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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
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96(ゆふる) 医務室

 医務室は、元々は教員の休憩室だったのを、第二体育館の主な使用者であるバレーボール部に便利なように改装した部屋だ。ベッドが一つと、ベンチが一つ。あとは大きめの戸棚とラックが壁際にあり、そこに薬品やテーピングその他もろもろが収まっている。


 部屋の広さは教官室や更衣室と大体同じくらいで、一度に十何人も入れるほどスペースに余裕はない。なので、今のところ、部屋にいるのは件の明正めいじょう学園のダブルエースと、監督とキャプテンとマネージャー、それから私の計六人だった。私がこの場にいるのは、医務室の勝手がわかっているのと、状況報告係も兼ねて、村木先生に派遣されたからである。


 また、部屋の外では、夕里ゆうりを含めた残りの明正学園メンバーと、あきら世奈せな羽田野はたの天理てんりが待機していた。


 ダブルエースは、今はベンチに座っている。意識のほうは運ばれている間にはっきりしたらしく、監督の問診にも普通に受け答えしていた。監督は合わせて触診も行い、それを終えると、ふうっと安堵の溜息をついた。


「ひとまず……目立った怪我はないようだな」


 それを聞いて、キャプテンとマネージャーがほっと胸を撫で下ろす。ただ、ダブルエースの顔色は暗いままだ。


「だが、万が一ということもある。それに二人ともかなり疲れているようだから、今日はもうこれまでだ。身体を拭いて着替えたら、少し横になりなさい」


「わ、私、着替え持ってきます!」


 だっ、とマネージャーが部屋を飛び出す。開いた扉から、無事なのを聞きつけた夕里たちがなだれ込んできそうになるが、私はそれを、無言で首を振って止めた。心配なのはわかる。が、今は少しだけ待ってやれ。


 ぴしっ、


 と引き戸が閉じて、しばし、医務室の中に沈黙が訪れる。そして、


 ぽたっ、


 と透明な液体がダブルエースの伏せた顔から床に落ちた。


「……まだ……動けます……」


 そう言ったのは、黒髪のほうだ。赤茶髪のほうも負けじと震える声を出す。


「試合の、続きを……やらせてください」


 もちろん、明正学園の監督は許可しなかった。


「ダメだ。安静にしていなさい」


「「っ……このままじゃ終われません!!」」


「こら、急に動くと――」


 がたっ、


 と立ち上がる二人。監督は驚きながらもそれを押さえようとするが、遅かった。直立の姿勢になろうとした二人の足が、ぴんっ、と地面から真っ直ぐに伸びた、次の瞬間、


「「っ……!?」」


 びきんっ、


 と電流が走ったように二人の顔が強張った。足が攣ったのだろう。踏ん張りがきかず、よろよろと逆再生のように腰からベンチに落ちていく。


「ほら、今川いまがわ、伸ばすからな。少し痛むかもしれんが、力を抜けよ。星賀ほしか露木つゆきのほうを頼む」


「はい」


 淡々と処置をする監督とキャプテン。攣った足の筋肉を伸ばされている間、ダブルエースは額に脂汗を掻きながら、痛みと痛み以外の理由で、くしゃくしゃに顔を歪めていた。監督はそんな二人を上目に見て、諭すように言う。


「……自分の身体のことなんだから、無理はお前たちのほうがよくわかっているはずだぞ。怪我をしたら元も子もない。悔しいと思うのならば、なおさら今は大人しくしていなさい」


「「で、でも……!!」」


 二人はそう反論しかける。しかし、攣った足を治してもらいながら吐き出す言葉つよがりに、一体どれほどの説得力があろうか。監督とキャプテンはそれ以上何も言わず、ただ黙って二人の治療に集中する。


「「……でも……っ!」」


 でも――。


 その精一杯の気持ちだけが、静かな医務室に響いて、私たちの耳以外のどこにも届かず、消えていった。二人の表情や肩から徐々に力が抜けていき、それに反比例するように、ぽたぽたと、零れる涙の量は増していく。


「「…………っ」」


 ……でも。


 唇の動きだけでそう呟いたのが、最後だった。それきり二人は完全に沈黙し、されるがままになる。


 やがて攣った足が治まって、監督は自前のテーピングを二人の足に巻き始めた。私は念のため、何か入り用のものがないか尋ねる。監督は「大丈夫。ありがとう、軍場いくさばさん」といつの間に知ったのか私の名前入りで気さくに応え、さらに部屋を見回しながら「ここはよく整理整頓されているね。きっと部員さんがしっかり掃除をしているんだろう」とお褒めの言葉まで下さった。挨拶したときは強面な印象だったが、どうやらこの監督、村木むらき先生みたいな朴念仁とは真逆のタイプのようだ。私はちょっと感動するとともに、無意識に握っていた拳から力を抜いた。


 そうしているうちに、着替えを取りに出ていた小柄(私ほどではないが)なマネージャーが帰ってくる。テーピングの処置が終わり、着替えた二人をベッドに寝かせるところまで見届けて、私は一足先に部屋を失礼した。


 廊下で待っていた面々に「終わった。心配ない」と告げ、ぺこぺこ頭を下げる夕里に見送られて、私は彰と世奈を引き連れて体育館に戻る。すたすた歩きながら、私は右の手首をジャージの袖の上から擦り、ぽつりと呟く。


「にしても……さっき使ったとき、部屋の中を軽く掃除しておいてよかった」


「「えっ?」」


「なんでもない」


 先の試合ゴタゴタで彰をぶん殴ったときに右手首を軽く捻挫したことは、もちろん、二人には話さなかった。

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