41(志帆) 簡易版ツーセッター
最終目標達成のための下準備、ステップアップ企画その二、彼我の差を測ろう大作戦(仮)は、七絵の遅刻も込みで順調に進んでいた。
ただ、ステップアップ企画その一である大型新人を呼び込もう大作戦がそうだったように、今回も多少のイレギュラーが発生していた。というのも、なにやら栄夕里さんを巡る陰謀が渦巻いているようなのである。条件からして何かあるとは訝っていたが、顧問が直々に出張るほど見境がないものだとは思っていなかった。
恐らくは、獨楢への引き抜き――もとい、引き戻し。
諸般の事情がなければ獨和大附属楢木高校に進学していただろう栄さん。附属中学で活躍し、県を代表する選手で、そのまま高校でも活躍を期待されていた彼女。獨楢にいるはずだった選手――もっと踏み込んで、獨楢にいるべきだった選手。
もちろん、賢明な栄さんは、自分がいかに獨楢に必要とされていたのかを十分に理解していたはずだ。そして、その上で彼女が彼女なりに考えた結果として、明正学園を選んだ今がある。その決意や決断を蔑ろにするような真似をするというのなら、私も黙っているつもりはない。
何より、私の『計画』は、既に栄さんありきで進んでいる。獨楢で栄さんが不可欠だったように、私の思い描く明正学園でも栄さんは不可欠な選手なのだ(というか現在のメンバーで不可欠でない選手は一人もいない)。ここで彼女を失うわけにはいかない。
とは言うものの、まだ獨楢側の出方がわからない以上、不用意に動くことはできない。栄さんの件に関しては、もう少し様子を見るとしよう。栄さんの件にかまけて試合のほうが疎かになってしまったのでは本末転倒だ。
今日は、背伸びに勇み足までして、ここへ来た。
相手は全員一年生とは言え、中学のブロック大会・全国大会を経験した選手。
隣のコートでは、高校のブロック大会・全国大会で活躍する選手が鎬を削っている。
こんな貴重な機会は二度とない。できることは、全て試す。
「本日はお招きいただきありがとうございます。至らぬ点も多いと思いますが、精一杯やらせていただきますので、よろしくお願いします」
記録席の前で、私は審判の先生と、獨楢新人チームのキャプテンと挨拶を交わした。獨楢新人チームのキャプテンは、一年生とは思えぬ貫禄を放つ長身の子で、名を沢木彰さんというらしい。レフトのウイングスパイカーで、実力的にも精神的にも、まさに柱といった感じの選手だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
沢木さんは、生真面目そうに慇懃な礼を返す。全体が左に流れた、ナチュラルブラウンのさらりとしたショートカットが僅かに揺れる。少し長い前髪の奥の、鋭くも麗しい眼光は、しかし、目の前にいる私ではなく、私の後方――明正ベンチにいる栄さんに向けられているようにも思える。
「はい、では、一分後に整列です。お互い、怪我にだけは気をつけてプレーしていきましょう」
「「はい!」」
主審の聖レの先生に返事をして、私は速やかに自軍ベンチへと戻る。ベンチでは知沙の持つ作戦ボードを使って、神保先生と一年生たちがラインナップとポジションの確認をしていた。ちなみに、私は内容を知っているので聞いていなくても問題はない。なんとなれば、今日のラインナップとポジションを決めたのは、他ならぬ私と神保先生だからだ。むろん、七絵が来た場合と来ない場合、両方とも想定内である。
「おう、星賀、おかえり。サーブ権はどっちからになった?」
「うちからです。今川さん、第一球、よろしく頼むよ」
私はBRが初期位置の今川さんに笑みを向ける。今川さんはきりっとした顔で頷いて、「任せてください!」と気持ちのいい返事をした。少し不安や緊張はあるものの、今のところは闘争心がそれらを上回っているようだ。同じことは、露木さんにも当て嵌まると見ていいだろう。ひとまず、エース二人の調子は悪くない。
雰囲気に呑まれる、という点では瀬戸さんが気がかりだが、どうだろう。ラインジャッジをしている間に持ち直せただろうか。
「みんな、自分の役割は確認できたかな? 特に瀬戸さん、西垣さんが、多少変則なのだが――」
「一応は、大丈夫です。できるかどうかはやってみないとって感じですが……」
困ったように髪を掻きながら、瀬戸さんが答える。その視線の先には、知沙の持つ作戦ボード。今回のラインナップが名前付きのマグネットで表示されている。内容はこんな感じだ。
―――ネット―――
露木 西垣 星賀
栄 瀬戸 今川
―――――――――
並びは、初心者の西垣さんにもわかりやすいフロントオーダー。
各ポジションは、レフトエースが露木さんと今川さん。
ミドルブロッカーに西垣さんと瀬戸さん。
ライトが私と栄さん、という配置。
瀬戸さんは中学時代はセッター対角のライトウイングスパイカーだったそうだが、主に私絡みの理由で今回はミドルブロッカーとして頑張ってもらう運びとなった。ただし、それは前衛での話。後衛では、瀬戸さんと西垣さんにはバックライトの守備を担当してもらう。言い換えれば、私と栄さんは、前衛ではライト、後衛ではバックセンターを担当するということだ。
そして、この変則ローテの肝は、なんといってもセッターである。
「栄さんも、後衛はあまり慣れていないかもしれないが、大丈夫かな?」
「はい、問題ないです。ウチ、守備も好きですから。ばんばん拾ったりますよー」
そう――バックセンターという定位置からもわかる通り、今回、栄さんには後衛でレシーバーとして働いてもらう。
では、その間セッターは誰がやるのかと言えば、栄さんの対角にいる私だ。
名付けて、『簡易版ツーセッター』。
後衛のセッターが常にトス役となる玄人向けのツーセッターとは逆で、『簡易版ツーセッター』では前衛のセッターが常にトス役を務める。難易度としては体育の授業レベルの、極めてシンプルなフォーメーションだ。
当然ながら、攻撃は常にレフトとセンターの二枚。普通に考えればデメリットしかない。が、今ここにいるメンバーでまともな攻撃ができるのは、栄さんを除けば、露木さんと今川さんと瀬戸さんの三人だけ。どう足掻いても複雑なコンビはできない。練習もしていない。そんな状況で、地力が高くオールラウンドに活躍できる栄さんをセッターに固定するのは、まさに宝の持ち腐れである。
それを回避し、少しでもチームを安定させるために採用したのが、この簡易版ツーセッター。チームの力ではなく個人の力が強く必要とされるシビアな布陣となっているので、期待の一年生諸君には大いに頑張ってもらうとしよう。
「フォーメーションは全員頭に入れたな? それじゃ、整列の前にうちも一つ気入れしておくとしようか」
言って、神保先生が私を見る。私は頷いて、輪の中心に右手を差し出す。みんなもそれに倣って右手を重ねていき、空いている左手は隣の人の肩に乗せる。
監督、選手、マネージャー――総勢八人の小さな円陣。外から見れば、他の強豪校に比べてなんとも頼りないように思えるかもしれない。しかし、内から見れば、みんなの顔が近くにあって安心するというものだ。
すうっ、と私は息を吸い込む。
「明正おぉー、ふぁいっ!!」
「「おおおおおおお!!」」
掛け声と同時に下へ沈めた全員の手が、それを反動に上へ伸びていく。まるで蕾が花開くように。
「よしっ、ぶちかましてこい!」
「「はいっ!!」」
士気を高めた私たちは、神保先生の荒々しい激励に送り出され、エンドラインへと走った。




