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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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47(知沙) 羽衣天女《Celestial Weft》

「ぬ"あ"ーっ"! く"や"し"い"い"い"い"い"!!」


 言葉の全てを濁音にして頭を抱えているのは、露木つゆき凛々花(りりか)さん。そんな露木さんを不愉快そうに眺めている今川いまがわはやてさんも、言わないだけで、への字に曲がった口がまったく同じ主張をしている。


 二人が悔しがっている理由は、他でもない。練習試合の第一戦、私たち明正めいじょう学園は獨楢どくなら新人チームに負けてしまったのだ。


 最終スコアは、9―25。


 誰の目にも明らかな完敗だった。


「いや、まあ……あっち全員県選抜なんだよ? 善戦したほうでしょ」


 慟哭を上げる露木さんに、瀬戸せと希和きいなさんがややそっけなく声を掛ける。言い返したのは今川さんだ。


「わたしが前衛フロントスタートなら、二桁は取れた」


 刺のある言い方をする今川さん。露木さんが目を三角にして言い返す。


「はあ!? ほざいてんじゃないわよ、今川颯っ!!」


「でも現に、前衛だった回数はお前のほうが多いのに、決定本数は同じ。そうですよね、早鈴はやすず先輩?」


 とっておきの証人を呼ぶ検察官のような勝ち誇った顔で、今川さんが私を見る。どどどどうしよう――と内心焦りつつ、試合の記録をみんなと共有するのもマネージャーの大切な仕事なので、私はスコアブックを見ながら小声で答える。


「そ、そうだね……露木さんと今川さんのアタック決定本数は、今回、同点だね」


「ほら見ろ!!」


「う"ぐ"ぐ"ぐ"ぐ"!!」


 え、えっと……今川さん? そういうのはよくないんじゃないないなあー? ほ、ほら、私もさ、誰かを貶めるために記録をつけているわけじゃなくて、もっとこう……次に繋がる足掛かりとしてね?


 とも言えず私が困っていると、スコアブックに影が落ちた。背後から、私の肩越しに174センチの西垣にしがき芹亜せりあさんが覗き込んできたのだ。


「アタック決定本数……露木さん二本、今川さん二本。あっ、ほんとだ、同点だぁ」


 ほわわ、と楽しそうに笑う西垣さん。瀬戸さんが呆れ顔で溜息をついた。


「2点ずつって……まさにどんぐりの背比べじゃないの」


 うぐっ、と今川さんが言葉に詰まる。さらに追い打ちをかけるように(本人にそのつもりはないんだろうけど)、西垣さんは無邪気に訊いてくる。


「9点のうち2点が露木さん、2点が今川さんで……あとの5点はどうなっているんですか?」


「あっ、うん……えっと、2点が相手のミス、残りの3点が、さかえさんだね。サーブで1点、ツーアタックで1点、ブロックで1点」


 私の答えを聞いて、瀬戸さんはまた深い溜息をついた。


「一番稼いだのがセッターって……。ねえ、そこんとこどうなの、エース二人?」


「「うるさい、0点!!」」


「わ、私のことは今関係ないでしょ!?」


 わあわあと言い争いを始める露木さんと今川さんと瀬戸さん。神保じんぼ先生と話しつつ片耳だけはこちらに傾けていた志帆しほちゃんのふふっと苦笑する声が聞こえる。って志帆ちゃん! 笑ってないで止めてよ!


「はーい、そこまで。たった一セットの結果だけで優劣なんて決められへんて。あと、先輩のつけてくれたデータはもっと有意義に使わなあかんでー」


 ぽんぽん、と露木さんと今川さんの背中を叩いて場を収めたのは、さかえ夕里ゆうりさん。少し離れたところでストレッチをしつつ、隣のコートの様子を伺っていた彼女だけれど、さすがに放っておけなくなったみたいだ。


「ほんで、キミら、揚げ足取りなんてしとらんと、ちゃんと次の試合に向けて気持ち切り替えな。セントレかて、獨楢どくならに負けず劣らずの由緒正しき強豪なんやから。特にキャプテンの羽田野はたのさんっちゅー人は――」


「わたくしがどうかいたしまして?」


 突如割り込んできた、りん、と風鈴のように清らかな声。みんな一斉にそちらに振り向いた。烏羽色クロウブラックのジャージを羽織った、端正な顔立ちの女の子がこちらに歩いてくる。


「これはこれはどうも……羽田野さん」


「いえいえこちらこそ、お久しぶりです」


 揃ってぺこりとお辞儀し合う二人。身長も体型も髪の毛の長さも同じくらいで、雰囲気もどことなく近い。なんだか互いに鏡に向かって挨拶しているみたいだ。


「こちらは羽田野天理(てんり)さん。なんて紹介したらええのかな……えっと、キミらの学年の県選抜メンバーやで」


 県選抜、という単語に全員の目の色が変わる。今さっき戦った獨楢の新人メンバーや栄さんも県選抜ではあるけれど、それはあくまで隣の県の話。より近い存在としてはナナちゃんがいるけれど、それもあくまで別の学年の話。


 けれど、彼女――羽田野天理さんは、露木さんや今川さんや瀬戸さんたちの世代の、まさしく代表者。しかも、その身長は160半ばで栄さんと同じくらい。170を越える露木さんや今川さんを措いて選ばれたのだから、それだけ凄腕の選手プレイヤーに違いないのだ。


「その筋では『うまくなりたいならセントレの羽田野天理をお手本にしろ』っちゅー格言まであるくらいや。何やらせても綺麗なプレーするんやで、ほんまに」


 栄さんが褒めそやすと、羽田野さんはくすぐったそうに目を細めた。


「それなら、わたくしの県にも似たような格言がありますわ。『うまくなりたいなら獨楢どくならの栄夕里をお手本にしろ』とね」


「またまたお上手やね、〝羽衣(Celestial)天女(Weft)〟」


「わたくしは本当のことを言っただけでしてよ」


 にこにこ笑う栄さんとくすくす笑う羽田野さん。やっぱりちょっと雰囲気が似ている。


「ほんで、羽田野さん。わざわざ出向いてきて、なんや用があったんとちゃうの?」


「いえ、用と言うほどの用ではありませんわ。ただ、あなたとみなさんに、ぜひご挨拶をばと思いまして。おかげ様で貴重な練習試合の機会を得ることができました。セントレ新人チームを代表して御礼を申し上げますわ」


 優雅に一礼して、穏やかな笑みを私たちに向ける羽田野さん。


「では、のちほどコートで。いい試合をしましょう、明正めいじょう学園のみなさん」


 本当に挨拶をしに来ただけのようで、羽田野さんはすたすたと味方のところへ戻っていった。獨楢戦では森脇もりわき世奈せなさんにとんでもない爆弾を投げ込まれただけに、身構えていた露木さんと今川さんは肩透かしを喰らったようにぽかんとした顔で彼女の後ろ姿を見送った。


「あー……羽田野さん、むっちゃ本気マジやんか」


 えっ、今のが!?


「「えっ、今のが!?」」


 私が心の中で思ったことをそのまま口に出した露木さんと今川さんに、栄さんは語る。


「『一度たりとも負けへん』って目に書いてあったやろ。ま、羽田野さんの立場にしてみたら、自分が負けたら先輩らを出張らすことになるわけやから、当然やろな」


 なるほど……いや、でも、本当に全然そうは見えなかったな。もっとこう「叩きのめして差し上げますわ!」とか「わたくしに敗北の二文字はありませんわ!」とか、そういう感じのが来ると思っていた。って、これは森脇さんのイメージに毒され過ぎ?


「羽田野さん――っちゅーかセントレの人らは、全般的に燃えれば燃えるほど気持ちがアルカイック・スマイルに集約されるから、最初はわかりにくいんやけどな。とにかく、さっきの微笑は宣戦布告の微笑やったで」


 栄さんの説明を聞きながら、私は記録席にいる羽田野さんに目を向けた。凪のように穏やかな微笑を浮かべて志帆ちゃんと握手している。


「……というか、あんたたち、あのセントレって集団がどんだけ強いかちゃんと理解してる?」


 ぼそっ、と低い声でそう切り出す瀬戸さん。露木さんと今川さんはピンと来てないようで、揃って首を横に振る。瀬戸さんはがしがしと頭を掻いた。


セントレは小・中・高一貫だから、当然、去年のセントレ中バレー部の主力メンバーが、ほぼ丸々あそこにいることになる。でもって、私たちの代のセントレ中の最終成績は確か――県三位」


 瀬戸さんは相手コートを眺め、眩しそうに目を細める。


「つまり、今から戦う相手は、去年の夏に私らが一回戦負けした県大会トーナメントで、表彰台に上った連中ってことよ」


 その視線の先には、コートを広々と使って、軽やかにパスをするセントレ新人チーム。


 翻る烏羽色クロウブラックジャージの影が、やけに目に残った。

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