61-1(希和) 魔女
ついに来てしまった裏ローテ。こっちの前衛は、一兵卒の私と、新米兵の西垣芹亜と、参謀閣下の星賀志帆さんの三人。対する獨楢新人チームの前衛は、将軍たる沢木彰と森脇世奈こそいないものの、見るからに手練れの戦士が三人。ひどい戦力差だ。いや本気でどう戦えと……?
が、しかし、まだ悲観するには早い。星賀さんのことだ。昼休みはうやむやにされてしまったけれど、何かとっておきの秘策があるに違いない!
「秘策? ほう、瀬戸さんは面白いことを言うね。もしかして何か思い付いたのかな? 私の手持ちにそんな愉快なカードはないから、是非お聞かせ願いたい」
「嘘ですよね!?」
「まさか。私は嘘はつかない主義だよ」
「そういうことじゃなくて……! えっ、じゃあどうするんですか!?」
「気合と根性でどうにかしたまえ」
まさかの精神論!? ってか、それ以上に聞き捨てならない箇所がありましたけど……!!
「どうにか『したまえ』って……もしかして、私に言ってます?」
恐る恐る尋ねると、星賀さんはきょとんと首を傾げた。
「その通りだが何か?」
「聞いてないですよ!」
「もちろん。だって聞かせたら嫌がるだろう? かといって嘘を言って騙すような真似はしたくない。だからこうして、君が事実を知っても嫌がる暇さえない状況になるまで黙っていたのさ」
星賀さんは有邪気に微笑んだ。くっ、嘘つきなんかよりずっと悪質な人種だ、この人!
と、西垣を間に挟んで勝ち目のない舌戦を挑んでいるうちに、主審の笛が鳴る。いやかなり本気でどうするんすか……!? と私がテンパっていると、幸か不幸か露木凛々花がサーブを外した。リベロのいないほうの角を狙ったようだが、ボールは伸び過ぎてエンドラインを割ってしまった。私は、体育館の隅へ転がっていったボールを相手が拾うまでの僅かな時間を使って、星賀さんに詰め寄る。
「いやいや、星賀さん! 私にどうしろってんですか!? 冗談じゃないですって!!」
「だから冗談ではないと言っている。強豪校といっても、相手はこの間まで中学生だった子たちだ。いわゆる『同じ高校生だ』理論が成り立つ。そして君は平均的な高校生より身体能力に恵まれているし、バレー歴だって十分に長い。客観的に見て、ネットの向こうにいる彼女たちとさほど力の差があるわけではない」
「でも……あっちは全国に行くようなチームの屈強な戦士で、私は万年県大会一回戦負けの一兵卒で……」
「そうだね。確かに君と彼女たちの間には実績の差がある。でも、それだけだ」
星賀さんは柔らかく微笑んで、私の肩を叩いた。
「身長不足の私や経験不足の西垣さんに比べれば、君はむしろ彼女たちの側に近い。気合と根性を振り絞って全力で打ち込み続ければ、いずれ決まることもあろう。それに、心配せずとも、今は多少の失点は許容できる」
星賀さんは視線をスコアボードへと向ける。私も見る。8―4。どんな説得より雄弁な数字に、うぐっ、と言葉が詰まる。
無茶だ、無理だ、と心は叫びたがっている。でも、現に露木と今川颯は前衛三点ノルマを達成した。栄夕里に至っては後衛に下がってもお構いなしに点を取っていく。もし私が私でなければ、私はこの期に及んでうだうだ喚く私に「気合と根性でなんとかしろよ」と言うだろう。星賀さんの主張はもっともだ。
「大丈夫やって、瀬戸さん」
何も言い返せずに下を向いていた私に、栄が明るく声を掛ける。見ると、FLの星賀さんの半歩後ろにスタンバイして、親指を立てていた。
「ほんまにあかんようなら、昼休みにも言うたけど、ウチがなんとかしたるから。ひとまず玉砕するだけしてみてーな」
ひとまずってなによ!? お試し無料体験みたいなノリで玉砕を勧めないでよ! 励ますならちゃんと励ましなさいよ!
「あー……もうっ」
私はがしがし頭を掻いて、自分のポジションに向かう。FR。慣れ親しんだ中学時代の私の定位置。
「わかったわよ……やってやるったらやってやるわよ……」
誰にともなくぶつぶつ呟く私。それを見て、星賀さんと栄の二人は微笑を交わした。星賀さんはしてやったり的な、栄はほっとしたような。
私は、ふー……と長く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。冷静に検討してみる。午前中はほとんど相手のワンサイドゲームで、打ってたのは露木と今川ばっかりだった。私はひっそりと存在感を消していたから、体力的な問題はない。あとは相手の前衛――身長は私と同じか少し高いくらい。午前中に比べると難易度はSからAくらいに下がったと言える。それでも私の実力不足は否めないけど、そこはほら、気合と根性でどうにかこうにか……みたいな?
星賀さんの作戦では、ローテを二周回せば三周目で勝てることになっている。その計算は(実現可能性を度外視すれば)まったく正しい。つまり、私は今のこのローテと、次にもう一度来るこのローテの、たった二回だけ死ぬ気で点を取ればいい。まぐれでも、なんでもいいから。
やるしかないのだ――と、我ながら前向きか後向きかわからない、破れかぶれな覚悟を決める。次の瞬間、相手からサーブが放たれた。
ボールはコートの真ん中にいる西垣のところへ。それをFLの星賀さんが横取りでレシーブ。上がりどころは文句なし。栄が落下点に入り、ひゅ、と私にバックトス。位置も高さもボールの死に具合もすべて完璧なライトセミ。こんなトスを打てるなんて身に余る光栄。心躍るわ。二枚のブロッカーがぴたりと待ち構えてさえいなければ、ね。
ま、囮もコンビも何もないんだから、こうなるのはわかっていたこと。小細工なしの真っ向勝負よ――とおりゃあああっ!
ばんっ!
私はボールだけを見てただ全力で叩いた。渾身満力のスパイク。それは空気を切り裂き、唸りを上げ、凄まじい破壊力でもってブロッカーの手を粉砕――――することなく鏡面反射で跳ね返ってきた。
ぼごっ!
「ぶべええっ!?」
シャットアウトされたボールは、空気を切り裂き唸りを上げ凄まじい破壊力でもって、私の顔面を直撃した。私は女子高生にあるまじき声を上げ、着地とともにばたりと床に崩れ落ちた。
「瀬戸さーん!? 大丈夫かいなー!!」
大丈夫なわけないでしょうがああっ! と言うに言えず私は片手で顔を覆いながら痛みに悶える。と、誰かが傍に寄り添う気配。その誰かは私の手を握って顔から引き離し、ダメージの程を確認する。
「怪我はしていないようだね……よかった」
星賀さんだった。いつになく労るような口調である。私はひりひりする瞼を開ける。ちかちかする視界の中心で、白魚のような指が小さく揺れていた。
「これが何本に見えるかな?」
「三本……です」
「ふむ。意識もはっきりしているし、目に異常もないと。では、あれがなんだかわかるかな?」
星賀さんは子供に接するように優しくそう言うと、スリーピースを脇にどけて、視線をコート後方へ向けた。私もそちらに目をやって、鼻が潰れたような(まさか本当に潰れてないわよね……?)かすれ声で見たままを言う。
「あれは、スコアボード……です」
「表示はいくつだね?」
「8―4……あっ、8―5に、変わりました」
「ああ、そうだね。その通り。私と君は今、同じものを見ている」
「あの、よく、意味がわかりませんが……?」
私はじんじんする顔面を星賀さんに向ける。そこに見えたのは再びのスリーピース。そして、その三本指の向こうで星賀さんが――いや、違う。
「見たところ君はプレー続行可能。現在のスコアは8―5。よって……」
冷酷無道の邪悪なる魔女が、妖艶に微笑んでいた。
「最低でもあと三回、今と同じことをしてもらうよ?」
誰か助けてっ! なんていうか普通にこの人怖い!!




