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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第七章(明正学園) VS聖レオンハルト女学院
227/374

81(希和) 高笑い

 ワンタッチを取られてすわブロックアウトかと焦って振り返ると、そこには大陸間弾道ミサイルばりに飛び上がっている小田原おだわら七絵ななえさんの巨大な姿があり、ボールはその真上を舞っていて、小田原さんはそこからさかえ夕里ゆうりにトスを任せておんみずからバックアタックを決めにいくという「セッターとはなんなのか?」的な哲学を感じさせる勇姿でもって、試合に幕を引かんとしていた。そして、


 ちょんっ、


 となんの冗談かフェイントをかました。私なら間違いなく反応できずにボールが落ちたあとも数秒固まっているであろう不意打ちに、しかし、セントレの羽田野はたの天理てんりさんとリベロのひ弱そうな人は瞬時に動き出した。さすがは守備のセントレを代表するキャプテンとリベロである。


 しかし、時にその『さすが』が思わぬ危険を生むこともある。普通ならあっさり決まるに違いない小田原さん渾身のフェイント。そんなボールに反応できる普通じゃない選手プレイヤーなんて、いたとしてもチームに一人くらいだと思う。しかし、そこはなんといっても守備のセントレ――一軍レギュラーどころか、一年生しんじんの中に二人も名レシーバーが存在している。


 そして、その二人が今まさに、同時にボールへ飛び込もうとしている。言うなればクロスプレーだ。このまま行けば接触事故に発展するかもしれない……と、私が口を開きかけたその瞬間、


「天理っ!!」


 りん、と風鈴のように清らかな声がした。例の『せーれっは!』で何度も耳にした羽田野さんの声。なんと羽田野さんが羽田野さんに制止を呼び掛けたのだった。


 羽田野さんの制止に羽田野さんが反応しないわけがなかった。フライング直前に踏み止まって速度を緩めた羽田野さんは、無理に止まらず慣性に任せて走り続け、ついにはフライングして床を滑っていたリベロの人の小さな身体をぴょんと跳び越え、数歩歩いて止まった。そしてボールのほうはというと、果たして、地面に落ちていた。リベロの人の指先は、あとほんの僅か、届いていなかったのだ。この結果は恐らく、羽田野さんが飛び込んでいても変わらなかっただろう。


 スコア、25―23。


 小田原さんの力技により、私たちの逃げ切り勝利が決まった瞬間だった。


「……まったく心配性ですこと。言われなくてもわかっていましたのに」


 ぽつり、と苦笑するように呟く羽田野さんの声。私はその声と、さっき羽田野さんを呼んだ羽田野さんの声を思い返して比較してみる。両者はものすごくよく似ているが、微妙に違う気もする。どういうことだろう?


「ん、明朝ミンチョーさんたち、もしかして負けたんか――?」


 隣のAコートを見て、栄がそんなことを言う。私もそっちを見てみると、確かに獨楢どくなら一軍レギュラーがベンチで反省会的なことをしていた。そしてその獨楢の一軍レギュラーに勝ったセントレの一軍レギュラーは、仕切り網を越え、Bコート(こちら)セントレ新人チームのアップゾーン近くにぞろぞろ集まっていた。


 そして、その先頭に、和やかに微笑む羽田野さんがいた。これが分身の術……リアルでは初めて見たぞマジで。


「天理、熱くなるのは良いですけれど、キャプテンならもっと周りに気を配らなくてはいけませんわよ」


 アップゾーンの羽田野さんが言う。コートの羽田野さんは言い返す。


「わたくしはちゃんと見えていましたし、止まるつもりでしたわ」


「いえ、巳頼そちらのことではなく、わたくしが言っているのは久穂こちらのことですの」


 アップゾーンの羽田野さんは、そう言うと、新人チームの最長身ミドルブロッカーの人の背中をぽんぽんと軽く叩いた。コートの羽田野さんはちょっとだけ目を丸くして、それからふうっと息をつく。


「心配かけてごめんなさいですわ、久穂ひさほ


「あっ、いや、私はいいんだけど……」


 顔を赤くするミドルブロッカーの人。コートの羽田野さんは「ありがとうですわ」と微笑んで、それから、またアップゾーンの羽田野さんに視線を戻した。


一軍そちらは勝ったみたいですわね、お姉様」


 お姉様? えっ? それは血の繋がった姉のこと? それともお嬢様高校にのみ存在するという伝説の心の繋がった姉のこと? どっち?


「ええ、勝ちましたわ。ですから、安心してあとはお任せくださいな」


 そう言って優しく微笑む羽田野さん。見れば見るほど羽田野さんにそっくりだ。いや、しかし、外界と隔絶したセントレというお嬢様の花園では、姉妹の契りを結ぶことで顔つきや仕草が似てくるとかそういうファンタジーがあっても……。


「まじまじ見比べるとほんま双子みたいやな、あの二人」


「さ、栄! ちょうどよかったわ……! コートの中にいる羽田野さんと外にいる羽田野さんって、一体どういう関係? やっぱり血が繋がってるの? それとも……」


「『それとも……』の先がなんなんか気になるけど――いや、常識的に考えて、あんな分身うりふたつな赤の他人がおるかいな。ウチはよう知らへんけど、あの人は正真正銘、羽田野天理さんのお姉さんらしいで。二つ上の、今のセントレのキャプテンやそうや。その名も羽田野由衣(ゆい)さんやて」


「ゆ、由衣お姉様、とおっしゃらるるですのわね」


「瀬戸さん、台詞に誤字脱字おかしなとこあるで?」


 うるさいわよ! どうせ私にお嬢様口調なんて無理よっ!




「ふっふっふっふ……!!」




 私と栄がこっそり羽田野さん談義をしていたところへ、急に不敵な笑い声が上がった。一斉にみんながそちらを見る。声が聞こえたのは、羽田野由衣さんを中心に集まっているセント一軍レギュラーメンバーの最後尾からだ。




「おほほほ……っ! くっくっくっ、うふふ――なあーはっはっはっ!!」




 どうにも安定しない高笑い。しかしその声は舞台女優かオペラ歌手のようによく通り、耳の奥にまで心地よく届いた。そしてその笑い声の主は、周りが脇にどく形で、ゆっくりと、私たちの前にその姿を見せる。


「〝明正学園メイジョウガクエン〟の皆さん……我らが〝新人ラテトレ〟たちを打破したこと、〝ワジエス〟に〝見事(ボラ・ファボーラ)〟としか〝表現シクリエル〟できませんわ」


 途中から何を言っているのかまるでわからなくなった。そして、言っていることもそうだけど外見はもっとはちゃめちゃだった。少なくともバレーボール選手プレイヤーには見えない。そんな人がずんずんと歩いて私たちのほうへやってくる。


「かつて共に〝全土大戦エンダーレ〟を戦った〝盟友チャーミィ〟――〝第七戦艦(ナンバー・セブン)〟……それに〝落日永代サカエユウリサン〟はもちろんのこと、他の〝一年生ジ・アロ〟も〝原石バパランデス〟ながらなかなかの〝在力マナカ〟をお持ちのようで」


 まず、腕。なんか黒い包帯が巻いてある。左腕の指先から肘にかけてぐるぐるに巻いてある。あれじゃオーバーハンドもアンダーハンドもまともにできやしない。そもそも包帯を巻くような怪我や病気をしているなら試合に出られるわけがない。あるいは、特に理由もなく包帯を巻いているのだとしたら、とりあえず外したほうがいいと思う。


「間近に〝聖戦ナハト・シャッテ〟を控えた〝調整中シュベイリンガー〟たる我が身……本来であれば貴女方と〝干渉ナドカル〟すべきではないのでしょう。しかし、〝約束ロマネ〟は〝約束ロマネ〟……」


 次に、目。なんか黒い眼帯が右目を覆っている。片目で遠近感がつかめないのは皆さんご存知の通りである。バレーに限らずほとんどの球技で片目の不利は計り知れない。そもそも眼帯をつけるような怪我や病気をしているなら試合に出られるわけがない。あるいは、特に理由もなく眼帯をつけているのだとしたら、とりあえず外したほうがいいと思う。


「〝ネア〟――そうではありませんね。我はもうその気になっています……つまり、〝約束ロマネ〟など無関係に貴女方と〝遊戯ジゼラ〟したい、と」


 あと、マント。なんか黒いマントを羽織っている。えらく裾が長い。外が黒で内側は深紅。さらに金糸の刺繍で何かの紋様が縫い込まれている。それが歩くたびにゆらゆらとはためく。これはもはやバレーをするとか試合に出るとかそれ以前にTPOに合ってない。とりあえず外したほうがいいと思う。


「おっと……〝宣明サイナメール〟がまだでしたね。我は〝大聖帝国(セントレ)〟が〝近衛師団長リベロ〟――〝遣名カナ〟を〝鳴禽文目スイート・アイリス〟と申します。もちろん〝手加減ケニー〟はいたしません。戦うからには〝本気レジレス〟でいきますわ」


 などと意味不明なことを言って、その謎の人物はセントレコートの中心でびしっとポーズを決めた。具体的に言うと、その場で一回転してずざああっと黒マントを翻し、黒い包帯を巻いた左腕の先を右目の眼帯に押し当て、右手はいい感じの角度でぴんと横に伸ばしマントの裾を支えている。


 と、ネット際に立っていた小田原さんが口を開いた。


「あの、鶯谷うぐいすだにさん」


 ぴくりっ、と謎の人物のポーズが揺らいだ。足を交差させて立っているからバランスを取るのが難しいのだろう。しかし、再びぴたりとポーズを固めると、謎の人物は不敵に微笑んだ。


「〝群衆ジェロス〟の前で我が〝真名マナ〟を呼ぶのは控えていただけませんこと、〝第七戦艦(ナンバー・セブン)〟? 〝左腕ロンサイ〟に〝封印テレパス〟されし〝魔哭王トリガー〟の〝半覚醒レ・シュザ〟が」


「いや、でも、初対面の人もいるから普通に喋って」


「…………〝了解シエスタ〟」


 渋々、といった風に肩を落としてポーズを解く謎の人物。そして、(格好はともかく)普通に踵を揃えて立って、包帯の巻かれていない右手を胸に当てた。


「わたしたちセントレオンハルト女学院じょがくいんは、あなた方を全力で迎え撃ちますわ。お互いよい試合をしましょう、明正学園の皆さん」


 思わず聞き惚れてしまう美声。そして滑らかな発音だった。さらによくよくその姿を見てみると、小柄ながらも全体的に曲線が豊かで、ふんわりショートボブの黒髪に、とろんとした眼差しや柔らかそうな頬が相俟って愛嬌があり親しみやすい。なぜかさっきまでの奇矯な言動をしていたときよりもより強く目が惹き付けられる。一言で言えば、すごく可愛いぞこの人。


「うん、ありがとう」


 小田原さんはしかし――恐らく慣れた相手なのだろう――にべもなく言い放った。


「で、それはそれとして、私たち試合終了ゲームセットの礼もまだで、審判の先生も困ってるから、とりあえずコートから出てもらえる?」


 正論だった。圧倒的正論だった。謎の人物があまりに堂々としているものだから、もうこういうのもアリかなって錯覚してたけど、厳密には私たちはまだ試合中なのだ。出場選手プレイヤー以外がコートに踏み込むなんて言語道断もってのほかである。


「ふふっ、相変わらず〝厳格デ・ダンデ〟ですわね……〝第七(ナンバー)


「いいから早く」


 小田原さんが語気を強めて威圧する。謎の人物は来た時と同様「ふふっ……くくくっ……くはーっはっはっは!」と安定しない高笑いを響かせながら駆け足にコートを出ていった。そして、その高笑いが止んだ途端、


 しん、


 とコートどころか体育館内に冷たい沈黙が降りる。そんな中で、小田原さんと羽田野天理さんが主審の獨楢の先生にぺこりと頭を下げる。


「「失礼しました」」


「……いや、止め損ねた俺が悪かった。まあ、とにかく、だ」


 ぴぃぃぃぃ――と笛を鳴らし、主審の先生は両手を胸の前で交差させた。これはちゃんと意味のあるポーズ。つまり、試合終了ゲームセット


「25―23で、明正学園の勝ちだ。選手プレイヤーは整列」


「「はいっ!」」


 たっ、と全員がエンドラインに向けて動き出す。途中、まだ混乱している私たちを落ち着かせるためだろう、小田原さんが早口に言う。


「あの人は鶯谷うぐいすだにあやめさん。私と同期の県選抜メンバーで、県内筆頭の守備力を誇る現在のセントレの正リベロ。要するに――但し書きを省いて言うなら――県内最強のリベロだよ」


 めちゃくちゃ強い人じゃないですか!?


「まあ……ちょっとだけ現実と妄想の区別がついていなかったり、独自だったり難解だったりする言葉を頻繁に使ったり、自分の前世や来世や世界の有り様についてあれこれ考察してはそれを他人に披露することに喜びを感じたり、奇抜な格好や突飛な言動をするのが三度の飯より大好きだったりする難点があるけれど……とにかく県内最強のリベロだよ」


 めちゃくちゃ痛い人じゃないですか!!?

登場人物の平均身長(第五章〜):165.3cm

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