80(久穂) 風鈴
羽田野天理率いる聖レ新人チームの選手は、リベロを含めてぴったり七人。そして、コートに立てるのは六人。だから、後衛でリベロの鬼島巳頼と交替する私と針ヶ谷的子は、前衛に戻るまでの間、アップゾーンで一人でいなければならない。
とても、疎外感。
今みたいに、試合が白熱しているときは、さらに。
スコアは、24―23。あと一点取ればデュース、という場面。
サーバーはキャプテンの天理。ここで外すような選手ではないし、むしろ追いつめられるほど集中が増していくタイプなのだけれど、だからこそミスれば負けという場面で普段より厳しいとこを狙いにいくから見ていてひやひやする。
ぱしんっ、と放たれるフローター。ひゅ、と白帯スレスレを通過し、相手コートのレフト線を強襲。BRの赤茶髪の人(露木さんと言っていた)が辛うじて拾い、ボサっとした髪の人(瀬戸さんと言っていた)がフォローに入る。あそこから決定打を放つのは難しいだろう。
また長いラリーになりそう。
そして、長いラリーになった場合、制するのは私たち聖レオンハルト女学院だ。
瀬戸さんの繋いだボールは、センターにいる栄夕里さんの上空に。自身の左側から飛んできた二段トスを、栄さんは左手で捉え、こちらのコートのライト線を狙い打ってくる。巳頼がそれを拾って、セッターの織部水華へ。レフト・堀川宇絋、センター・針ヶ谷的子、ライト・山口舞紗の三枚攻撃。
中でも当たっているのは、明正学園のセットポイントになってからここまで二得点を決めている舞紗だ。しかし、舞紗のそれは言うなれば選択式のテストで答えが連続で『3』とか、そういう危うさを孕んでいる連続得点。たぶん水華なら宇絋に上げるだろう――そう思っていたらやはり宇絋に上がった。宇絋は、かなりへばっているライトブロッカーの瀬戸さんを狙って、ストレートへ打ち込む。
ばしんっ!
おっ、と私は小さく声を上げる。宇絋のストレートスパイクはいい感じに瀬戸さんの指先を弾き、そのままコート外まで飛んでいきそうだった。読んでいなければまず追いつけないボール。BCの初心者と思われる人(西垣さんと言っていた)はそういう予断に基づいたプレーをする選手ではないから、これは決まっただろう、と私は思った。
しかし、
「っと……!」
ばんっ、
とシャットアウトみたいな激しい音がして、コート外へ向かって直進していたはずのボールが突如真上に突き上げられた。ぽーん、と宙を舞うボールを見ながら、そんなまさか、と私は思う。宇絋のスパイクは瀬戸さんのワンタッチを受けて、そこから勢いそのままに上へ向かって飛んでいた。それを塞き止めて突き上げたってことは、つまり、その人物は、宇絋の打点や瀬戸さんのブロックより遥かに高いところへ手を伸ばしたってことになる……。
いや、もちろん、あの人は確かに宇絋や瀬戸さんより遥かに高いのだけれど。
あの〝偉大なる七《"Big" Seven》〟――雀宮中の小田原七絵さんという人は。
「栄さん」
あわやブロックアウトのボールを見事にレシーブ(この場合ブロックと言うほうがしっくりくる)した小田原さんは、セカンドタッチのフォロアーに栄さんを指定する。その栄さんは、小田原さんに呼ばれる前から既に落下点へ走り出していて、オーライ、と左手を上げている。恐らくレフトの黒髪の人(今川さんと言っていた)にセミオープンを上げるのだろう。ライト線から反対側への二段トスなのでかなり距離があるが、栄さんのセットアップ技術と今川さんのパワフルさを考慮すると、安心はできない。天理も同様のことを思ったみたいで、的子と舞紗にブロックにつくよう指示を出し、来る攻撃に向けて宇絋と自身と巳頼の守備位置を入念に調整する。
「……栄さん」
ぐるるっ、と腹を空かせた猛獣の唸り声のような、身体の芯を震わせる呟きが聞こえた。
「ちょうだい」
どしんっ、という重厚なその響きは、まるで巨大な怪獣の足踏みのようで、一瞬にして場の全員を竦ませる。
「宇絋、ブロックですわ! 的子と舞紗も――!」
レシーブのために下がっていた宇絋が急いでネット際につく。今川さん側に寄っていた的子と舞紗も早足で戻る。嵐の夜のような慌ただしさ。否、今私たちのコートに襲いかからんとしている『それ』は、嵐よりもっと恐ろしい。
とんっ、
と栄さんが滑らかにトスを上げる。それはライトの瀬戸さんに向けたものでも、レフトの今川さんに向けたものでもない。
「――ナイストス」
後衛の、小田原七絵さんのために上げられたトス。
「総員っ! 衝撃に備えええ、ですわっ!!」
BLの天理がノリノリで叫ぶ(この状況で楽しそうだな……)。セッターによるバックアタックという異例の事態に、こちらは三枚ブロック、セッターの水華も今はレシーブのことだけを考えたポジション取りをして、厳戒態勢だ。それを受けても小田原さんは全く動じない。どしんっ、どしんっ、と力強く踏み込み、アタックラインの手前で大きな足が地面を蹴る。
ごわあっ!
巨体が浮いた。高く浮いた。大きくて重いものは浮き上がりにくいなんて常識があの〝偉大なる七《"Big" Seven》〟に通用するはずもなかった。その巨体を自在に動かせるだけのパワーとエネルギーを内に宿しているからこその、〝偉大なる七《"Big" Seven》〟なのだから。
その小田原さんが、もはやソフトボール大に見えるバレーボールを、豪腕で捉えんとする。
隕石が降ってくるのを真下で見ていたらきっとこんな感じだろう、という恐怖を越えた感動が、私を包む。そして、
ちょんっ、
と小田原さんは指先だけでボールを突いて三枚ブロックの裏にフェイントを落とした。
ってあれだけ派手に踏み込んでおいてフェイントですか!?
不意をつかれた私は声も出てこない。しかし、それでも天理と、我らが頼れるリベロであるところの巳頼の二人は、小田原さんの奇策に反応していた。
「なんのこれしきですわっ!!」
「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
悲喜こもごも、というと違うけれど、天理は嬉々として、巳頼は泣きながらボールに向かって駆けていく。もちろんそれだけで届くタイミングではない。ぎりぎりでフライングする必要がある。しかし、それはつまり、一つのボールに二人が同時に飛び込むということになって……。
互いに一点に向かい、みるみるその距離が縮まっていく天理と巳頼。いけない、と私は思う。止めなければ。でも、たぶん私の声じゃあの二人を止められない――いや、それでも、言わなければ、叫ばなければ――!
「天理っ!!」
私の口から微かな空気が漏れた瞬間、背後から、りん、と風鈴のように清らかな声がした。




