84(七絵) 甘美令嬢《Sweet Iris》
それは、私たちが気入れを終えた直後のこと。
「聖――――――――――」
高く、甘い、伸びやかな声が聞こえた。
その声はまるで砂漠の真ん中に湧き出る水のように、瞬く間に体育館全体に染み渡っていく。この声を聞くたび、私は、よく晴れた青空に架かる虹、あるいは黒い雨雲の隙間から射し込む光条を連想する。それくらい、彼女の声は神秘的で、とても美しい。
〝甘美令嬢〟――鶯谷あやめさん。
小学六年生のときも中学三年生のときも、鶯谷さんとは決勝で戦った。小学生のときは負けて、中学生のときは勝った。県選抜では同じコートに立ち、共に戦った。
「「レオン!! ハルト!!」」
ぴったり息の合った「せーれっは」。あちらも準備完了だ。私は鶯谷さんの美声に耳を奪われていた一年生たちの目の前を、わざとのそのそ横切って、エンドラインに向かう。慌ててついてくる一年生たち。その息遣いを背中に感じつつ、私はキャプテン(正確に言うと今回は諸事情によりキャプテンではないのだけれど、これまでの例に倣い周囲からはそのように扱われている)の星賀先輩の隣に並んで、対岸に整列している聖レの面々と向き合う。
鶯谷さんだけじゃない。仲村さん、萩原さん、篠田さん、六波さん、河合さん、花見沢さん――みんな見慣れた人たちだ。一つ上の羽田野由衣さんと奥沢蘭さんも、同期メンバーほど接点は多くなかったけれど、大体の人となりやプレースタイルは把握している。
鶯谷さんの「せーれっは」の直後だからか、ああ……聖レと対峙しているなあ、としみじみ思う。
聖レという集団が纏う、独特の雰囲気。さっきの羽田野天理さんたちもそうだった。ぴりぴりというか、ちらちらというか、とにかくそういう鱗粉みたいなもの。具体的に言い換えれば、恐ろしいまでの統一感と一体感。つまり、彼女たちは個々人ではなく、チーム全体として一匹の〝不死蝶《Crawling Butterfly》〟なのだ。
斃すのは、むろん、容易ではない。
私は横目で一年生たちを見る。栄さんはいいとして、他の四人は最後まで気力が保つか不安だ。なんといっても対外試合だから、入部試験で私を相手にしたときとは掛かる重圧がまるで違うわけで。
なんて考えているうちに、ぴぃぃぃ、と心地いい笛の音が響く。
「「よろしくお願いします!!」」
互いに礼をして、私たちはネットへ向かう。私の握手の相手は鶯谷さんだった。
「この〝邂逅〟をあなたは何と呼ぶかしら、〝第七戦艦〟?」
何を言っているんだこいつと思いつつ、意味は大体わかるので、それっぽく返してみる。
「〝運命〟、かな」
「ふふっ……さすが我が〝盟友〟にして〝宿敵〟にして〝君臨者〟にして〝超越〟せし〝儀装〟の――」
「うんわかったからもうそのへんで」
いつまでも手を離そうとしてない鶯谷さんを振り切って、私は自分のスターティングポジションにつく。こちらのラインナップは、さっきと同じ。
―――ネット―――
小田原 露木 西垣
栄 今川 瀬戸
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私はネット際から自軍を見回す。こちらの前衛は私と露木さんと西垣さん。二枚攻撃で速攻無し。続いてあちらの前衛を確認。萩原さんと篠田さんと……県内最高こと奥沢さん。そしてサーブは聖レからでしかも六波さん、と。
―――ネット―――
奥沢 萩原 篠田
仲村 羽田野 六波
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いきなり超難易度――うーん、どうしたもんかな。




