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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
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100(知沙) 星夜の魔女《Witty Witch》

 遠足や修学旅行でよくあるように、復路かえり往路ゆきより穏やかで静かだった。


 七人掛けの長椅子に、端から五人並んでいる。最初は先に座っている人がいたから、空いていたところにまず露木つゆきさんと今川いまがわさんを座らせ、多少まばらになったところで私と瀬戸せとさんと西垣にしがきさんもそれぞれ座って、さらにいくつか駅を過ぎたところで、露木さんと今川さんの座っていた長椅子が空いたので、全員そちらに移動したのだ。


 うつらうつらしていた露木さんと今川さんを、瀬戸さんが落ちものゲームみたいに端に寄せて、その隣に私、その隣に西垣さんと並んだ。車両の右側に、進行方向から露木さん、今川さん、瀬戸さん、私、西垣さんという順番だ。


 車内には私たちの他に数人の乗客しかいない。たぶん桜田さくらだ駅に近付く頃にはまた増えてくるのだろう。今は県境を過ぎたあたりの山あい。外の景色も電車の中ものどかな空気に満ちていた。


 露木さんと今川さんはすうすうと寝息を立てている。瀬戸さんは起きてはいるけど目を閉じて背もたれに身体を預けてくたくたモード。西垣さんはきちんと背筋を伸ばし、電車の後方に目を向けて、窓から遠ざかっていく景色を眺めていた。


 とても静かだ。でも、ちょっと静か過ぎるかな? なんとなく落ち着かない感じ。志帆しほちゃんとナナちゃんがいなくて、周りが一年生ばかりだから緊張していると言ってしまえばその通りなんだけど、いやでも私三年生だし、こういうときってあれだよね、今日の感想とか聞いて積極的に親睦を深めるものだよね。よし……。


「にっ、西垣しゃんは」


 噛んだ……開口噛んだ! 泣きたいっ!


「はぁい?」


 私に呼ばれて、たんぽぽの綿毛みたいにふわりと振り返る西垣さん。噛んだことについては特に触れず、引っかかった様子もない。さすが西垣さん。何事にも動じない子だ。


「西垣さんは……えっと、今日、どうだった?」


 ああっ、これ会話下手な人の聞き方だよ! 上手い人の聞き方は思い付かないけど! これが下手なのはすごくわかる!


「とても、楽しかったです」


 両手を合わせて、ほわわっ、と顔いっぱいに喜びを表現する西垣さん。私の下手なインタビューに誠心誠意応えてくれている。


「そ、そっか! よかった!」


 私もつられて嬉しくなって、そのまま何も考えずに返事をした。西垣さんは「はい」と頷いて、私を見つめる。果たして、会話、停止。


「………………」


 会話ってよくキャッチボールに喩えられるけれど、私と西垣さんのこれって、あれだよね。バッティング練習だよね。私がひょっとトスを投げて、西垣さんがぱこーんと打つ。打球は綺麗に柵を越えておしまい。それはそれで一つの形でダメってことはないと思うけど、ただ困ったことに、私の手元のボール籠は早くも空っぽになっていた。


「……そういやあんたずっと楽しそうだったわね」


 どっこらしょ、と口にしたわけではないけどそんな雰囲気を漂わせ、瀬戸さんが会話に参加してきた。背もたれと窓枠に体重を預けていた体勢から、上体を起こして背中を丸め、肘を太ももの上に乗せて頬杖をつく。


「参考までにお楽しみポイントを教えてほしいわ」


 おおっ、なんか上手い聞き方な気がする! 疑問文以外で相手から情報を引き出すとは瀬戸さんテクニシャン! そして助けてくれてありがとうっ!


「えっとねぇ、まず、最初の沢木さわきさんのスパイクが綺麗だった」


「うっ……なんか腹痛トラウマが……」


「あとは森脇もりわきさんのツーアタックとか、羽田野はたのさんのなんでもござれなところとか、それからなんといっても奥沢おくざわさん。あのブロックはすごかったなぁ。また目の前で、何度でも見たい」


「「うっ……」」


「ちょ、西垣、わかったからそれくらいで!」


 奥沢さんの名前に露木さんと今川さんがうなされていると気付き、瀬戸さんが慌てて止める。


「えっと、ってことは、なに? あんたずっと敵ばっか見てたの?」


「えっ? そんなことないよ、そんなこと……あっ、でも、あるかも」


「どっちなのよ……」


「んー……確かに、今日はすごい人いっぱいで、目が回りそうだった。初めての人だと、どうしてもそっちに目が行っちゃうからなぁ。だけど、私は露木さんや今川さんや栄さんや星賀さんや小田原さんも、もちろん見るの好きだよ」


「えっ、やだ、私の名前なさ過ぎ……?」


「えぇ? だって、瀬戸さん、自分が追い詰められないと本気出さないからぁ」


「ぐっはぁー!?」


 瀬戸さんが吐血(※映像はイメージです)した。私は代わりに会話を引き継ぐ。


「西垣さんは、つまり、頑張ってる人や強い人がプレーしてるのを見るのが好きなの?」


「ぐふっ、げほ」


 あぁ、ごめん瀬戸さん! そういう意味ではなかったんだけど――でもそういう意味にしか聞こえないよねごめん!


「はぁい。そんな感じだと思います。やっぱり、真剣で、強い人は、好きですね」


 うっとりと目を細めて、西垣さんはそう言い切った。自分の好みを語るのに照れや恥じみたいなのが一切ないのは、なんというか、すごい。


「今日は、だから、本当に楽しかったです。私、バレーボール始めて、この部活に入れて、すごく幸せです」


 きっ、きらきらしてるぅ! 西垣さん後光が射してるぅ! というか実際に窓からの光がその色の抜けた髪を透き通らせて綺麗!


早鈴はやすずさん、私、西垣見てると朝日を浴びた吸血鬼みたいに浄化されそうなんですけど」


「待って、瀬戸さん! 棺の中に戻らないで! 私の中の光と闇のバランスが崩れるからっ!」


「えっなんですかそれ闇側に傾いた先輩ちょっと見てみたいんですけど……」


 なんて苦笑して、瀬戸さんはどこか遠いところに行きかけていたのを思い止まってくれた。隣で私たちのやり取りを聞いていた西垣さんがほわほわ笑う。そして何を思ったのか、西垣さんは私が最初に投げたボールを拾ってきてそのまま瀬戸さんに渡した。


「瀬戸さんは、今日、どうだった?」


「どうって漠然と聞かれても……」


 ぐふっ、げほ。


「まあ、とりあえず死ぬほど疲れたわ」


「瀬戸さんは、なんでバレーボールやってるの?」


「この流れであんたにそれ言われると『なんで生きてるの?』って問いかけに聞こえるんだけど……」


 ずーん、と瀬戸さんの顔にどんよりとした影が落ちる。しばしの間。それから、はぁ、と溜息をついて、瀬戸さんは気負わずに答えた。


「改めて言われるとなんでやってるのかしら……。まあ、小学生のときからやってるし、なんとなく、流れよね」


「……ながれ……」


「そのタイムマシンで未来に行った人がまったく新しい概念に触れたみたいな噛み締める言い方やめてくれる?」


「瀬戸さん、私、よくわからない」


「それは冗長な比喩が? それとも私の存在理由?」


 ほむむむ、と不思議そうに首を傾げる西垣さん。瀬戸さんは少し困ったように照れたように頬を掻き、やがて、ぽつぽつととりとめもなく語り始めた。


「……いや、まあ、でもさ、ホントに大した理由があるわけじゃないのよ。明星めいせいに行かなかった時点で、バレーを続ける確固たる意思とかはなかったわけで。まあ一応経験者だし、新歓のポスターも目を引いたし、とりあえず見学だけでも、みたいな感じで……」


 天井を見上げ、ふはっ、と瀬戸さんは苦笑混じりに呟く。


「……思えば遠くまで行ったわねえ、今日は本当に……」


 その時、あっ、と瀬戸さんは何か思い付いた声を上げ、急に私を見てきた。


「そうだ。早鈴さん、私、ずっと聞きたいことがあったんですけど」


「え、えっ、なに?」


 いきなりだったので、ちょっと驚く。聞きたいことってなんだろう。私自身のことだろうか。こういうの、咄嗟にうまく答えられる自信ないんだよね……。


星賀ほしかさんって何者ですか?」


 志帆ちゃんのことだった! これならすらすら答えられる気がする!


「なにものか……。えっと、すぐれもの、とか?」


「いやそういうとんちじゃなくて」


 恥ずかしいっ……! 結構頑張って考えただけにより恥ずかしい!


「そうだな……あっ、そう、プロフィールみたいな」


「氏名:星賀志帆(逆から読んでもホシカシホ)。性別:女の子。身長:151センチ。体重:私より少し軽い(涙)。スリーサイズ:本人の許可がない限り非公開。所属:3―A。役職:生徒会副会長兼女子バレーボール部主将。座右の銘:既以ことごとくをもって爲人ひとのためにして己愈有おのれいよいよあり既以ことごとくをもって與人ひとにあたえ己愈多おのれいよいよおおし


「よどみないですねっ!? あと座右の銘がなんか意外!!」


 ひとしきりツッコミを入れると、瀬戸さんは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「あの、なんというか、そういう今現在のことではなく、過去のことを知りたいんですけど……」


「志帆ちゃんの過去ね。わかった。何編がいい? 私のおすすめは幼き闘い編かな」


「物語仕立て!? しかも少し気になるけど!? ……あ、いや、あの人の出身中学とかまだ聞いてないなーって」


「あれ? そうなんだ」


「はい、そうなんです。私、星賀さんのバレー歴も知らないんですよね」


「バレー歴なら、志帆ちゃんは中学からだよ。レフトって言ってた」


「へえ……じゃあ、リベロは高校からなんですね」


「ううん。志帆ちゃんがリベロやってるとこは今日初めて見たよ」


「今日初めて!? 初めてであの安定感!?」


「本当にすごいよね志帆ちゃん……。まあ確かに普段からレシーブ練習は割合たくさんしてたけど――レシーブ練習……あっ、神保じんぼ先生! セントレ、合理的――ああ、そういうことか!」


「ちょまっ早鈴さん! ツッコミが追いつかないです!」


「ああっ、ごめん!」


 私たちはそこで、すう、はあ、と一緒に深呼吸をする。隣からは西垣さんのふふふという笑い声。やがて落ち着いた頃に、瀬戸さんが会話を再開した。


「それで、あの、早鈴さん」


「うん、なに?」


「星賀さんってどこ中の出身なんですか?」


 あ、そうそう、それを最初に聞かれたんだった。


「志帆ちゃんは、桜田第一だよ」


 答えたところで、私は「あっ、なるほど!」と合点がいく。瀬戸さんやさかえさんみたいに長い間バレーをしてきた人にとって、出身中はけっこう大事な情報なんだ。相手の強さやプレースタイルを推し量る参考になるし、何より瀬戸さんは同じ県庁地区だから、瀬戸さんの和田中チームと志帆ちゃんが実際に対戦している可能性もある。


 と、暢気に納得している場合ではなかった。私の答えを聞いた瀬戸さんはその瞬間にぴたりと固まり、その顔色がみるみる驚愕に染まっていったのだ。


「桜田第一、の……レフト? えっ……じゃあ、まさか――〝星夜(Witty)魔女(Witch)〟」


「あっ、うん。そういう呼び方されてたみたいだね」


 私が肯定すると、はははっ……、と瀬戸さんは笑いながら脱力し、ごんっ、と後頭部を窓枠に打ち付けて、ぴたんっ、と片手で目元を覆った。予期していなかった反応に私は少し戸惑い、西垣さんと顔を見合わせる。もちろん、経験者ではない西垣さんも、どういう事情なのかはわからないらしい。


「……そうだ……間違いない。ははっ、道理で見覚えがあったわけだ……」


 テストの自己採点をするみたいに、独り言を呟きながら自身の中で何かの整合性を得ていく瀬戸さん。私はおずおずと尋ねた。


「えっと、瀬戸さん、どうしたの? 志帆ちゃんの昔のアダ名って、そんなに有名なの?」


「有名――そうですね。県庁地区では、たぶん、わりと。でも、露木や今川みたいな、記憶に残る感じじゃないです。言うなら……記録に残るみたいな」


 そう言うと、瀬戸さんは目元を覆っていた手を口元にずらし、天井に目をやったまま詳しいことを話し始めた。


「今日の昼間……県庁地区が弱いって話を、その、したじゃないですか」


「えっ、あ、うん」


「地区二強の和田わだ中と光ヶ丘(ひかりがおか)中が、もう何年も県大会で二回戦より上に行ってない。私の年の米沢中(露木たち)千川中(今川たち)でさえ、初戦敗退。だから、県庁地区の中学にとって、県大会で一回戦を突破するのは『奇跡』だって」


 うんうん、と私は頷く。瀬戸さんはそこで、口元を覆っていた手をのけて、私と西垣さんを見た。


「でも……三年前の夏です。『奇跡』は起きた。それが当時の桜田第一――それまでずっと一位・二位を独占していた和田中と光ヶ丘中を下して県庁地区を制したかと思うと、続く県大会で、不可能なはずの一回戦突破を成し遂げたんです。まるで何かの魔法みたいに、あっさりと……」


 それから瀬戸さんは窓の外に視線を移し、当時の様子に思いを馳せる。


深い藍色地(ミッドナイトブルー)黄色の光玉(スターライト)を散らしたユニフォーム。そんな桜田第一を率いたキャプテン――小柄でお下げ髪をしたレフトを、ゆえに私たちは〝星夜(Witty)魔女(Witch)〟と呼びました。そもそもは和田中と光ヶ丘中以外が地区一位になったことを冗談めかして『奇跡』と言ってたんですけど……あの魔女はそれから本物の『奇跡』を起こした。って、まあ、星賀さんのことですけど」


 説明を終えると、瀬戸さんはふっと目を閉じた。その閉じた瞼の裏では今、もしかすると、ちらちらと星が瞬いているのかもしれない。彼女のどこか切なげな表情を見て、私はそんな風に思った。


「……そっか……あの人、本当に魔女だったのか……」


 小さな声でそう呟くと、瀬戸さんはがばっと頭を抱えて蹲り、はああああ、と盛大な溜息をついた。たぶん二酸化炭素以外にも色々なものを吐き出しているんだと思う。そして、あふっ、とすっかり全部吐き出すと、今度は吐き出した分だけ、すううっ、と別の何かを吸い込み始めた。


 やがて、瀬戸さんは吹っ切れたような明るい表情で、私に振り向く。


「ありがとうございます、早鈴さん。おかげ様ですっきりしました」


「あっ、いや、私こそ、私の知らない志帆ちゃんの話をしてくれてありがとう」


 私がそう言うと、次に、瀬戸さんは西垣さんを見た。


「西垣、さっきの答え。私がなんでバレーをやってるのかって」


 瀬戸さんは、ふふっ、と照れたように微笑んで、簡潔に言った。


「惰性。時々、運命よ」


 その答えを聞いた西垣さんは、たぶん言葉の意味よりは瀬戸さんの変わり様に対して、ほわっ、と優しい笑みを浮かべた。


 止まっては進みを繰り返していた電車が、そこでまたゆっくりと止まる。一つ前の駅から、にわかに車内の人口密度が上がり始めていた。終点の桜田駅に近付いてきた証拠だ。窓の外の風景も、山間から平野部のそれに変わっている。


 人が多くなってきたことで、自然と私たちの会話も途切れた。でも、もう沈黙は苦でなくなっていた。思い切って話し掛けてみてよかった。もっとも、私は下手な問い掛けをしただけで、ほとんど瀬戸さんありきの会話だったけれど。


 私は、傾いていく太陽と流れていく景色に目をやった。


 今頃、志帆ちゃんは何をしてるかな、と思った。

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