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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
198/374

56(知沙) 手綱

 ばしんっ!


 と気持ちのいい音が鳴る。私は「わっ!」と声を上げ、前のめりになってベンチから腰を浮かせた。


 明正めいじょう学園VS獨楢(どくなら)新人チーム。


 スコア、2―0。


 決めたのは、また今川いまがわはやてさん。午前中はほとんど使えなかった速攻がハマっている感じだ。


「……すごいな」


 神保じんぼ先生も驚きを隠せないみたい。私は興奮して捲し立てる。


「すごいですよねっ! 今川さん、中学ではレフトって言ってましたけど、センターでもばんばん決めて!」


「ああ……もちろん、今川もよくついていってる。露木つゆきのマークが緩まないのも午前中の活躍があったからこそだ」


 神保先生はそう言うと、口元に手をやって、パイプ椅子の背もたれに体重を預けた。


「ただ……私が今言ったのは、さかえについてだ。あんなにできるヤツだったとはな……」


 独り言のように呟く神保先生。私は鋭い眼光でコートを睨むその横顔を見上げ、「どういうことですか?」と訊く。


 栄さんのセッターとしての技量の高さは、神保先生も既に認めるところだ。彼女が『できる』のは周知の事実。それをわざわざ口に出したってことは、つまり、神保先生の認識をさらに上回る何かを、栄さんがしているってこと。


 私の目には普通に普通の速攻を上げたようにしか見えなかった(それだってもちろんすごいことなんだけど)今のプレーが、先生にはどう見えていたんだろう。


「手綱を握っている、と言えばわかりやすいか」


 少し言葉を選ぶ間を置いてから、神保先生は言った。私は先生が省略した部分を確認する。


「手綱――アタッカーの、ってことですよね?」


「そう。栄は、トスでアタッカーをリードしている」


 私は首を傾げる。県選抜経験者の栄さんと他の一年生の地力の差を考えれば、彼女が周りをリードするのはとても自然なことな気がする。


 例えば、ここまで翻弄されっぱなしだった森脇もりわき世奈せなさんのトスワークにブロッカーがついていけてるのだって、栄さんが露木さんと今川さんに的確な指示を送っているからだ――と思うそばから、


 がづっ、


 と露木さんが相手の速攻からワンタッチを取った。ふわりと山なりの軌道でコート中央に落ちていくボールを、志帆しほちゃんがBC(バックセンター)から走り込んで掬い上げ、チャンスにする。


主導リード……いや、もはや制御コントロールに近いな。早鈴はやすずは、さっきの今川の速攻が、どうしてブロックをかわせたと思う?」


 さっきの速攻――二点目を決めたAクイックだ。ミドルブロッカーの人の右手と、少し遅れて跳んだ森脇さんの左手の間を抜けていった。


「それは……先生がさっき言ってましたよね。午前中の活躍があるから、相手は露木さんのマークを緩めるわけにはいかない。その分、森脇さんは速攻に跳ぶのが遅れるわけで、今川さんはその隙を狙って……」


「いや、慣れないAクイックで、今川にブロッカーを見る余裕はないだろう。コースの打ち分けだって練習してない。今の今川に『隙を狙って』決めるだけの基礎は備わっていないんだ。にもかかわらず、実戦では向こうのブロックの隙間を突き、得点した。この結果を偶然ではなく必然と見做すなら、意図したのは今川じゃない別の誰かってことになる」


「つまり、その別の誰かが――」


 言い掛けて、コートに視線を戻す。今度はレフトの露木さんに平行が上がっていた。露木さんは素早く踏み込んで、とっ、とブロッカーを避けるようにフェイントで前に落とす。深く構えていたレシーバーは、反応こそしてみせたけれど、届くには至らない。


「ナイスフェイント!」


 決まると同時に私は歓声を上げる。すごいすごいっ!


「今のもだな」


「えっ?」


「今の……露木はフェイントをしたんじゃない。栄にフェイントをさせられたんだ」


 神保先生は確信を持って言い切った。私にはその差がわからないけれど、先生が断言するからにはきっとそうなのだろう。でも、だとしたら、一体どうやって……?


「トスの高さや速さを絶妙に調節して、アタッカーが自然に打てば高確率で思い通りの結果になるように誘導しているんだ。例えば、今の平行は僅かにトスが短かった。普通に打てばブロックに捕まるかもしれないと露木には感じられ、且つ、レシーバーにはそうと悟られないくらい僅かに。だから露木は咄嗟にフェイントに切り替え、レシーバーはそうと予測できずに出遅れて、決まった」


「な、なるほど……?」


 神保先生の説明は、まるで原子の大きさや宇宙の広さを説かれているみたいだった。理屈はわかるけれどピンと来ないのだ。選手としてバレーをしたことのない私にとって、そういう記録スコアブックに残せないすごさは、なかなか実感として掴みにくい。


「露木と今川ががむしゃらにプレーしてるのも、いい方向に作用している。アタッカーが小器用だとかえってうまくいかない。高い技術を持つ栄と、そんな栄を信用して自分の目の前のことだけに全力を傾ける露木と今川……ここまでハマるとは、思っていなかった。たぶん、星賀ほしかもそうだろう」


 私はサーバーの志帆しほちゃんに目を向けた。あっ、ホントだ! 予想外の出来にちょっと驚いてる顔してる!


「にしても……あんなとんでもないヤツが、中学時代は沢木さわき森脇もりわきと組んでいたのか……」


 神保先生はしみじみとそう言って、それから、小声でぼそりと付け足した。


「……獨楢はあんなヤツに出ていかれてしまったわけか……」


 道理で――と溜息混じりに言って、先生は相手ベンチのほうを伺う。ちょうど、背の高い監督さんが立ち上がって、副審の先生に声を掛けるところだった。


 ぴぃぃぃ、と笛の音。


 こちらの連続得点で、スコアは、3―0。


 午前中の第一戦とはまったく逆の立場での、タイムアウトだった。

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