40(彰) 守心の赫熒《Pyro Phobia》
鶴女と聖レ、そして明正学園との練習試合は予定通りに進行した。それは今日の段取りに限ったことではなくて、昨日までの練習も含める。試合と、試合までのコンディション作り――そういうところまでひっくるめて、これはブロック大会の予行演習なのだった。
急遽試合に出ることになったわたしたち新人チームも、昨日と一昨日に、普通はこの時期の新人がやらないフォーメーションの練習をした。特にミドルブロッカーの与志田天那は飛び跳ねて喜んでいた。
そんなわけだから、身体のほうは準備万端、万事万全だった。
しかし、心のほうは、なかなかそうもいかない。
全集直前の僅かな隙に、村木天馬先生が夕里を連れ出したのを目撃したときは、動揺を抑えられなかった。その後のアップもなんとなく落ち着かなかった。これで一戦目が夕里たちだったら、わたしはガタガタになっていただろう。
幸い、と言うべきか、第一試合の相手は聖レオンハルト女学院の新人チームだった。互いに小手調べといった感じのゲーム展開で、わたしは目立って崩れずに済んだ。試合は、高さで勝るわたしたちの快勝だった。
「相変わらず強烈ですわね、〝守心の赫熒〟。本日は大いに楽しめそうで何よりですわ」
ゲーム後の握手で、聖レ新人チームのキャプテン――羽田野天理さんは麗々と微笑んだ。
「高校進級早々、あなた方のような倒し甲斐のある相手と試合ができるとは思っていませんでしたわ」
「それはわたしたちも同じだよ」
「明正学園に感謝、ですわね。ところで……」
羽田野さんはひょいと上体を横に動かして、わたしの後方――スコアボードのほうに目をやる。
「あちらのリボンの君は、なぜあなた方と一緒ではありませんの?」
「色々とな。家庭の事情があって転校したんだ」
「あら。それはそれは……」
羽田野さんは何かを察したように目を細め、それ以上コメントすることなく一礼してチームに戻っていった。わたしも号令を掛けて、メンバーを監督である村木先生のところに集める。
夕里のほうには、振り返らず。
聖レと試合をする中でようやく払った雑念が蘇ってこないように、次も平常心でプレーできるように、わたしは努めてキャプテンの役目に集中する。
わたしたち獨楢新人チームは、このまま明正学園と対戦となる。一セットごとに対戦カードを回していくのだ。どのチームも、相手を変えてニセット試合をし、一セット休み、を繰り返す。午前中はそれを二週回す予定だった。
「気を抜かず、一つ一つのプレーを丁寧にやるように。集中していない者は即替える。各自、試合の中で基礎を再確認しろ」
「「はいっ!」」
「特に与志田、お前にはこのあと話がある。残れ」
「でええっ!?」
名指しされた天那は驚き半分抗議半分くらいの悲鳴を上げた。村木先生はそれを無視して全員に告げる。
「次の試合は五分後。メンバーはこのまま。コートの外ならボールを使ってもいいから、身体を冷やさないように。以上」
「「はい!」」
言うと、天那を残してメンバーは散った。今日は新人チームの専属マネージャーとなってくれている二年生の軍場ゆふるさんにドリンクをもらったり、ボールを手に取ったり、シューズの紐やサポーターの具合を調整したり、ストレッチをしたりとそれぞれ動く。
コートでは、聖レが引き上げたあとに明正学園が入り、アップを始めていた。最初はスパイクレシーブから。厳しそうな女監督さんの打つボールを、ぴったり六人の選手が代わる代わる返していく。
隣のコートでは、先輩たちと鶴女が20―20の好勝負を演じていた。たぶん、決着がつくのはわたしたちの次の試合が始まる頃だろう。
「いよいよね」
肩を叩かれて、振り返る。スクイズボトルを差し出した森脇世奈がそこに立っていた。わたしは「ありがとう」とボトルを受け取って、ごくっ、と一口飲む。
「緊張してる?」
「……少し、な」
わたしがそう答えると、世奈は目を伏せて、小さく呟いた。
「今度の一本目は、彰……あんたに上げるわ」
今度の、と言われて、わたしは記憶を辿る。確かに、先程の聖レ戦、わたしたちの最初の攻撃は天那の速攻だった。
「ちゃんと決めてよね」
世奈はわたしを見上げ、皮肉っぽく笑う。
「わかった」
わたしがそう言うと、世奈は満足したように何度か頷いて、手を出した。わたしはまだ中身の入っているスクイズボトルを返す。世奈はわたしの元から離れ、ゆふるさんのところに歩いていった。
手持ち無沙汰になったわたしは、軽くストレッチをしながら、テンポよくアップをする明正学園のメンバーをぼんやりと眺める。
その間、夕里とは一度も目が合わなかった。
登場人物の平均身長(第五章〜):166.9cm




