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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
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36(夕里) 全国制覇

 体育館のロビーに出ると、村木むらき天馬てんま先生は左手の壁際、いつの代かの卒業生が製作したタイル絵の前に腕組みして待っていた。


 村木先生とは、中学時代から何度か顔を合わせている。高校生との合同練習なんかでスパイクを受けたこともある。ウチの知る限り、獨楢どくならコーチ陣の中では一番若く、一番お堅い先生。


 ほんで、ウチが獨楢を出ていくと決めたとき、最後まで残るよう説得してくれた先生やった。


「久しぶり――というほどでもないか。元気そうで何よりだ、さかえ夕里ゆうり


 記憶通りのむっつり顔で、村木先生は言う。その愛想のなさと胸に染み入る低音が懐かしくて可笑しくて、自然と口許が緩む。


「先生もお変わりないようで何よりです。その節は大変お世話になりました」


 どういう距離感で接していいか計りかね、ひとまず一歩半くらいの間合いを取る。村木先生は腕組みを解いて、ウチに向き直った。抜き身の刀のような目で、こちらを見つめてくる。


 あ……これあかんやつや、と本能が訴えた。


「単刀直入に言うぞ」


 ちょ、待った、先生! ウチまだ心の準備できてへんから!?


「獨楢に戻ってこい、栄夕里」


 待て言うた(心の中で)やんかコラー! 何が単刀直入や! 切捨御免やろこれ!


 さすがに表情を取り繕う余裕もなく、ウチは下を向いて村木先生の視線から逃れる。


「……堪忍してください、先生。いきなり過ぎですわ。心臓止まるかと思いましたよ」


「む、すまん。お前なら察しているかと思っていた」


 きゅっ、と瞳孔が閉じる。なるほど……練習試合の参加の条件がウチって、そういうカラクリやったんか。言われてみれば、逆になぜ気付けへんかったっちゅーくらい明け透けな思惑。完全に火中に飛び込む夏の虫やん、ウチ。


「で、改めて言うが、栄。獨楢に戻ってくる気はないか?」


 ウチは眉間を押さえて、首を振る。


「無茶言わんといてください、先生。その件なら中学ん時にお断りしたはずです」


「あの頃と今では状況が違う。実際に獨楢を出て、新しい環境でバレーをして、思うところもあるだろう。見たところ、筋の良さそうな連中が数人いるようだが、さすがにお前のレベルに付いてこれるヤツはいないはずだ」


「そんなことは……ない、ですよ」


 嘘やない。少なくとも、〝偉大なる七《"Big" Seven》〟――小田原おだわら七絵ななえさんに関しては。


「……俺が獨楢ここに来て、そろそろ十年になる」


 村木先生はそう言うて、タイル絵を見上げた。ひょっとすると、十年前にはなかったのかもしれへん。


「お前たちの代は、俺が見てきた中で最も可能性に満ちている。事実、お前たちは選抜でベスト16の壁を破った。今後の鍛錬次第では、二年後の獨楢は全国ベスト4も狙えるチームになると、俺は思っている。全国制覇も……夢ではない、と思っている」


 そのとき、ざわざわ、と出入口のほうから大勢の人の気配がした。シックなワンピースタイプの制服――その中に何人か見覚えのある顔――セントレオンハルト女学院のご登場や。


 しかし、村木先生はセントレを一瞥しただけで、なおもウチに熱い思いを語る。


「栄夕里――お前が獨楢に戻ってくれば、その夢が、大きく、現実に近づく」


 セントレの人らは不思議そうにウチらを横目で見つつ、体育館の中へ。


「無茶なのは承知の上だ。だが、それだけの価値がお前にはある。俺は確信している。だから、頼む、栄――」


「!?」


 村木先生は、やおら、深々とウチに頭を下げた。


「俺は夢を夢で終わらせたくないんだ。戻ってきてくれ」


「や、やめてください、先生!」


 ウチは村木先生の肩を掴んで、押し上げる。背骨が鋼でできてるような先生の身体は、元に戻すのにえらい力が必要やった。ウチは村木先生の肩を押さえつけ、下を向いたまま息も絶え絶えに懇願した。


「ほんま……あきませんって、村木先生。先生のお気持ちは十分伝わりました。やから、そんな似合わへん真似はやめてください」


「……考えてくれるか、栄?」


「いや……それは、その――」


 村木先生の肩から手を離し、ウチは後ずさる。村木先生は、さすがにもう一度頭を下げるような無粋なことはしなかった。


「まあ、俺もお前を困らせるのは本意でない。そして言葉だけで済ませるつもりもない。俺も……それに沢木さわきあきらも、全国制覇が夢ではないことを試合で示そう」


あきらも……?」


 いきなり出てきた幼馴染みの名前に、ウチの心の深いところが揺らぐ。


 と、また出入口のほうが騒がしくなった。今度は鶴舞つるま女子短期大学附属高校の到着やった。


「時間を取らせて悪かったな。それじゃ、またコートで」


 言うだけ言って、村木先生は鶴女つるじょの人の流れに乗る形でさっさと体育館に戻っていった。


 残されたウチは、へなへなとタイル絵にもたれかかる。滑らかでひんやりとしたタイルの感触が、気休め程度に神経を鎮めてくれる。


 なんやもう……無茶苦茶やで、あの人。


 無意識に溜息が漏れかけるが、すんでのところで我慢。そして、ダッシュで洗面所に行って、鏡を見る。


 大丈夫やんな? 変な顔になってへんよな?


 口の端に人差し指の先を押し当てて、人工スマイル。


「とりあえず……彰はあとで呼び出してしばいたろ」


 ぼそっ、とひとりごちて、ウチは洗面所を出た。

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