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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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67(ゆふる) 真相

「今日の練習試合、明正めいじょう学園の飛び入り参加を強く支持したのは俺だ。さかえ夕里ゆうりと直に話す機会が欲しかったんだ」


 プレー続行不可能になった森脇もりわき世奈せなをベンチに下げてから、しばらく経ったあと。ずっと無言だった村木むらき天馬てんま先生は、世奈の足元に落ちる涙の数が減ってきたのを見てか、夏の遠雷のような低い声で練習試合の裏を明かした。


「あいつを獨楢どくならに引き戻すためにな」


 真相を知った瞬間、私はこの人を、ぶん殴ろうと思った。


 私の後輩せなを泣かせたのはてめえか……!!


「このこと――俺が栄を引き戻すつもりなのは、沢木さわきにだけは話した。そして、沢木からも栄を説得するよう頼んだ。あいつがどういう対応をしたのかまでは把握していないが……あの様子を見ていると、俺の頼みを聞いてくれたようだな」


 村木先生は、なんの感情も込めずに話を進めた。


「これは今朝、俺が栄に直接言ったことだが……お前たちは歴代の獨楢の中でも特に力のある世代だ。全国制覇も不可能ではない。栄夕里が戻ってくれば、その可能性はより高まる。俺はそう確信している」


 世奈は下を向いたまま反応を見せない。しっかり聞こえているだろうことは、世奈の手を握っている私にはそれとなく感じられる。私は黙って聞いていられずに、質問を挟む。


「先生の行動が、今のメンバーにどのような影響を与えるかまでは考慮しなかったんですか?」


「影響はあるとしても小さいと思っていた。仮に栄が復帰したとして、それは獨楢中出身者にとっても、昨年度県選抜メンバーにとっても、以前の状態に戻るだけだ。今の一年にとってはむしろそちらのほうがやりやすい状況のはずだと、俺は判断した」


「……人と人との繋がりは、算数の足し算引き算みたいに単純ではありませんよ」


「それは、俺には少し高度過ぎる」


「開き直るおつもりですか……?」


 がたっ、と私はパイプ椅子から腰を浮かせる。利き手の右拳を握り締めて。


「――ゆふるさん」


 そう小さく呟いて、世奈が私と繋いでいた手に力を込めた。


「あたしなら……大丈夫ですから」


「世奈……」


 タオルを被っているので、世奈の表情はわからない。声色からして大丈夫というのは明かな嘘だが、だからといって私がここで暴れることを望んでいるわけでもないらしい。私は拳を解いて、着席する。世奈は一度深呼吸してから、力のない声で言った。


「それで……村木先生、確認したいことがあるんですけど」


「なんだ?」


「夕里を獨楢に引き戻すというのは……つまり、先生はいずれ夕里を正セッターとして使いたい、とお考えなんですよね? それも、専業ワンセッターとして」


 世奈の口調に悲愴感はなかった。肯定以外の答えが返ってこないことを確信しているみたいだった。村木先生は、果たして、即答こそしなかったけれど、深く頷いて言った。


「ああ、お前の言う通りだ。今の美川よしかわの代がまさにそうであるように、獨楢うちの伝統は高度のコンビバレー。そして、栄夕里のセットアップ技術とゲームメイクのセンスは全国的に見てもずば抜けている。きっと大きな戦力になるだろう」


 世奈の身体が震え、口から吐息が漏れる。笑おうとしてうまく笑えなかったみたいに。


「……ええ、あたしもそう思います。夕里はやっぱり、獨楢にいるべき選手プレイヤーです。だって……夕里以上のセッターなんていませんから……」


 そう言ったきり黙り込む世奈。私は世奈に悟られないよう、再び拳を握った。もし村木先生が故意でも不意でも世奈を傷付けるようなことを言うなら――即座に黙らせる。


「……勘違いしないでほしいんだが」


 村木先生の口調が僅かに変化した。今までの、頭の中の台詞を読み上げるような淡々としたものではなく、抑え切れない気持ちに突き動かされるような情熱的なものに。


「俺が栄夕里を引き戻そうとした第一の理由は、セッターとしてのあいつの力が必要だったからじゃない」


 私と世奈の頭に同時に疑問符が浮かぶ。村木先生はコートを見たまま続けた。


「俺が最も欲しいのは……森脇世奈、お前の力なんだよ。俺は、お前のアタッカーとしての才能を引き出すことを、第一に考えている」


「アタッカー……?」


 その単語の意味さえわからない、といった戸惑った声で世奈は聞き返した。村木先生は「ああ」と低く唸る。


「知っての通り、コーチとしての俺の担当は攻撃だ。その俺が断言する――点取り屋(スコアラー)としてのお前の嗅覚は、紛れもなく本物だ。体格差を考慮しても、お前は沢木に匹敵する得点能力を潜在的に持っている。しかもお前は貴重な天然の左利き(サウスポー)。俺なら、お前を最高のスーパーエースに鍛え上げることができる。栄夕里のゲームメイク、沢木彰の高さとパワー……そこに、お前という切り札(スーパーエース)が加われば、二年後の獨楢は間違いなく全国優勝を争えるチームになる」


 村木先生は、もはや感情を抑えようとはしなかった。ごつごつとした拳を膝の上で固く握り、熱を込めて未来を語った。普段は無愛想で、部員(私たち)との馴れ合いを好まない村木先生がだ。


「俺はな……森脇。現役時代はサイドアタッカーだったが、身長タッパは高いほうじゃなかった。主審の間口さん(189センチ)くらいが『並』の世界で戦ってきたんだ。お前の169という身長も、180級が台頭する全国では似たようなもんだろう。しかし、だからこそ、俺ならお前のアタッカーとしての才能を最大限に伸ばすことができる。アタッカーに転向して良かったと思わせてやれる。決してお前に後悔させはしない……約束する」


 そう言って、村木先生はそれまでずっとぴんと伸ばしていた背筋を、ぐっと前屈みに曲げた。俯いている世奈の耳元に、自分の口を少しでも近付けたかったのだろう。一番伝えたいことを確実に伝えるために。


「俺と一緒に夢を見てくれないか、森脇世奈。俺はお前の中に運命を見ている。全国制覇という未来だ」


 村木先生のド直球の告白に、私と繋いだ世奈の手がぐっと強張る。私は村木先生をちらりと睨む。先生は依然コートのほうを見ていたが、私の視線を感じたのか、また元のように背筋を伸ばした。


「……もちろん、強制はしない。ただ、そういう可能性かたちもある、というだけのこと。全ては、森脇……お前が決めることだ。――――と、さすがにこれ以上は止めないとマズいか」


 上げ過ぎた熱を冷ますように溜息をついて、村木先生はゆっくりと立ち上がった。『止めないとマズい』ものとは何か――そんなのは考えないでもわかる。今のやり取りや私の荒ぶる心中もさることながら、コート内はもっと大変なことになっていた。


「タイムアウトだ」


 慣れないことをしたせいだろう、副審の柿崎かきざき先生への申告を終えてサイドライン際に立った村木先生は、少し疲れた声でそう言った。

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