37(世奈) もう一人のセッター
合同練習試合、当日。
最初に体育館に現れたのは、私立明正学園高校という、例の飛び入りの学校だった。
やけに貫禄のある顧問の女の先生と、七人の制服姿の生徒たち。
思っていた以上に、少人数(最小限とも言う)。おかげで旧友の変わりない姿をすぐに見つけることができた。
「「おはようございます!!」」
こちらが一斉に挨拶をすると、七人のうちの何人かが明らかに狼狽した。大丈夫なのかしらん、とあたしは旧友に視線を送る。旧友はこちらに気付いて、軽く笑みを浮かべた。その笑みは、しかし、半分以上はあたしの隣にいる彼女に向けられたものだろう。
「夕里……本当に来たんだな」
彼女――沢木彰は、独り言のようにそう呟いた。あたしは両手に持っていたパイプ椅子の片方をがちゃがちゃと広げて、養生シートの上に置く。
「まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったわ。しかも、対戦相手として、なんてね」
「ああ……そうだな」
む――? とあたしは違和感を覚える。なんだろう。彰の様子が少し変だ。敵同士とは言え、夕里と同じコートに立てる。それは、小学生の時からずっとコンビを組んできた彼女にとって、百パーセント喜ばしいことのはずなのに。
迷い、躊躇い、戸惑い……彰の表情に、そんな不純物が混じっている。
思い返せば、数日前に夕里が来るとあたしたちに告げたくらいから、彰の様子はおかしかったかもしれない。
「なに? まさかビビってるわけ、キャプテン?」
茶化すように探りを入れてみる。彰は「そんなんじゃない」とやけに真面目な口調で否定した。
「そう。ならいいけど――」
あたしは持っていたもう一つのパイプ椅子を広げて、並べる。会場設営はこれで完了。他のメンバーもそれぞれの仕事を終えようとしている。
「よーし! 全員、アップ始めるぞ」
「「はい!」」
キャプテンの美川明朝さん(愛称『ミンチョーさん』)の号令で、あたしたち獨楢メンバーはコートいっぱいに散らばって輪を作る。全体での準備体操。上級生は慣れた感じで、新入生はまだ少し気張った感じで、いちっ、にっ、さんっ、しっ、と声を出す。
あたしは屈伸運動をしながら、視界の端で夕里たちを眺める。隣のBコート(今日は中央のコートを撤去して、ステージ側と入口側の二面コートで試合を行う)の端っこで、肩身が狭そうにストレッチをしている。
と、そこへ、早足に近付いていく一つの大きな影。
村木天馬先生――今日はあたしたち新人チームの監督を務める先生が、どういうわけか夕里たちのほうに、というよりそのもの夕里のところに向かっていた。村木先生は柔軟をしていた夕里の傍で立ち止まり、何か短い言葉を告げると、さっさと体育館外のロビーへ出ていった。少し遅れて、夕里が首を傾げながらその後を追う。
……どういうこと?
あたしは眉を顰めて、二人の姿を飲み込んだ木製の扉を見つめた。
そして、ふと気になって、隣(と言うには距離があるが)で準備体操する彰に目をやる。彰は、口を真一文字に結んで、じっと一点を見つめていた。あたしがさっきまで見つめていたのと同じ方向――村木先生と夕里が出ていった木製の扉を。
ざわり、と胸が騒ぐ。
ざらついた舌で心臓の裏側を舐められたような、悪寒。
ひょっとして……『そういうこと』なの――?
あたしは再び扉を睨む。
かつてあたしと共にチームを支えた、『もう一人のセッター』である栄夕里の出ていった扉を。
登場人物の平均身長(第五章〜):166.7cm




