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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
175/374

34(彰) 獨和大附属楢木高校

 ――獨和どくわ大附属楢木(ならぎ)高校・体育館


 三面コートの広い体育館に、三十人の統制の取れた声が響く。


「「お疲れさまでした!」」


 いよいよ一年生も正部員としてチームに迎えられ、練習も本格化した。最初はやはり基礎トレーニングが多いので、体力的にはかなりキツい。監督やコーチ陣もプロなので、当然ながら容赦無し。もうしばらくは筋肉痛と付き合うことになりそうだった。


 と、練習そのものは、中学の時より段階が上がって、慣れるまでに時間がかかりそうだった。しかし、周囲のメンバーとは、すぐに馴染んだ。ほとんどが小学、あるいは中学からの顔見知りなので、新しく名前を覚えた相手のほうが少ない。これは来年も再来年もそうなるだろう。


 獨和大附属楢木高校――通称、獨楢どくなら。中高一貫のこの学校に、わたしは中学の時から在籍している。さらにバレーに限って言えば、わたしはいわゆる王道を進んでいて、小・中・高と県の第一代表チームに世話になってきた。


 ポジションは、レフトのウイングスパイカー。高一現在で176センチの長身を誇るわたしは、同世代ではずっとエースと呼ばれてきて、それに応えるために力を尽くしてきた。もちろん、これからもそのつもりだ。


「よし……こんなもんだろ」


 練習後の掃除を終えたわたしは、モップを片付けて、体育館を眺める。三面全てに常時ネットがスタンバイされている、バレーボール部専用の第二体育館。第一コートではレギュラーの先輩たちが、第二コートでは控えメンバーの先輩たちが、それぞれ自主練を始めていた。


 わたしが探していた相手は、担当の業務を終えたのか、体育館の入口からひょっこり姿を見せた。


「お、ちょうどいいところに。世奈せな、トスを上げてくれないか?」


 彼女――森脇もりわき世奈せなは眉をひそめて皮肉っぽく笑い、駆け寄ってくる。


「まだそんな体力あんの、あんた? いや、まあ、あんたならありうると思って戻ってきたわけだけど」


「ありがとう。そういうおまえは大丈夫なのか?」


「あたしがあんたの頼みを断ったことがあって?」


「そんなの両手で数えきれないほどあるだろ」


 わたしが苦笑すると、世奈はぺろっと舌を出した。


 と、その時だ。


沢木さわきー、沢木さわきあきらー? いるかー?」


 世奈の背後のロビーから、よく響く低い声がした。獨楢コーチ陣の一人で、攻撃役アタッカーの指導を主とする村木むらき天馬てんま先生の声。呼んでいるのは、わたしの名前だ。なんだろうという疑問にとらわれて、返事をするのが一瞬遅れる。そのうちに、入口に現れた先生が先にわたしを見つけ、声を掛けた。


「お、ここか。沢木、ちょっといいか?」


「えっ、は、はい」


 先生はわたしを手招きすると、すたすたと教官室のほうへ戻っていった。速やかにその背中を追い駆けるべきなんだろうが、まったく唐突な呼び出しだったので、なかなか足が動かない。


「ちょっとって……なんだろ」


 戸惑いの呟きを漏らすわたし。隣の世奈が軽く返す。


「週末の合同練習試合のことじゃない? これはいきなりベンチ入りもあるかしらね」


「ああ……まあ、練習試合なら試しに、ってのはあるか」


「言うわねえ。さすが期待の超新星ルーキー


 奥のコートの上級生に聞こえない小声で、世奈は囃し立てる。茶化すような言い方だが、まるっきり皮肉ってわけでもない。わたしは今の獨楢うちで上級生を含めても最長身の選手プレイヤー。そして前年度県選抜のエース――県内高一最強のウイングスパイカーの肩書きと自負を引っさげて獨楢ここに来たのだから。


「ま、とにかく行ってみる。せっかく来てくれたとこ悪いけど、長い話になるかもしれないから先に帰ってていいぞ」


「どうでしょう。あたしってば人気者だから」


 世奈は片手を胸に当てて自信たっぷりに微笑む。すると、体育館の入口からばたばたと四人の同期生がやってきた。


「おっ、せなちー! ここにいたのか!? トスくれトストスー!!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら走ってくるのは、与志田よしだ天那あまな。わたしや世奈と同じ獨楢中からの持ち上がりメンバーの一人。そして県選抜のメインメンバーの一人でもある。


 その後ろには、同じく県選抜のメインメンバー――町川まちかわ縫乃ぬいの薬師寺やくしじ香華きょうか久保くぼ由紀ゆきの姿もあった。彼女たちもまたそれぞれの仕事を終えて、これから自主練をするつもりのようだ。となれば、リベロの香華きょうかは別としても、他のメンバーは世奈を誘うに決まっている。


 今の獨楢の一年生で、ただ一人のセッターである森脇世奈を。


「じゃ、あきら。いってらっしゃい」


 天那あまなたちによってコートへ連れ去られた世奈が、わたしに手を振る。わたしも手を振って、教官室へと急いだ。


 ――――――


 教官室には、村木先生しか残っていなかった。先生は自分の机で何かの資料を眺めていた。わたしはその傍に早足で近付いて、待たせたことを謝罪する。先生は「構わん」と言って資料らしきものを伏せると、わたしに手近な椅子に座るよう促した。ちょっとした立ち話では済まないようだ。


 わたしは身構えた。何か厄介な、込み入った話をされるのだろうか……?


 しかし、果たして、村木先生の話は世奈の予想した通り週末の練習試合に関することだった。内容も、多少複雑だが、悪い話ではなかった。むしろ朗報と言っていい。


 来週に予定されている、合同練習試合。隣県のセントレオンハルト女学院、逆隣県の鶴舞つるま女子短期大学附属高校――ブロック大会で勝ち進めばまず当たるだろう相手との、前哨戦。


 そこで、わたしに一年生主体の新人チームのキャプテンとして、同じくセントレの新人チーム、さらにセントレに同伴してやってくる学校チームの相手をしてほしい、とのことだった。


 なお、新人チームの監督は村木先生が務める、と。


 急な話だったが、キャプテンとしてチームを任されることに異存はなかった。ただ、一つだけ、気になることがある。


「参加校が増えた……ということですけど、何があったんですか?」


 県を代表する強豪同士の合同練習試合に飛び入り参加――というだけでも珍しいのに、そんな言わば特例を認めておきながら、レギュラーではなく新人チームが相手をするという、ちぐはぐさ。


セントレの大左古おおさこ先生が、どうにかならないかと頼んできてな。昔の教え子が監督をしているチームなんだそうだ。まったくの無名校なんだが……」


「そう……ですか。わかりました。精一杯やらせていただきます」


「ああ、期待してるぞ」


 いくつか腑に落ちない点はあったが、わたしはひとまず事実だけを飲み込むことにした。どういう形であれ、試合に出られるというならそれに越したことはない。わたしは全力でプレーするまでだ。


「お話は、以上でしょうか?」


 わたしは腰を浮かしかける。教官室の外から微かに聞こえるボールの音が、わたしを急かしていた。今ならまだ、世奈たちの自主練に混ざれるはずだ。


「まあ……落ち着け、沢木。本題はここからだ」


 手招きするような仕草で、村木先生はわたしを椅子に戻す。わたしは僅かに眉根を寄せる。ここからが本題? どういうことだろう?


「というのも、その無名校というのがな……ちょいとワケあり――いや、ワケありとは少し違うか……」


「おっしゃりたいことがよくわかりませんが……。えっと、ちなみに、その飛び入りの学校はなんていうとこなんですか? 聞いてもわからないかも知れませんけど――」


「いや、お前は知ってるはずだぞ、沢木彰」


 低い声で、村木先生は言った。微弱だが異様に長い地震のような、下腹に響く重い声。わたしは反射的に身を固めて、目を細める。


「どういう意味でしょうか……?」


「私立明正(めいじょう)学園高校」


「っ!?」


 瞬間、頭の中が真っ白な光で満ちた。村木先生の口にした高校名を、わたしは確かによく知っていた。それも、とても個人的プライベートな知識として。


「先生、それは、つまり――」


「でなきゃ、いくら大左古おおさこの爺さんの縁者でも、無名校の飛び入りなんて認められんよ。ウチも鶴女つるじょも……もちろんセントレだって、今はブロック大会前の大事な時期なんだ。万が一にも調子を乱されたら敵わんからな」


 村木先生は溜息混じりにぼやいて、それから、真っ直ぐにわたしを見た。


「……で、なんでこの件をお前に話したかというと、だ。ま、もう察しはついてるだろ?」


 わたしは頷く代わりに無言で先生を見つめ、次の言葉を待った。


「正直に言おう。俺はさかえ夕里ゆうりを引き戻すつもりだ」


 それは、まったくわたしが思っていた通りの台詞だった。村木先生はなおも、恐ろしいほど真剣な目で、わたしに語りかける。


「ついては、お前にも栄の引き戻しに協力してほしい。俺は以前一度フラれてる。栄の性格からして、恐らく今度も断られるだろう。だが……幼馴染みのお前の言葉なら、あいつも揺れるんじゃないか?」


 わたしは唇を噛んで、先生から目を逸らした。


「一度フラれているのは……わたしも同じです。お役には立てないと思いますよ……」


 教官室に沈黙の帳が下りる。先生がわたしの表情の裏を伺う気配がする。わたしは振り返らずに、無表情を貫いた。やがて、時間をかけても得られるものがないと判断した村木先生は、普段のさっぱりとした調子に戻って話を締め括った。


「まあ、とにかく、そういうわけだ。強制はできんし、するつもりもない。ただ、気持ちの準備だけはしっかりしておけ。これは新人チームキャプテンとしてのお前に言っている。必要なら、『栄が来ること』は他のメンバーに伝えてもいい。その点は、お前に任せる」


「……わかりました」


 早口にそう言って、わたしは先生と目が合わないように頭を下げる。先生もわたしに向き合わず、元々眺めていた紙の束を手にとって、とんとんとわざとらしく机の上で整えた。


「それと、話は変わるが、今日みたいなトレーニングがメインの日は、自主練もほどほどにしておけよ。夏までは身体フィジカルフォームを作る時期だ。疲労も相当のはずだから、無理をすると故障の原因になる。他の一年にも気をつけるよう言ってくれ」


「……はい」


「俺から伝えることは以上だ。お前のほうから、何か質問は?」


「ありがとうございます。わたしからは……特に、何も」


「そうか。じゃあ、また明日。しっかり飯食って寝ろよ」


「はい。では、失礼します」


 そして、わたしは逃げるように教官室を出た。

登場人物の平均身長(第五章〜):167.9cm

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