17(ひかり) 試合
久しぶりの練習(高校生として、という意味なら初の練習)は、あっという間に時間が流れていきました。
練習内容は、城上女・成女ともに新一年生がいるからか、ごくごく基礎的なものでした。
体力トレーニング、対人パス、サーブ、サーブレシーブ、スパイクレシーブ、スパイク&ブロック、といった具合です。
今日は成女の監督が出張で不在だそうで、代わりに成女バレー部・副キャプテンの獅子塚美波先輩(三年生)が指揮を執っていました。
なお、正キャプテンの相原つばめ先輩は、同好の士である北山梨衣菜さんの指導をしています。
かくして、現在、時刻は五時半を回ったところ。スパイク&ブロック練習が終わり、本日二度目の休憩。
五時過ぎにやってきた立沢胡桃先輩と成女のマネージャーである楪亜希子先輩(二年生)の用意したスポーツドリンクを、部員たちが代わる代わる飲んでいく中、岩村万智先輩と相原先輩と獅子塚先輩が三人で何やら相談をしていました。
何の話をしているか、なんとなく予想はつきますが。
――休憩明け
「はぁい。というわけでぇ、試合をしますぅ!」
丸い握り拳を突き上げて、いかにも嬉しそうな岩村先輩。
ずっと入り交じって練習に取り組んできた城上女メンバーと成女メンバーが、今はコートのあちらとこちらに分かれています。ただし、相原先輩は例外的にこちらサイド。面倒を見ていた北山梨衣菜さんと、私への配慮でしょう。有難い限りです。
「公式戦ルール準拠の25点先取1セットマッチですぅ。つきましてはスターティングポジションを決めたいと思いまぁす。時間がないので自己申告制、早い者勝ちでいきますよぉー」
言って、岩村先輩はびしっと右手を挙げました。
「まずはレフトやりたい人ぉ! はぁい、私!」
続いて、藤島さんが控え目に挙手します。
「え、っと……では、私も」
「はい、レフトは私と透ちゃんに決まりましたぁ。お次はセンター!」
なお、ここへ来る道中、岩村先輩は私たち一年生を名前にちゃん付けで呼ぶようになりました。宇奈月さんほどではありませんが、この方もなかなか人懐っこい性格のようです。
「梨衣菜、ひとまずあなたはここをやってみましょう」
「は、はいっス!」
相原先輩に促され、北山さんが挙手。
「で、他に希望者がいなければ私が入ろうと思うけれど……」
相原先輩は霧咲さんと宇奈月さんに視線を送ります。霧咲さんは宇奈月さんを一瞥して、やや迷ったのち、手を挙げました。
「はい。センター、あたしにもやらせてください」
「はぁい、というわけでぇ、センターは梨衣菜ちゃんと音々ちゃんに決定。自動的に実花ちゃんとつばめさんがライトになりまぁす。セッターは実花ちゃん、よろしくねぇ」
「はい!! がんがんトスしますっ!!」
一連の流れを黙って見ていた立沢先輩が、意外そうな目を霧咲さんと宇奈月さんに向けています。私も少なからず意外です。昨日の体育でのミニゲームのあと、何やら二人で口論していましたが、その結果がこのポジション決めに繋がっているのでしょうか。
「ひかりちゃんはリベロでよろしいですかなぁ?」(岩村先輩)
「はい。センターと代わればいいですか?」(私)
「あたしはザルだからお願いしたいけど、北山は」(霧咲さん)
「梨衣菜は……そうね、練習だし、早くローテに慣れるのに、前衛と後衛どっちもやったほうがいいと私は思うわ」(相原先輩)
「私はすわろー先輩の意見に賛成です!」(宇奈月さん)
「あ、あの、でも、それだと三園さんの出る機会が……」(藤島さん)
「そこでなんだけど、梨衣菜が前で私が後ろのときに、私と三園さんが代わるっていうのは? それだと、私も梨衣菜に口出しやすいし」(相原先輩)
「それなら、センターとライトの位置関係は、あたしの右が相原先輩で、北山の右が宇奈月って感じにしたほうがいいですかね。これなら三園の出番が六分の五になります」(霧咲さん)
「っていう感じで、どうかなぁ、ひかりちゃん?」(岩村先輩)
「お心遣い感謝します。異存ありません」(私)
「んー、あとはぁ、透ちゃんはやっぱり前衛スタートがいいよねぇ。それでぇ……初心者の梨衣菜ちゃんを私とつばめさんで挟みっこして――うんっ、いいでしょーぅ!」(岩村先輩)
「わっほい! 決まりですねっ!!」(宇奈月さん)
「自分、よくわからないっスけど、とにかく頑張るっス!」(北山さん)
「というわけで胡桃さぁーん、今言った感じで作戦ボードお願いしまぁす」(岩村先輩)
「もう出来てる」(立沢先輩)
立沢先輩が作戦ボードを掲げます。驚くべきことに、全員分のマグネット(相原先輩含む)が用意されていました。
―――ネット―――
藤島 霧咲 宇奈月
相原 北山 岩村
L:三園
「さすが胡桃さん、仕事が早いですぅ」
ぱちぱち、と拍手を送る岩村先輩。すると、成女サイドの獅子塚先輩がこちらへやって来て、岩村先輩に首尾を尋ねました。
「良好ですよぉ。即席にしてはバランスいいですぅ」
「ふーん、そっちのセッターはポニテの子なんだ。げっ、てかアタッカー陣えぐ過ぎでしょ。マチ子を除いて全員170以上、一人は県選抜の〝黒い鉄鎚〟って鬼か」
「そこをなんとかぁ、お手柔らかにお願いしまぁす」
「いや、悪いけど、全力で手厳しく叩かせてもらうから」
「はわわぁ」
「って、そう、忘れるところだった。マチ子、ヘーイ、じゃん・けん・ぽん!」
「ぽぉーん!」
岩村先輩とのサーブ権争いを済ませると、獅子塚先輩は小走りに成女サイドに戻っていきました。
いよいよ、練習試合が始まります。
主審一名、副審一名、ラインジャッジ四名、スコアボード係二名がそれぞれの位置へ。これは全て成女のメンバーがやってくれています。その上キャプテンまでこちらに頂いてしまっている(しかも新人教育担当として)のだから、至れり尽くせりというものでしょう。
「気にしないでいいのよ、三園さん。藤島さんと万智がエースにいるチームとやり合えるんだもの。十分釣り合ってるから」
きょろきょろしていた私を気遣って、相原先輩は明るくそんなことを言います。
はて。しかし、また随分と気になる言い回しをされたものですね。
藤島さんがエース、ではなく、藤島さんと岩村先輩がエース、とは。
――『はぁい。というわけでぇ、試合をしますぅ!』
半年以上、あるいは入部以来ずっと、一度も公式戦に出ることなく、練習に打ち込んできた岩村万智先輩。
あの突き上げた拳の中に、果たして、どれだけの喜びが詰まっていたのでしょうか。
私には、想像も及びません。
「それでは、これより音成女子VS城上女子の練習試合を始めます!」
相原先輩の号令で、両チームメンバーがコートのエンドラインに沿って一列に並びます。
ややあって、主審の笛が高らかに鳴り響きます。
「「「よろしくお願いします!!」」」
わあっ、とにわかに熱が上がるコート。
スターティングメンバーがコート内の定位置につき、ポジションの確認をして、いよいよ試合開始です。
私たちのコートは主審から見て左側。ベンチは自軍コートから見てレフト側にあります。
サーブは、獅子塚先輩とのじゃんけんに岩村先輩が勝ったので、城上女から。
リベロの私は、副審からボールが投げ渡されると、すぐに後衛にいる相原先輩と入れ替わります。
「え、おお、もう始まる感じっスか!? 始まりっスか!?」
北山さん、テンパってます。
「厳密に言えば、試合は既に始まってます。プレー開始という意味なら、次の笛がその合図です。岩村先輩がサーブを打ちます」
「サーブ……を、打って、そんで、自分はどうすればいいっスか!?」
「相手が攻撃してきます。北山さんはそのままその位置――コート後方の中央で構えて、飛んでくるスパイクをレシーブしてください」
「う、うっス!!」
私と北山さんのやり取りが終わるのを待ってくれていたのか、ここでようやく、主審が短く笛を鳴らしました。
「っいっさあああああーまああっちいいいいーせんぱああああああああい!!」(訳:ナイスサーブ、岩村先輩)
宇奈月さんの大きな声が開戦を告げる法螺貝のように体育館に響き、
城上女VS成女、
その火蓋が、切って落とされます。




