとしてよね? こっちもお店の予約とか色々と都合があるんだから……」
「ディナーの予定まであったの!?」
「まあまあ、美々奈さん。それはまたいずれ次の機会にでも」
「『いずれ次』があるのパパ!?」
あたしと今川の口撃に、しかし、ママと今川パパはまったく動じることなくスルーを決め込む。そして結局真実は闇の中だ。
「ま、無事に帰ってきたのは何よりだわ。凛々花も颯ちゃんも、今日は遠くまでお疲れさま。せっかくだからこれから四人でご飯にしましょう。二人とも、何かリクエストはある?」
聞きたいことは山のようにあったが、『ご飯』という単語をあたしたちの疲れきった身体が聞き逃すはずもなかった。ママに聞かれた直後、ぐううう、と盛大にお腹が鳴る。こんな時まで今川と競い合うようにそれはもうすごい鳴り響く。やだこれ死ぬほど恥ずかしい……ってか今川パパお願いですからその今川そっくりの垂れ目を細めて優しく笑いかけるのやめてください……。
「そう言えば、東口のほうに新しく定食屋ができたのをご存知ですか。この前職場の仲間と行ったのですが、ゆっくりくつろげますし、味もボリュームもなかなかのものでしたよ。いかがです?」
「あら、いいですねえ。ではご案内していただけますか、立志さん?」
今川パパのお店チョイス力はこの前の食事で実証済みなので、ママはあっさりと了承する。あたしたちも否定しない。というかおいしいご飯は本当に大歓迎だ。しかし、この四人で連れ立って歩くことにはかなりの抵抗がある。
「じゃあ、私についてきてください。……颯、荷物持つか?」
「べ、別に自分で持つからいいよ!」
「凛々花ちゃんは? 大丈夫かな?」
「で、でえじょぶです!!」
「ちょっと凛々花、みっともないから変な喋り方しないの」
こつっ、とママが左からあたしを小突く。と、ちょうどその拳があたしの肘――最後のラリーで思いっきり床に打ったとこ――に当たって、あたしは「ぬぎゃっ!?」と悲鳴を上げた。
「凛々花……? ん、あんたさては――ああっ、やっぱり!! またこんなところに青痣作って!! 信じられないっ!!」
「ちがっ、これは違うの!! 今川颯が全部悪いんだから!!」
「露木っ――お前なにを言い出すんだ!? あれは自業自得だろ!?」
「まったく怪我には気をつけなさいとあれほど……あら? ちょ――あんたたち……! よく見たら足にテーピングしてるじゃない!? どういうことなの!!」
「えっ、うっ、これはその――今川颯が体当たりしてきて!!」
「なに言ってんだ露木!! 体当たりしてきたのはお前のほうだろ!?」
「そう……体当たり――体当たりね。バレーボールでどうやったらそんなことが起きるのかしら? 二人とも、あとでしっかり事情を話してもらいますから覚悟しなさい……っ!!」
ママっ、角、角しまって!! 被ってた猫吹き飛んじゃってるから!! あたしより今川より今川パパが一番ビビってるから!!
「どうしてくれるのよ、今川颯! ああなったらママしばらく止まらないからね!?」
「お前の母親なんだからお前がなんとかしろよ、露木凛々花! というか、パパ! なに一人で遠くに逃げてるの!」
「えっ、いや、でもお店こっちだから……」
「お気になさらないで、立志さん。ちゃんと引き連れていきますから。おほほほ」
「なにママその笑い方きもっ」
「品のない言葉遣いをするのはこの口かしら?」
「ひははははほっへはふへははひへ!?」
「だっ、騙されてるよパパ! やっぱり露木のママは露木なんだ!」
「颯ちゃん……? ちょーっと美々奈さんと二人きりでお話しましょうか?」
「なななな何をすっふにゃああああ――っ!?」
「いっ、いま助けるわよ今がぐああああっ!?」
「あら。あんたたち弱点まで一緒なのね」
「「うぐおおおおおおっ!?」」
「あっ、いまお店に電話して席取ったので、もうちょっと遊んでてもいいですよ」
「何から何までありがとうございます、立志さん。おほほほ」
「「ちょやっ助けてええええええーっ!!」」
そうしてママにこっぴどくしばかれたのち、あたしたちは今川パパおすすめのアットホームな定食屋さんでお腹を満たし、そこで合同練習試合のことをあれやこれやと話して、時にママからのくすぐり攻撃(そのもの物理的な意味で)を喰らい、時にちょっぴりお酒の入った今川パパのくすぐり攻撃(暖かい眼差しによる精神的な意味で)に赤面し、宴もたけなわの頃にお店を出て、すっかり日の暮れた桜田の街を四人で駅へ向かった。
それから、最寄り駅で降りて、今川颯たちと別れたあと。
ママと家路を辿りながら、あたしはふと、澄んだ夜空を見上げた。
なんだか今日は色々なことがあったわね……ととりとめもなく思う。
初めての試合、栄夕里の中学時代の諸々、聖レオンハルト女学院の揺るぎない強さ、あと露木家と今川家の複雑な関係、本当に色々なことがあって、色々なことを感じた。
そして、これから他にもたぶん色々なこと――嬉しいことも、辛いことも、楽しいことも、悲しいことも――が待っているのだろう。
「何もかも……始まったばかりなのよね」
誰にも聞こえない小さな呟き。
けれど胸の内では、高揚で心臓が大きく脈打っていた。
波乱で始まったあたしの高校生活――その波は収まるどころか、この先さらに激しさを増していくようだった。
「……上等じゃない」
漕ぎ出た大海。行く手には嵐。押し寄せる荒波。けれど、それがなんだという。
呑まれないよう、沈まないよう、前に進み続けていられるよう――強くなればいいだけのこと。
同じ舟には頼りになる仲間もたくさんいる。一人だけ本来は敵なヤツが混じってるけれど、それはそれ。
また明日から、始めよう。
全ては、あたしが最強であるために。
そうして決意を新たにしたあたしは、家に帰りつくと真っ先にお風呂に入り、それが済むとあれしろこれしろと小うるさいママを振り切ってふかふかの布団に潜り込み、ものの数秒と経たないうちに、今日という長い長い一日を終えたのだった。
ご覧いただきありがとうございました。これにて第七章、ならびに明正学園編はひと区切りとなります。
通過点も着地点も最初から決まっていましたが、思っていたより長い道のりでした。本当に長かった……。ようやく本編と合流です。
今後の予定ですが、また間が空いてしまうと思われます。書きたいことだけは山のようにあるので、ちょこちょこ更新していきたい願望はあります。お付き合いいただければ幸いです。
このあと少しだけオマケもあるので、よろしければそちらも合わせてお楽しみください。
最後までお読みいただきありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。では、よい年の瀬を。




