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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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64(彰) そういうの

 何が起こったのかわからなかった。


 世奈せながキャッチボールの反則を犯し、それをきっかけに久保くぼ由紀ゆきとのメンバーチェンジが行われようとしている――それは、見ればわかる。


 わからないのは、どうして世奈がここへ来て突然戦意を喪失したのかということ。試合が進むにつれ調子が落ちていることには気付いていた。けれど、こんな風にぱったりと、脱け殻のようになってしまうほど追い詰められていたなんて……。


「世奈、なんで――」


 すれ違い様、わたしはそう言いかけて、声を失った。俯く世奈の肩が震えていたからだ。声をかけることはおろか、目を合わせるだけでも崩れ落ちそうなほどに、世奈は弱っていた。


「『なんで』……な。なんでなんやろな、ほんまに」


 怒気のこもった小さな呟きが、アイスピックのようにわたしの耳に突き立った。弾かれたように振り返ると、夕里ゆうりが冷ややかな目でわたしを睨んでいた。しかし、その表情は怒っているというより、悲しみを堪えているように見えた。


「……なあ、あきら。セッターにとって一番辛いことって、なんやと思う?」


「それは……」


 世奈の不調の原因と、夕里の問い掛け――それらの意味を整理しようとして、直後、由紀に肩を叩かれた。


「とりあえず、試合……キャプテン」


 由紀はわたしに周りを見るよう視線で促した。みんな、わたし以上に何がなんだかわからないといった様子で、困惑していた。わたしはこれ以上の動揺を与えないように表情を消して、わかりきった指示を出す。


「サーブカットから、一本。やることは変わらない。ポジションはそのまま……で、いいんだな、由紀?」


「そう……私は、この場だけの仮役セッター。迷惑かけると思うけど……」


「それぞれ、やれることをやっていこう。繋いでくれれば、最後にはわたしがなんとかする」


 わたしの言葉に力がないことには、みんな気付いていた。気付いたからこそ、みんなしっかりと頷いてくれた。ひとまず総崩れはせずに済みそうだ。ようやく混乱の極みから抜け出し、わたしたちはコートポジションにつく。途中、わたしは由紀に確認の声を掛けた。


「由紀、ローテはS3。あと、わたしも鹿子かのこも、セミでいいから」


 由紀は「セミでいいも何もセミ以外上げられないし……」とでも言いたげに肩を竦めた。そして、軽く手を挙げ、ただ「了解うん」とだけ言った。


 やがて、笛が鳴り、試合が再開する。相手のサーブはFR(フロントライト)狭川さがわ輝美てるみへ。多少動きは固かったが、結果はAカット。ほっとしたように由紀がセットアップ。ジャンプトスはしない。地に足つけて狙いを定め、わたしにセミオープンを上げた。


 由紀は全般的に器用な選手プレイヤーだ。ボールは程よい速さで程よい高さに上がっていた。しかし――わたしは踏み込みながら違和感を覚えずにはいられなかった――やはり、どれだけ精度が良くとも、トスと丁寧なオーバーハンドパスは、まったくの別物だ。


「っ……!」


 当然ながら、わたしの行く先には三枚ブロックが既に待ち構えていた。だが、エースとして、キャプテンとして、ここでむざむざシャットアウトされるわけにはいかない。意地でも通す――!


「だああっ!!」


 がづ、


 とボールは壁を抜けた。勢いは削がれたが、相手のレシーバーのいないコートの真ん中へ落ちていく。


「届くぞ! 取ってこい、瀬戸せとさん!」


「わんっ――じゃなくて、うっす!」


 明正学園のキャプテン――朝の挨拶のときに『星賀ほしか志帆しほ。逆さにしても、ホシカシホ』と冗談めかして名乗っていた――の的確な指示で、ボサっとした髪のライトがボールに喰らいつく。


 その伸ばした右手ワンハンドはぎりぎりボールの下に滑り込んだ。ライト――瀬戸は、さらにそこから、インパクトの瞬間に腕を強引に振ることで、ボールをかなり高くまで打ち上げた。間に合っただけで良しとしなかったそのファインプレーが、明正学園の追い風となる。


「ナイスレシーブや、瀬戸さん!」


 ボールはセッターの定位置のほぼ真上にぴたりと上がっていた。夕里は階段を駆け上がるような足取りで落下点に入り、跳ぶ。左腕の振りが大きい。ツーが来る、とわたしは反射的にブロックに跳んだ。しかし、夕里は――わたしの動きを見て咄嗟にそうしたのか、初めからそのつもりだったのか――伸ばした左腕を引き戻して、右手でボールに触れた。ちょん、と手首のスナップだけで上げられたトスに、今川いまがわはやてがクイックで合わせる。ボールはわたしの頭の上を風を切って抜け、ぱしゅ、とクロスのレシーバーの間に決まった。


 夕里とわたしはほぼ同時に着地し、ネットを挟んで向き合う形になる。わたしを見上げる夕里の表情は無に近い。思わずわたしは怯みそうになる。いつからだったか、夕里は感情が荒れれば荒れるほど表情を消すようになった。今だって、虚ろな顔をしているようでいて、瞳だけは激情に煌々と燃えている。


「セッターにとって一番辛いことはな……アタッカーに信じてもらえへんことや」


 ほとんど口を動かさないで、夕里は言った。


「……わたしが世奈あいつを信頼していないと言いたいのか?」


 心外だった。苛立ちを隠さずにわたしは言い返す。夕里は僅かに眉を寄せ、わたしから目を逸らした。


「……そやない。そやないけど……あのな、彰」


 夕里は俯いて、『そこ』が痛むみたいに、胸の真ん中に手を当てた。


「ウチはもう彰の敵なんやって。せやから……なんも気にせんと、はっきり言うたってええんやで。彰の思っとる本当のことを」


「本当のことも何も……わたしはおまえに隠し事なんてしていない。はっきりしないのはおまえのほうだろ、夕里」


「やから、ウチは別になんでもない言うて――」


「なんでもないわけないだろ……っ! おまえは転校したときもそうだ!! なんでわたしに一言も相談してくれない!?」


「っ……うっさいうっさいッ!! 相談することなんてなんもなかった!! 今やってなんもない!! それだけのことや!!」


 夕里は下を向いたまま、声を荒らげる。


「大体その……っ!! 彰のそうやってウチに構うの!! そういうのはもうええって言うたやんかッ!!」


 叩き付けるようにそう叫んで、夕里は踵を返してわたしの前から去っていく。呆然と立ち尽くしていると、由紀に腕を掴まれて「試合中」と囁かれた。わたしはどうにか足を動かしてレセプションの位置につく。思考を切り替えなければ――そう思うけれど、不可能だった。


『大丈夫やって言ってるやろ! そういうのはもうええんやって!』


 言われた。確かに、夕里から突然転校することを告げられたとき、口論になって、その中でそう言われた。内容は今とほぼ同じだった。


『とにかく、ウチは大丈夫やから。もう構わんといて』


 でも……夕里、おまえ、わかっているのか……?


『構うな』と、そう言ったあの時のおまえが――今のおまえもだ――一体どんな顔をしていたのか、ちゃんとわかっているのか?




 ――ぴぃ。




 夕暮れの中を巣へと帰っていく鳥の鳴き声のように、どこか遠くで、笛が鳴るのが聞こえた。

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