58-1(夕里) 3点
昼休み。彰や世奈とのなんやかんやを終えたあとのこと。
人目につかない物陰で心身を平常に持ち直してから明正学園のみんなのところに戻ると、メンバー全員が輪になって秘密会議めいた雰囲気を醸していた。
「おっ、戻ってきたな」
いち早くウチの姿を見つけた星賀さんは、朗らか過ぎるくらい朗らかな笑顔でそう言って、操作していた携帯電話をポケットにしまった。ウチは少し歩調を速めて輪に近付く。
「なんか、すんません。お待たせしてましたか?」
「いや、気にしないでくれ。それより、無事旧交は温められたかな?」
「ええ、それはもう」
天然成分0パーセントの笑顔でそう返す。さすがに無理があったやろか、と不安になったけど、星賀さんは「それは結構」と頷いて、ウチが気まずさを感じる前にさらりと話題を切り替えた。
「さて、栄さん。戻ったばかりで悪いのだが、ちょっと重要な話がある」
「重要な話……?」
「なに、構えることはない。とりあえずそこに座って、楽にしてくれ」
言われた通り、ウチは車座に加わる。例によって一人分の空白がある露木さんと今川さんの間へ。腰を下ろすと、すかさず早鈴さんがお手製のお菓子をすすめてきた。有難くいただく。ぱくり。おおっ、今のウチにぴったりの優しい甘さ! 身に沁みるで……!
と、ウチの笑顔に天然成分が復活してきたところで、星賀さんがこほんと話を切り出した。
「では、これより第一回明正学園女子バレーボール部作戦会議を開始する」
へ? 作戦会議? いきなりどゆこと?
というウチの心の声を聞いとるとしか思えないタイミングで、星賀さんに促された早鈴さんがさっと作戦ボードを胸の前に掲げた。その内容は以下の通り。
―――ネット―――
露木 今川 栄
瀬戸 西垣 星賀
―――――――――
「というわけで、午後からはラインナップをこのように変更しようと思う」
ちょっとコンビニで夜食買ってくる、くらいの軽さでそう告げる星賀さん。へえへえふむふむどれどれ……ってちょっと待った! これそんなインスタント感覚の変更と違いますやん!?
ウチは周りの一年生の反応を伺う。露木さんと今川さんは食い入るように作戦ボードに見入ってむむむと唸っている。たぶん二人はまだ変更の意図を理解していない。西垣さんはぽかーんと口を半開きにして固まっている。ひょっとすると午前中とどこが変わったのかも分かってないかもしれない。瀬戸さんは図を頭に入れたらしく視線を上空にやって考え中。結論が出るまではもう少し掛かりそう。
衝撃を共有できずにウチがやきもきしていると、同じようにみんなの様子を観察していた星賀さんがいかにも愉快そうに説明を始めた。
「さて、早い人はもう察しているかと思うが、これは午前中とはまったくコンセプトの異なるラインナップだ。言うなれば、そう……戦力バランス無視の攻撃特化ローテだな」
戦力バランス無視、という不穏当なワードが出た瞬間に瀬戸さんの表情がみるみる曇る。どうやら星賀さんのトンデモ作戦の要旨を理解したらしい。星賀さんはそんな瀬戸さんに微笑を送り、それから、まだ分かっていなくて且つ作戦の肝である露木さんと今川さんへ視線を移す。
「露木さん、今川さん、何もそう難しく考えることはない。このローテで君たちにしてほしいことは、口にしてしまえば簡単なことだ」
ばっ、と弾かれたように二人は顔を上げる。星賀さんは涼やかな微笑のままで、すうっ、と右手を前に突き出した。その手の形は、チョキに薬指を加えた、スリーピース。
「3点」
心持ち声に重みを込めて、星賀さんは言った。
「手段は問わない。前衛にいる間に、それぞれ3点ずつ決めること。それが、午後の試合に勝つために、君たちにやってもらいたい仕事だ」
台詞の終わりのほうで星賀さんはちらりとウチのことも見た。たぶんやけど、今言うた『君たち』の中にはウチも含まれているっぽい。
「いいかい? 前衛にいる間に一人3点だ。そして、それを合計で三回繰り返す。つまりローテを三周目まで回す。私の計算では、これで間違いなく勝てる」
「「おおおおっ!!」」
予言者めいた星賀さんの言い回しに、露木さんと今川さんが目を輝かせて歓声を上げる。いやそらまあ……一人頭3点×三回って二人合わせて計18点やから、自力でそんだけ点取れるんなら確かに間違いなく勝てるやんな。というか、その3点ノルマが暗にウチにも課せられているとすれば、早ければ三周目に入る前に決着がつく。
戦力バランス無視の攻撃特化ローテ――午前中は対角やったダブルエースを横並びに置く布陣。素直に受け取れば、縦に強い露木さんがレフトで、横に強い今川さんがセンターってことやろ。
チェスで言うたらルークとビショップ。将棋で言うたら飛車と角。
大駒を好きなように使ってええ、やから敵陣を荒らせるだけ荒らせ――つまり、そういうことやんな。
ウチがちらりと視線を向けると、気付いた星賀さんは目を細めてにぃと鋭く微笑んだ。覚悟を決めろ、と言わんばかりに。
その顔はひたすら本気やった。強欲で、強情で、自分を曲げる気なんてさらさらない人間の顔。ついさっき見たばかりの顔。
『今の明正学園では、お前はこれから三年間、ずっと埋もれて終わりだ』
そう言うた彰の真面目くさった顔が脳裏を過る。ついでに村木先生の真剣で精悍な顔も。
あの石頭二人の言いたいことは、要約すると、こうや。
今日の試合でこてんぱんに負かして彼我の差を見せてやるから分かったら大人しく獨楢に戻ってこい。
もちろん、反論はいくらでもできる。どう考えたって非常識で非現実的な主張や。もし村木先生に迫られただけやったら、ウチは頑として無理です無茶ですの一点張りで通したやろ。
でも、実際は、よりにもよって彰のヤツが戻ってこいとか言い出した。こうなると話はまるで変わってくる。ウチの応えなあかん論点が、言うてる主張の正しさから、言うてる人間の本気さにシフトするからや。
彰の気持ちに応える。すなわち、ウチの気持ちを伝える。
ただ、それだけはどうしても口に出したくない。となれば、ウチに残された選択肢は、たった一つに限られる。
村木先生と彰の二人を黙らして、かつ、余計な波風を立たせない――何もかもを丸く収めるためのやり方。
打倒、獨楢新人チーム。
そう……負かしてまえばええんや。この上ない正攻法。真正面突破。それで全てはうまくいく。
『今のあんたはあたしたちの敵よ、夕里』
……ええやろ。どっちつかずの態度はもうおしまいや。
ウチは考えるのを一旦やめて周りを見る。星賀さんと瀬戸さんが裏ローテの件で丁々発止していた。助け船、というわけやないけど、やんわり口を挟んでみる。
「まあまあ、瀬戸さん。そんな心配せんでも大丈夫やって」
ウチが星賀さんの側から発言したからやろか、瀬戸さんはちょっと泣きそうな顔になった。いやいや、そら早合点やって。ウチ的にはむしろ瀬戸さんのフォローに入ったつもりなんやから。
「もしにっちもさっちも行かへんようになったら、ウチがなんとかしたる。やから、大丈夫」
そう言うて笑ってみせると、瀬戸さんは恥ずかしいのか照れくさいのか、「わかったわよ」と呟いてウチから目を逸らし、頭を掻いた。
「ほかに異論がある人は?」
星賀さんが満足げに確認を取る。反対意見はなし。決まりやった。
「ありがとう。では、早速細かい打ち合わせに入ろう。闇雲に戦って勝てる相手ではないからね」
ぽむっ、と両手を合わせると、星賀さんは一体いつからこの作戦を考えていたのか、「まずはサーブなんだけれどね……」とすらすら要点を説明していった。
そして――――今に至る。




