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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
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98(希和) 罰ゲーム

 今川いまがわはやて露木つゆき凛々花(りりか)の衝突(物理)は、チーム内外の尽力により、私が死ぬほどテンパっている間に収集がつき、気付いたときには何もかも終わっていた。


 二人は大きな怪我もなく無事。ただし疲労により本日は続行不能ドクターストップセントレとの試合は当然ながら途中棄権。そして合同練習試合そのものも、あの二人を欠いては人数的にも戦力的にもどうにもならないので、私たちだけ先に解散という運びになった。


 解散を告げられたのは、二人のことが一段落して、遅まきながらクールダウンのストレッチをしていたときだ。私とさかえ夕里ゆうり西垣にしがき芹亜せりあ小田原おだわら七絵ななえさんがペアになってがちがちになった身体をほぐしていた。私たち四人の近くでちょこんと正座していた早鈴はやすず知沙ちささんがぱたぱたと立ち上がる気配がして、神保じんぼ沙貴子さきこ先生に同行して謝辞に回っていた星賀ほしか志帆しほさんが戻ってきたのだとわかった。前屈から顔を上げると、戻ってきたのは星賀さんだけで、神保先生はまだ他校の先生たちと話を続けていた。


 そして、戻ってきた星賀さんは「本日これにて解散」の旨をクールダウン中の私たちに伝えると、話を解散後のことに移した。


「次に解散してからのことだが――まず、露木さんと今川さんはすぐに家に帰すとして、桜田さくらだ駅までの付き添いは知沙、君に任せる」


「あっ、うん。それは大丈夫だけど、志帆ちゃんは?」


「私は神保先生が帰るまではここに残るつもりだ。せっかくだから、強豪同士の試合をきちんと見ておきたいし、先生と話したいこともある」


「そ、そっか……」


 しゅん、と寂しそうに胸の前で手を合わせる早鈴さん。星賀さんのほうも同調して少し悲しげに目を細めたが、すぐに切り替えて私たちのほうを向いた。


「ついては、私以外に残っていきたい者がいるかどうか、ここで確認しておきたい。みんな、いかがかな?」


 そこで真っ先に手を挙げたのは、栄だった。


「ウチは残っていきます。というのも、元々、練習試合終わったあと彰たちとご飯行く約束してまして」


 いやあんたそれ場合によってはめちゃくちゃ気まずい会食になってたんじゃないの……? とは突っ込まなかった。わりと円満解決したっぽいのにケチをつけたら悪いしね。


「食事か。しかし、それだと帰りがかなり遅くなると思うが、大丈夫なのかな?」


「父が車で迎えに来てくれることになっているんで、その点は問題ないです」


「なるほど。あとは、最後までとなると、たぶん私や神保先生のほうが先に失礼することになりそうだが……」


「その点も心配せんといてください。さり気なく獨楢どくならの輪に混じっとればたぶんなんも言われへんと思いますし、獨楢以外の人たちとも大半顔見知りですし」


 アウェイ感ゼロの栄の笑顔。星賀さんは安心したように微笑した。


「それもそうだな。わかった。神保先生には私から話を通しておこう。存分に楽しんでくれ」


「おおきにですっ!」


 栄とのやり取りを終えると、星賀さんは次に小田原さんを見た。小田原さんは、こくっ、と星賀さんが口を開く前に頷きを返す。


「私も、先輩と先生が帰るまでは、残ります。ちなみに、ボールは使っていても大丈夫ですか?」


「ああ、神保先生が見ていられる間なら大丈夫なはずだ。あとは場所だが……先生たちの話では、私たちが解散したあとはAコートだけで試合を回して、こちらのBコートは解放されるそうだ。他校の邪魔さえしなければ、恐らく使用を許可していただけると思う。まあ、これも私から確認してみるよ」


「ありがとうございます」


 よし、と頷いて、星賀さんは最後に私と西垣を交互に見た。


「あとは君たちだ。さて、どうするかな?」


「えっと、私は、普通に帰ります」


 話の流れ的に残ることも考えたが、私たちがいなくなってよりガチ度が上がった館内の様子を想像したらぶるぶる身体が震えてきたので、すっぱり却下した。一方の西垣は「んー……」とかなり迷っていたが、やがて答えを出した。


「私は、私も、今日は、帰ることにします。露木さんと今川さんの付き添い、多いほうが安心ですよね」


 そう言って、西垣は私と早鈴さんにふわわと微笑みかけた。くっ、なんて眩しくてけがれのない笑み! 選択は同じはずなのに、私は戦場から逃げ出す無様な敗残兵で、西垣は負傷者を背負って前線から離脱する誉れ高き衛生兵に見えてくるこの不思議!


「ありがとう、とても助かるよ。じゃあ、二人とも、知沙のサポートをよろしく頼むね」


 星賀参謀閣下の高度な情報イメージ操作により、私も名誉の衛生兵として扱われた。嬉しくはない。ってか確実にからかわれているわよね……。


「では、十五分後に、先生も含めてまたここに全集するとしよう。明正学園としてはそこで解散だ。その後は今確認した通り、帰る組と残る組で別行動ということで。帰る組は着替えて、私物をまとめておくように。ボールは私たち残る組で片付けるから、そのままで構わない。ボール以外の細々した用具の片付けは、栄さんと七絵、お願いするよ。何かわからないことがあれば、知沙に聞くように。よろしいかな?」


「「はい!」」


「オーケー。では、また十五分後に」


 ぱちっ、と星賀さんが手を合わせると、みんな一斉に行動を開始した。さすが体育会系だけあって全員とも動きが機敏だ。しかし、その中で私だけが、早くもその兆しを見せている筋肉痛の呪いによって出遅れていた。みんなを見送っていた星賀さんは、ディレイしている私に気付くと、いかにも愉快そうに苦笑した。


「君もかなりお疲れのようだね」


「まあ……あいつらほどじゃないですけど、無茶しましたし」


 ってか私がボロボロなのは主にあなたのせいなんですけど――? とはもちろん口には出さない。だが顔には出ていたみたいだ。星賀さんはくすくすとひとしきり笑って、それから、世間話的な軽いノリで話を続けた。


「それで、どうだった? 県四強は」


「どうって――」


 私はぷるぷるする太腿を揉みほぐしながら、正直に答える。


「もうありえない強かったじゃないですか。その上で県内最高とか県内最強とかいったい全体どうしろってんだーって感じですよ。悔しさも湧いてきませんね」


「そうなのか? 私は悔しかったけどね」


 シニカルに口の端を持ち上げて、なぶるような視線をこちらに向ける星賀さん。大方、私の特に何もしていないっぷりを揶揄しているのだろう。本当に隙あらば精神攻撃してくるんだからこの人は……。


「あっ、そうだ、星賀さん、精神攻撃と言えば」


「まったく身に覚えのない『と言えば』だが今は聞き流すとしよう。はて、どうしたのかな?」


「あの……例の、罰ゲームって、結局どうなりました?」


 私はおずおずと尋ねる。黙っていてもよかったのだが、それだと後で余計な利息オマケが発生しそうで怖い。今日の負債は今日のうちに返済しておくに限る。


「罰ゲーム……? ああ、そうだ、すっかり忘れていたよ。私の言うことを一度だけなんでも聞くというアレのことだね」


「そんなそら恐ろしい内容だったんですか!?」


 しかも忘れていたのかっ! 完全に薮蛇――否、そう言ったほうが私の受けるダメージが大きいと見ての諧謔って可能性もあるぞ! くそぅ……なんにせよ内容がヤバい! 何やらされるんだ私っ!?


「じゃあ、あの二人を起こしてきてくれるかな?」


「…………へ?」


 皮肉も含みもない、涼やかな口調で星賀さんは言った。


「医務室に行って、ベッドで休んでいる露木さんと今川さんを起こして、解散の件を伝えて、全集に間に合うようにつれてくる。この仕事を、君に任せる」


「えっ、あっ、はい。そんなことでいいのなら……」


 もっと拷問じみた苦行を課せられると覚悟していたが、蓋を開けてみればお遣いを一つ頼まれただけだった。特に追加事項などもなく、星賀さんは「じゃあ、よろしく頼むよ」と言うと、くるりと私に背を向け、神保先生の元へ軽やかに走っていく。取り残された私は、その背中を見送った。お下げにしていた癖の少し残るセミショートの黒髪が、さらさらと肩口で揺れている。


 その姿は、やっぱり、どことなく見覚えがある。


 一体いつどこで見かけたんだっけか。さっきの試合で急にお下げにしたとき、喉まで出かかったんだけどな……すぐにそれどころじゃなくなってそれっきりだったが――。


 なんて、ぼうっと突っ立っていること数秒。お遣いの分を含めるとあまり時間がないことに気付き、たっ、と私も踵を返して走り出した。


 直後、びきびきびき、と筋肉が(あと私自身も少し)悲鳴を上げた。




 ――医務室


 こんこん、とノック。


「失礼するわよ……」


 寝起きドッキリみたいに小声でそう言って、そっと引き戸を開ける。医務室の中に入るのは実はこれが初めてだった(あの時の私はマジにただおろおろするばかりで何もしてなかったんだな……)。


 医務室は、ベッドが一つと、ベンチが一つ、あとは整理が行き届いた棚とラックがあるだけの簡素な部屋だった。今は電気が点いていなくて、光源は窓の外の自然光のみ。それもクリーム色のカーテン越しなので、部屋全体がうすぼんやりしている。ちょうど放課後誰もいなくなった教室みたいな静けさと薄暗さだ。


 ベッドは部屋の一番奥にあった。明らかに一人用の面積に、二人分の大きな身体が横たわり、誰がそうしたのか腰から下にはブランケットが掛けてある。部屋に入った私に対する反応は無い。どうやらすっかり眠っているらしい。そう言えば星賀さんも二人を『呼んできて』ではなく『起こしてきて』と言っていたっけ。


 私はゆっくりと、足音を立てないように、ベッドへ近付いていく。そして、そこに寝ている露木と今川を上から見下ろした。直後、


「っ…………!?」


 うぐっ、と息が詰まった。ちょっと待ってよこんなの聞いてないけど!? と思った。っていうかこれなんの罰ゲームよっ!! と。そしてすぐに気付く。


 そうだ……。そもそも、これは罰ゲームそのものだったんだ、と。


 眠っている二人から逸らした視線が、ふらふらと白い天井をさ迷う。しかし、いずれにせよ起こすときにそれは目に入ってしまうのだから、一時的に見ないようにしたところで結果は同じ。全集まで時間もあまりない。ちゃんと向き合わねば――。


 ごくりっ、


 と喉を鳴らして、私は再度、眠る二人へ視線を落とす。


 いや、大きな犬か猫みたいに丸まる二人が、背中でぴったりくっついてるのは、もうツッコまないわ。解いた二人の長い髪が白いシーツの上で波打ち重なっていることや、眠っていて無防備な表情が意外と子供っぽくて可愛いことも、この際問題ではない。


 私の胸を詰まらせたのは、そういう甘ったるい要素じゃなくて、もっと塩辛いもの。


 赤く晴れた目元――涙の跡。


 ぎゅっと強い力で握り締められたシーツ。


 そこから容易に想像できる、二人の、感情きもち


「……悔しかったのね……」


 呟く。そしてすぐに、何を呟いているんだ私は、と唇を噛む。


 あんな終わり方をして、この二人が悔しくないはずがないじゃないか。


 そんな当たり前のことに、けれど、私は今の今まで思い至っていなかった。


 もちろん、こいつらが悔しそうにしているところは今までに何度も見てきたけれど……。


 でも、あんたらって、いつもすぐにそれを吹き飛ばしちゃうじゃない。三坂総合の人たちと戦ったときも、小田原さんにぼこぼこ止められたときも、基本ノリノリで、当たって砕ける上等って感じで、今日だって沢木さわきあきらとか森脇もりわき世奈せなとか羽田野はたの天理てんりさんとかすごい人たち相手に張り合ってて、私が「レベルが違うのよ」なんて嫌味を言ってもどこ吹く風で、昼休みなんか自主練始めるし、獨楢に勝ちたいですとか本気で言い出すし、星賀さんの無茶な作戦だってやってのけちゃうし、なんていうか、そう――、




『私とは違う』




 って、思ってた。


 セント一軍レギュラーとの試合中も、そりゃ県内最高には止められてたけど、声とかがんがん出してたし、笑ってるし燃えてるし喧嘩イチャイチャしてるし練習したこともないはずのストレート打ちとか色々やってて、本当にこいつらはこいつらなんだからって、私は半分くらい呆れながら眺めていた。


 なんでそんなに前向きでいられるのか。いつも全力で、負けず嫌いの権化で、怖いもの知らずで、どんな強い相手にも堂々と立ち向かって、すごいわね、さすがよね、やっぱ私みたいな雑兵とは根本から違う生き物なんだわ――って、ずっと、思ってた。


 ……そうよね。


 そんなわけ、ないわよね。


 自分の力が通じなかったら、悔しいに決まってる。


 ううん、悔しいだけじゃないわ。ブロック止められたらキツいし、サーブで崩されたら苦しいし、なかなか決められないのは歯痒いし、そんなの普通に――私がそう思ったみたいに――こんなの一体どうしろってんだーって、叫びたかったはずよね。


 でも、こいつらは、泣き言なんて言わなかった。


 エースだから。どうにかする。任せておけ。


 そう言い張って、胸を張って、虚勢を張っていた。


 私はそれを聞いて、頼むわ、って言った。


 まったく、他人事ひとごとだと思って、無責任なんだから。


 わかっていたはずなのに。


 私から見ればチートじみた体格と才覚を持つ二人。でも基礎は全然だから物理で殴ることしかできない。それは同じ一年生同士なら通用していたけれど、本物の県四強にはそれだけじゃ太刀打ちできない。勝てない。詰んでる。無理難題。そんなのは最初のラリーを見たときに気付いていたのに。


 二人の強さに、私は甘えていた。


 自身の弱さに、私は甘んじていた。


 攻撃も、守備も、自分だけ安全地帯にいて、何もかも任せてばかりで、なにか、ちょっとでも、私にも、できることはきっとあったはずなのに……。


 ただ見ていた。私は、今も、見ているだけ。ぶっ倒れるまで無理して、それでもどうにもならなくて、泣くほど悔しくて、でもそんな姿を相方に見られたくないから背中合わせで眠るような、強がりの二人。


 米沢中の〝薄明(Epical)英雄(Lyrical)〟――露木凛々花。


 千川中の〝黎明(Zingy)風雲(Windy)〟――今川颯。


 圧倒的な身体能力の高さで、私たちや光ヶ丘(ひかりがおか)に勝ってみせた、ハチャメチャなヤツら。


 けれど、そんな二人にだって、できることとできないことがあって、壁にぶつかることも、思い通りにならないことも、気持ちがひどく弱ってしまうこともあって、そういうとき――自分一人の力じゃどうしようもないときには、あの栄夕里でさえそうだったみたいに、当たり前に誰かの力が必要なんだ。


 そこに例外なんてない。


 こいつらも、私と、同じ。


 同じ、明正学園の、一年生の、仲間なんだ。


「……凛々花(りりか)はやて……」


 戯れに名前を呼んでみる。そして、私は二人のシーツを握る手に自分の手を重ねて、覆い被さるように、二人に触れた。火傷するような熱を帯びていただろう、干上がりそうなほど汗を流していただろう、疲労と重圧に震えていただろう、その身体に。


「ずっと……任せっぱなしで、悪かったわね」


 具体的に何ができるのか、どれほどの力になれるのかは、まだわからない。


 それでも、あんたたちが苦しいとき、辛いとき、どうしようもないとき、もう一人で戦わせはしない。あんたたちだけに何もかも背負わせはしない。


「……これからは、私も一緒にじたばたするわ」


 その時、ぴくりっ、と二人の手が動く。そして、がばっ、と寝返りを打って仰向けになった。私はびっくりして上体を仰け反る。しかし、それは二人の射程範囲だった。


「「ちょっと(おいっ)今川颯(露木凛々花)!! 邪魔しないで(するな)っ!! それはあたし(わたし)のボールよ(だ)!!」」


「……えっ?」


 寝言とともに、にゅう、と二人の両手すなわち計四つの手が私に向かって伸びてきた。いや待て! ってか、ちょ、私はボールじゃな痛い痛い痛いっ!? んぎゃっ、おい変なとこ揉まないでよ!? やめっ今ほんとそのへんはマジで筋肉がヤバイんだって――!!


「うぬんぎゃああああぐえええええーっ!!」


「「……ん? ボールは?」」


「『ボールは?』じゃないわよ!? もうっこのお騒がせコンビ!!」


「「えっ、瀬戸? は? なんで?」


「いいから手を離しなさい手をおおおお!!」


 かくして、私の女子高生にあるまじき悲鳴で露木と今川は目覚め、なんやかんやで私は課せられた罰ゲーム(ミッション)を遂行し、またしてもまんまと星賀さんの思惑通りに踊ったのだった。


 いや……まあ、今回に限ってはそう悪い気はしないんですけどね――とは、でも、恥ずかしいから言わないでおくことにしよう。

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