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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
197/374

55(天理) 120通り

「なるほど……どなたの発案か存じませんが、興味深いラインナップですわ」


 剣呑な雰囲気の漂うコートを見下ろし、のんびりしている場合ではございませんわよ間口まぐち先生、とハラハラしながら、わたくしは先程のプレーについての感想を漏らします。


「…………?」


 大愛だいあが首を傾げてわたくしに振り返ります。その胸元にメモ帳とペンを引き寄せて準備スタンバイしているので、訊きたいのはコート上で現在進行形の案件についてではなく、わたくしの発言の詳細についてなのでしょう。


「つまり、バレーは足し算ではなく、掛け算だということですわ」


「…………?」


 大愛はもう一度首を傾げます。なんとなく頭を撫でたくなりましたが、自制しました。


「明正学園には、力のあるエースが二人います。今ネット際にいる、髪の長い方々ですわ。確か、赤茶髪の方が露木つゆきさん、黒髪の方が今川いまがわさんと呼ばれていました」


 こくこく、と大愛は頷きます。わたくしの右手がその頭を撫でんとして疼きます。くっ、我慢ですわ。


「午前中、明正学園のラインナップは、その二人をレフト対角に配置するものでした」


 こんな感じ、ですわ。


 ―――ネット―――


 露木  西垣  星賀


  栄  瀬戸  今川


 ―――――――――


「大愛も、もうローテーションのルールは覚えていますわね? 六人の選手が六つのポジションを順番に回っていく。さて、ここで数学の問題です。六人の選手を自由に並べるとき、その配置ラインナップは何通りになるでしょう? ただし、ローテを回して並びが重なる配置ラインナップは、同一のものと見なしますわ」


 ペンの頭を顎に押し付け、天井を向いて目を閉じる大愛。これはあれですの? 誘っていますの?


「…………っ!」


 ぱっ、と目を開けて答えを言う大愛。ふぅ……危ない危ない。あと一秒経っていたら手が出ていましたわ。


「惜しいですわ、大愛。それは半分正解。配置ラインナップを考える今の場合は、いわゆる円順列になりますのよ。ですから、答えは六の階乗ではなく、一つ少ない五の階乗。120通りのパターンがありますの。もっとも、その120通りの配置ラインナップごとに、六つのローテがあるわけですから、実戦的には720通りというあなたの答えが模範解答といえるかもしれませんね」


 答えが外れ、ちょっと悔しそうにむくれてみせる大愛。ああ、なんて突っつきたくなるほっぺでしょう。閑話休題さておき


「いずれにせよ、バレーボールの配置ラインナップには百を越える可能性がある、ということがわかっていただけたと思います。控え選手やリベロを含めれば、その可能性の数はさらに膨れ上がりますわ。そして、最終的にはその中から一つの配置ラインナップを決めることになります」


 わたくしはコートに視線を戻します。ようやく間口先生が選手たちに声を掛けたところでした。


「このとき、戦術面では、大きく分けて二種類の考え方があります。すなわち、戦力を分散させるか、集中させるか、の二種類ですわ」


 中断していた試合が再開し、コートに散らばっていく両チームの選手たち。


「午前中の明正学園は、戦力分散型の配置を採用していました。単独で得点できるエースを対角に置いて、その二人を中心に攻撃を展開していたのです。この場合、仮に二人の得点力を100とすれば、全体では100+100で200といったところでしょう。こちらの対応はシンプルです。常にレフトからの攻撃だけをマークしていればいい。しかし、今の明正学園は違います。その二人が隣り合っているでしょう?」


 今の明正学園のラインナップは、このような感じです。


 ―――ネット―――


 露木  今川  栄


 瀬戸  西垣  星賀


 ―――――――――


「明らかに、あれは戦力集中型の配置ですわ。エース二人に加え、明正学園では頭一つ二つ飛び抜けている万能選手オールラウンダーさかえさんを、横並びでまとめているのです。こうなると、午前中のようなレフトだけをマークする対応では足りません。コンビネーションや、先程のような奇襲トリックプレーも警戒しなければならない。特に栄さんは周りの選手を活かすことに長けた選手ですからね。彼女なら、露木さんと今川さんの力を自在に掛け合わせ、100×100で10000もの力に変えることも可能でしょう」


「…………?」


「なぜ午前中はそうしなかったのか、ですの? 簡単ですわ。あの戦力集中型の配置ラインナップはリスクが高過ぎるのです。表ローテに得点力の高い選手がまとまっているということは、裏ローテには得点力の低い選手しかいないということ。午前中の明正学園の得点は、そのほとんどが露木さんと今川さんと栄さんに拠るものでした。その三人が後衛バックに下がってしまえば、明正学園の自力での得点は非常に困難になります。得点しなければ、ローテは回りません。そのまま押し切られて試合終了です」


 大愛はじっと思案するように俯いて、やがて不思議そうな目でわたくしを見上げました。


「…………?」


「それはその時になってみないとわかりません。まあ、極論を言ってしまうと、今の明正学園は、ダブルエースの露木さんと今川さんが前衛フロントに揃っているたった二ローテの間に、試合を決めるつもりなんですわ」


「…………っ!?」


「そう、無茶です。戦力集中型ラインナップによる一点突破――完全に博打ですわ。しかし、その無茶さこそ、あれが無謀でない証。あの沢木さわきあきらさんと森脇もりわき世奈せなさんに対抗するためには、それくらいの賭けに出なくてはならないということです」


 一体どちらの負けず嫌いがこんな作戦を立てたのでしょう。気を抜くと声を上げて笑ってしまいそうです。もちろん、わたくしは模範的なセントレ学徒ですから、そんなはしたないことは致しません。あくまで上品に大愛に微笑みかけます。


「明正学園がこの試合に勝つためには、今のローテでできる限りリードを広げなければなりません。いかがです、大愛? 何を仕掛けてくるか楽しみではありませんか?」


「…………!」


 大愛はきらきらと目を輝かせて頷きました。その愛くるしさといったらもう我欲のままに抱き締めて撫でくり回したいほどです。が、わたくしは心を無にしてその誘惑を断ち切ります。理由は模範的なセントレ学徒たらんとするため……というのもありますが、もっと切実に、これからコート上で起こることに神経を集中させる必要があったからです。


 午前中にちらりと探りを入れたときにはどこか気もそぞろだったご様子ですが、ここに至ってようやくスイッチが入ったようですわね。自覚があるのかないのか知りませんけれど、あなたは大事な場面になればなるほど、その表情から笑みが消えていくのですよ。思わず『誰そ彼(どちらさま)?』と尋ねたくなるほどに。


 〝不沈の(Gloaming)黄昏(Glory)〟――栄夕里さん。あなたが聖レ(わたくしたち)にとってどれほどの脅威となるのか、この試合でしっかり見定めさせていただくとしましょう。

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