59(輝美) 横顔
ハロー。突然だけど、私の名前は狭川輝美。コールミー・テルミー。ポジションはレフト対角よ。どーもよろしくね。
で、町川縫乃と代わってスタメン出場してるんだけど、あれよあれよという間にスコア5―1。この1点ってのは相手のサーブミスだから、実質ゼロみたいなもん。スタメン変えた途端にこの様かい、みたいな感じだけど、いや、エクスキューズ。ちょっと言い訳させてほしい。
全ての仕業は、栄夕里なの。
もーね。あいつ半端ない。細かいことはわかんないけどさ。なんつーの? まさに暗中飛躍。
ま、だからって焦んのも思う壺なんだろうから、落ち着いてプレーしていこうとは思うけどね。どうなることやら。
ぱしんっ、
とその夕里がサーブを放つ。さっきは江本瞑で、今度は私。左へ右へと揺さぶってくるわねー。けど、コースはほぼ正面だし? よく見れば取れるはずよね? よしっ、んー――のわっ!?
がんっ、
とアンダーハンドの先っちょでボールを弾いてしまった。いや、エクスキューズ! 最初はぐーんと伸びてきたのよ! そっから左に右にブレたの! でも私も素人じゃないからちゃんと対処したわけ! きっちり引き付けて取ればいいってね! そしたら直後にがくんと落ちたの! こんなジーザスなことってある?
なんて言い訳している場合じゃなかった。私が弾いたボールは世奈の頭を越え、ネットを越えようとしている。この手のネットに近いミスカットは、ツーアタックを得意とする世奈にとってむしろ絶好球だったりするんだけど、今回はいささか高過ぎたみたい。世奈は咄嗟にジャンプし、利き手の左腕を伸ばす。しかし、ボールはその指先の数ミリ上を通ってネットを越え――否、
――だんっ!
越えなかった。ものの見事に叩き返された。ダイレクト・スパイク――ご冗談でしょう? 世奈が届かなかったボールをジャストミート? 一体全体どこのどいつが?
私も含めたメンバーの視線が、ネット際に立つそいつに集まる。赤茶髪のサイドテール。さっき名乗ってた――凛々花とかいう。
いや……知ってたわよ? 午前中もあの赤茶髪と黒髪の二人は目立ってた。小細工なしでうちや聖レから点を取ってたのは、同じレフトのウイングスパイカーとして素直にすごいと思った。でも、午前中は、言うなら、それだけだった。
今は、なんて言ったらいいのか……雰囲気が変わったわ。よく言えば無我夢中に、悪く言えば五里霧中にスパイクを打ってた午前中とは別人。いい意味で力が抜けて、冷静になってる。今のダイレクトだって、こっちのレシーバーがいないとこを狙ったように見えた。午前中だったら、力み過ぎてふかしていたかもわからない。
彼女たちにここまでの変化をもたらしたものが何か――たぶん、さっき夕里を巡って彰と世奈と揉めていたことが無関係ではないと思うけど、突っつくのは薮蛇だろうし……。
「大丈夫か、輝美?」
コートに膝をついたままだった私に、彰が手を差し伸べてきた。私は有難くその手を取って、立ち上がる。
「サンキュー。そんでごめん。やられたわ」
「今のは仕方ない。次は頼むぞ。みんなも――」
言って、彰はぐるりと私たちを見回した。
「硬くなる必要はない。多少のミスは構わない。わたしが取り返す。だから、もっと思い切ってプレーしてくれていい」
彰の言葉に、私たちはそれぞれ頷きを返す。彰は「よし」と落ち着いた声で言って、人差し指を頭上に掲げた。
「一本、確実にいこう」
低い声でそう言って、コートの中央でどっしり構える彰。彼女は試合になると普段にもまして口数が減る。けれど、その引き結んだ口元や、汗の滲んだ背中を見れば、考えていることは大体わかる。というか、大体にして彰が試合中に考えていることは、いつだって一つだ。
勝つこと。
私たちは、だから、彼女を信じてついていく。その先に勝利があるとみんな知っている。私も、瞑も、連歌も、真歩も、鹿子も、もちろん世奈も――。
「ん……?」
喉に何かつかえたような違和感を覚えて、目を擦る。世奈の彰を見つめる横顔が少し物憂げに見えた。でも、それは一瞬のことで、はっきりとはわからなかった。私の思い過ごしだろうか。
もう一度確かめよう、と思ったところで、ぴっ、と笛が鳴った。夕里のサーブ。二度もやられるわけにはいかない。世奈のことはいったん脇に置く。
「カット集中!」
「「おおおおっ!」」
彰の声にみんなが応える。その『みんな』の中に世奈がいない気がして、気になったけれど、やがてサーブが放たれるとそれどころではなくなった。




