75(水華) 指先
もううううっ、天理ってば!!
〝偉大なる七《"Big" Seven》〟の力はよくご存知でしょうに! その上で自ら率先して玉砕しにいくキャプテンがどこにいますの! しかもあんな目をキラキラさせてまー楽しそうですこと! こんなにやきもきしているあたしの立場ったらないですわ!
やはり、天理だからと甘やかしたのがいけなかったですわ。チームの司令塔として、今はあたしがしっかりしなければならないですの。冷静に、周りの状況をよく見て、突破口を開いてやりますの。
ちらっ、
と明正学園の前衛を見ますと、そこには〝偉大なる七《"Big" Seven》〟と〝不沈の黄昏〟――俗に怪物と呼ばれる全国屈指のセッターが、どういう冗談か肩を並べています。
…………思えば、獨楢のキャプテンさんやら、〝蒼白の真珠〟こと森脇世奈さんやら、鶴舞女子のツインタワーさんやら、もちろん仲村先輩も――なんだか周りのセッターのレベルが軒並み高くありませんこと? もちろん県代表校同士の練習試合ですからどの選手も全国級なのですが…………はっ!! もしかしなくても皆さん県選抜経験者でなくて!? あたしの立場が息してませんわ!!
ぱしんっ、
というサーブの音で我に返ります。立場など気にしている場合ではありませんでした。かなり緩やかなサーブがひょろひょろと飛んできています。それを巳頼が拾い、ボールはぴたりとあたしの手の中へ。よし……このAカットで生まれた余裕を利用しない手はありませんわね!
ちらっ、ちらっ、
と、あたしはわざとらしく首を動かして明正学園のコートを二度見します。あたしなりの『ツーアタックも選択肢にありますわよ』アピールですの。……しかし、今回はミドルブロッカー(なんでもでき過ぎですわ!)をしている栄夕里さん相手にこんな見え透いた小細工が通じるはずがないと気付き、やってすぐに己の浅はかさにげんなりしました。
し、しかし、ですわ……! ならば正攻法! 〝偉大なる七《"Big" Seven》〟がレフトで待ち受けているのですから、ここは久穂のAクイックで切り崩します! 単純過ぎる? せっ、正攻法ですわ正攻法!!
とっ、
とあたしは打ちごろのボールを久穂に送ります。クロスにもターンにも寄せず、程よい位置へのトス。どこへ打つかは久穂の判断に委ねる形ですの。久穂が対するはあの栄夕里さんですけれども、ミドルブロッカーとしては久穂のほうが高さも経験も上。きっと久穂ならやってくれますわ。さあ、やっておしまいなさい、久穂!
と、あたしが心中で成功イメージを膨らませていたところに、
ぐわっ!!
と何者かの恐るべき覇気が向こうから放たれました。言うまでもなく〝偉大なる七《"Big" Seven》〟です。天理のマークをしていたところからこちらへと一足に迫ってきたのです。さっ――と、まるで夏の日差しを分厚い雨雲が遮るが如く、あたしと久穂をまとめて飲み込むほどの巨大な影が落ちます。
「…………っ!」
〝偉大なる七《"Big" Seven》〟の接近に気付いた久穂は、咄嗟に強打から軟攻へと切り替えました。指の先で突くようにボールに触れ、山なりのフェイントを放ちます! おおっ! さすが久穂ですの! ちょうど〝偉大なる七《"Big" Seven》〟の指先に触れるか触れないかといった、絶妙な軌道のフェイントですわっ!!
――がづっ、
と何かが引っかかるような音に、瞬間、さっと血の気が引いていきましたの。たぶん久穂も同様でしょう。あたしたちは空中を漂いながら、スローモーションになった視界の中で、空中に留まったままいつまでも動かないボールを見つめます。
なぜ、ボールの描く放物線が途中でぴたりと止まってしまったのか……?
答えは、簡単。軌道の途中に出現した障害物に阻まれているからです。
より正確には、障害物に『引っかかって』いるからですけれども――。
めりっ、
とおおよそバレーボールでは聞いたことのない不穏な音が鳴り、止まっていたボールが動き出します。
ゆっくりと、それまでの進行方向とは逆の、あたしたちのコートへと。
ぱすっ、
と、ボールが床に落ちたところで、あたしはスローモーションから抜け出します。ようやく頭が現実離れした現実を受け容れたのでしょう。あたしと久穂は驚愕でもって、〝偉大なる七《"Big" Seven》〟の姿――指先を口元に近付けてふうふうと息を吹きかけているその巨体を見上げます。
ええっ!? じゃあ本当に指先だけでボールを押し返したんですの!? そんな非常識な!!
あたしと久穂は口を開けたまま目を見合わせます。そんなあたしたちを眺めながら天理がふふふと微笑します。って! だからなぜあなたはそんなに楽しそうなんですの!? 状況わかってますの!?
ちらっ、
とあたしはスコアボードに目をやります。表示は、2―0。
ま、ままま、まだ始まったばかり……ですわ!!




