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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
243/374

97(由衣) 勝利への執着

 衝突事故アクシデントの発生で水を打ったように静まり返っていた体育館でしたが、二人が医務室へ運ばれその姿が消えてしばらくすると、多少緊張も和らぎ、ざわざわと話し声が聞こえるようになりました。


 思わぬ形で試合が中断し(恐らく再開はしないでしょう)、呆然とコート内に残っていたわたくしたちも、それに合わせて一度ベンチに集合します。大左古おおさこ先生は観戦されていた獨楢の財津ざいつ藤次郎とうじろう先生と鶴舞つるま女子の馬場ばば忠司ただし先生と協議中で不在。代わりにコーチの折笠おりかさ乱麻らんま先生から「待機」の指示が出ます。そこでようやく、わたくしたちはひと呼吸つくことができました。


「大丈夫ですかね、あの子たち……」


 真っ先に心配そうな声を上げたのは、セッターの仲村なかむら由有希ゆうき。それを口火に、萩原はぎわら葉子ようこ篠田しのだ朔夜さくやが「かなり派手にぶつかってましたものね」「びっくりしましたわ」「頭を打ったり骨とか折ったりしてなければいいですけれど」「心配ですわ」と囀り始めます。見かねたマネージャーの平田ひらた幸果さちかが「縁起でもないこと言わないの」と窘め、それから幸果は、場を収めるようにとわたくしに視線を寄越しました。


「……天理が様子を見にいったようですから、二人の安否はいずれわかることですわ。ここであれこれ気を揉んでも何が変わるわけではありません。それよりも、わたくしたちはわたくしたち自身の身体のことを第一に考えましょう」


 怪我の元になるのはなにも事故アクシデント過負荷オーバーワークだけではありません。身体管理メンテナンスの不備もまた、思わぬ故障の原因になります。例えば今のように激しい運動を急に止めたときなどは、くれぐれも身体をそのまま放ったらかしにしていてはいけません。


 まずは身体が冷えないようにタオルで汗を拭くこと。次に、ゆったりと全身のストレッチをして、少しずつ熱と疲労を発散させていきます。今日のわざを成し終えているならば、そのままクールダウンしておしまい。まだ続きがあるならば、完全な休止レストへ至る前に、熱を逃がさないよう上着を着るなどして、待機状態スタンバイへと移行します。


「……ふう」


 じっ、とジャージのジッパーを襟元まで上げて、わたくしは身体の力を抜きました。見回すと、他のメンバーもそろそろジャージ姿になろうかというところ。と、そこへ折よく、倒れた黒髪の子のほうを運んでいった奥沢おくざわらんが戻ってきました。


「たたたっ、ただいま! えっ、と、あっ、あの二人なんだけど! い、今ね、医務室で、意識も戻ったみたいで、あっちの監督さんが具合を診てるっ!」


「そうですの。ありがとう、蘭。それにしても大活躍でしたわね」


「あっ、いいいいや! 小田原おだわらさん見てたら、私も行かなきゃーって!」


 照れたように顔を赤くして、両手をばたばたと振る蘭。その微笑ましい様子に、思わず頬が緩みます。しかし、こと六波ろくは有理子ありすに限って言うと、反応はまるで逆。頬をぴくぴくと引き攣らせ、羽織りかけのジャージを翻しながら、かっかっと蘭に近付いていきます。


(るあああああああん)?」


「あぁぁー有理子ありすちゃんっごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁい!!」


「いや……まあ緊急事態だったしさっきのは良くやった。ただ、ぼちぼち『それ』引っ込めろ。な?」


「ふにゅうう!?」


 むにっ、と有理子ありすらんの頬を摘みます。こうして二人のやり取りが始まる度に、蘭の教育係に有理子を任命したわたくしの判断は果たして正しかったのか否か、つい考えてしまいます。


「私はいつも言ってるよな? ミドルブロッカーは舐められたら終わりなんだ! 存在だけで敵を怯ませろ! 付け入る隙を見せんな! わかったか蘭!?」


「ひゃああああい!」


「お前はデカいんだから真顔で黙って見下ろしてりゃ相手が勝手にビビる! だから敵の前ではその情けない顔と声をやめろ! いいな!?」


「わかりみゃしたああ!」


「よし。じゃあ、放すぞ」


 有理子が手を離すと、ぴたんっ、とつままれていた頬が元に戻ります。また同時に蘭の表情も対外用のそれに変化します。毅然として、何物も寄せ付けない、県内最高の凛々しい顔です。ただし片方の頬が赤いですが。


「いいぞ、蘭。今のお前は最高にイカしてる。うっかりすると惚れそうなくらいな」


「っ…………」


 ぽっ、と蘭の頬が両方とも赤くなります。こうして二人のやり取りが終わる度に、蘭の教育係に有理子を任命したわたくしの判断はきっと間違っていなかった、と先の疑問を打ち消します。


 さて。いわゆるお約束が済んだところで、明正めいじょう学園の様子を見にいっていた天理てんりが帰ってきました。少し前に獨楢どくならのメンバーも戻ってきていたので、医務室あちらも一段落したのでしょう。


「おかえりなさい、天理。いかがでした、お二人の様子は?」


 わたくしは右手を軽く挙げ、天理を迎えます。わたくしと天理は双子に間違われるくらい容姿が瓜二つなのですが、前髪の分け目が左右逆なので、こうして向き合うと『鏡合わせ』みたいとよく周りから言われます。だからというわけではありませんが、天理は左手を軽く挙げて、ぴとっ、とわたくしの右手に合わせてきました。


「ただいまですわ、お姉様。ひとまず、二人ともぶつかったことによる怪我はほとんどないようですの」


 天理のその報告に、わたくしだけでなく、周りで聞いていたメンバーもほっと安堵の溜息をつきました。それから、人一倍心配していた由有希ゆうきが、二人が今どうしているのかを尋ねます。天理は残念そうに目を伏せて答えました。


「ここまでの疲労が一気に出てしまったようで、二人ともベッドで休んでいますわ。今日はもう復帰は難しいそうですの」


「そっか、そう……そんなに」


「ええ。小田原さんが来るまでの明正学園は、ずっとあの二人で稼いでいましたから。特に午後の獨楢戦では傍目にもわかるくらい無茶をされていましたの。これはさかえさんもいたく反省されてましたわ」


 へえ――と、天理の話を聞いて、有理子ありすが興味深そうに自身の右手の平に視線を落とします。


「……ってことは、疲労困憊でアレだったわけか」


「有理子さん、ちなみにですけれど、黒髪のほうが今川いまがわはやてさん、赤茶髪のほうが露木つゆき凛々花(りりか)さんとおっしゃるのですよ」


「おう、ありがとな、天理。覚えとくわ」


 ふっ、と有理子は微笑みます。そして、そんな有理子をむっと幸果さちかが半眼で睨みます。そうですわよね、有理子は今聞いたみたいな反応ですけれど、幸果は最初にきっちり全員のプロフィールを説明していましたものね――と、わたくしが苦笑しますと、振動数の等しい音叉が共鳴するように天理もまたくすくすと声を漏らし、そこから急速に和やかな空気が全体へ伝播していきます。


 そうなると、黙っていられないのは葉子ようこ朔夜さくや。二人が無事とわかって、幸果が掛けた口の戸の閂をいそいそと取り外しました。


「いやあ一時はどうなることかと思いましたけれど大事にならなくて本当によかったですわあのダブルエースはまったくこれで遠慮なく言いたいこと言えますの!」


「どうぞお好きなだけどうぞ葉子ヨウちゃん!」


「なかなかどうして力のある一年生ルーキーでしたわらんさん相手によく頑張ってましたしぶつかる直前に朔夜サクのスパイクを拾ってみせたときはそんな素振りこれっぽっちも見せずにナイスな協力プレーなんかして敵ながら天晴と思っていましたのに!」


「あれはしてやられましたわ!」


「それまでもわあわあ刺激し合ってプレーしていたように感じていましたのにどうして選りにも選ってあの時だけ二人してボール以外眼中にないみたいな感じで突っ込んでいくんですのよ周りを見るなり声を掛けるなりすれば済む話ですのになんのために目と耳と口があると思ってますの!」


「まったくどういうことですの!」


「何よりあたしほぼサーブ打っただけで終わりってとても消化不良ですわ!」


「それが本音ですの!?」


「だってあたし思うのですけれど明正学園さん的にあたしって全然記憶に残らないって思うのですけれどだってまず朔夜サクは――」


 と、立て板に水でまくしたてる葉子。そして蟒蛇うわばみのようにその水を呑み込む朔夜。二人の会話はいつも台風のように慌ただしく、話題もあちらからこちらへと猛烈な勢いで移り変わっていきます。ゆえに余人が口を挟むのは容易ではなく、横で聞いていて先程何やら言い掛けた河合かわい真佑子まゆこは、結局、二人ではなく有理子のほうに話し掛けました。


「確かに、あの時だけ相手のほうを全然見てなかったよね、あの二人」


 ん? と有理子は葉子と朔夜の会話を遡り、真佑子の言いたいことを把握すると、ああ、と理解と同意を示しました。


「言われてみりゃそうかもな。まあ、でも、あの時はラリーが長かったし、どっちもあっちこっち走り回ってたんだ。疲れで周りを見る余裕がなかったってことだろ」


 有理子がもっともらしい自説を披露します。すると、一人だけベンチに座っていた鶯谷うぐいすだにあやめが、作業の手を止めて顔を上げました。


「それは〝誤解イコルト〟でしてよ、有理子ありす


 あ? と、あやめ語検定五級の有理子はあやめが何を言ったのかわからず首を傾げました。あやめ語検定三級の真佑子は、雰囲気であやめが異を唱えたことを感じ取り、聞き返します。


「どういうこと、あやめちゃん?」


「〝自明ヴィジッド〟な〝パリ〟ですわ」


 あやめはとろんと垂れた目を細め、朗々と語ります。


「〝仮定シェア〟として彼女たちに〝不覚ノルメ〟がなく互いの姿が見えていたとしても〝結果センス〟は〝同一センス〟だったでしょう。どころかより〝劇的アニヨン〟に〝対消滅レセンド〟していたかもわかりませんの。彼女たちの〝存在理由ラバティエ〟がそうさせるのです。そもそも〝並立ダブル〟それ〝自体ニーレ〟が〝背理シャンデル〟なのですわ。〝境界面ヘッジ〟たる前衛フロント後衛バックの〝形而ダダ〟が〝消失リフォンド〟すれば〝混沌ゾラ〟は〝自明ヴィジッド〟。つまるところ〝定理ルーラー〟ではなく〝公理リーサー〟の〝欠陥ディゾル〟なのですわ。

 わかりまして?」


「さっぱりだ。真佑子は?」


「わ、私も長文読解はまだ……」


「くっ、〝伝導ミィジ〟が〝阻害イガッド〟されている……! 〝微小幽体グラプシスズ〟の仕業ですのね……」


 あやめはそんな冗談を言うと、中断していた左腕に包帯を巻く作業に戻り、しばしの沈黙ののち、手元を見つめながら真面目な顔で呟きました。


「……『〝最強エース〟とは〝唯一無二フェイタル〟であらねばならない』――それだけのことですわ」


 あやめはそれ以上説明する気がないようで(もっともこれ以上説明したところでかえって混乱が増すだけでしょうが)、真佑子まゆこ有理子ありすは困ったように顔を見合わせました。しかし、傍からその様子を眺めていた由有希ゆうきには理解できたようで(さすがはあやめ語検定一級ですわ)、ほふっ、と困ったような愛おしむような複雑な色の微笑を浮かべます。その反応にあやめは少し憮然として、ちらりと流し目を由有希に向けました。


「なんですの、由有希、その顔は」


「いや、あやめ、あの二人のこと気に入ったのかなって」


 ぱちっ、と包帯を金具で止めると、あやめは次に眼帯を手に取り、ぴたっ、と装着します。


「〝資質メナミ〟はありますわ。あの〝衝突ジグ〟がその〝証明ティット〟。今は〝不均衡グラッセジス〟ですけれど……」


「夏や秋にはどうなっているかわからない?」


「〝ミア〟。あなたも〝他人事ラフキネ〟ではないはずですわよ、由有希」


 片目になったあやめは、そう言うとパイプ椅子から立ち上がります。由有希は外套(ちなみに、これは昨年のあやめの誕生日に由有希が製作しプレゼントしたものです)を持っていき、あやめの後ろに回って肩に掛けてやりました。


「もちろん。だって小田原おだわらさんと獨楢中のさかえさんがいるチームよ? 見過ごせるわけないじゃない、セッターとしては特に」


 由有希はそう言うと、有理子に目を向けました。有理子は「だな」と頷きます。


余興スペシャルマッチにやるには勿体ないヤツらだったよ。黒髪――今川ってのにはいくつか借りもできたしな」


 有理子は愉しげに口の端を吊り上げ、蘭に同意を求めます。蘭は表情は硬いままで、目だけをおろおろと泳がせます。有理子が「どうした?」と訊くと、蘭は小声で呟きました。


「……笑ったんだよね。あの、センターの子」


「なんのことだ?」


「いや、その……最初にレフトの露木さんって子のスパイクを止めたとき、あの子、私を見て、わ、笑ったの。……ちょっと恐かった」


「お前な……。一年に、しかも見るからに初心者のヤツにビビらされてどうすんだよ」


「ご、ごめんにゃっ、なさい!」


 目をバッテンにして(こういうことですわ→『×△×』)わたわたと謝る蘭。有理子は、しかし、それ以上蘭を責めることはしませんでした。有理子の評価基準でも、あのふわふわした子には何かしら引っかかるところがあったのでしょう。


由衣ゆいさんはどうでした? 終始ご機嫌でしたけど」


「わたくしは――」


 由有希に感想を求められ、わたくしは体育館内を見回し、とある人物のほうへ目を向けました。あやめが包帯を巻き終えた頃に体育館に戻ってきた彼女は、監督の後ろに控えて各校の先生方とお話をしています。わたくしより少しばかり長いその黒髪は、試合中にはお下げに結ばれていましたが、今は解かれています。


「あのリベロが何か気になるの、由衣? 確かに、有理子のジャンプサーブを一発でAカットにしたのはすごいと思ったけれど」


「ちょ! 幸果さちか、なんで不意打ちでダメ出ししてくるんだよっ!?」


 巧妙に有理子への意趣返しを果たしつつ疑問を投げかけてきた幸果。わたしは、しかし、「それもあるのですけれど……」と言葉を濁して回答を避けました。確証がなかったからです。今思い返しても、やはり判然とはしません。あれはほんの数瞬のことでしたゆえ。




『――――』




 あの時、


 二人の一年生が、互いにラストボールを返そうとして、衝突する寸前。


 同じコートにいた仲間メンバーや、敵であるわたくしたち、監督や審判の先生、周りで見ていた補助員や観客も含めて、誰もが口を揃えて「危ない」と叫んだ、あの時。


 ただ一人、彼女だけは、別の言葉を口にしていたように思うのです。


 それは、実際に耳にしたわけではなく、わたくしの位置から偶然見えた彼女の口の動きから推測しただけに過ぎませんが――、




『決めろ!』




 と、あの時、彼女はそう言っていたように思えてならないのです。


 確かに、あのラストボール、二人のうちどちらかがまともに強打することができていれば、衝突の危機に動揺していたわたくしたちに、それを拾うことは不可能だったでしょう。


 貴重な1点。


 他の誰でもない、エースの決める1点。


 試合の中で、それは大きな価値を持ちます。あるいは流れが大きく変わっていたかもしれません。むろん現時点でわたくしたちが彼女たちにセットを取られるなどありえません。しかし、いつか公式戦で再び相見えたとして、その時、ここで打たれた布石がどのように利いてくるかまでは……さすがになんとも言えません。


 否、布石という意味では、既に打たれているのでしょうね。


 たったの1点だけれど、確かにエースが決めてみせた、という甘露か。


 たったの1点たりとも、ついにエースが決められなかった、という辛酸か。


 その味は、いずれにせよ、彼女たちの今後に大きな影響を与えることになるはずです。つまり、わたくしたちは今回、まんまと『乗せられた』ということになります。単に強豪として胸を貸すのではなく、天理たちの仇討ちという形で対戦すれば、こちらも本気で相手をせねば失礼というもの。大左古先生もわたくしも全力で戦うことを良しとし、そうして実際ほぼ完封したわけですけれども……。


 一体、どこからどこまでが、彼女の計画のうちだったのか。


 まだ入部して間もない一年生たちに、沢木さわきさんたち、天理たち、そしてわたくしたちと、次々に強敵をぶつけ、経験を積ませ、場数を踏ませ、無理を通して道理を押しのけるような真似をしては、不慮の事故で強制終了するその瞬間まで『それ』に手を伸ばし続けた。


 恐るべきは、その執念。


 貪欲なまでの、勝利への執着。


 ……まあ、彼女の発した言葉については、わたくしの勘繰りが過ぎるだけかもしれませんけれど。ただ、事実として、あのチームは真っ向勝負で天理たちに勝ってみせたのですから、侮るべからざる相手であることは間違いありません。きっとそう遠くないうちに、また巡り合うこともあるでしょう。


「――ねえ、急に黙って、何をそんなににやにやしているの、由衣?」


「あら、これは失敬ごめんなさい


 訝しむ幸果の射るような視線を微笑でかわして、わたくしはメンバー全員に程よく届くくらいの声で、静かに宣言します。


「なんにせよ、次に戦うことがあれば、また全力で叩き潰すだけですわ」


 そうでしょう――? 確認を取るまでもなく、全員が肯定の意を示すのが気配でわかりました。当然のことです。なぜならば、わたくしたちは〝不死蝶《Crawling Butterfly》〟。西の王者にして県四強なのですから。


 私立明正学園高校の皆様、本日は楽しい一時ひとときをありがとうございました。


 セントレオンハルト女学院一同、謹んで、またの挑戦をお待ちしておりましてよ。

登場人物の平均身長(第五章〜):165.7cm

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