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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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66(由紀) 収拾

 大変なことになっていた。


 県選抜ではゆるふわ系キャラを通してチームの潤滑油となっていたさかえ夕里ゆうりと、滅多なことでは動揺を見せない寡黙なキャプテン沢木さわきあきら――そんな二人の幼馴染みの壮絶な言い争いというそれだけでも天変地異みたいな大変な状況に、


「いい加減にしなさいよッ!!!!」


 さらに上乗せで明正めいじょう学園のダブルエースの赤茶髪のほう――露木つゆき凛々花(りりか)さんが乱入した。さらにさらに、


「これ以上はわたしも見過ごせないな」


 明正学園のダブルエースの黒髪のほう――今川いまがわはやてさんも出張ってくる。二人は、まさに一触即発だった夕里と彰の間に割って入って、夕里を庇うように彰の前に立った。試合が始まったときにも見た構図だが、その時とは比べ物にならないほど……そう、大変なことになっていた。


「……なんのつもりだ」


 ネットを潜ろうとしていた彰は一度身体を起こす。ただし、その手はネットの下端を掴んだまま。目も口も別人のように吊り上がっている。あのダブルエースが返答にしくじれば即座に乱闘なぐりあいが始まる。賭けてもいい。


「もちろん口を挟むつもりよ」


 露木さんの喧嘩上等な口調に、ぷつっ、と彰の何かが切れた音がする。ああ万事休す……! 私がごくりと喉を鳴らした、その瞬間、


「けど、あんたの前にまずこっち……っ!!」


 そう言って――まったく信じられないことに――露木さんは彰に背を向けた。振り返った先にいるのは夕里だ。夕里は急に自分に矛先を向けられて、驚いたようにびくりと肩を震わせた。露木さんは夕里が怯むことなどお構いなしにずんずんと迫り、その肩にがしっと両手を置いた。


「あんたね……栄夕里っ!! さっきからのその煮え切らない態度はなんなの!? 事情は知らないけどものすごーくもやっとするわよ!! 今川颯みたいに!! そう、今川颯みたいに!!」


「おい露木なんで二回も言った」


 彰の動向に気を払いつつ夕里と露木さんのやり取りを見ていた今川さんが呟く。当事者の片方である彰をそっちのけにして突然始まった味方つゆきさんから味方ゆうりへの説教に、私は唖然とする。彰も絶句している。夕里に至っては目をぱちくりさせて大混乱している。


「とにかく……っ!! 栄、あんたが何を考えてるのかはわからないけど、もう見てられないわ!! 言いたいことがあるならちゃんと言いなさい!! 逆に言いたくないことがあるなら無理に言う必要はないけど……っ!! それにしたって、変な意地を張って誤解を招くようなことをするのはやめなさい!! わかった!?」


 まるっきり予想外のところから予想外のものが飛んできたって顔で口をあんぐり開ける夕里。露木さんの懸命の訴えは、果たして説得力があったのかなかったのか、いずれにせよ夕里の心に届きはしたみたいで、夕里は全身の力が抜けたようにへなへなと項垂れた。すかさずキャプテンさんが駆け寄って、その身体を支える。


 露木さんは夕里をキャプテンさんに任せ、改めて、彰に向き直った。それを見た彰は我に返り、また険しい表情に戻る。露木さんは猛然と彰の前まで歩いていって、息がかかるほどの距離で立ち止まると、ネットの下端を掴んでいた彰の手を、上からぐっと押さえつけた。


 瞬間、まるで真っ赤に溶けた違う種類の金属同士がぶつかったみたいな激しい炎の奔流が巻き起こり、ネットのあちらとこちらを真っ二つに分断した――その熱気に私は思わず手を翳す。互いの内部温度はとっくに沸点を超えていて、衝突するや否や暴発した。


「部外者がわたしと夕里のことに口を出すな!! 引っ込んでいろ!!」


「試合の対戦相手に面と向かって部外者とは言ってくれるじゃない!?」


 ちょっとちょっと世奈せなも夕里も戦闘不能の今一体誰がこの二人を止めるんだよ……と私が全てを諦めそうになっていると、彰の手を押さえる露木さんの手(正確には腕)を、今川さんが掴んだ。炎と炎の間に薄い真空の層が生まれ、互いの熱を保ったまま衝突だけが抑えられる。


「……わたしたちはお前と喧嘩がしたいんじゃない。言いたいことは山ほどあるが、諸々の事情は、この試合の結果で決着をつける――最初にそう決めたはずだ」


 水を差す、というより氷山を叩き付けるように、冷ややかな口調とは裏腹にあくまで力押しで、今川さんは彰に言い迫る。


「栄とお前の間に何があったのかは知らない。付き合いの長い幼馴染みなら確執の一つや二つあるだろう……。けど、試合はお前たち二人だけのものじゃないんだ。二人勝手なことをするのはやめろ」


 今川さんの言葉に、彰よりむしろ露木さんのほうが苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。今川さんは涼しい顔で、しかし瞳だけは鋭く彰を見据えながら、続ける。


「栄と話したいことがあるなら……試合が終わって落ち着いて話せばいい。それより、沢木彰……お前にはまずやらなければならないことがあるはずだ」


 そう言うと、今川さんは露木さんの腕からゆっくりと手を離した。露木さんは少し冷静さを取り戻したようで、声を落とし、脅すのではなく宥めるように言った。


「ねえ……沢木彰。あんたも最強エースを名乗るなら、まずはチームの勝利に全力を尽くしなさいよ」


「……わたしは手を抜いていないし、チームの勝利のために戦っている」


 彰のその応えに嘘はない。ただ、やはり、その言葉には本来の力がない。露木さんもそれを感じ取ってか、容赦なく言い放った。


「じゃあ今のスコアは何よ」


 スコアボードの表示は、16―9。私が選手交替メンバーチェンジで投入されてから一点たりとも取れていないという事実を突きつけられて、彰は何も言えずに歯噛みする。


「バレーは一人の選手プレイヤーが連続でボールに触れない……一人でできることには限界がある。逆に一人じゃなければ色んなことができるわ。だからこの点差になってるの」


 露木さんの言葉は、彰だけじゃなく自分にも言っているように聞こえた。彼女自身、孤軍奮闘していた午前中と、夕里や今川さんと連携している今とで、その差を実感しているのだろう。


「あんたが強いのは、今までの試合で嫌というほどわかったわ。でも……あんたがどれだけ強かろうと、一番近くであんたを支えていた仲間を失って、それでもあたしたちに勝てる気でいるなら、さすがに思い上がりよ。あんたが一人で意地を通したところで試合には勝てないの。あんたがエースで、本気でチームの勝利を目指しているのなら……いい加減にさかえに突っかかるのはやめて、今すぐ仲間を迎えにいきなさい」


 そう言って露木さんは、こちらのベンチで沈黙を続けている世奈に目を向けた。そして、ゆっくりと、彰の手から自分の手を引く。彰のほうも、握力を失ったようにネットから手を離し、それからふらふらと後退して、痛みを堪えるように額を手で覆う。


「――――彰」


 不意の呼び声に、彰ははっと顔を上げた。声の主は夕里だった。キャプテンさんに支えられた夕里は、前髪で表情を隠すように俯いたまま、ひどく小さな声で、余人には意味の分からないことを呟いた。


「さっきのあれな…………全部、聞かれてたで」


「っ――――!?」


 それはよほど衝撃の事実だったのだろう――夕里から伝えられた情報に、彰は声を失い、唇をわなわなと震わせた。露木さんと今川さんも何か心当たりがあるみたいで、ぴたりと表情が凍りつく。ようやく事態が沈静化してきたと思ったところへ、また爆弾発言。これは、えっと……誰がどうやって収拾つけるの……? と私が泣きたくなっていると、




「タイムアウトだ」




 どういうわけか少し疲れた様子の村木先生が、サイドライン際から私たちにそう呼び掛けた。

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