54(鹿子) 夏の大三角
あやや?
と思ったのは、夕里ちゃんがネットの前にいたから。さっきまで後衛スタートじゃなかったっけ?
初期位置を変えてきたのかな、と最初は思った。でも、夕里ちゃん以外にも目を向けてみて、すぐにそうじゃないと気付く。かなりの大改造が行われていた。何人かはポジションが変わってる――っていうか、たぶんチームのコンセプトとか、そういうのが根本から変わっている。
だって、午前中はずっとレフトだったダブルエースが、前衛で並んでいるんだもん。明らかに普通じゃないことをしている。
具体的には、こんな感じ。まず午前中が、
―――――――――ネット―――――――――
ツリ目の人 一番背の高い人 キャプテンの人
夕里ちゃん だるっとした人 タレ目の人
―――――――――――――――――――――
そして今はこう。
―――――――――ネット―――――――――
ツリ目の人 タレ目の人 夕里ちゃん
だるっとした人 一番背の高い人 キャプテンの人
―――――――――――――――――――――
ほむぅ。どうなっているんだ……?
「カット一本、集中!」
彰ちゃんがいつもより大きめの声を出す。相手の急な変化にざわめいていた私たちを落ち着かせようとしているんだ。
ま、そうだよね。プレーが始まれば相手の出方は自ずと知れる。ひとまずは、私たちは私たちのバレーをすることに集中しよう。
私はFRに構えて、相手のサーバーをチェック。それから世奈ちゃんにアイコンタクトを――って世奈ちゃんそっぽ向いてる! 夕里ちゃんでも見てるのかな……と視線の先を追おうと思ったら、あっと、こっち見た。ばっちりきっちりサインを確認。
ぴぃ、と笛が鳴る。祝! 私の高校初スタメン!
ボールはBRの江本瞑ちゃんのところへ。少し緊張してるのかな? 微妙に短いカット。でも世奈ちゃんは速攻に入ってこいって顔してる。私は軽やかにステップしてジャンプ――そしてトスはレフトの彰ちゃんへ! もーっ思わせぶりな目配せしといてそれはないよ世奈ちゃーん!
と、私がトスを左へ見送った、直後、
「「うおおおおお!!」」
と二つの雄叫びが聞こえた。何事!? と私は目を見張る。赤茶と黒の長い髪の筋が視界を過った。えっ?
「っ――! 彰、三枚よ!」
いち早く気付いた世奈ちゃんが鋭い声を上げる。私もようやく事態を飲み込んだ。彰ちゃんの目の前に三人のブロッカーがいる。まるで待ち構えていたみたいに。読まれていたってこと?
「問、題……ないっ!」
だあんっ!!
獣が唸るような声を漏らし、彰ちゃんは臆することなくスパイクを叩き込む。ボールはツリ目の人とタレ目の人の手を弾き飛ばして、クロスへ抜ける。そして、
「ナイスワンタッチ……っ!」
果たして、ボールは落ちなかった。BCのキャプテンの人がぎりぎり反応したのだ。ボールはレシーバーの真上、バックゾーンの中央付近に上がる。
「露木さんっ!」
言いながら、落下点に夕里ちゃんが走る。二段トスでレフトへ上げるつもりなんだ。ツリ目の人がコート外まで大きく開く。
「彰!」
「わかってる!」
世奈ちゃんが彰ちゃんを呼ぶ。すぐさま彰ちゃんは私の肩を叩く。
「鹿子、詰めて」
「っとと、あーらい!」
三枚ブロックには三枚ブロックで返す、ってことだね!
たたんっ、と私は彰ちゃんに促されるままサイドステップで世奈ちゃんの隣へ。自分より高い二人(しかも片方はセッター)に挟まれるっていうのはミドルブロッカー的にどうなの? と思うが気にしない。そうこうしている間に、夕里ちゃんがボールを捉える。
しゅとーん、
と随分高いトス。思わず顎が上がる。
「気持ちゆっくりめでいい。わたしと世奈に合わせて」
「んむっ、あっけー!」
指示が細やか。至れり尽くせり。ってか止める気満々なのね彰ちゃん。
私は視界を広げてボールとアタッカーのツリ目の人の姿を捉える。膝を柔らかくして、腰を沈め、指先の神経を研ぎ澄ます。落ちてくるボール。踏み込むツリ目の人。
あっし来ーい!
「まだだ」
あやっ、逸った!?
「っ――ここ!」
たんっ、
と跳び上がる。ちょっと遅れた? と思ったけどむしろぴったりだった。相手の打点がすっぽり腕の中に来る気配を感じる。これならきっと止められる。あとはとにかく力負けしないように――。
「露木さんそのまま! 思いっきり行ったれ!!」
夕里ちゃんにしては荒々しい声。それに応えるように、ツリ目の人は吠える。
「だああああああああっ!!」
ばだんっ、
という打音を聞くより先に痛みを感じた。ブロッカーなんて見てないみたいな、ものすごく力任せなスパイク。ただ、その分コースは甘く、しっかり腕で捉えることができた。そしてもちろん跳ね返した。当然だ。こちとら小学生の時から彰ちゃんを相手に練習してきたんだから。
「っと――カバー!」
うあっと拾われた!?
見ると、またあのキャプテンの人だった。床に膝をついて上を見上げている。ボールは相手コートのフロントゾーン上空、かなりレフト寄りで、わりとネットに近い。これはもしかして、
「絶好球です、星賀さん!」
たっ、
と落下点へ軽やかに切り込むチョコレート色の影――夕里ちゃんだ。夕里ちゃんがツーアタックのタイミングで踏み込んでいる。両隣の彰ちゃんと世奈ちゃんが息を飲む気配がした。
ここから考えられるパターンは二つ。夕里ちゃんがそのまま打つ。または、ツーアタックと見せかけてレフトのツリ目の人へ時間差のトスを送る。さて、となれば私はどっちに跳べばいい?
「夕里はわたしが止める!」
彰ちゃんが鋭くそう言った。つまり、私と世奈ちゃんはレフトの時間差攻撃に備えよってこと。
「止められるもんならな!」
ネット越しに聞こえていたのだろう、夕里ちゃんはそう言い返して、
「今川さんっ!!」
ひゅ、
とトスをセンターへ送った。彰ちゃんも私も虚を衝かれて動けない。というかたとえ虚を衝かれてなくとも間に合うかどうかは微妙だった。タイミング的にはほとんど速攻。初めから跳ぶつもりじゃないと対応できない。それほどに速いトス。
なのに、見ると、ボールの行く先にアタッカーがいない。
反応できるはずがなかった。夕里ちゃんが踏み込んだとき、タレ目の人は速攻に入る素振りを見せていなかった。ゆえに速攻はない。そう判断して、私たちは夕里ちゃんのツーアタックとレフトのツリ目の人の時間差攻撃に的を絞った。
しかし、その『ない』はずの速攻が、来たのだ。
「おおおおおおおっ!!」
びゅう、
と風が巻き起こる。
夕里ちゃんがトスをセンターへ送った、ほぼその瞬間、夕里ちゃんの影から、突風のようにその人は現れた。めちゃくちゃな踏み込みで切り込む。いくらなんでも無理だ。間に合いっこない。打てっこない。
という私の認識は、しかし、どうやら少しだけズレていたらしい。
「りゃあっ!!」
とんっ
と横っ飛びしたタレ目の人は、果たしてボールに触れた。本当に、指先だけで、辛うじて。そんなのは間に合ったとは言えない。打ったとも言えない。
でも、それでいいのだ。
ジャストミートでなくとも、力強く叩けなくとも、ただ触れて指先で僅かに前に押し込むだけで、ボールは慣性と重力に従ってひとりでに落ちる。
彰ちゃんがブロックのためにライトに寄ったことで生まれた死角――FLのネット際に、冗談みたいにゆっくりと、
ぽつ、
と優しい音を鳴らして。そして、
しん、
と方々から痛いほどの殺気が迸る異様な静寂。ぴっ、という主審の笛もなんだか空々しい。
そんな殺伐とした空気の中で、彰ちゃんは夕里ちゃんを見つめ、世奈ちゃんも夕里ちゃんを見つめ、夕里ちゃんもまず世奈ちゃんを見てから、彰ちゃんを見つめた。
私にはなんだかそれが夏の大三角のように思えた。だとすれば間を横切るネットは天の川ってことになる。なら夕里ちゃんは織姫? じゃあ彦星は一体……。
なんて考えていたら、いきなりその均衡が崩れた。
ツリ目の人とタレ目の人が、夕里ちゃんを庇うようにして、彰ちゃんと世奈ちゃんの前に立ったのだ。
「……詳しい事情は知らない。そっちもそっちで色々あるんだろうとは思う」
タレ目の人が感情を押し殺すように低い声で言う。
「けど、こうしてネットを挟む以上、栄はあたしたちの仲間で、あんたらはあたしたちの敵」
ツリ目の人もぐっと拳を握りしめながら粛々と言う。
「だったら、わたしたちのやることは一つ」
「あんたたちに勝つ。それで文句ないでしょ」
これは……最初の世奈ちゃんの挑発に対する返答なのだろうか。タレ目の人とツリ目の人はその瞳に闘志の炎を宿して、不自然なほど静かな勝利宣言をした。
「……それがおまえの答えなんだな、夕里?」
彰ちゃんが硬い声で問う。夕里ちゃんは何も答えない。苦しそうに眉を寄せて、彰ちゃんから目を逸らす。そして、そんな二人のやり取りを横から世奈ちゃんが黙って見つめている。
「そうか……よくわかった」
感情の読めない声でそう言うと、彰ちゃんは一度下を向き、それから顔を上げて今度は手前の二人を見据えた。
「……自己紹介もまだだったな。わたしは沢木彰。この県で最強のウイングスパイカーだ」
微塵の気負いもなく最強を自称する彰ちゃん。タレ目の人とツリ目の人は、しかし、そんな彰ちゃんの威圧に臆することなく、堂々と名乗った。
「あたしは露木凛々花。この明正学園の最強よ」
「わたしは今川颯。この明正学園の最強だ」
微妙に矛盾した返答に、彰ちゃんは僅かに目を細め、遠くの地響きのように静かに言う。
「わたしはわたしの発言を撤回するつもりはない。だが……だからこそ、そちらの言うこともよく理解できる。そっちが勝てば、わたしは何も言わない。言えるはずもない。ただし、そこまで言うからには、露木凛々花に今川颯――おまえたちも、負けたときには以降余計な口出しは一切しないと約束しろ。異存はないな?」
「ええ」「ああ」
揃って頷くツリ目の人とタレ目の人。泣く子も黙る彰ちゃんの向こうを張るとは度胸あるな……と半ば感心していると、ついに審判台から声が掛かった。
「あの、皆さん、そろそろ、いいですか?」
緊迫した場にそぐわない、ゆったりとした、どこか呑気な注意が入る。聖レの大きな監督さんだ。彰ちゃんがさっと進み出て、深々と頭を下げる。
「失礼しました。申し訳ありません」
「はい。以後、気をつけてくださいね。では――」
すうっ、とゆっくり片手を明正学園のほうに向ける主審の先生。私たちは急いでボールを返し、初期位置につく。
そこで、私はようやく、実感した。
スコア、1―0。
そうだった。私たちは先取点を取られたのだった。しかも相手のサーブから――ブレイクで。
改めて、午前中とは違う布陣の相手チームを見る。前衛には、夕里ちゃんと、ツリ目の露木さんと、タレ目の今川さん。あや? もしかして高さ的には普通に全国級じゃない?
どうやら、私の高校デビュー戦は、思っていた以上に大変なことになりそうだった。
登場人物の平均身長(第五章〜):165.9cm




