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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第五章(明正学園) VS三坂総合高校
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28-2(夕里) すれ違い

「あの、ちょっと、いいですか……?」


 瀬戸せとさんがそろそろと手を挙げてそう言うと、すかさず星賀ほしかさんが食いついた。


「何か気になることでも、瀬戸さん?」


「あ、いや……試しにそのときの状況を再現してみたらいいんじゃないかな、と。いや、無理にとは言わないけど、もしよければ的な……」


「ふむ。では、君の思うように試してみたまえ」


 あまり積極的ではなかった瀬戸さんに、強引に主導権を与える星賀さん。瀬戸さんは少し躊躇ってから、ふぅ、と諦めたように小さく溜息をついた。そして、頭を掻きながら露木つゆきさんと今川いまがわさんのほうへ向かう。


「あのさ、露木、今川」


「「…………」」


 二人はちらっと瀬戸さんを見る。どっちも目を赤く腫らしていた。瀬戸さんは視線を逸らして言う。


「ちょっとさ……その時の顔を、して見せてくれない?」


 露木さんと今川さんは僅かに眉を上げ、首を傾げた。二人の反応が鈍いのを感じ取った瀬戸さんは、アプローチを変える。


「えっと……なんでもいいんだけど、『ざまーみろ』ってシチュエーションを想像してくれない? 相手がテストで赤点を取ったとか、すんでのところで電車に乗り遅れたとか、自分で前髪を切って失敗したとか、陰湿なイジメに遭ってずぶ濡れの姿でトイレから出てきたとか」


「「最後えぐいなっ!?」」


 ウチと在原ありわらさんがツッコミを入れた。瀬戸さんは「とにかく」とそれを受け流して、露木さんと今川さんに言った。


「なんでもいいんだって。全力で嘲笑わらってみろよ。思いっきり相手を見下す顔ね。ほら、三、二、一、はいっ」


 ぱんっ、と瀬戸さんが手を叩くと、露木さんと今川さんは言われるがままに嘲り顔を作った。眉をハの字に寄せ、口の端をつり上げ、目を三白眼にして、今にも「人がゴミのようだ」とか言いそうな顔をしてみせる。


「悪どい顔やなあ」


「こりゃぶん殴りてえな」


「友達少なそうです」


「「好きでやってるんじゃない(わよ)!」」


 ウチらの率直な感想に、反射的に言い返す二人。少し調子が戻ってきたようや。


「ほら、表情崩さないで、お互いの顔見てみなって」


 脱線した会話を瀬戸さんが軌道修正する。二人はまた悪どい顔を作って、向き合った。


「どう? 露木と今川が『見た』っていう顔は、この顔?」


「「…………違う」」


 悪どい顔をやめて、二人は首を振る。


「あの時の今川は、もっと……こう、とにかく見たことのない顔してたの。今の顔なら、小五の市内マラソンで負けたときとか、小六の読書感想文コンクールで最優秀賞取ったときに嫌ってほど見たわ。勝ち誇ってきてさ、ほんとムカつくの!」


「お前が人のこと言える立場か!? 小四の写生コンクールで知事特別賞取ったときとか、小六の陸上会でわたしに勝ったときとか、お前しばらく今の顔してたろ!」


「なによ!?」


「なんだよ!!」


「はいはい、そういうのは二人のときにやってね。んで……肝心の、県大会の時のことだけど」


 だんだん喧嘩にもキレが戻ってきた二人。瀬戸さんは若干呆れつつ話を進める。


「その時の顔を、できるだけ再現してみて」


「そう言われても……」


「あの時は混乱してて……」


「んー……じゃあ、とりあえず、お互いに向き合って、目を閉じて」


 二人は言われた通りにする。瀬戸さんは五円玉を揺らす催眠術師のように、神妙な顔で二人に語りかける。


「あなたにはライバル的なヤツがいます。あなたはそいつのことが嫌いです。でも、ことあるごとにぶつかってきたので、そいつの考えてることは大体わかります。あなたは今、初めての県大会に出場して、そいつが他地区の強豪に苦戦している姿を見ています」


 みるみるうちに、露木さんと今川さんの表情が曇っていく。


「そいつは頑張ってるんですけど、いかんせん敵が強いです。でもそいつは諦めません。必死にレシーブしてスパイクも打っていきます。けれどもじわじわ点差が開いていきます。そしてついにマッチポイントを取られ、試合に負けてしまいます」


 負けた、と聞いて、途端に悲痛な顔になる露木さんと今川さん。


「あなたの目の前には、悔しそうなライバルの姿があります。ものすごく悔しがってるのがよくわかります。だけど、あなたはそいつのことが嫌いです。そいつがあなたを嫌ってることも知ってます。だから同情したり慰めたりはしません」


 すらすらと、瀬戸さんはまるでその時の二人を見てきたように語る。


「ただ、そいつが負けた相手が自分ならいくらでも勝ち誇れますけど、今回そいつが負けたのは全然関係ない第三者です。どう声を掛けていいのかわかりません。いっそ相手から見えないように隠れてしまえばいいんですけど、そんな気を遣う相手ではないですし、やっぱり最後まで見届けるのがライバルとしての義務だろうとか思ったりします」


 聞いている二人の表情は、悲痛に苦悶が混じり、なんだかよくわからないことになっている。


「と、その時、不意にそいつと目が合ってしまいます」


 急に喋りの調子トーンを上げる瀬戸さん。二人はびくっと驚いて、それまでの複雑な表情が一旦引っ込む。


「目が合って気付きました。そいつは泣きそうになってました。あなたは急にそいつが心配になります。反射的に何か声を掛けなければと思います。いつもみたいに、何でもない風に、明るい言葉を口にしようと思います」


 露木さんと今川さんの口が開きかける。が、瀬戸さんが完璧なタイミングでそれを封殺した。


「でも何を言ったらいいのかわからない! だってあんなに弱ってるあいつなんて見たことないから!」


 大声で捲し立てられ、半開きの口のままぴたりと硬直フリーズする二人。その表情は直前に作っていた形のまま固定されていた。その形とは、すなわち――、


「はいっ! 二人とも目を開けて!」


 ぱちん、と瀬戸さんが手を叩く。露木さんと今川さんが開眼する。そしてお互いの顔を見合った二人は、


「「ああああーっ!!」」


 と驚愕の叫びを上げて、指を差し合う。


「「その顔はあの時の――!!?」」


 そう口にして、二人ははっと我に返り、ばっと瀬戸さんに振り返る。瀬戸さんは、ひょいっ、と肩を竦めてみせた。


「感情の送受信が下手なのよ……あんたたち。だから単純なことが変にこじれたんでしょ?」


 ぱくぱくっ、と金魚のように口を開閉する露木さんと今川さん。


 百聞は一見に如かず、とはまさにこのこと。瀬戸さんの催眠術(?)によって再現された二人の顔は、確かに、なんの説明もなくそれだけ見るとはっきり冷たい嘲笑に『見える』。


 せやけど、そこに至るまでの経緯や、状況を細かく追っていくと、その意味がまるで別物に変わる。


 『見たことのない顔』なんて当たり前や。露木さんと今川さんにとって県大会は初めてで、その上相方が自分以外の相手に(あるいは自分以上の相手に)追い詰められている状況なんて未体験ゾーンぶっちぎり。そんなんもう『どうしてええかわからん』ようにもなるわ。


 そんな何もかもが想定外の混乱パニックの中、不意に目が合ってもうた二人は、形だけでもそれっぽくしようと無理をした。


 『いつもみたいに、何でもない風に、明るい言葉を口にしよう』と。


 ただ残念なことに、二人はそこまで器用やなかった。いつもの笑顔を作るはずが、緊張と動揺で強張って、半端な薄笑いにしかならへんかった。


 その結果が――あの『冷たい嘲笑』の正体。


 互いに咄嗟のことで、うまく気持ちを表現できず、受け手もきちんと読み取れず、誤解が生まれてしもーたわけや。


「要するに」


 得心したように、在原さん。


「思い込みからくる見間違いではなく」


 呆れたように、小金井こがねいさん。


「思い遣りからくるすれ違いだったわけね」


 最後は鴨志田かもしださんがしっかりオチをつけ、さらに容赦なく、ふふっ、と微笑を添えた。二人は耳まで真っ赤になって下を向く。そこへトドメとばかりに、


「あっ、露木さんと今川さん、また赤くなってる」


 西垣にしがきさんが邪気なく事実を口にした。二人は何も言い返すことができず、さらに真っ赤になった。張り詰めていた場の空気が、急速に緩く暖かくなっていく。


「異論がある人は――無し、と。しからば、これにて一件落着だ」


 星賀さんはそうまとめると、瀬戸さんに微笑みを向けた。


「ありがとう、瀬戸さん。お手柄だったね」


「あ……いや、まあ、中学の時のこいつらを知ってれば誰でも……」


 どこか気まずそうに言葉を濁す瀬戸さんに、星賀さんはもう一度「ありがとう」と言って肩を叩いた。そして、鴨志田さんたちに向き直り、一礼する。


三坂みさか総合の皆さんもありがとうございました。ささやかですが、お土産をば。……知沙ちさ、皆さんにクッキーを差し上げて」


「はっ、はい!」


 言われた早鈴はやすずさんは壁際に走って、置いてあった大きめのバスケットの中からラッピングされたクッキーアソート(ポスターにあった『お菓子パーティ』用やと思われる)を三つ取り出して、鴨志田さんたちに渡す。


「手作りなので、できれば今日中に召し上がってください」


「あらあら、これはご丁寧にどうもありがとうございます」


「ほんの気持ちです。練習試合も頑張ってください」


「ええ。それはもう」


 鴨志田さんはにっこりと微笑んで、ではそろそろ――と目礼する。在原さんと小金井さんもそれに合わせて一礼して、それから三人は更衣室へと急ぎ、中に入ると荷物だけを取ってすぐに出てきた。練習試合をしているという明星めいせい学園には、ジャージ姿のままで向かうらしい。


「じゃあ、またどこかで! お前らも、誤解だってわかったんだからちゃんと二人とも入部しろよ! そんでいつか再戦しようぜ!!」


 鴨志田さん、小金井さんの順に体育館を出て、最後の在原さんはそんなことを言って手を振った。ウチらも手を振って見送る。露木さんと今川さんの顔はまだ赤いままやった。


 そして、ぱたんっ、と来たときよりはずっと静かに扉が閉まる。


 人数が三分の二に減って、急に寂しくなる体育館。さっきまで嵐の中心にいた露木さんと今川さんが恥ずかしさで借りてきた猫みたいになってるので、尚更や。くしゃみが出そうで出ない、みたいな変な余韻が残っている。


 その微妙な空気を楽しむように、司会進行役の星賀さんは黙って微笑している。早鈴さんと瀬戸さんが視線で「何か言って」的なことを訴えているのをわかっていながら、や。


 ウチはなんとはなしに、時計を見てみる。


 こっ、と進む長針。時刻は、10時41分。


 そのとき、がらがらっ、と沈黙を破って扉が開いた。


 在原さんたち忘れ物でもしたんかな、と思って振り返る。


 そしてウチの目に飛び込んできたのは、


「遅れてすいません……」


 一人の――怪物バケモノの姿。


「えっと……新入生の皆さんは、初めまして」


 遠近法が狂ったかと思うほどの、圧倒的な巨大おおきさを誇るその人物の、名は――、


明正めいじょう学園二年の、小田原おだわら七絵ななえです」


 ごほっ、と思わずウチは咽せた。

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