30(希和) 第二ラウンド
他人の第一印象――ぱっと見てとりあえず思ったことっていうのは、考えなしに指摘したり話題に挙げたりしないほうがいい。ほんの数秒でいいから、口に出す前に、人生の中でその人が何度同じことを言われてきたのかを想像してみよう。けっこうげんなりする。
ちなみに、私の場合は「髪とか服とかちゃんとすれば美人なのにもったいない」だ。友達も親戚も口を揃えてみんな言う。本当に余計なお世話だ。
閑話休題。
なので、まあ、私は言うまい。
在原さんたちと入れ替わりに、遅刻してやってきた本来の試験官。
明正学園女子バレーボール部二年――小田原七絵さん。
誰が見ても同じ感想を持つだろう。
巨大。問答無用で巨大。
テレビで見るスポーツ選手を除けば、私の中では歴代最高。180級の選手はタメに数人いたけれど、この小田原さんという人は190級に片足を突っ込んでいる。あるいは県内のバレーボーラーで一番デカい人なんじゃないか……?
と、私が驚いていると、栄夕里が急に、ごほっ、と咽せた。そして、
「小田原七絵さん――やっぱり、あの小田原七絵さんなんですね!? 雀宮中の!!」
かなり驚いた様子で、栄は小田原さんに確認を取る。小田原さんはゆっくりと首を傾げた。
「うん、そうだけど……。ごめん、中学の時、どこかで戦った?」
「あ、いえ、戦ったわけやないんですけど……」
「ふうん……?」
小田原さんはそう唸ると、思い出すのをやめたみたいで、星賀さんに向き直った。
「この子たちが新入生ですか?」
「そうだよ。ま、紹介はあとだ。とりあえず着替えてきたまえ」
「わかりました」
着ぐるみを着た人のようにのそのそと更衣室へ向かう小田原さん。やがて、ぱたんっ、とその扉が閉まる。すると、小田原さんの巨大さで羞恥地獄から抜け出したらしい露木凛々花と今川颯が、興味津々といった風に栄に詰め寄った。
「なに、あんた、あの大きな人を知ってるの?」
「雀宮中って、そんなに有名なのか?」
「いやいやいや!! なんで地元県民が知らんねん!?」
「まあ、露木と今川は県大会に出たのが去年の一度っきりだから、知らなくても無理ないわ」
私はそれとなくフォローを入れ、二人に当県女子バレーボール界の『常識』を教える。
「雀宮中ってのは南地区の強豪で、〝四神〟って呼ばれる南の四強の一角。この〝四神〟は実質的な県四強で、毎年〝四神〟で一番強いとこが県一位になってる」
「ほんで、雀宮中はキミらの一つ上の県一位――第一代表や。小田原さんはそのレギュラー。しかもブロック大会で決勝に行くっちゅーとんでもない偉業を成し遂げた人なんやで」
「「ブロック大会で決勝……?」」
「ほう。その話は私も興味があるな。それはそんなに偉業なのか?」
ここで星賀さんも輪に加わった。「そらもう!」と栄は熱を込めて語る。
「中学バレーやと、ここのブロック大会で決勝に行くっちゅーんは、全国大会で決勝に行くんと難易度がほぼ同じなんです。なんたって都がありますから。何年連続やったかは知りませんけど、中学総体ブロック予選は都の第一代表と第二代表で優勝争いするんが恒例なんですわ。
まあ、あっこは超激戦区ですからね。都予選の段階で既に、全国優勝の経験がある中学同士で代表争いをするレベルです。そんなんやから、都以外の県代表は行けて準決勝――ベスト4止まり。その壁を、あの年の雀宮中は越えていったんですわ」
「それはそれは……」
「続く全国大会でも、雀宮中はベスト8まで行ったはずです。ほんで、小田原さんは冬の選抜にも出場して、その時はベスト4でしたね。『エース殺し』の〝偉大なる七《"Big" Seven》〟ゆーて、並み居る全国の主砲が小田原さんに恐れ戦いたんですよ」
「なるほど、七絵ならさもありなんだな」
それにしても、随分詳しいな、栄。段々あんたがどんなやつなのかわかってきて、私は小田原さんよりあんたの正体にビビりつつあるぞ。
「ところで、元の試験官は小田原さんやったんですよね? 試験内容はどんなものやったんですか?」
栄が訊くと、星賀さんは楽しそうに答えた。
「いわゆるアタッカーVSブロッカーだよ。新入生側は一人ずつ、好きなところから好きなように打つ。ブロッカーの七絵がそれを迎え撃つ。七絵相手に有効打を決められれば、新入生側の勝利だ」
「〝偉大なる七《"Big" Seven》〟を打ち破る新入生なんて全国にもそうそうおらへんですよ……」
「だからちゃんと注意書きにもあったろう? 史上最難関入部試験だから、プライドを粉々にされる覚悟をして来い、とな」
「謳い文句に偽り無しっちゅーわけですか。いやはや……これは参りましたわ」
ほうっ、と栄は息を吐き、強張っていた身体を脱力させる。同時に、ずっと目の奥でぎらぎらしていた光も下火になった。恐らく栄はあのポスターを見て鼻を明かすつもりで来たのだろうが、いくらなんでもあんな超々弩級の怪物相手では分が悪いと見たようだ。
しかし、まあ、むしろだからこそやる気になる怖いもの知らずもいるもので。
「あの人を抜けばエースの座をいただけるっていうのは……まだ有効ですか?」
露木が肩の筋肉を伸ばしながら、星賀さんに訊く。星賀さんは「無論だ」と微笑む。
「あの人に勝つほどの力があれば……全国でも通用するってことだよな?」
今川が腿の筋肉をほぐしながら、栄に訊く。栄は「もちろんや」と苦笑する。
「「ぜひ挑戦させてくださいっ!!」」
「だそうだぞ、七絵」
意気込む二人の肩越しに、星賀さんはそう呼び掛ける。ちょうど、小田原さんが更衣室から出てきたところだった。小田原さんはまだ少し眠いのか「はあ」と欠伸するように言って、のそのそとこちらに歩いてくる。
「挑戦はいいですけど……その前に名前だけでも教えてください」
小田原さんは露木と今川の前に立ち、二人を見下ろす。脅かす気はないのだろうが、やはり至近距離で見るそのサイズ感は凄まじいようで、さすがの露木と今川も少し怯みつつ名乗った。
「つ、露木凛々花ですっ!! よろしくお願いします!!」
「今川颯っ、と言います!! よろしくお願いします!!」
「こちらこそ、よろしくお願いします……」
挨拶が済むと、小田原さんは次に、私や栄や西垣をぐるりと見回した。視線が合った順に、私たちも名乗る。
「瀬戸希和です。よろしくお願いします」
「栄夕里です。お目にかかれて光栄ですわ」
「西垣芹亜……です。初めまして……」
「どうも。私は小田原七絵です。よろしく」
小田原さんは再び名乗ると、視線を星賀さんに向ける。星賀さんは何も言わずに頷く。小田原さんは表情を変えずに、視線を私たち五人に戻す。
「じゃあ、ちょっと準備運動するので、終わったら一人ずつどうぞ」
……ん? あれ? なんかいつの間にか全員強制参加することになっているけど!?
ばっ、と私は誤解を解くよう星賀さんに振り返るが、微笑まれておしまいだった。
かくして、入部試験は第二ラウンドに突入した。




