82(志帆) 結果発表
聖レ新人チームとの試合は、偉大なる七絵の多大なる貢献によって、私たちの勝利に終わった。それは同時に、聖レ一軍への挑戦権を得たことを意味する。
聖レ一軍との対決が待ち遠しいが、このイレギュラーなカードを組むにあたって、ずっとAとBで別々に回していた対戦ローテをどう調整するのかまでは、まだ決まっていない。その決議のために、今各校の先生がステージ前に集まっていた。私たちはひとまず、指示があるまでベンチで待機。
と、そうそう、忘れるところだった。
「はい、みんな注目。お待ちかねの結果発表だよ」
VS聖レ新人チーム戦。前衛勝負の打ち合いに持ち込むために設定したスコアアタック――その結果をまだみんなに伝えていなかった。こういう数字で白黒つく競争を好む露木さんと今川さんは、ベンチに座る私と知沙の真ん前にやってくる。この時を待ち望んでいたのだろう。結果を大体把握している七絵と栄さんも、確認のため身体をこちらに向ける。西垣さんは露木さんと今川さんを眺めて楽しそうにしている。よかった。約一名を除いてみんな『お待ちかね』だったらしい。
「では、まず第一位を発表する。今回の最多得点選手は……知沙、頼む」
「はいっ! というわけで、今回の栄えある最多得点選手は、小田原のナナちゃんです! 獲得点数はなんと9点! そのほとんどがブロックポイントです!」
「「おおおっ!」」
「セッターとはなんなんでしょうね、ほんまに」
ま、これについてはさすが七絵といったところだろう。
「続いて第二位を発表する。知沙、どうぞ」
「はい! 第二位は……栄さんです! 獲得点数は6点!」
「「くぬうっ!!」」
「セッターってなんなんだろうね、本当に」
「いやあ、まあ、ウチは元々半分アタッカーでしたし」
これもさすがの栄さん、というべきだろう。二人ともまったく大した怪物である。
「よし。では、第三位いってみよう」
「はい!」
「「そろそろよね(だよな)……」」
ごくり、と息を飲んで待つ露木さんと今川さん。知沙は雰囲気を汲み取って、少し溜めてから告げた。
「第三位は……獲得点数3点の――――露木さん!!」
「しゃああああ!!」「ぐぬああああ!?」
「――と今川さん!!」
「うおおおおお!!」「なあああああ!?」
「というわけで、三位は同着で露木さんと今川さんでした」
「「ちっ……同点とか(か)、複雑な気分ね(だな)!」」
ぷいっ、と顔を背け合う露木さんと今川さん。と、そんな二人を見て栄さんが何気なく呟く。
「というか、そんな気にしとったのに試合中に数えてへんかったの?」
「「決めるのに必死でそんなことしてる暇なかったのよ(んだ)!!」」
「あれ……? じゃあ、もしかして、栄さんは数えてたの?」
質問を挟んだのは西垣さんだ。栄さんは笑顔で答える。
「そらまあ、もちろんウチは数えてたで」
「「余裕なのねあんた(なんだなお前)……」」
「いや、余裕っちゅーか、セッターなら普通のことやで。誰がどんだけ打ってどんだけ決めたのかは最低限把握しとかんと、アタッカーの調子を客観的に測れへんやろ?」
「「……それは普通なの(か)?」」
もっともな疑問を抱く露木さんと今川さん。私も気になったので、一連の会話に対して何か言いたげに目を細めていた七絵に訊いてみた。
「どうなんだい、七絵? 同じセッターとして」
「その『最低限』を『普通』にできるセッターは、ほんの一握りかと」
「ふむ」
「えっ、ちなみに、ナナちゃんは?」
「私は今回、まんべんなくトスを上げろって指示があったんで、上げた数だけは大まかに把握してます。でも、正直、細かいのは苦手なので普段はやってないですね」
七絵の発言に、栄さんが意外そうに目を丸くした。
「そうなんですか? なんや、ウチ、セッターはみんな頭の中にスコアブックがあるもんやと思ってました」
「スコアブック……?」
「中学に上がったときのことなんですけどね、先輩のセッターにまっさらなスコアブックを見せられて言われたんです。『この表を頭の中に貼り付けて、試合中はいつもそこに記録をつけること』って」
「それは、いわゆる、珠算で頭の中に算盤を思い浮かべるようなものかな?」
「はい。それができひんとセッターはやっていけへん、って教わりました」
「……それ教えたのって、もしかして獨楢の今のキャプテン?」
「そうですけど?」
なるほど。獨楢の伝統を支えるセッターには、中学時代からそのような英才教育が施されるというわけか。
「でも、慣れればどうってことないですよ。あ、でも、世奈とツーセッターやったときはちょっと大変でしたね。ウチが上げた分と世奈が上げた分とその合計で表が三枚分必要でしたから」
「「「………………」」」
「え? ウチ、なんか変なこと言いました?」
きょとんと首を傾げる栄さん。誰も何も言えなかった。これ以上深入りしないほうがいい、とみんな悟ったのだ。
「……さて。少々脱線してしまったが、第四位の発表にいこうか。知沙、頼むよ」
「そ、そうだねっ! えー、では、第四位いってみようと思います! 第四位の人の獲得点数は……1点!」
「あっ、私だぁ」
「はいっ! そうです! 第四位は西垣さんでした! そしてこの1点はなんと西垣さんの本日初得点です! 拍手ー!」
ぱちぱちぱち、とささやかな祝福。知沙の言う通り、今はまだセミしか打てない西垣さんは、ここまで相手のブロックとレシーブに阻まれて得点できずにいた。彼女が初心者で、相手が全国レベルの選手であることを考えれば、これはとても価値のある1点だ。
「それから、えー、最後――なんですが……」
「どうした、瀬戸さん? さっきからまったく会話に参加していなかったが、どこか具合でも悪いのかね?」
ずっとがっくり項垂れて話を聞いていた瀬戸さんは、重たそうに頭を上げる。その表情は冬の雨の日のようにどんよりとしていた。
「なんていうか……心が折れそうです」
「瀬戸さん、心も身体も一緒だよ。強くなるためには、破壊と再生を繰り返さねばならない」
「繰り返す以前に、粉々に砕け散ってそのまま再起不能になりそうなんですが」
「大丈夫。もし粉々になっても私が責任もって破片を回収し、いい感じに修復する」
「その修復された私は果たして私なのだろうか……?」
「ま、結果は結果だ。受け容れたまえ」
私はそう言って知沙に目配せする。知沙は躊躇いながらも、それまでの形式に則ってスコアを読み上げた。
「えー、というわけで、第五位は瀬戸さんです! 獲得点数は…………その、えっと、マイナス3点!」
「ははっ、マイナスとか本当に救いようが…………ってちょっと待った!? 3点!? あれからまた増えたんですか!?」
「増えた? 何を言っている。減ったんだよ」
「そこは問題じゃなくて!!」
「そうだね。問題は君が1点も決められなかったことだ」
「バーン! 私の心は砕け散った!!」
断末魔の悲鳴を上げた瀬戸さんは、胸を押さえて動かなくなった。可哀想に。一体どこの私が彼女をこれほどまでに追い詰めたのだろう。
「というわけで、最下位の瀬戸さんの尊い犠牲から学べる今回の教訓は――」
私は石化した瀬戸さんの治癒を知沙に任せ、他のメンバーに笑みを向ける。
「誰かが点を決めなければ試合には勝てない」
自明なことをもっともらしく言っただけなのだが、露木さんと今川さんははっと世紀の大発見をしたように目を丸くした。そして、『誰かが』の部分を自主的に『自分が』に変換したらしく、めらめらとやる気の炎を輝かせる。私はさらに続ける。
「そして、今回のもう一つの教訓。これは第一位の七絵から学べることだが――『ブロックの重要性』だ」
「「ブロック……」」
「そうだ。知沙、今回の七絵のブロックポイントはいくつだったかな?」
「8点だよ」
「改めて聞くとすごい数字ですね……まさしく〝偉大なる七《"Big" Seven》〟やわ」
「栄さんの言う通り。25点のうち実に三分の一が、七絵が相手の攻撃を水際で食い止めたことによる得点だ。私との交替だったから、よりその偉大さが実感できただろう」
「「はい、すごく楽でした!」」
「正直でよろしい。そう、ブロックポイントは『楽』なんだよ。なぜなら、得点すると同時に相手の攻撃を阻止しているからだ。通常のアタックポイントがプラス1点だとすれば、ブロックポイントにはプラス2点の価値がある。つまり、七絵は今回、プラス16点分の働きをしたわけだね」
「「おおおっ!」」
「ただし、逆に言えば」
「「逆に……?」」
「もし相手からシャットアウトを喰らえば、こちらはマイナス2点分のダメージを受けることになる。つまり、瀬戸さんのイージーミス二回分に相当するダメージだ」
「恐れ入りますが星賀さん? 最後の『私のイージーミス二回分に相当する』って部分は必要でしたか? 本当に? 本当の本当に?」
「むろん危機感を喚起するのに不可欠な比喩だよ。それが証拠に」
「「シャットアウトを喰らうと……瀬戸のイージーミス二回分に相当するマイナス2点……!?」」
「そんなっ!? あの怖いもの知らずどもが真っ青な顔で私を見てくる、だと……!?」
「ね?」
「くうっ! 早鈴さぁん、私の心はもうダメです!!」
「だ、大丈夫っ! 志帆ちゃんは加減を心得てるから! きっとその『もうダメ』ってぎりぎりの状態で留めてくれるよ!!」
「まさかの生き地獄!? もういっそトドメ差してっ!!」
閑話休題。私は露木さんと今川さんに向き直る。
「というわけで、ブロックの脅威は理解できたかな?」
「「よくわかりましたっ!」」
「よろしい。しかし、難しいのは、シャットアウトを恐れて攻撃の手を緩めては本末転倒になってしまうということだ。なぜなら『誰かが点を決めなければ試合には勝てない』のだから」
「「むむむ……要はあたし(わたし)が決めればいいってことですかっ!?」」
「ある意味ではね。いずれにせよ、君たちには期待している」
私は微笑を挟んで、それから雰囲気を真面目モードに切り替える。
「次の聖レ一軍との試合も、引き続き前衛勝負を仕掛ける。相手は県内筆頭の守備型チームだ。とにかく攻めて攻めまくろう」
「で、でも、志帆ちゃん、あのチームには……」
「わかってる。だから一年生たちには最初に言ったんだ。七絵からよく学ぶようにとね。全員、覚悟だけはしっかりしておくように」
「「っ……はい!!」」
力の入ったいい返事だった。今朝体育館入りしたときの狼狽えっぷりが嘘のようである。七絵が来て、待望の白星を得たことで、気持ちに余裕が生まれたのだろう。
しかし、恐らく、それも試合が始まればすぐに失われる。現在の聖レには、それほどの怪物がいるのだ。
称号はそのもの――『県内最高』。
県内に存在する全てのバレーボール部部員の中で、最も背の高い選手。当然ながら、その身長はこの場においても最高。それも、選手・監督問わずだ。
七絵はおろか、聖レ新人チームの監督さえ越えている、超々長身ミドルブロッカー。
聖レオンハルト女学院三年、奥沢蘭。
通り名は、『走りくる壁』から転じて曰く、〝移動城壁〟。
彼女を相手に、うちの一年生たちがどこまで抗えるか。あるいは、抗えずに終わるのか。最悪の場合……本当に心が砕け散りかねない。私でも修復できないほど、粉々に。
「おっ、作戦会議は終わったのか?」
明朗な声に振り返ると、折よく戻ってきた神保沙貴子先生が私と知沙の後ろに立っていた。私と知沙がベンチから腰を上げると、他のメンバーも立ち上がる。私は一礼して応えた。
「おかえりなさい、先生。それと作戦会議ですが、まだ具体的な話には入ってません」
「そうか。じゃあ、先に私から今後の話をさせてもらう」
神保先生はぴんと背筋を伸ばし、こほん、と咳払いをした。
「まず、聖レ一軍との試合だが、これは約束通り行われることになった。とても有難いことにな。先方のご厚意を無駄にしないよう、集中して臨むように」
「「はいっ!」」
「で、試合開始はこのあと十分後、隣のAコートで行う。うちと聖レ以外は小休止。たぶんどのチームも私たちの試合を観戦するだろう。その後は、また元の対戦ローテに戻る。何か質問はあるか?」
「「ありません!」」
「よし。じゃあ、作戦会議の続きはAコートに移ってからだ。行くぞ!」
「「はいっ!」」
颯爽とメンバーを先導して歩き出す神保先生。私は一年生にボール籠などの移動を任せて、先生の後に続く。仕切り網を越えてAコートに足を踏み入れると、いよいよ始まるのだな、と胸が高鳴った。
VS聖レオンハルト女学院。
獨楢一強だというお隣と比較するなら、うちの県の格付けは四強とそれ以下に大別される。
蝶・蜂・龍・虎――四強の一角を崩せば、県優勝は一気に現実味を増す。
しかし、その四強の一角を崩す、というのが如何に困難か。少なくとも、去年の冬にあった新人戦で、四強はいずれも準々決勝をストレートで勝ち抜いている。それだけの力の差があるのだ。
私たちと、彼女たちの、差。
果たしてその距離は、手を伸ばせば届くほど近いのか、辛うじて背中が見えるくらいに遠いのか、あるいは、その姿さえ見ることが叶わないほど途方もないのか――この機会に、きっちり測らせてもらうとしよう。
私は歩きながらジャージのポケットを探り、ヘアゴムを取り出す。
試合で髪を結ぶのは、実に、三年振りのことだった。




