表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
196/374

54(鹿子) 夏の大三角

 あやや?


 と思ったのは、夕里ゆうりちゃんがネットの前にいたから。さっきまで後衛バックスタートじゃなかったっけ?


 初期スターティング位置ポジションを変えてきたのかな、と最初は思った。でも、夕里ちゃん以外にも目を向けてみて、すぐにそうじゃないと気付く。かなりの大改造が行われていた。何人かはポジションが変わってる――っていうか、たぶんチームのコンセプトとか、そういうのが根本から変わっている。


 だって、午前中はずっとレフトだったダブルエースが、前衛フロントで並んでいるんだもん。明らかに普通じゃないことをしている。


 具体的には、こんな感じ。まず午前中が、


 ―――――――――ネット―――――――――


 ツリ目の人 一番背の高い人 キャプテンの人


 夕里ちゃん  だるっとした人  タレ目の人


 ―――――――――――――――――――――


 そして今はこう。


 ―――――――――ネット―――――――――


 ツリ目の人   タレ目の人   夕里ちゃん


 だるっとした人 一番背の高い人 キャプテンの人


 ―――――――――――――――――――――


 ほむぅ。どうなっているんだ……?


「カット一本、集中!」


 彰ちゃんがいつもより大きめの声を出す。相手の急な変化にざわめいていた私たちを落ち着かせようとしているんだ。


 ま、そうだよね。プレーが始まれば相手の出方は自ずと知れる。ひとまずは、私たちは私たちのバレーをすることに集中しよう。


 私はFR(フロントライト)に構えて、相手のサーバーをチェック。それから世奈せなちゃんにアイコンタクトを――って世奈ちゃんそっぽ向いてる! 夕里ちゃんでも見てるのかな……と視線の先を追おうと思ったら、あっと、こっち見た。ばっちりきっちりサインを確認。


 ぴぃ、と笛が鳴る。祝! 私の高校初スタメン!


 ボールはBR(バックライト)江本えもとつむりちゃんのところへ。少し緊張してるのかな? 微妙に短いカット。でも世奈ちゃんは速攻に入ってこいって顔してる。私は軽やかにステップしてジャンプ――そしてトスはレフトの彰ちゃんへ! もーっ思わせぶりな目配せしといてそれはないよ世奈ちゃーん!


 と、私がトスを左へ見送った、直後、


「「うおおおおお!!」」


 と二つの雄叫びが聞こえた。何事!? と私は目を見張る。赤茶と黒の長い髪の筋が視界を過った。えっ?


「っ――! 彰、三枚よ!」


 いち早く気付いた世奈ちゃんが鋭い声を上げる。私もようやく事態を飲み込んだ。彰ちゃんの目の前に三人のブロッカーがいる。まるで待ち構えていたみたいに。読まれていたってこと?


「問、題……ないっ!」




 だあんっ!!




 獣が唸るような声を漏らし、彰ちゃんは臆することなくスパイクを叩き込む。ボールはツリ目の人とタレ目の人の手を弾き飛ばして、クロスへ抜ける。そして、


「ナイスワンタッチ……っ!」


 果たして、ボールは落ちなかった。BC(バックセンター)のキャプテンの人がぎりぎり反応したのだ。ボールはレシーバーの真上、バックゾーンの中央付近に上がる。


露木つゆきさんっ!」


 言いながら、落下点に夕里ちゃんが走る。二段トスでレフトへ上げるつもりなんだ。ツリ目の人がコート外まで大きく開く。


「彰!」


「わかってる!」


 世奈ちゃんが彰ちゃんを呼ぶ。すぐさま彰ちゃんは私の肩を叩く。


鹿子かのこ、詰めて」


「っとと、あーらい!」


 三枚ブロックには三枚ブロックで返す、ってことだね!


 たたんっ、と私は彰ちゃんに促されるままサイドステップで世奈ちゃんの隣へ。自分より高い二人(しかも片方はセッター)に挟まれるっていうのはミドルブロッカー的にどうなの? と思うが気にしない。そうこうしている間に、夕里ちゃんがボールを捉える。


 しゅとーん、


 と随分高いトス。思わず顎が上がる。


「気持ちゆっくりめでいい。わたしと世奈に合わせて」


「んむっ、あっけー!」


 指示が細やか。至れり尽くせり。ってか止める気満々なのね彰ちゃん。


 私は視界を広げてボールとアタッカーのツリ目の人の姿を捉える。膝を柔らかくして、腰を沈め、指先の神経を研ぎ澄ます。落ちてくるボール。踏み込むツリ目の人。


 あっし来ーい!


「まだだ」


 あやっ、逸った!?


「っ――ここ!」


 たんっ、


 と跳び上がる。ちょっと遅れた? と思ったけどむしろぴったりだった。相手の打点がすっぽり腕の中に来る気配を感じる。これならきっと止められる。あとはとにかく力負けしないように――。


「露木さんそのまま! 思いっきり行ったれ!!」


 夕里ちゃんにしては荒々しい声。それに応えるように、ツリ目の人は吠える。


「だああああああああっ!!」


 ばだんっ、


 という打音を聞くより先に痛みを感じた。ブロッカーなんて見てないみたいな、ものすごく力任せなスパイク。ただ、その分コースは甘く、しっかり腕で捉えることができた。そしてもちろん跳ね返した。当然だ。こちとら小学生の時から彰ちゃんを相手に練習してきたんだから。


「っと――カバー!」


 うあっと拾われた!?


 見ると、またあのキャプテンの人だった。床に膝をついて上を見上げている。ボールは相手コートのフロントゾーン上空、かなりレフト寄りで、わりとネットに近い。これはもしかして、


「絶好球です、星賀ほしかさん!」


 たっ、


 と落下点へ軽やかに切り込むチョコレート色の影――夕里ちゃんだ。夕里ちゃんがツーアタックのタイミングで踏み込んでいる。両隣の彰ちゃんと世奈ちゃんが息を飲む気配がした。


 ここから考えられるパターンは二つ。夕里ちゃんがそのまま打つ。または、ツーアタックと見せかけてレフトのツリ目の人へ時間差のトスを送る。さて、となれば私はどっちに跳べばいい?


「夕里はわたしが止める!」


 彰ちゃんが鋭くそう言った。つまり、私と世奈ちゃんはレフトの時間差攻撃に備えよってこと。


「止められるもんならな!」


 ネット越しに聞こえていたのだろう、夕里ちゃんはそう言い返して、


今川いまがわさんっ!!」


 ひゅ、


 とトスをセンターへ送った。彰ちゃんも私も虚を衝かれて動けない。というかたとえ虚を衝かれてなくとも間に合うかどうかは微妙だった。タイミング的にはほとんど速攻。初めから跳ぶ(コミットブロックの)つもりじゃないと対応できない。それほどに速いトス。


 なのに、見ると、ボールの行く先にアタッカーがいない。


 反応できるはずがなかった。夕里ちゃんが踏み込んだとき、タレ目の人は速攻に入る素振りを見せていなかった。ゆえに速攻はない。そう判断して、私たちは夕里ちゃんのツーアタックとレフトのツリ目の人の時間差攻撃に的を絞った。


 しかし、その『ない』はずの速攻が、来たのだ。


「おおおおおおおっ!!」


 びゅう、


 と風が巻き起こる。


 夕里ちゃんがトスをセンターへ送った、ほぼその瞬間、夕里ちゃんの影から、突風のようにその人は現れた。めちゃくちゃな踏み込みで切り込む。いくらなんでも無理だ。間に合いっこない。打てっこない。


 という私の認識は、しかし、どうやら少しだけズレていたらしい。


「りゃあっ!!」


 とんっ


 と横っ飛びしたタレ目の人は、果たしてボールに触れた。本当に、指先だけで、辛うじて。そんなのは間に合ったとは言えない。打ったとも言えない。


 でも、それでいいのだ。


 ジャストミートでなくとも、力強く叩けなくとも、ただ触れて指先で僅かに前に押し込むだけで、ボールは慣性と重力に従ってひとりでに落ちる。


 彰ちゃんがブロックのためにライトに寄ったことで生まれた死角――FL(フロントレフト)のネット際に、冗談みたいにゆっくりと、


 ぽつ、


 と優しい音を鳴らして。そして、


 しん、


 と方々から痛いほどの殺気が迸る異様な静寂。ぴっ、という主審の笛もなんだか空々しい。


 そんな殺伐とした空気の中で、彰ちゃんは夕里ちゃんを見つめ、世奈ちゃんも夕里ちゃんを見つめ、夕里ちゃんもまず世奈ちゃんを見てから、彰ちゃんを見つめた。


 私にはなんだかそれが夏の大三角のように思えた。だとすれば間を横切るネットは天の川ってことになる。なら夕里ちゃんは織姫? じゃあ彦星は一体……。


 なんて考えていたら、いきなりその均衡トライアングルが崩れた。


 ツリ目の人とタレ目の人が、夕里ちゃんを庇うようにして、彰ちゃんと世奈ちゃんの前に立ったのだ。


「……詳しい事情は知らない。そっちもそっちで色々あるんだろうとは思う」


 タレ目の人が感情を押し殺すように低い声で言う。


「けど、こうしてネットを挟む以上、さかえはあたしたちの仲間で、あんたらはあたしたちの敵」


 ツリ目の人もぐっと拳を握りしめながら粛々と言う。


「だったら、わたしたちのやることは一つ」


「あんたたちに勝つ。それで文句ないでしょ」


 これは……最初の世奈ちゃんの挑発に対する返答なのだろうか。タレ目の人とツリ目の人はその瞳に闘志の炎を宿して、不自然なほど静かな勝利宣言をした。


「……それがおまえの答えなんだな、夕里?」


 彰ちゃんが硬い声で問う。夕里ちゃんは何も答えない。苦しそうに眉を寄せて、彰ちゃんから目を逸らす。そして、そんな二人のやり取りを横から世奈ちゃんが黙って見つめている。


「そうか……よくわかった」


 感情の読めない声でそう言うと、彰ちゃんは一度下を向き、それから顔を上げて今度は手前の二人を見据えた。


「……自己紹介もまだだったな。わたしは沢木さわきあきら。この県で最強のウイングスパイカーだ」


 微塵の気負いもなく最強を自称する彰ちゃん。タレ目の人とツリ目の人は、しかし、そんな彰ちゃんの威圧に臆することなく、堂々と名乗った。


「あたしは露木つゆき凛々花(りりか)。この明正学園チーム最強エースよ」


「わたしは今川いまがわはやて。この明正学園チーム最強エースだ」


 微妙に矛盾した返答に、彰ちゃんは僅かに目を細め、遠くの地響きのように静かに言う。


「わたしはわたしの発言を撤回するつもりはない。だが……だからこそ、そちらの言うこともよく理解できる。そっちが勝てば、わたしは何も言わない。言えるはずもない。ただし、そこまで言うからには、露木凛々花に今川颯――おまえたちも、負けたときには以降余計な口出しは一切しないと約束しろ。異存はないな?」


「ええ」「ああ」


 揃って頷くツリ目の人とタレ目の人。泣く子も黙る彰ちゃんの向こうを張るとは度胸あるな……と半ば感心していると、ついに審判台から声が掛かった。


「あの、皆さん、そろそろ、いいですか?」


 緊迫した場にそぐわない、ゆったりとした、どこか呑気な注意が入る。セントレの大きな監督さんだ。彰ちゃんがさっと進み出て、深々と頭を下げる。


「失礼しました。申し訳ありません」


「はい。以後、気をつけてくださいね。では――」


 すうっ、とゆっくり片手を明正学園のほうに向ける主審の先生。私たちは急いでボールを返し、初期位置コートポジションにつく。


 そこで、私はようやく、実感した。


 スコア、1―0。


 そうだった。私たちは先取点を取られたのだった。しかも相手のサーブから――ブレイクで。


 改めて、午前中とは違う布陣ラインナップの相手チームを見る。前衛フロントには、夕里ちゃん(164センチ)と、ツリ目の露木さん(172センチ)と、タレ目の今川さん(172センチ)。あや? もしかして高さ的には普通に全国級じゃない?


 どうやら、私の高校デビュー戦は、思っていた以上に大変なことになりそうだった。

登場人物の平均身長(第五章〜):165.9cm

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ