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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
195/374

53(天理) 変化

 ぴぃぃぃ、と笛が鳴りまして、午後一番のセットが終了いたしました。


 獨楢どくなら新人チームVS(セント)レ新人チーム。結果は26―24。


「危うく持っていかれるところだった」


 そう言って、獨楢新人チームのキャプテン――沢木さわきあきらさんはわたくしに手を差し出しました。


「正直、今のセットは取っておきたかったですの」


 わたくしは微笑を浮かべつつ、少しばかり眉を寄せてみせます。現在まで、わたくしたちセントレ新人チームは獨楢新人チームに全敗。午前中含めて初のセットポイントをものにできなかった落胆は小さくありません。ちょっとくらいなら、そんな心情を表現しても許されるでしょう。


「悪いけど、次も勝たせてもらう」


 実に『らしい』一言に、わたくしは思わず肩を竦めました。彼女の言葉は重みが違います。今のセット、獨楢新人チームは選手交替メンバーチェンジを多用してきました。恐らくは実験的な一戦だったのでしょう。こちらがあと一歩のところまで追い詰められたのもその隙を突いたからです。


 しかし、最後は沢木さんに全部持っていかれて、ゲームセット。具体的に言えば、彼女は23―24で迎えたこちらのセットポイントから三連続得点したのです。それでいて勝ち誇るでもなく、『ただ落ち着いて普段通りのプレーをしただけ』という顔で『次も』などと言われてしまっては、強がり以外に返す言葉がありません。


「ま、こちらもやられっぱなしでは終われませんの。次こそ白星をいただきますわ」


 わたくしが冗談めかして(もちろん冗談ではありませんよ)そう返すと、ふと沢木さんの顔に影が差しました。物思いに更けるように遠くに目をやり、独り言のように呟きます。


「……それでも、今日は負けるわけにはいかないんだ……」


 わたくしは首を傾げます。一体どうしたことでしょう。目下全勝中のチームのキャプテン、一年生ながらに県下無敵と名高い〝守心(Pyro)の赫熒(Phobia)〟が、この余裕のなさ。


 さすがに気になりましたのでその視線の先を追ってみますと、そこには補助員の仕事を終えて仲間の元に急ぐさかえ夕里ゆうりさんの姿が。しかし、それはほんの一瞬の出来事。沢木さんはすぐに目を伏せてその場を去ってしまいます。あるいはわたくしの勘繰りが過ぎるだけかもしれませんので、特に指摘したり詮索したりといったことはせず、わたくしはその背中を見送ります。


 と、その様子を眺めていたのか、大朧おおおぼろ久穂ひさほが声を掛けてきました。


天理てんり、沢木さんに何か言われた?」


「いいえ、特には」


 わたくしは「あなたが心配するようなことは何も」という意味を込めて微笑し、首を振りました。久穂は納得したように「そう」と呟きます。


 それから、わたくしたちはベンチを明正学園に明け渡し、壁際の一角に全集しました。間口まぐち剛健よしたけ先生からいくつかの具体的な指摘を受け、解散。のち、補助員の担当決めをしました。


 結果、堀川ほりかわ宇絋うひろ鬼島きじま巳頼みらいがスコアボード係、久穂ひさほ針ヶ谷(はりがや)的子まとこ山口やまぐち舞紗まいさ織部おりべ水華すいかがラインジャッジ、わたくしがお休みという分担に。せっかくですので、わたくしは午後からわたくしたち新人チームのマネージャーとしてベンチ入りした古門こかど大愛だいあを呼びました。


「大愛、先程のスコアを見せていただけませんこと?」


「…………っ!」


 真新しいスコアブックを胸に抱いて、こくこくと頷く大愛。首の後ろで一つ結びにした長い黒髪がくりんくりんと楽しげに揺れます。なんでも入部するにあたって邪魔なので切りたいとお母様に申し出たら猛反対されたそうな。ま、その点に関しては、わたくしも大愛のお母様と同意見ですわ。


「…………っ」


「どうかいたしまして?」


 スコアブックを受け取る際に大愛が何か言いたげな目をしていたので、訊いてみました。大愛は背伸びしてわたくしに耳打ちしてきます。それによると、次の明正(めいじょう)学園VS獨楢新人チームの試合中に、何やらわたくしにお願いがあるとのことでした。


「わかりました。わたくしにできることなら、なんでも」


「…………っ!」


「ああ、まだ片付けがありますのね。では、わたくしは先にギャラリーに上がっていますわ」


 わたくしが視線でギャラリーを示すと、大愛はぺこりと頭を下げ、長い髪を振ってロビーの方へ走っていきました。


 ――――――


 ギャラリーに上がり、多少埃っぽい通路に腰を落ち着け、スコアブックを眺めてチーム全体の調子を数字を通して確認していますと、思いの外すぐに大愛がやってきました。よほど急いできたのか、はあはあと肩で息をしています。


「大丈夫ですの、大愛?」


「…………っ!」


 こくこく、と大愛は頷き、息を整えてからお願いの説明を始めました。


「なるほど……幸果さちかさんがそんなことを。で、早速、というわけですわね。大愛は勉強熱心で偉いですわ」


「…………っ!!」


 大愛は頬を朱に染めて、持っていたメモ帳で顔を隠しました。照れ臭いようです。わたくしはくすりと微笑みます。


「まあ、そういうことでしたら、わたくしも協力は惜しみませんわ」


 わたくしはスコアブックを脇に置き、立ち上がってギャラリーの柵からコートを望みます。大愛はわたくしの横に立ち、黒々とした真剣な瞳でコートとわたくしを交互に見つめます。


「対戦相手の情報を自分なりにまとめるように――とのことでしたわね」


 聞くところによりますと、午前中は三年生マネージャーの平田ひらた幸果さちかさんの指導の下でスコアの付け方を習っていた大愛ですが、その最後に一つ宿題を出されたというのです。


 それが、対戦選手の情報収集。いつかまた合間見えるときのために、相手選手のプレースタイルなどをメモして溜めておくように言われたそうなのです。几帳面で用心深い幸果さんらしい素晴らしいアドバイスですわ。


「では、獨楢どくならと、明正めいじょう学園と、どちらからがよろしいですか?」


「…………っ」


「わかりました。獨楢からですね」


 わたくしは向かって手前に視線をやります。明正学園との挨拶を終え、一度ベンチに下がった沢木さんたちが、監督の指示を受けています。


獨和どくわ大附属楢木(ならぎ)高校……言わずもがなの強豪ですわ。新人チームと言っていますが、現時点で既に、お姉様たちともいい勝負ができるチームに仕上がってますの。

 なんといっても、主力は去年の中学都道府県対抗ベスト8――全国八強を成し遂げたメンバーですからね。この結果は、わたくしたちのブロックでは、都代表を除けば最高成績ですのよ」


「…………っ?」


「ああ……わたくしたちは、やや不本意な結果に終わってしまいましたの。客観的にはそう悪い成績ではないはずなのですけれど、らんさんやあやめさんたちの年と比較されてしまいますとどうにも、ですわ」


 わたくしは咳払いをして、話を元に戻します。


「そして、その全国八強メンバー――現在の獨楢新人チームですけれど、率いているのは沢木さわきあきらさんという、あの一際大きい方ですわ。身長は176センチで、獨楢全体を見ても最長身。力もあり、技術もあり、精神的にもメンバーの支えとなる……主砲エース主将キャプテンという二重の責任を背負っている時点で、もう並々ならぬ選手プレイヤーであることは察せられるでしょう」


 一生懸命にメモを取る大愛を微笑ましく眺め、ペンが止まったところでわたくしは次に紹介すべき方へ視線を向けます。


「そして、そんな沢木さんを一番近くで支えていらっしゃるのが、その隣の黒髪の方ですわ。セッター――と紹介していいのでしょうね、今は。名を森脇もりわき世奈せなさんとおっしゃいます。彼女も、あるいは沢木さん以上に警戒すべき選手プレイヤーですわ。獨楢新人チームは、この二人を中心に動いていますの」


 かつては三人だったのですけれど――とは口に出さず、私は明正学園のベンチにいるさかえ夕里ゆうりさんに目をやります。あるいは、ここにいる何人かにとっては、『三人』は過去形ではなく現在形、または未来形かもしれませんから。


「では、獨楢の他のメンバーも見ていきましょうか。まずは、そうですわね……何かと目立つ与志田よしだ天那あまなさんでしょうか」


「…………っ」


「ええ、そうです。あのミドルブロッカーの、チクチクした髪型の方ですわ。彼女は――」


 と、紹介していたところで笛が鳴り、選手プレイヤーたちがコートに散っていきました。わたくしはそれを見て少し驚きます。


「ほう……」


 獨楢新人チームのコートに、今しがた紹介しようと思った与志田よしださんの姿はありません。それどころか、順次紹介するつもりだった町川まちかわ縫乃ぬいのさん、久保くぼ由紀ゆきさん、桐ヶ谷(きりがや)れつさんの姿も。


「…………っ?」


「ええ。その通りですわ」


 つまり、獨楢新人チームは、スターティングメンバーを大幅に且つ大胆に変えてきたのです。キャプテンの沢木さんとセッターの森脇さんは据え置きで、他は全員先程までベンチスタートだったメンバーと入れ替わっています。よく見ると、コートの外で待機しているリベロも、薬師寺やくしじ香華きょうかさんではありません。


 先程のわたくしたちとの試合でもその傾向がありましたが、どうやら獨楢新人チームの監督は、午前中の結果を鑑みて、午後は積極的にベンチメンバー(この表現は適切ではないかもしれません。なぜなら彼女たちは入部したばかりの新人――今はまだメインとサブの明確な線引きはされていないはずですから)を起用することにしたようです。


「……あら?」


 そして、変化はそれだけではありませんでした。


「ほう、これはこれは――」


 わたくしは向かって奥のコート、明正学園の初期位置ラインナップを見て、ふむふむと呟きます。


「…………っ?」


「ああ、大愛は明正学園の試合をちゃんと見るのは、これが初めてですものね。……ええ、そういうことなのです」


 そう。変化は、獨楢新人チームだけでなく、明正学園にも起きていました。


「明正学園のほうは、メンバーではなく、ポジションを変えてきたようですわ。はてさて……一体どういうつもりなのか」


「…………っ?」


 大愛が首を傾げます。わたくしは、互いに互いの変化を見てざわめく両陣営を見下ろしながら、ふふっ、と声を漏らします。


「大愛、喜びなさい。どうやら、とても面白い試合が見れそうですわよ」


 午後第二戦、明正学園VS獨楢新人チーム。


 波乱の予感、ですわ。

登場人物の平均身長(第五章~):166.2cm

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