79(知沙) 環境
試合中に相手選手がベンチに突っ込んでくるというかつてない体験に、私の心臓はまだばくばく鳴っていた。しかし、私の両隣の志帆ちゃんと神保先生は何事もなかったみたいに今のラリーを振り返る。
「あちらは目に見えて動きがよくなってますね。これが守りと繋ぎを重んじる聖レのバレーというわけですか」
「そういうわけだ。攻撃の音成女子に対して、守備の聖レ。チーム単位の堅さは県内筆頭――当代はもちろんそうだし、今のを見る限り来年も再来年も磐石だろうな」
神保先生の見立てはきっと正しいだろう。私はスコアブックのアタック本数のところに正の字を足し、なかなか書き込めない決定本数の欄を気にしつつ、二人の話に混ざる。
「聖レのバレー部には、なにか、秘密の特訓法みたいなものがあるんですか?」
「いや、早鈴、そんなものはないよ」
私の質問に、神保先生は可笑しそうに笑った。
「単純に、チームの練習方針がレシーブ重視で、その積み重ねがあるってだけだ。が、もちろん、それだけでは西の王者――守備の聖レなんて呼ばれるだけの実績は生まれない。当然、聖レと他の守備型チームの間には大きな違いがある。なんだかわかるか?」
「んー……連携の良さ、でしょうか?」
「おっ、いいとこ見てるな。そう。つまり、聖レが伝統的に県内筆頭の守備力を誇る理由は、小中高一貫というあの閉ざされた環境にあるんだ」
「実に理にかなってますね」
志帆ちゃんが感心したように頷く。私はまだ理解が追いつかないので、神保先生の説明を待つ。先生は聖レのコートを見ながら続きを話す。
「あいつらの大半は小学生でバレーを始めて、以来ずっと同じメンバーで練習を繰り返し、粘り勝ちを信条として多くの実戦をくぐり抜けてきた。その結束力が聖レの守備をどこよりも強固なものにしているんだ」
「ああ、なるほど……」
一緒にプレーしてきた期間が長ければ、それだけお互いのことをよく知って、プレーが噛み合うようになる。入部試験の時の露木さんと今川さんなんかは、それに似た息の合い具合を見せていた。元々敵同士だった二人でそうなのだから、小学時代からずっと仲間同士だという聖レの人たちの結束力が強くないわけがない。
「その結束力を守備に向けているのも、やはり環境が理由なんですよね?」
ちょっと唐突に感じる問いだった。私は志帆ちゃんに振り向いて、「どういうこと?」と訊く。
「高い結束力をどう活かすか、という話だよ。例えば、近い環境にある獨楢においては、その結束力は息の合った攻撃という形で発揮されている。でも、聖レの伝統はあくまで守備だ」
「そのことと、聖レの環境に関係がある……?」
「星賀の言う通りだよ」
私はまだ問いの内容を十分には理解できていなかったが、神保先生は先に答えを口にした。私が先生に向き直ると、先生は私のために補足した。
「たとえ身体能力が平凡でも、守りと繋ぎに関しては反復練習を重ねた分だけ結果がついてくる。だが、攻めに関してはそうでない面がある。ある程度の結果を出すために、何かしら非凡な才能が必要になってくる。わかりやすいのは体格だな。
通常の強豪なら、不足があれば外部から大型選手をスカウトしてくることもできるだろう。獨楢も何人か獨楢中出身者ではない選手が混じっている。
対して、外界と隔絶した聖レは、聖レの内部でしかメンバーを募れない。だから、聖レが西の王者に君臨し続けるためには、守備に特化した現在のスタイルが最も合理的なんだ」
「そっか……小学時代からずっとメンバーが変わらないっていうのは、デメリットもあるんですね。それを最小限にするための、守備重視」
「そういうこと。聖レは本当に、全国的に見てもかなり特殊な環境だと思うよ」
「つまり、先生は、そんな環境に合わなかったから聖レを飛び出したと?」
「急にずばりと聞いてくるじゃないか早鈴……」
「あっ、わ、ごめんなさいっ!」
口をついて出た失言に私は慌てる。先生は、しかし、苦笑いを浮かべて「気にすることはない」と言ってくれた。
「実際に、その通りだったんだからな。基本的に聖レ学徒ってのはみんな気の優しい素直なお嬢様で、だからこそ守備重視の伝統と相性がいい。が、まあ、数年に一人くらいはいるのさ。私みたいな跳ねっ返りがな。――と」
ぴぃ、という笛の音が長かったラリーの終わりを告げる。主審の獨楢の先生の腕が伸びているのは、聖レ新人チームの側。
スコア、24―22。
聖レが得点するたびに上げる『せーれっは!』という掛け声が、さっきよりも大きくなっている気がする。たぶん、こっちのコートに立つみんなも、同じように感じているだろう。
「よくない流れだな。星賀、出るか?」
神保先生が声を落として志帆ちゃんに言う。志帆ちゃんは「そうですね……」と呟きながら、コートのほうをじっと見つめる。その視線の先にいるのは、ナナちゃん。と、その視線を感じ取ったのか、ナナちゃんもこっちを見た。志帆ちゃんは楽しそうに微笑む。
「……やめておきます。私の出る幕ではなさそうですので」
「そうか、ならばこのまま行く。ただし、デュースになったらタイムアウトを取る。もし何か言いたいことがあるならまとめておけ」
「わかりました」
二人の間で話がまとまる。同時に、サービス許可の笛。聖レ新人チームのキャプテン――羽田野天理さんがサーブを放ち、プレーが始まる。
と、その時、背後のAコートからひときわ長い笛の音が聞こえた。ちらりと振り返ると、やはり試合が終わったところだった。スコアボードを見る。獨楢一軍VS聖レ一軍――勝ったのは聖レのほうみたい。
「そう言えば、最初に遠征の話をした時、聖レと聞いて一番反応していたのは七絵でしたね」
志帆ちゃんがそう言うと、神保先生が応えた。
「無理もない。小田原の中学時代の最終成績は県一位。でもって、同期の聖レ――現在の二年生は歴代屈指の黄金世代なんだそうだ。要するに、あの世代の決勝カードだったってことだな」
「かつて優勝を争った相手が見ているわけですね。なら、むざむざ負ける七絵ではないでしょう。それに、七絵は今、あのコートの中で唯一の上級生です」
「そりゃ確かにお前の出る幕じゃないな。むしろ、出したら私が小田原に睨まれそうだ」
神保先生はくつくつと、志帆ちゃんはくすくすと笑う。私は、でも、やっぱりはらはらしていた。どうしてもこちらの攻撃が決まらない。セットポイントを取るまではかなりテンポ良く決まってた印象があって、今も同じくらい強く打ち込めていて、実際あっちは繋ぐので精一杯ってくらいにこっちが押してるのに、それでも、あと一点が遠い。
〝不死蝶《Crawling Butterfly》〟――その不気味な気配が、足元から首筋へ、じわじわと這い上ってくる……。
がざっ、
とボールがネットに掛かった。打った瀬戸さんは、足元に落ちたボールを見てくたりと項垂れ、息も絶え絶えに膝に手をついた。
スコア、24―23。
だ、大丈夫……なんだよね?




