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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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49(知沙) 奇跡

「ぬ"あ"ーっ"……く"や"し"い"い"い"い"い"ー……」


 言葉の全てを濁音にして項垂れているのは、露木つゆき凛々花(りりか)さん。さすがに最初ほどの勢いはない。今川いまがわはやてさんのほうも、ちらりと露木さんを一瞥して口をへの字に曲げただけで、黙って下を向いてしまった。


 それもそのはず。ここまでのうちの成績は、


 VS獨楢(どくなら)新人チーム、第一セット、9―25


 VS(セント)レ新人チーム、第一セット、12―25


 VS獨楢新人チーム、第二セット、7―25


 VS(セント)レ新人チーム、第二セット、10―25


 と負け続きだったのだから。最後まで状況を好転させることはできず、そのままお昼休みへと突入。露木さんと今川さんは自棄食いのようにあっという間にお弁当を平らげると、体育館の縁側に座り込んだきり動かなくなってしまった。


「そんな凹むことないでしょうが。何度も言うけどあっちは全国で戦ってるような連中なのよ? 県大会一回戦敗退の私たちとはレベルが違うのよ、レベルが」


 コンビニで買ったおにぎりを食べながら、瀬戸せと希和きいなさんが捨て鉢になったように言う。


「わたしが前衛フロントスタート――」


「だったとしても結果は大差ないって。レベルの違いを認めなさいよ、いい加減」


 今川さんの力ない反論を、ぴしゃりと切って捨てる瀬戸さん。誰も何も言わない。瀬戸さんは、たぶん彼女なりに二人を慰めようとしていたんだと思うんだけれど、言い方と間がちょっとキツくなってしまって、若干空気が重くなる。


 こんなとき、いつもならすかさずさかえ夕里ゆうりさんが場を和ませてくれるんだけれど、彼女は昼休みになってすぐどこかへ行ってしまって、今はいない。瀬戸さんは困ったように視線を落として、黙々とおにぎりを食べる。志帆しほちゃんは何を考えているのか、じっと新入生たちの様子を見守っている。私はというと、おろおろするばかり。(ちなみに、西垣にしがき芹亜せりあさんは卵焼きを箸で摘んだ状態のまま植え込みの周りを舞う蝶を眺めていた。とってもマイペース!)


「……瀬戸の言う通りだわ」


 静かにそう呟いたのは、露木さんだった。


「実力差は……悔しいけど、確かにある」


 常の露木さんらしくない弱々しい発言に、今川さんがはたと訝しげに顔を上げる。ほぼ同時に、露木さんも顔を上げた。


「でも、それは単純に、積み重ねてきた練習量の差よ!」


 その瞳には、ちらちらと火の粉を散らす、赤い炎。


「だって、少なくとも、身長を比べるならあたしは沢木さわきあきら以外には勝ってるし!!」


 ぐっ、と拳を握りしめ、露木さんは勢いよく立ち上がった。


「こうしちゃいられないわ――!! あいつらが休んでるこの今に!! 少しでも練習して追いつけ追い越せよ!!」


 広げていたお弁当箱を片付けると、ずだだだと体育館の中へと走り込んでいく露木さん。今川さんが慌ててその後を追いかける。


「おい露木凛々花! 今『あたしは』って強調したな!? 言っとくが、わたしだって身長なら(沢木彰以外に)勝ってるんだからな!! つかわたしとお前は身長同じだろっ!!」


「うっさい!! ってかなんで付いてくるのよ!! あたしの秘密特訓を邪魔する気!?」


「誰がそんな暇なことするか!! お前こそわたしの秘密特訓の邪魔をするなよ!!」


 わあわあ怒鳴り合いながら遠ざかっていく露木さんと今川さん。「あいつらは本当に……」と瀬戸さんは呆れたように溜息をついた。その目元と口元は安堵で緩んでいる。私もほっと胸を撫で下ろす。と、そのとき。


「瀬戸さんは、やけに県大会一回戦敗退を気にするね。今日だけで二、三回は言っていたと思うが」


 闇から現れる忍者のように、出し抜けに志帆ちゃんが口を開いた。緊張が解けて油断していた瀬戸さんが、うぐっ、と目を泳がせる。


「何か、理由があるのかな?」


 柔らかな微笑を浮かべて、志帆ちゃんは瀬戸さんの目をじっと見つめた。西垣さんも卵焼きを口に運んで、もぐもぐしながら瀬戸さんを見る。瀬戸さんは降参した風にがしがしと頭を掻いた。


「……星賀ほしかさんは、もしかするとご存知かもしれないですけど」


 そう前置きして、瀬戸さんは自嘲するように肩を竦めた。


「県庁地区っていうのは、いわゆる弱小地区なんですよ」


 そう言って目を伏せる瀬戸さん。あんまり続きを話したくはなさそうだ。私は堪らず話題を変えようと思ったが、志帆ちゃんに視線で止められた。その間に瀬戸さんも腹を決めたみたいで、小さな声で、すらすらと語り始めた。


「私のいた和田わだ中と、それに光ヶ丘(ひかりがおか)中――県庁地区では二強なんて言われてる中学ですけど、もう何年連続になるのか……かなり長い間、総体の県大会で二回戦より上に行ったことがないんですよ。万年一回戦敗退なんです。

 理由は色々あるんだと思います。でも、とにかく、県庁地区のバレー水準は他の地区に比べて圧倒的に低い……これは常識っていうか、まあ、何度か県大会を経験すれば、身に沁みます」


 俯いたままの瀬戸さんは、しかし、悲しそうでも悔しそうでもない。ひどく疲れたように、諦めたように背中を丸めている。


「この県でバレーが強いのは、一番が南地区。次いで東と西、年によっては中央と北がそこに食い込むかなって感じです。で、県庁地区はと言えば、他から大きく引き離されての最弱。それこそまったく話になりません。

 例えば、去年の米沢よねざわ中――露木たちが負けた古手川こてがわみなみってとこ。露木、ボロ負けしたって言ってましたよね。確か、あそこって南地区の六位なんですよ。本当に、その程度レベルなんです」


 瀬戸さんはちらりと志帆ちゃんを見て、力ない笑みを浮かべる。


「そんな県庁地区出身の私にとって、県大会っていうのは一回戦敗退が当然。突破すれば奇跡。別に露木や今川のやる気を否定するわけじゃないんですけど……まあ、そういうわけなんで、西の王者のセントレとか、まして県代表になるような獨楢どくならの相手なんて、正直、私には荷が重いんですよ」


 んんー、と瀬戸さんは大袈裟に背筋を伸ばしてみせる。と、何を思ったのか、志帆ちゃんがふふっと声を漏らした。瀬戸さんは少し顔を赤くして頬を掻く。


「えっ、と……すいません、やっぱ可笑しかったですか? 私もキャラじゃないと思うんですけど――ってか、話せって言ったの星賀さんじゃないですか」


「ああ、いや、違うんだ。決して君を嘲ったわけではないんだ」


 志帆ちゃんは口元に手を当てて笑みを控え、真面目な顔で瀬戸さんを見つめる。


「ただ、君の口から『奇跡』なんて言葉が出てくるとは思っていなくて……気を悪くしたならすまない」


「いえ、まあ、別にいいっすけど――」


 瀬戸さんは志帆ちゃんから目を逸らす。志帆ちゃんはすかさず咳払いをして、その視線を引き戻し、凄むように言った。


「『奇跡』なんてものは、この世に存在しない。それを『奇跡』と信じる者と、それを『奇跡』と信じさせる者がいるだけだ」


 直後、するり、と志帆ちゃんは猫のように瀬戸さんの元に這い寄った。いきなりのことで私は声が出そうになった。西垣さんもわっと僅かに口を開けた。


「勝てない理由を考えるのは、勝つ方法を考えるより圧倒的に楽だね。一方で、勝つ方法を考えるのは、勝てない理由を考えるより、圧倒的に楽しい」


 目を丸くしている瀬戸さんの顔を下から覗き込みながら、志帆ちゃんは柔らかく微笑む。


「瀬戸さん、君は別に楽をしたくてここに入部したわけではないはずだ。でなければ昨日までの神保じんぼ先生の特訓で音を上げていただろうし、早起きをして隣県ここまでやってくることもなかった。違うかな?」


「そりゃ……まあ、そうなのかもですけど」


「なら、せっかくだ、もっと楽しもうじゃないか」


 ぽんっ、と志帆ちゃんは瀬戸さんの肩を叩き、すっ、と音もなく身を引く。瀬戸さんは狐につままれたように眉をハの字にしていたが、最後には半ば諦めたように、頭を掻きながら頷いた。


「…………うっす」


 志帆ちゃんは満足したように微笑み、ちらりと私に目を向けた。私は頷いて、横に置いておいたバスケットを持ち上げた。


「あのね、お菓子、焼いてきたの。みんなで食べようと思って」


 私がそう言うと、志帆ちゃんは待ってましたとばかりに「ありがとう、知沙ちさ」と笑い、西垣さんは嬉しそうに「いただきます」と手を合わせ、瀬戸さんは「じゃあ露木と今川呼んできます」と素早く立ち上がった。


 私は、バスケットを開けると、中身を広げる前に、栄さんにあとで渡す分を先に取り分けた。

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