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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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70(夕里) 出会い

 あの時、県選抜の決勝トーナメント二回戦の、最終盤クライマックス


 世奈せなが上げたトスを打つあきらを見て、ウチはいつかの二人の自主練の風景を思い出した。


 一切の迷いなく、喜びが全身から溢れて背中を押すように高々と跳躍して、最高打点で腕を振り抜く。打ち出された弾丸のようなボールは、ブロックを歯牙にもかけず、予めそうなることが運命付けられていたみたいに、誰もいないコートの真ん中に突き刺さる。


 ああ……これは敵わん。


 思わず笑みを浮かべてしまった。


 セッターとして負けているとは思わない。けれど、エース相棒パートナーとしては、ウチの完敗やった。


 彰とは長い付き合いやけど、ウチはあいつのあんな楽しそうな顔なんて見たことない。たぶん、これからもきっと。


 理屈はわかる。世奈のセットはウチより高い。昔に比べて身長が伸びた彰にとっては、世奈くらいの高さから送られるトスがちょうどええんや。


 あと、何より、一緒に過ごした時間の長さ。身体が日ごとに成長していく一番大事な時期を、二人は共に高め合いながら過ごした。信頼は練習の上に成り立つものや。こういうときにそうする、ああいうときにどうする――そんな無数の小さな約束事つみかさねが、絆を深く強くしていく。ウチみたいな八方美人が、純情一途に彰を思い続けた世奈に勝てる道理がない。


 その試合は、世奈が決めた。彰がレシーブして、ウチが繋いで、世奈が打った。流れるような連携やったと今思い返しても惚れ惚れする。ベスト8の壁を破る最後の一撃として、これ以上ないものやった。


 転校の話は、まさに、渡りに舟やった。


 獨楢のバレーは高度のコンビバレー。その数や種類は中学に比べて格段に増える。セッターには純情一途より八方美人が求められる上、その高度さゆえに指揮系統が複雑なツーセッター制とは共存できない。となれば、明朝ミンチョーさんの引退後、世奈とウチがレギュラー争いをしたら、一つ上の先輩らとも合わせられるウチが十中八九選ばれる。しかし、ウチのトスやと、主砲エースである彰の高さとパワーが最大限に活かせへん。彰の最高を引き出せるのは世奈だけや。そして、世奈が引き出す彰の瞬間最大火力は、きっと高校でさらに伸び続けて、いずれは獨楢の伝統コンビバレーと同等の価値を持つことになる。ウチが残ればその芽を摘むことになるかもしれへん。


 ほな、もしウチが獨楢からいなくなれば?


 世奈は彰と似て融通利かへんとこがあるけど、ウチがいなくなったことで一つ上の先輩らと早い時期から試合に出るようになれば、経験値が増えてその難点も解消されるはずや。そしたらもう恐いものなんてあらへん。二人が三年生になる頃には、獨楢の伝統コンビバレーと彰の一撃が共存することになる。そこに世奈の持ち味(ツーアタック)が加われば、三叉の槍(トライデント)とでも言うべき、全国屈指の強さを持ったチームが出来上がる。


 あるいは、ウチが獨楢に残って、多少なりとも彰の力を引き出せるようになって、世奈がアタッカーに転向してスパイクに磨きをかけるという、違う形の理想トライデントを描くこともできる。けれど……ま、絵に描いた餅やんな。世奈がアタッカーに転向するとかありえへん。世奈は彰の相棒パートナーであろうとするやろし、いずれは最高の相棒セッターになるからや。


 そんな確信を持たせるくらい、あの時の彰と世奈は眩しかった。そして、その確信はやはり間違っていなかった。証拠ならすぐそこにある。近くて遠い、敵陣営(ベンチ)の真ん中に。


 見つめ合う二人は、あまりに眩しくて、綺麗過ぎて、長くは見ていられなかった。ウチは目を閉じて、安堵に肩の力を抜く。意地っ張りで肝心なとこが抜けとるよく似た二人やけども、ようやく素直になれたみたいで何よりや。これでもう、ウチがどういう位置にいようと、二人の繋がりが切れることはない。確定した星座線うんめい。きっと、ウチらと世奈が初めて会ったときから、こうなることは決まっていたんや。


 小学五年生の冬の新人戦、試合前のプロトコールで、チームキャプテンとして握手を交わす彰と世奈を見たとき、ウチは直感した。


 似たもの同士で、最初から対等な二人。この上なくぴったりで、しっくりくる組み合わせ。二人一組(お似合い)のエースとパートナー。助けて助けられて、支えて支えられて、頼って頼られて、引っ張って引っ張られて――いつの日か、そうやって並んで歩く運命にあるんやないかって……そんな風に、ウチは思った。


 しっかりと手と手を取り合う彰と世奈を見て。


 なんでそこにいるのが栄夕里わたしではないのだろう、と思った


 悲しくないと言えば、嘘になる。


 苦しくないと言えば、嘘になる。


 悔しくないと言えば、嘘になる。


 寂しくないと言えば、嘘になる。


 やけど、ウチは、わりとちょいちょい嘘をつく。悲しくない、苦しくない、悔しくない、寂しくない、なんでもない。なぜなら、そう言い続けていれば、いつかそれが嘘やなくなるからや。


 これで隠すのがもうちょっと上手かったらな――とは思うけれど、まあ、なかなかどうしてウチは根っからの甘ったれやし、露木つゆきさんにどやされるまで『気付いてオーラ』全開で我ながら未練がましくて情けなくて仕方ないなと呆れるけれども、でもやっぱりコートでは怪物バケモノでもウチかて中身は普通の人間おんなのこやから、そんななんでもかんでもは器用にできひんわ。


 でも、この決着のつき方はまったく悪くないやんな。というか、これがトゥルーエンドやんな。ハッピーエンドかビターエンドかは誰の視点かに拠るけれども、どれが正しい結末かといえば、きっとこれやんな。


 もちろん、まだ割り切れへん部分は大いにある。けど、そういうんはいずれ時間が解消してくれる。いや、わからんけど、そういうことにしとく。ほんでウチは、あの二人とは別のどこかで、ウチにしか手にできひん運命なにかを見つけようと思う。


 彰が、世奈に、出会ったように。


 ウチにやって、最高の出会いがあるはずや。


 それに、国を飛び出してまえば、お姫様はお姫様やなくなるしな。飛び出した先で一旗上げることができれば、また騎士と再会することができる。


 戦場コートで、向きうて、対等に矛を交わせる。


 やから、これでよかったんや。これがよかったんや。本当によかったんや。


 やから、よかったんやから、笑顔でいよう。


 感傷的なんはなしで、笑っていよう。




 ――ぎゅ。




 手を握られた。左と右でそれぞれ別の人物に。下向いて目を閉じてるから姿は見えへん。けど、繋いだ手から伝わる熱で、誰なのかはわかる。


「あんたがどう思ってるかはわからないけど……あたしたちには、あんたが必要よ。――夕里ゆうり


 さすがにここで夕貴ゆうきとか夕美ゆうみとか言われたら洒落や済まへんかったで、露木つゆきさん。


「あいつらに勝ちたいんだ。今だけでもいい……わたしたちと一緒に戦ってくれ、夕里」


 その素直さをちょっとでも相方に向けてくれたらウチも毎度毎度ツッコミせずに済むんやけどな、今川いまがわさん。


「…………っ」


 おーきに、と、そう言おうとした。でも、うまく声が出てこなかった。下手すると声やない別のもんが零れてしまいそうやった。かといってなんも言わずに済ますのは嫌やった。ウチは嘘つきやけど、やからこそ、伝えたい本当のことがあるときには、それをきちんと言葉にしたい。


 どうにかして声を出そうとする。やけどやっぱり言葉にならない。口から出るのは空気と変な音ばかりで、どうしても「ありがとう」の一言が出てこない。


 そうやってウチが悪戦苦闘していると、露木さんと今川さんは、それを止めさせるように握る手に力を込め、それから、揃って言った。


「「こちらこそ……ありがとう」」


 まさかの以心伝心テレパシー。ウチは驚いて、おかげで色々なものが一度に引っ込んだ。顔を上げ、ぱちっと目を開ける。天井のライトが眩しかった。さっきまでのつかえが嘘のように、すんなり声が出てくる。


凛々花(りりか)! はやて! いっそリリハヤ!」


「「なんでひとくくりにしたのよ(んだ)!?」」


 期待通りの反応に、ウチはそういう薬でも飲んだみたいに急に楽しくなってくる。


「なんやわからへんのか!? 二人まとめて面倒見たる言うたんやで!!」


「「お、おう……」」


 狂ったようなおかしなテンションで叫ぶウチへの対応に困ったのか、二人はすすっとウチから身を引いた。ウチはちょっと冷静になる。この調子でヒャッハーしているといずれウチの身体が左右に引き裂かれてしまうからや。


「まあ、つまり……あれやっ!!」


「「どれよ(だ)?」」


「やからあれや、あれ!!」


「「どれ?」」


 あっれ!? なんで!? さっきの以心伝心テレパシーはどこいってん!?


「「よくわからないけど(が)、ちゃんと言ってくれないとわからないわよ(ぞ)」」


 揶揄うような口調に、ウチははっとして口をぱくぱくさせた。まさか――そうおもて視線を床と水平に戻し、二人の手を引き寄せつつ、後ろに一歩下がる。


 そこには、なんや悪戯小僧みたいな笑みを浮かべた顔が、左と右に二つ並んでいた。


「「で、あれっていうのはなんなのよ(なんだ)、夕里?」」


「っとにキミらは……っ! あれ言うたら一つやんか!!」


 叫んだ拍子に溜まっていた涙が、つっ、と頬を伝う。たぶん笑い過ぎで溢れたやつやこれ――ということにしようと思ったかはさておき、ウチは二人にとびっきりの笑顔を向けた。




「――勝つでッ!!」




 ウチが力の限りそう言うと、二人は作戦大成功とばかりに目を見合わせ、声を上げて笑った。


 繋いだ手から伝わる振動が心地よくて、どこからともなく全身に力が湧いてくるのを、ウチは確かに感じた。

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