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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第六章(明正学園) AT獨和大附属楢木高校
174/374

33(知沙) 遠征

 あの入部試験の翌週、何度かの仮練習を経て、晴れて新入生は正式部員となった。


 入部試験に来た五人の他にも、期間中に何人か見学に来た子はいたのだけれど、蓋を開けてみれば、入部届を持ってきたのは最初のあの五人だけだった。


 今日は初めての正式練習。着替えて体育館に集まる。自己紹介はもう不要だった。元々の部員は私と志帆しほちゃんとナナちゃんの三人だけで、新入生を入れても総勢八人。互いにすっかり顔なじみだ。


 なので、新入生たちがまだ対面していない女子バレー部関係者は、あと一人だけ。


 すなわち、仮入部期間中は不在だった顧問の先生だ。


「集合!」


 ネットを張り終え、各自で軽い準備体操をし始めたくらいで、先生はやってきた。志帆ちゃんの号令で、私たちは先生の周りに集まって輪になる。先生から時計回りに、志帆ちゃん、私、一年生五人、ナナちゃん、という順番。私たちは互いに挨拶をし、そのあとは全員で気をつけをして、先生が話し始めるのを待つ。


 先生は、こほん、と咳払いで注意を引き、自己紹介をした。


「新入生諸君は、初めまして。私は女子バレー部の顧問を務めている、神保じんぼ沙貴子さきこだ。担当教科は化学。バレーボールは君たちが生まれる前からやっていて、若い頃は実業団に所属していたこともある」


 この自己紹介を聞くのは二度目。神保先生は去年の春に赴任してきた新しい先生だ。身長は171センチ。よく笑う気さくな性格で、授業も面白いらしい。ただ、部活中は実業団時代の顔が出るのか、かなり厳しい感じになる。


 今はもちろん、授業用ではなく部活用の顔。最初ということもあって、とりわけ厳粛な態度を取っていた。先生は力強い眼光で新入生を一眺めする。


「君たちのような骨のある新入生が入ってきてくれて、素直に嬉しく思っている。ただ、私は部の方針には基本的に口出ししない。その点はキャプテンの星賀ほしかに一任している。何を目標に活動していくかは、君たち自身が決めてくれ。放課後の息抜きから、健康維持、地区予選突破、あるいは全国制覇に至るまで、君たちの目標に合わせた指導を全力で行うと約束しよう。私の挨拶は、以上だ」


「ありがとうございます、神保先生。方針決めは近日中に行いますので、なにとぞご指導よろしくお願いします」


「「よろしくお願いします!」」


「こちらこそ、よろしくな」


 ふっ、と口の端に笑みを浮かべ、神保先生は少しだけ雰囲気を和らげた。一番緊張する時間が過ぎて、私はほっと肩を撫で下ろす。


「それじゃ、早速だが名前と顔を確認させてもらうぞ」


 神保先生は休めの姿勢で、服装で喩えればセミフォーマルくらいの口調トーンで言った。新入生のプロフィールは、仮入部の段階から志帆しほちゃんが逐次報告しているとのことで、神保先生はそらで呼び掛けた。


「まず、瀬戸せと希和きいな


「はいっ」


 意外な、というと失礼だけれど、今日の瀬戸さんはしゃきっとしていた。小学生の頃からバレーをやってきただけあって、いわゆる運動部のTPOを心得ている。根は真面目な子なのだろう。


和田わだ中出身のライトアタッカー、と。スタメンになったのはいつからだ?」


「一つ上の先輩たちが引退してからです」


「和田中は、光ヶ丘(ひかりがおか)中とともに県大会の常連校だったか。確か、小学生向けのクラブがそこにしかないんだったな?」


「はい。県庁地区のバレークラブは、和田学区と光ヶ丘学区にしかないです」


「で、その面子が高校になると明星めいせい学園に集約されるんだよな。瀬戸の同期でも、やはり明星に行ったメンバーは多いのか?」


「え……っと、はい、わりと。和田中うちでスタメンならスポ薦で通れますし。そこがやっぱり大きいですね」


「なるほど。ありがとう」


「いえ」


 小さく頭を下げる瀬戸さん。神保先生は一呼吸置いて、隣に目を向けた。


「次は、露木つゆき凛々花(りりか)


「はい!」


 格式張った声で返事をする露木さん。緊張しているわけではなく、畏まるべき場面だから硬めに全振りしているって感じだ。どことなく表彰式の雰囲気に近い。もし私が神保先生の立場だったらちょっとびっくりしてしまうと思う。もちろん、神保先生は私ではないので、特に気にする様子もなく自分のペースで話し掛ける。


「身長は172センチか。米沢よねざわ中のレフトエースで、去年の県庁地区一位。バレーは中学から?」


「はい」


「他のメンバーも?」


「一人だけ、同期のセッターが和田学区から引っ越してきた子で、経験者でした。それ以外は全員中学からです」


舞美まみか……」


 ぼそっ、と瀬戸さんが呟いた。神保先生は感心したように頷く。


「ほぼ全員初心者から、最後は地区一位まで上がったのか。大したものだな。160の瀬戸がライトアタッカーに収まっていたくらいなのだから、和田中や光ヶ丘中が特別弱かったわけでもないだろうに。露木はキャプテンだったのか?」


「いえ、キャプテンは別の子でした」


「県大会では、一回戦敗退だったな。どこと当たった?」


「……古手川こてがわみなみ中、です」


古手南こてなん――南地区か。どうだった?」


「バレーをしてるな、と感じました」


「バレーを……ね。ふむ、ありがとう。では、次は今川いまがわはやて


「っ、はい!」


 瀬戸さん、露木さん、と時計回りに来て、神保先生はなぜかさかえさんを飛ばして今川さんに目を向けた。今川さんは一瞬驚いたようだが、狼狽えずにすぐ姿勢を正した。


千川せんかわ中のレフトエース――去年は地区二位。千川中も中学から始めたメンバーが多かったのか?」


「はい、全員中学からでした。ただ、同期にミニバス経験者が二人いて、その二人は最初から上手かったです。一人はレフトで、一人はリベロでした」


「そうか。キャプテンは誰が?」


「そのミニバス経験者の、レフトのほうが」


「なるほど。で、県大会はどうだった? 思っていたプレーはできたか?」


「いえ……ほとんどわけがわからないままで、集中できたと思ったときには、もう試合終了間近でした」


「ふむ、それはなかなか得難い経験をしたな。ところで、聞けば県大会で露木と一悶着あったそうだが、解決したのか?」


「「!?」」


 まさかその話題が出されるとは思っていなかったのだろう、今川さんは(それに露木さんも)肩をびくんと撥ねさせ、それから、例の如く互いに相手を見て、目が合った途端にぷいっとそっぽを向いた。その頬は少し赤い。神保先生は苦笑した。


「刺激し合える相手がいるってのはいいもんだな。ま、仲間チームになった以上、じゃれ合いはほどほどにしろよ」


「「……はい」」


 不満そうに返事をする二人。神保先生は「ありがとう。では次は――」と何事もなかったかのように続ける。


西垣にしがき芹亜せりあ


「はい」


 ほわわ、と柔らかく応じる西垣さん。マイペースな子だとは知っていたけれど、神保先生相手でもそれが貫けるとは思っていなかったので(しかもそれで失礼な感じになるわけでもなく)、私は感心する。「自然体」とはこの子のためにあるような言葉だ。


「西垣は初心者だったな。身長は174? 175?」


「身体測定では、174、でした」


「どうしてバレーに興味を持った?」


「えっと、〝女王クイーン〟が」


 唐突に出てきたその通り名に、露木さんと今川さん以外の全員が反応する。高校女子バレーボールに少しでも詳しいなら、それが誰を指すのかはみな知っているはずだ。むろん、神保先生も。


「〝女王クイーン〟――北鳴谷きためいこく九条くじょう綺真きさねのことか」


「た、たぶん、緋色のユニフォームの」


「じゃあ北鳴谷だ。その九条がどうした?」


「〝女王クイーン〟を見て、えっと」


「見た? 試合を? 春高のテレビ放送とかか?」


「あ、いえ、入学式のコンビニで、赤いリボンの――あっ、あれひょっとして、栄さんだったの?」


 西垣さんは、ぱふっ、と両手を合わせて栄さんに視線を送った。栄さんはにこにこ笑って応える。


「西口出てすぐのコンビニやったらたぶんウチやでー。ちなみに露木さんと今川さんもおったな」


「あっ、あれ、そっかぁ。あ、露木さん、お母さん美人さんだよね」


「え? ああっ、そう言えば、あんたっぽいの見かけたかも!?」


「君たち、それくらいで」


 ぱちんっ、と志帆ちゃんが手を叩く。ほぼ同時に、軽く咳払いをする神保先生。西垣さんは「あっ」と声に出して、ぺこっと頭を下げた。


「すいません。えっと……それで、〝女王クイーン〟を見て、なんというか、ふわっとしたので、バレーボールをしたくなりました。よろしくお願いします」


 今度は深々とお辞儀する西垣さん。神保先生はなんとも言い難い顔でその後頭部を見つめ、やがて頷いた。


「ありがとう、西垣。よろしくな」


「はい。よろしくお願いします」


 西垣さんは顔を上げると、ほわわ、と微笑む。本当にシャボン玉みたいに掴みどころのない子だ。掴もうとすると、ぱちんと割れて、中から柔軟剤のいい匂いがするような、そんな子。


「では、最後に」


 気を取り直して、といった風に、神保先生はそう前置きして栄さんに向き直る。


さかえ……さかえ夕里ゆうり


「はいっ、栄夕里です!」


 待ってました、と明るく名乗る栄さん。それに合わせるように、神保先生もかなりフランクに話し掛ける。


「あの獨楢どくならのスタメンで二年連続県選抜だそうだな。まさかそんな新人が入ってくるとは思わなかったぞ。小田原おだわらより驚きだ」


「ちょっと家庭の事情がありまして」


「だろうな。こっちの生活で何か困ったことがあれば、遠慮なく言いなさい。それで、ポジションだが」


「セッター兼ライトアタッカーです。ツーセッターでした」


「奇遇だな。私も高校時代に同じポジションだった」


「おおっ、ほんまですか!」


 嬉しそうに目を輝かせる栄さん。なるほど、これが神保先生のフランクさの理由か、と私は納得。なんとなれば、ツーセッターのセッターというのは、バレーボール界ではリベロ以上に希少な存在だからだ。


「自分でいうのもアレだが、大変なポジションだろう?」


「そうですね。まっ、ごっつーやりがいがありますよ。見える景色もコロコロ変わって楽しいですし」


「なるほど。いや、そうか……じゃあ、獨楢どくならを出ることにしたのは、大きな決断だったな。というのも――私も高校進学と同時に一貫校から出た身でな」


「なんや先生、気が合いますなー」


「……獨楢のメンバーと、会いたいか?」


「そらもちろ――ん?」


 『?』と私たちの頭にも疑問符が浮かぶ。神保先生はまっすぐに栄さんを見ていた。単なる世間話的な問いかけではない、確かな真剣さがそこにあった。


「先生、それは、もしかして私も知らないことですか?」


 志帆ちゃんが軽く手を挙げて、質問する。神保先生は「ああ」と頷いて、志帆ちゃんを見下ろした。


「ちょうどここに来る前に連絡が来たんだよ。というわけで……早速だが、私から一つ、君たちに伝えることがある」


 ぐるりと私たちを見回して、先生は語気を強めて言う。


「今週末、日曜日だ。君たちが望むなら、遠征の予定を入れることができる」


「「遠征!?」」


 突然の発表に、私たちは半分がおうむ返しをして、半分がぽかんと口を開けた(私・露木さん・今川さん・瀬戸さんが前者、残りが後者だ)。神保先生は「そう、遠征だ」と繰り返し、どよめきを鎮める。


「急な話で申し訳ない」


「練習試合の件は、先週の段階では断られたとお聞きしていましたが――」


 事情はよくわからないが、発端は志帆ちゃんの企画サプライズだったらしい。毎度のことだけれど、志帆ちゃんは本当にびっくりさせるのが上手い。私は溜息交じりに呟く。


「もう……志帆ちゃんってば。ちなみに、練習試合って、どこに申し込んでたの?」


「ん? ああ、セントレだよ」


 ああセント――るええっなんて!?


「「セントレ……?」」


 ざわざわっ、とまた場がどよめく。特に強く反応したのはナナちゃんだ。


「星賀先輩……セントレって、あのセントレですか?」


「そのセントレ以外のセントレがどこにある?」


 誰かの物真似っぽい口調で志帆ちゃんはそう言った。ナナちゃんは口を半開きにしたまま動かなくなる。私や瀬戸さんもほぼ同じ反応。栄さんは列挙された情報についてじっと何かを考えている。よくわからずに首を傾げているのは露木さん、今川さん、西垣さんの三人。


「というのは――さておき。腰を折って申し訳ありません、神保先生。それで、『遠征』というのはどういうことでしょうか?」


 話の中心を先生に戻す志帆ちゃん。神保先生はみんなが落ち着いた頃を見計らって、説明を始める。


「順を追って話そう。最初は、今星賀が言った通り、『あの』セントレに練習試合を申し込んでいた。わからない者のために簡単に言っておくと、セントレとは西地区にあるセントレオンハルト女学院のことで、当県では『西の王者』と呼ばれる県四強の強豪校だ」


「「県四強!?」」


 露木さんと今川さんが目を丸くする。神保先生は「詳しくはあとでな」と制して、続ける。


「が、色々と都合がつかずに断られたんだ」


「それはそうでしょう……」


 独り言のように呟くナナちゃん。私も全面的に同意だ。なにせ我らが明正めいじょう学園女子バレーボール部は『今日』ようやくチームとして動き出したのだ。先生が練習試合を申し込んでいたと思われる昨日以前、私たちバレー部に所属していたのは選手二人マネージャー一人の三人だけ。県四強が相手をしてくれる云々以前の問題だ。


「ただ、ちょっと事情が変わってな。結論を先に言うと、条件付きではあるが、セントレと練習試合を組めることになった」


「それはそれは……」


 驚きの声を上げる志帆ちゃんの頬が、笑みの形に緩んでいた。企画サプライズが通りそうで喜色満面、という感じ。


「で、その練習試合というのが、多少変則的でな。いわゆる一対一じゃない。複数の高校による合同練習試合だ。私たちはそこに『セントレに同伴する』という形で特別に参加できることになった。最初は断られたっていうのも、その合同練習試合が、元々先方の予定に組まれていたからなんだ」


 このくらいで、カンのいい志帆ちゃん、ナナちゃん、栄さんは、事情の全容がぼんやり見えてきたみたいだった。三人とも、セントレと練習試合が組める、と聞いたときより、さらに驚きの色を濃くしていた。


「つまり……『遠征』に行くというのは、セントレの遠征に混ぜていただけることになった、ということなんですね?」


「そういうことだ」


 確認する志帆ちゃんに、頷く神保先生。そこで、話の発端からずっと黙っていた栄さんが、そろそろと手を挙げる。


「えっ、ほな、まさかそのセントレの遠征先っちゅーんが……?」


「そう。私が生まれる前から県代表の座を守り続けている隣県最大最古の強豪――獨和どくわ大附属楢木(ならぎ)高校だ」


「ほんまですか!!?」


 栄さんは天井を突き抜けんばかりのテンションでそう叫んだ。私はというと、まだよく話を飲み込めていない。神保先生は――質問はあとで受け付けるつもりなのだろう――どんどん情報を出していく。


「合同練習試合の会場となるのは、今言ったように、獨楢どくなら。ここからだと、電車とバスで二時間といったところか。参加校は、獨楢、セントレの他に、鶴舞つるま女子短期大学附属高校――通称、鶴女つるじょ。ここは隣々県の第一代表だな」


「獨楢とセントレと鶴女――なるほど、つまりブロック大会の前哨戦ですね!?」


「そういうことだ。今回、私たちは、先方のご厚意でそこに特別に参加できることになった。ただし」


 そう言って、神保先生は栄さんを見据えた。


さかえ夕里ゆうり……君が来ることが、参加の条件だ」


「え、それは……」


 ぴりっ、と栄さんの顔に動揺が走る。私はもう話を追うのは諦めて(正直、セントレの名前が出たくらいから突拍子もなさ過ぎて、話を理解したとしてもすぐには受け容れられないのだ)、とにかく成り行きを見守ることに集中する。


「……どうだ、栄?」


「も、もちろん、ウチは行きたいです、けど……。いや、行きたいです。ぜひ、参加させてください」


 栄さんははっきりと、その意思を示す。何やら裏事情があるみたいだけど、それはそれとして、何よりもまずは、という感じだ。


「ありがとう、栄。これで話を進められる」


 神保先生はそう言うと、志帆ちゃんに目配せした。志帆ちゃんは頷く。そして、先生は今一度私たちを見回し、ここまでの説明を簡単に要約してくれる。そこでようやく(要約だけに!)、私は話の大きさを理解した。


 合同練習試合――もとい遠征の概要は、以下の通り。


 期日は、今週末の日曜日。


 練習試合の会場は、隣県の第一代表、獨和どくわ大附属楢木(ならぎ)高校。


 参加校は、その獨楢と、当県四強の一角であるセントレ、さらには隣々県の第一代表・鶴舞(つるま)女子短期大学附属高校。


 栄さん曰く、来月に行われるブロック大会の、前哨戦。


 全国区の高校同士が火花を散らす、本気も本気な本気の練習試合。


 そこに、今日正式始動の私たちが飛び入りで参加できることになったというのだ。


「――以上。何か質問があれば、遠慮なく言ってくれ」


 誰も何も言わなかった。実際、細かいことを除けば、もう不明なところはない。だからこそ、かえって、何も言えないのかもしれない。


 だって……これ、冷静に考えてみると、とてつもなく、とてつもなく無謀な企画だよ……?


 私は志帆ちゃんを見る。志帆ちゃんは既に気持ちが固まっているのか、いつものように泰然と微笑んでいた。


「質問はなし……か。ま、急な話だし、移動が実費になるからな、正式な返事は明日で構わない。質疑もそのつど受けよう。ただ、とりあえずでいいんだが、現段階で参加の意思がある者はどれくらいいる?」


 神保先生が聞くと、まず、すっと二人の手が挙がった。志帆ちゃんと栄さん。続いて、ナナちゃんがゆっくり手を挙げる。ほぼ同時に、西垣さんの手が挙がる。そのくらいで、私も周りを見ながらそろそろと挙手。神保先生は残っている三人に目をやって、穏やかな声で聞く。


「瀬戸は、どうだ?」


「えー……と、私は今はなんとも……。すいません、ちょっと時間をください。親に確認取ってから、明日には決めます」


「ああ、それで構わない。ありがとう」


「いえ……」


 瀬戸さんはぽりぽり、と頬を掻いた。神保先生は最後に、露木さんと今川さんに問う。


「露木と今川は、どうする? もちろん、今すぐに決めなくてもいいが……」


 二人は何も反応を見せない。神保先生は怪訝そうに目を細める。


「おい、露木? 今川? 聞いてるか?」


 やはり反応はない。二人とも焦点の合ってない目でぽけっとしている。


「ちょいちょーい、お二人さーん?」


 間にいた栄さんが、つんっ、と二人の脇腹を突いた。瞬間、二人は「ひゃっ!?」と声を上げて跳び上がり、離脱させていた魂を引き戻した。そして、やおらその距離を詰めると、露木さんは今川さんの、今川さんは露木さんの頬っぺたに手を伸ばし、思いっきりつねった。


「「痛たたたたたた!? 夢じゃない!!」」


「目の前でイチャコラやめーや」


 つつんっ、とまた栄さんが脇腹を突きながら、間に割って入る。そこで二人はようやく我に返ったようで、もの凄い素早さでがばっと神保先生に向き直り、言った。


「「県四強と試合ができるんですか!?」」


「お、おう」


「「隣の県の一位とも!? その隣の県の一位とも!?」」


「あ、ああ、そういうことになるな」


「「その全部に勝てたら――この県で一番になれますか!!?」」


「それは……」


 最初は二人の勢いに驚いていた神保先生だけれど、ここに至ってはもう余裕たっぷりに、逸る二人に向かって意味ありげに微笑む。


「ま、可能性はなくはないな」


 瞬間、ぼぼっ、と二つの炎が灯った。


 赤い炎と、青い炎。


 露木さんと今川さんはそれぞれの色に目を輝かせ、拳を振って頷く。


「「行きますっ!! 」」


 その声は、体育館いっぱいに反響して、私たち全員を震わせた。


 神保先生は笑いを堪えるように口元に拳を当てて、しかつめらしく釘を刺す。


「やる気があるようで何よりだ。ただ、ちゃんと帰ったら親御さんに相談するんだぞ。いいな?」


「「はい!!」」


 間髪入れない即答に、ふふっ、と堪え切れずに先生の口から僅かに笑いが漏れる。隣の志帆ちゃんが、それに気付かなかったフリをして、何気なく確認を挟む。


「お話は以上でしょうか、神保先生」


「ああ……以上だ」


「ありがとうございます。それで、先生、今日の練習なのですが――」


 笑いから回復した神保先生が、志帆ちゃんの言葉を手で遮る。その顔つきは、いつの間にか、一番最初のぴりぴりしたものに戻っていた。


「今日は最初ということで、基礎練習をして、君たちの力を見ようと思う。それと、明日以降について――本来練習メニューは目標設定を終えてから決めるべきなんだが、今回は事情が事情だ、合同練習に参加する意思のある者は多少の覚悟をしてきてくれ。県代表級のチームに世話になる以上、付け焼き刃でもないと話にならん。相応の指導をするから、そのつもりで」


 神保先生は、言い終えると同時に露木さんと今川さんに向けて鋭い視線を向ける。二人の瞳に灯る炎は、しかし、揺らがずに、むしろ火勢を増した。


「じゃあ、まずはアップからだな。主導は星賀、お前に任せる」


「はい」


 ツーカーなやり取りで先生から指揮権を受け取った志帆ちゃんは、仮入部期間と同じ調子でみんなに呼び掛けた。


「君たち、準備はいいかな?」


「「はい!」」


 みんなの返事を受け止めると、志帆ちゃんは私に目配せする。私は首に下げたストップウォッチと電子ホイッスルを手に持って、頷きを返した。


「では、ランニングから始めよう。ついてきてくれ」


 言うと、志帆ちゃんとナナちゃんを先頭に、七人が二列縦隊になってコートの周りを走り始めた。お決まりの掛け声が、心なしか、今日はよく響く。


 かくして、私たち明正学園女子バレーボール部は、初日から大きく動き出した。

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