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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
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89(凛々花) あたしにできること

 思えば、試合で自分より背の高い相手とちゃんと戦ったことはなかった気がする。中一とか中二の頃だって、あたしは大半の先輩たちより高かった。同学年ではあたしが県庁地区のナンバー1だったし(今川いまがわはやて? はてなんのことやら)、県大会で当たった古手川こてがわみなみにあたしより高い選手はいなかった。今日戦った中にだって、上を行かれてるのは沢木さわきあきらただ一人。でもあいつはレフトだから、あたしのブロックに飛ぶことはそう多くなかった。


 これほど高さで圧倒されるのは、だから、入部試験で小田原おだわら先輩に完敗して以来。


 で、その時は夢にも思わなかったけど……まさか小田原先輩より高い人が同じ県内にいるなんてね。世界は広いというべきか狭いというべきか――どっちなのかしらねこの場合。


 はっ、はっ、と息を整えながら、あたしは『県内最高』を見据える。卵形の顔は、身長が高いからか小さく見えて、パーツもくりくりしててけっこう可愛い。でも、真面目な性格なのか、表情は硬い。例の「せーれっは!」以外ではまともに声も聞いていない。淡々とブロックされるのは、悔しいというより、苦しい。四連続で止められた今は、かえって森脇もりわき世奈せなみたいにわかりやすく挑発してくれるほうが有難いかもって思える。


 それにしても、あまりにも、どうにかなる気がしない。というか、どうにもならないのでは? あたしは入部試験で小田原先輩に勝てなかった。まして、小田原先輩よりさらに高い人が相手なんて、まぐれだって起こりやしないだろう。


 もちろん、決めると豪語したからには、一応あたしなりの作戦はある……あるのだけれど、今のところはまったくできていない。試せてもいない。


 っていうか、それもこれも今川颯がしっかりカットしないからよ! 気合が足りないのよ気合が! 確かに、なんか曲がるし、速いし、厄介そうなサーブだけど――もうちょっとなんとかなるでしょ! ってかなんとかしなさいよね!


「「っさああ来おおい!」」


 あたしの声に今川の声が重なる。腹が立ったので「うおおおおい!」とさらに声を張り上げた。そうしているうちにいつの間にか笛が鳴っていたらしい。金髪の人が、ぐにゃ、とボールを捩り上げた。空中で身体を回転させる猫を思わせる独特のフォームで飛び上がる。そして、


 ばちんっ!


 と巻き込むようなスイング。ボールはそれまでと似た軌道であたしたちコートのライト側――今川颯のところに。


「オーライ!」


 たたっ、と今川がサイドステップでボールの軌道上に先回りする。腰を落として構え、ぎゅるぎゅるとカーブするボールをお腹に引き付けて……レシーブ!


 びたっ、


 と柔らかい音がして、ボールは前に飛ぶ。ややレフト寄りで、少し低い。でも、


「ナイスカット」


 小田原先輩はぼそっとそう呟く。ちょっと判定甘くないですか、と思うけれど、確かに今は速攻クイックがないから、レフト寄りだろうと低かろうと、あたしへセミを上げる分にはさほど問題にはならないのだ。何より、ネット際まで飛んでいるのが大きい。ま、今川颯にしては上出来ね。


「レフトッ!」


 あたしは助走距離を取りながら叫ぶ。小田原先輩が小さく頷く。行ける。後ろからじゃなくて、ネットに沿ってトスが飛んでくるなら、試せる。


 その名も必殺・なんちゃってストレート打ち!


 いや、成功するかどうかはわからないけど。でも、なんとなく、左のほうへ打つぞ、って心積もりで腕を振ればそれっぽいところへ飛ぶでしょ。たぶん!


 どっちにしろ、ただ力任せに打ったところで県内最高は抜けないのはわかった。エースとしてこれ以上無為な失点はできない。少しでも可能性があるほうに賭けるわ。


 しゅ、


 と小田原先輩があたしにセミオープンを上げる。あたしはボールを目で追いながら、ブロックの構えを取る県内最高を意識する。クロスは行き止まり、クロスは行き止まり――と自分が打ち込むべき抜け道(コース)を絞り込みながら、一歩、二歩、と踏み込んで、跳ぶ。


「ここっ!」




 ――ぱちんっ!




 打った瞬間に「よし!」と言いそうになる。手応えありだ。打球は狙い通りクロスの壁を避けてストレートへ行った。やればできるじゃないあたし! と自画自賛。直後、


 ひゅ、


 と視界を丸い影が過った。丸い影? なによ、月でも落っこちてきたっての?


 たんっ、


 とボールが跳ねる音。それが着地したあたしの後ろから聞こえてきた瞬間、さっ、と血の気が引いた。頬を張られたように素早く振り返る。ブロックフォローに入っていた栄が、胸の前でボールをキャッチしていた。遺族にお悔やみを申し上げる葬儀屋さんみたいな顔で。


 どうして、と声には出さず唇を動かす。どうして栄がボールを持ってるの? ――ブロックされたからだ。どうしてブロックされたの? ――そこにブロッカーがいたからだ。どうして県内最高は避けたはずなのに? ――そこに別のブロッカーがいたからだ。


 別のブロッカー? でも、だって、ストレート側にいたのは……。


「狙いは、悪くなかった」


 俯いていると、小田原先輩が肩に手を置いて声をかけてくれた。


「でも、それだけじゃ、まだ足りない」


 ぽんぽん、と優しく肩を叩いて、小田原先輩はそのままコートポジションに戻ろうとする。あたしは顔を上げて、小田原先輩の手を取って引き止めた。


「どういうことですか……?」


 あたしがそう問うと、小田原先輩はまずあたしの手に視線を落とし、それからちらりと「せーれっは!」をやっている相手コートを一瞥して、最後にあたしの目を見て、ひそやかに且つ的確に答えた。


「今のスパイクは、ストレートに打つことを意識するあまり、打点と威力が落ちていた。ライトブロッカーの篠田しのださんは160後半。ずば抜けて高いわけじゃないけれど、決して低いわけでもない。タイミングによっては止められることもある」


「タイ、ミング……?」


 タイミングって、つまり、あたしの踏み切りに合わせてうまいこと跳んだってこと? たったそれだけのことであたしを止めたっていうの? それに……言うほど打点と威力が落ちていたとも思えない。そう悪くない一撃を叩き込んだって感触もあった。なのに……。


 あたしは唇を噛んで黙り込む。小田原先輩は、あたしが納得できていないのを見て、早口に言った。


「県の上位や全国には、あなたより高い人も、あなたより上手い人も、大勢いる。そしてセントレの今の二年生は小学でも中学でも全国を経験している。篠田さんは、その主力レギュラーメンバーの一人。半端な攻撃は通じない」


 責めるでも慰めるでもなく、小田原先輩はただ事実を指摘するように平淡に言った。あたしはそこでようやく自分の過ちに気付く。


 甘かったのだ。何もかも。


 県内最高さえ避ければ決められると思い込んでいた。身長差と実力差が同じものだと錯覚していた。なんて浅はかだったんだろう。相手は県四強――全国の舞台を知るトップランカーなんだ。なんちゃってでどうにかなるはずがないのに……。


 あたしはスコアを確認する。0―5。どうにかしないと。でも……どうにかって、一体どうやって?


 力任せに打っても抜けない。見よう見まねの小細工も通じない。ネットを越えさえしない。なら、あたしはどうやって点を取ればいい? あたしにできることって、他に何が残っている――?


 ひた、


 と背中に冷たい汗が滲む。どうしよう……本気でどうしたらいいかわからない。


「なかなか苦戦しているね」


 頭が真っ白になっていたところに、その声は不思議な色で響いた。明るいようで、冷たくもある。鮮やかなようで、曖昧でもある。そんな、星の瞬く夜みたいな色。


 声のしたほうを見る。黒いリベロゼッケンを着けて、髪をお下げに結んだ星賀ほしか先輩が、サイドライン際に立っていた。


「このあたりで、一度、流れを切っておくとしよう」


 星賀先輩は普段と変わらない微笑を浮かべて、朝の挨拶をするように片手を挙げた。

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