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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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42(希和) 口パク

 あーヤバいこれはヤバい普通に始まったし外から見るのとネット越しに見るのとじゃプレッシャーが段違いだし背骨の周りがなんか冷たいしどこ見ていいのかわからんし足の裏が床に張り付いてぴくりとも動かないんだけどってかあーヤバいこれはヤバい。


 ヤバいって、もうっ!!


「「さああああああああっ!!」」


 試合が始まり、コートの内外から湧き上がる声。その中で一人口パクするのが精一杯の私。つまり、完全に呑まれている。


「ちょいちょい瀬戸せとさん、顔真っ青やで? だいじょぶ?」


 隣のさかえ夕里ゆうりに肩を叩かれた。私は出来損ないのからくり人形みたいに引き攣った笑顔でかたかたと首を振る。栄は困ったように視線を斜め上に持ち上げ、そして、何かを言おうとしたまさにその瞬間、無情にもサービス許可の笛が鳴った。


 ぴぃー!


「行きますっ!!」


 おうおう芯の通ったいい声を出すなあ今川いまがわあんた緊張とかしないのでもねちょっと待ってね私まだ心の準備がアレだから八秒ゆっくり使ってサーブを打ってくれてばしんっなんの躊躇いもなくノータイムで打ちやがったわね!?


 ひゅう、


 と風を切って伸びるボール。私は栄に押し出されてどうにかBRバックライト定位置プレイヤーポジションについた。コートを右後方から望むその光景に、少しだけ落ち着きを取り戻す。後衛バックスタートで良かったと思う。これでいきなりやったこともないFC(フロントセンター)スタートだったら精神が死んでたわ。


 なんて一息ついたのも束の間。バレーボールはターン制だが進行は超速リアルタイムなので、サーブを打ち込めばものの数秒で相手の攻撃が飛んでくる。獨楢どくなら新人チームの攻撃は二枚。センターの溌剌としたチクチク頭と、レフトの西垣にしがきより高い怪物バケモノじみたエースキャプテン。


 セッターは迅速且つ安定なセットアップで、トスをレフトへ。


 対するこちらのブロッカーは――えっ、あっ、そっか星賀ほしかさんか!! 相手エースより20センチ以上低いけどそこんとこどうするんですか!?


 結論から言う。どうにもならなかった。




 ――ばぢんっ!!




 星賀さんの手の遥か上から打ち込まれた相手エースのスパイクは、刹那のうちに空間を裂いて床に突き刺さり、そして返す刀で棒立ちしていた私のがら空きの腹を抉ってきた。


 ぼごっ!!


「ぅぐっえぇ……!?」


 うら若き乙女のものとは思えない、轢き潰された蛙みたいな声が出た。目の前が真っ白になった私は膝から崩れ落ちる。


「瀬戸さーん!? 大丈夫かいなー!!」


 大丈夫なわけないでしょ!! 今一瞬身体浮いたわよ!! 内臓がポジションチェンジしたわよ!!


 と叫びたいが「うごぅぅぅ」と無惨な呻き声しか出てこない。慌てて駆け寄ってきた栄に背中を擦られ、どうにかホワイトアウトを脱する。やばい本気で吐きそう。


「いきなりやってくれるやんか……あきらのヤツ」


 アキラ――それがあのレフトエースの名前か。おのれ人間凶器め……私が突然変異で180センチになったら覚えておけよ。


 鈍い痛みに悶えながら、私は顔を上げる。ボールを媒介に私にボディーブローをかましたレフトエースのアキラは、着地したその場で仁王立ちして悠然と私を見下ろしていた。


「どや、瀬戸さん? 続けられそうか?」


「ありがと……栄。たぶん、大丈夫よ……」


「痛かったやろー? ごめんなー」


 優しく介抱してくれる栄。そのとき、ネットの向こうのアキラが不愉快そうに目を細めるのを私は見た。


「……プレー中にぼさっと突っ立っているほうが悪いだろ」


 独り言のような呟きは――恐らく本人の意図に反して――コート中の誰の耳にも届いた。反射的に、私たち明正めいじょうメンバーの全員がそちらへ視線を向ける。アキラは一瞬眉を吊り上げたが、それ以上の狼狽は見せず、じっと無言でこちらを見返した。ぴしっ、と空気が凍りつく。


 と、一人の選手が、アキラの肩に手を置いて、私たちとアキラの間に割って入った。


「あんたの言ってることは正しいわよ、彰。それとも、何か文句があって、明正めいじょう学園の皆さん?」


 現れたのはセミロングの黒髪を先端のほうで緩く一つ結びにした女――獨楢新人チームのセッターだ。


世奈せな……」


 セナというらしいセッターは帯みたいな後ろ髪を掻き上げ、ふんっ、と鼻を鳴らした。あからさまな挑発に、沸点の低い露木つゆきの顔がみるみる険しくなる。が、暴発する前に栄が動いた。


 ばむっ、


 と私の足元に転がっていたボールを拾い、無言でバウンドパス。セナはそれを片手で受け止めて、もう片方の手を腰に当てて微笑む。


「ネットを挟む以上、今のあんたはあたしたちの敵よ、夕里ゆうり。容赦はしない。全力で叩き潰してあげるわ」


 傲然とそう言い放つと、セナはくるりとこちらに背中を向け、何か言いたげなアキラの腕を引いてチームの輪に戻った。栄は複雑な表情でかつての仲間チームメイトを見つめている。


「はいっ、みんなサーブカットの位置について。一本返していこう」


 ぱんっ、と手を叩き、さっぱりとした口調でそう言う星賀さん。気まずかった雰囲気が多少紛れ、全員がそれぞれのコートポジションに戻っていく。と、お腹をさすりながら立ち上がった私の元へ、星賀さんが駆け寄ってきた。


「ブロックが甘くて申し訳ないね。タイミングを掴むのにもう少しかかるから、それまでなんとか耐えてくれ」


「あっ……いえ、私こそ、気が抜けてました。すいません」


「それは、気が抜けていなければ拾える、と受け取っていいのかな?」


「無茶を言わないでください」


「ま、あちらが強いのはわかっていたことだ。お互い頑張ろう」


「……うっす」


 星賀さんが突き出した拳に、私もこつんと拳を当てた。星賀さんは満足したようにセッターの定位置へと戻っていく。セナの挑発に心を乱している様子はない。アキラのスパイクにビビっている様子もない。というか……『タイミングを掴むのにもう少しかかる』って、それはタイミングを掴めればアキラのスパイクに抵抗できると受け取っていいんですか? 160の私だって触れる自信ないのに?


「カット集中! 落ち着いていこう!」


 ネット際で人差し指を立てる星賀さん。ショートカットの黒髪が首の動きに合わせてふわふわと靡く。やっぱりどこかで見たことがある気がするんだけど……思い出せない。そもそもあの人の本来のポジションってどこなんだ? 思い返せばバレー歴や出身中すら知らない。どうにも色々とわからない人だ。


「「さあああ来おおおおい!!」」


 左右の鼓膜が同時に震えた。露木と今川だ。この二人は本当にわかりやすい。今はセッターのセナの挑発にモロ乗りしているようだ。三坂みさか総合の人たちの時といい小田原おだわら七絵ななえさんの時といい、元気よねあんたらマジで。


 私は栄に目を向けてみる。一体何を考えているのか、その表情からは読み取れない。星賀さんほどではないが、わかりにくいヤツだ。まあ、栄については、まだ距離があるって言い方のほうが正しいのかもしれない。


 あとは西垣だけど……あいつ、この状況でなんだか楽しそうね。口元が緩みそうになるのを抑えようとして抑えられていないって顔してる。どうにもあいつの生態はわからない。今後もわかりえないんじゃなかろうか。


 で、最後に私。私はわかりやすいことこの上ない。いたって普通の小市民。行動原理は単純明快。もう痛い目に遭うのは嫌なので、こうして周りを眺めつつ、とりあえず気を張るだけ張ってみる。


 実際、セナの指摘はまったくもってごもっともなのだ。


 緊張している暇さえ与えてくれない相手だってことは、体育館の扉を開けたときからわかっていたはずじゃないか。


「っさー……来ーい」


 蚊の鳴くような声を出してみる。瞬時に掻き消される。周りから見れば口パクも同然。


 けれど、次また同じことが起きたときは……たぶんぎりぎりけられる。


 いや避けてどうする拾え――ってのはその通りなんだけど、まあ、私なりに善処しようと思ってますけどね、ええ。

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