88(志帆) 苦境
攻撃が思うように決まらない、という場面は、バレーボールの試合の至るところで見られる。今の明正学園もまさにそうだ。
スコア、0―3
ここまでの失点は全て、エースである露木さんが、県内最高こと奥沢蘭さんにシャットアウトされたことによるものだ。これを攻めあぐねていると言わずになんと言おう。
しかし、だからといって、障壁たる奥沢さんをなんとかしなければならない、と考えるのは少し早計だ。露木さんに工夫を求めるのもまたしかり。攻撃が思うように決まらないことの原因は、しばしば、攻撃以外のところにある。
「まず、レセプションを、安定させよう」
さすがに七絵は冷静だった。そう――この窮地を脱するために最優先でなんとかしなければならないのは、奥沢さんのブロックではなく、あの金髪の子のジャンプサーブなのだ。つまり、私たちが今攻めあぐねている原因は、攻撃ではなく、守備にある。具体的に言えば、露木さんが三連続で止められている主因は、セッターである七絵にしっかりボールが返っていないことにある。
二段トス。セッターの定位置から外れたところから上げるトス(私の認識では特にバックゾーンからセッター以外の選手が上げるトス)を、バレーボールではそのように言う。最初と二度目のプレーで栄さんが上げたトスが、まさにそれだ。
この二段トス、多くの場合、エースであるウイングスパイカーに託されることが多い。あるいは、二段トスが集まる――レシーブが乱れたときにトスが集中する――人物こそエースである、という言い方をしてもいいだろう。
ここまでの試合でも、栄さんが上げた二段トスを、露木さんまたは今川さんが打つ、というシーンは多く見られた。栄さんのトスは完璧といっていいものだったし、中学時代からエースとして活躍してきた露木さんと今川さんも、それを力強く打ち抜くことができていた。今回も、それは同様。栄さんのトスも、露木さんのスパイクも、申し分ない正確さとパワフルさだった。
だが、それでも結果は、シャットアウト。すなわち、ここに『二段トス』の限界がある。これは極めて物理的な陥穽なので、どれほど力量を持った選手であろうと、必ずぶち当たることになる。
前衛のウイングスパイカーへの二段トス。このときボールは、二段トスの定義から、全てアタッカーの後方から飛んでくる。すると、何が起こるか。
自身の後方から来る二段トスに対して、普段と同じように踏み込みをしたのでは、当然打ちにくい。飛んでくるトスが見えないからだ。ゆえにアタッカーは、二段トスを上げる選手が視界に入る程度まで、身体を内側に開く。すると、身体の正面は、通常よりクロス側を向くことになる。
ならば、必然、素直に打てばボールはクロスへ飛ぶ。仮にストレート打ちの要領で利き手と逆側へ打ち込んだとしても、身体がクロスを向いている以上、それはストレート寄りのクロスくらいのところにしか行かない。なら逆に利き手側に打てばいいかと言えばそんなことはなく、クロスを向いているところからさらに利き手側を狙うようなことをすれば、ネットに掛けたりアウトにしたりとミスの危険性が高くなる。
つまり、二段トスから強打を打ち抜こうとすれば、それは基本的にクロス方向への攻撃にしかならないのだ。そして今回、そのクロス方向にはミドルブロッカーである奥沢さんが待ち受けている。ただでさえ打ち抜くには力の要る二段トスからの攻撃で、立ちはだかるは県内最高の壁。それを正面から突破できるアタッカーなど、県内に三人もいないだろう。
結論。とにかく、Aカットを上げること。レセプションが安定しないことには、攻撃も何もない。
「……とは言うものの」
ばちん!
と、四度目のジャンプサーブが放たれた。カーブ回転の掛かったボールは、FRを守る瀬戸さんのところへ。コースはほぼ正面。ただし、鋭く曲がることを考慮に入れての正面なので、回転と軌道を見切れずに焦って動いてしまうと、逆に逸れていくボールを追う羽目になる。
「うなっ……!?」
ボールの曲がり端で、瀬戸さんは勇み足が過ぎたことに気付く。慌てて引き返そうとするがそんな時間はない。右側へ曲がっていくボールに両腕を伸ばす。間一髪のところで、がつっ、と腕に当てることに成功。が、ボールは西垣さんと今川さんの間くらいへ舞う。
「す、すいませんっ!」
「オーライ」
後衛の今川さんや栄さんを制して、七絵が落下点に走る。アタックラインを一歩ほど踏み越えたところで構え、レフトへのトス体勢に入る。そして、
とーん、
と、程よい高さのトスを放つ。露木さんはそれに合わせ、ネットに対して通常より鋭角に、つまりクロス向きに踏み込んだ。トスの飛んでくる方向に合わせて自身の踏み込み位置を自然に変えられるあたりに、エースウイングスパイカーとしての露木さんの経験値の高さが伺える。レシーブが乱れても、あるいはトスが乱れても、彼女はそれを打ち抜くことができる。それだけの力がある。だからこそ私たちは今日ここまで戦ってこられた。
ただ、今回ばかりは相手が悪い。
ばんっ!
と簡素な音が響き、まるでリプレイのように、同じ結果が起こる。
スコア、0―4。
と、ベンチの知沙が私に視線を送ってきた。私は笑顔でパーにした右手を振る。ちなみに、このパーは「0―5になったら出るよ」という意味だ。しかし残念なことに伝わらなかったようで、知沙のいとけなくて可愛い顔が悲痛に歪んだ。いけない。あとで弁明しなくては。
さて試合のほうは、と。
「小田原先輩、今度こそ決めてやりますからっ! 次もあたしにください! お願いします!」
「瀬戸、西垣、あのジャンプサーブだが、正面以外はわたしに任せてくれ。必ずAカットにしてみせる」
二つの炎は、この苦境にあってもなお、煌々と灯っていた。さすが七絵をして「見込みアリ」と評せしめた二人だ。それでこそ明正学園のエースに相応しい。しかし――。
やがて、集まっていたメンバーはサーブカットのためにそれぞれポジションに散る。私は一年生五人の背中を眺めながら、少し肩を回したり、その場で跳ねたりした。そのとき、レセプション時に唯一自軍側を向いている七絵と、一瞬目が合う。私は微笑を送る。七絵は僅かに目を細めた。
次のワンプレーが一つの区切りだ。ここで得点を逃すようであれば、露木さんと今川さんには、少し厳しい仕打ちをしてしまうことになるだろう。
私は結んだ髪に軽く触れ、彼女たちの健闘を祈った。




