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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第五章(明正学園) VS三坂総合高校
168/374

28-1(夕里) 見間違い

 乱れた息を整えながら、アタックラインに並ぶ。横目でスコアボードを確認。


 6―8。


 んー、負けてしもたか。残念。最後は止められる思たんやけど、うまいことかわされてもーたな。


 びぃ、と短い笛が鳴る。


「「ありがとうございました!!」」


 互いに礼をして、そのあとはさっとネットに駆け寄って正面の相手と握手。ウチは在原ありわらさんとや。


「よう、面白かったぜ。またやろうな。今度は正式によ」


「次は負けまへんでー」


 ウチがそう言って笑うと、在原さんは片眉を上げて「くはっ」と苦笑した。


「そりゃこっちの台詞だって感じだがな、オレ個人としてはよ。ま、お前がそう言うなら、『いつでも受けて立つ』と返しとくぜ」


「おおきにですー」


「で……それはそうと、ありゃ大丈夫なのか?」


 在原さんは声をひそめて、親指で横を示す。見ると、握手を終えた露木つゆきさんと今川いまがわさんが、俯いたまま石のように固まっていた。


「あの二人は『打倒・相方』言うて並々ならぬ意気込みで今日の入部試験に臨んだわけですからね。相方に勝つ以前に試合に負けてもーて、どないしたらええのかわからんのでしょう。しばらくしたら整理がつくとは思いますけど」


「そもそもなんであの二人はあんなに仲が良いのに仲が悪いんだ?」


 文章としては矛盾しているけれど、この上なく的確な指摘やった。


「中学でなんかあったみたいです。ただ、前に訊いたときは黙ってしもて、ウチもようわかりません」


面倒臭めんどうくせえな……」


 在原さんはがしがしと頭を掻いた。そして、ひょいっ、とネットをくぐって、二人の傍に立つ。


「おい、お前ら。なんで喧嘩してんだ。言え」


 仁王立ちして傲然と腕を組んだ在原さんは、ド直球の死球デッドボールを投げ込んだ。しかし、ジャムの蓋を開けるんと同じで、単純シンプルな力技が功を奏するケースもある。今のあの二人がその一例やった。二人は在原さんの声にびっくりしたように顔を上げると、在原さんへの返答を相方にぶつけ始めた。


「それは……っ! 全部、今川いまがわはやてが悪いんです!」


「わたしは何もしてません! 露木つゆき凛々花(りりか)のほうがっ!」


「あたしが何したって言うのよ!?」


「それはっ、その……自分の胸に聞け!!」


「だーからなーにがあったっつーんだよ」


 声のトーンを下げて二人を脅しつつ宥める在原さん。露木さんと今川さんは言い合いをやめて、視線だけで牽制し合った。最終的には二人ともだんまり。しかし、


「言え」


 在原さんはぐいぐい攻める。が、まだ二人は粘る。在原さんは意地悪く笑ってダメ押しの台詞を口にした。


「勝者の言葉には従うもんだぜ?」


 勝者、という単語に、二人の肩がぴくりと震える。もちろんそんな取り決めをしていたわけではないけれど、何かと勝負に拘る二人にとってやはり勝った負けたの差は大きいらしく、動揺が見て取れた。


 やがて、


「――――ったの」


 ぽつり、と先に口を開いたのは、露木さんやった。よく聞こえなかったので、在原さんが「なんだって?」と聞き返す。露木さんは唇を震わせて、今川さんを指差した。


「笑ったのよ……こいつがっ!」


「お、おい、なんのことだ……?」


 思い当たるようなことがないのか、戸惑う今川さん。そんな今川さんの態度が、露木さんの怒りに火を点けた。


「しらばっくれないでよ! あの県大会の時……あんた笑ったでしょ!? 負けたあたしを見て笑ったでしょ!!」


 ぽろっ、と露木さんの瞳から涙が零れ落ちた。いきなりのことで周りで見ていたウチらは驚いた。けれど、一番狼狽えていたのは今川さんやった。目を剥いて絶句している。


「あたし……あんたのことは、ムカつくし、嫌いだけど――だからこそ、勝負はいつも全力でやってきた。そういう意味で……あんたはあたしにとって特別で、ライバル的なヤツだと思ってた……」


 露木さんは俯く。また、ぽろっ、と涙が零れる。


米中よねちゅうのみんなのおかげで、あたしは最後の夏にあんたたち千川せんかわ中に勝てた。県庁地区一位になった。だから、県大会では県庁地区の代表として恥ずかしくないプレーをしようって思った。あんたに勝った以上は結果を出そうって。

 でも……県大会に出てくる中学は、どこの地区もレベルが高くて、不安だった。試合前にあんたたち千川せんかわ中が負けてるのも見ちゃって……本当に勝てるのかなって弱気になってたの。そして実際、あたしたちの力はまったく通用しなかったわ……」


 そこで露木さんは、潤んだ瞳で今川さんを一瞥した。


「そんなときに、仲間チームメイトからあんたが見てるって教えてもらった。一セット目を取られたあと。それで……なんていうか、やるしかないんだ、全力でぶつかろう、って思えたの。ようやく気持ちが前向きになれた。これなら行ける、って思った。

 けど、結果は……負けだったわ。ストレートで負けて、一回戦敗退。みんなも、あたしも、全力で戦って……でも負けたの。すっごい悔しかった! めちゃめちゃ悔しかったっ!!」


 拳を握りしめ、肩を震わせる露木さん。背が高いし見た目も大人っぽい彼女やけど、激昂する姿には年相応の幼さがあった。


「別に、同情してほしかったわけでも、慰めてほしかったわけでもない。でも、あんたなら――あたしとずっと勝負ばっかしてきたあんたなら、あたしの気持ちをわかってくれると思ってた。でも、あんたはあの時……ギャラリーから負けたあたしを見下ろして、冷たい目で嘲笑わらった!

 それが、あたし……どうしても許せなくて! あんたはそういうヤツじゃないって思ってたのに……! 信じてたあたしがバカみたいで――米中よねちゅうのみんなのことまで見下されたみたいで……っ!! とにかく頭に来たの!!」


「ち、違う……! わたしはっ!!」


「違わない! 笑ってたもん! 見間違えなんかじゃない! あんたのムカつく顔は何度も何度も見てきたけど……あの時のあんたはそれまで見たこともないくらい冷たい顔して嘲笑わらってたもん!!」


「ま、待てよ!! それを言うなら、お前のほうこそ――」


「だから、あたしが何したっていうのよ!?」


 叫ぶと同時に、今川さんに掴み掛かろうとする露木さん。咄嗟のことでウチは制止の声も上げられない。しかし、星賀さんが素早く二人の間に割って入った。星賀さんは自分より20センチも高い露木さんの肩に手を置いて、どうにか押しとどめる。


「落ち着きたまえ」


「で、でもっ、先輩!」


 興奮して食い下がる露木さんに、星賀さんはぴくりとも動じず、じっと露木さんの目を見つめて、「落ち着きたまえ」と静かに同じ台詞を繰り返した。そうしているうちに、露木さんのけんもいくらか収まってくる。


 星賀さんは頃合いを見て、露木さんの肩に手を置いたまま、今川さんに振り返った。


「今川さんのほうも、言い分があるだろう。話してみなさい」


 平坦な口調で、あくまで公平公正に二人に接する星賀さん。まるで先生みたいやな、と思った。


 今川さんは何か言おうとしたが、躊躇っているようやった。口を開きかけて、一度は閉じる。そこでちらりと露木さんの様子を伺って、意を決したように低い声で言った。


「……露木が、笑ったんです」


 今川さんの瞳には、喩えるなら青色の炎が燃えていた。それと同調して、鎮まりかけていた露木さんの赤色の炎が、再び燃え上がる。


「はあ!? あたしそんなことしてないわよ! いい加減なこと言わないで!!」


「露木さん、今は今川さんが話す番だよ」


 露木さんの激しい気炎に、星賀さんが水を差す。特に語気を強めたわけではない、水鉄砲程度の一言。それでも露木さんがぐっと口をつぐんだのは、タイミングが的確だったからだろう。星賀さんは今川さんに視線を向ける。


「続きを」


 今川さんは感情を押し殺して、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……最後の夏の、県大会。わたしたち千川中の試合は……一回戦の中でも最初、朝一でした。わたしたちは……そこでストレート負けしました」


 俯いた今川さんの表情は能面のようで、何も読み取れない。


「試合が終わってコートを出るとき……ちょうど、隣のコートに入る露木たちとすれ違いました。そこで、露木と目が合ったんです。その時……あいつは――」


 そこで言葉を切って、今川さんは露木さんを見据え、改めて言い直した。


「お前はっ! わたしを見て! それまで見たこともないような冷たい顔で嘲笑わらったんだっ!!」


 瞬間、ウチは圧力鍋の蓋が吹き飛ぶ衝撃動画を連想した。押さえていた蓋が外れて、中から煮えたぎる怒りが溢れ出す。さっきまでの無表情が嘘のようにぐちゃぐちゃに歪んでいる。


「お前がそういうヤツだとは思ってなかった!!」


「は、はあ……!? 何言ってんの!? あたしは笑ってなんかないわ!!」


「でも、わたしは見たんだ! お前のムカつく顔はよく知ってるけど、あんな冷たい顔は初めて見た!!」


「そんなっ――!? どうせただの思い込みでしょ!? あんたが勝手にそう思い込んで見間違えただけでしょ!! それで――そうっ、それで腹いせに仕返しをしたのね!?」


「それは……っ! その――」


「ほら見なさい!! 最低っ!!」


「う、うるさいっ!! お前こそ開き直るなよ!!」


「あたしが何を開き直ることがあるのよ!?」


「わたしはこの目で見たって言ってるんだ!!」


「「ストップストップ!!」」


 今にも相手に飛びかかりそうな露木さんと今川さんを、在原さんとウチが後ろから力づくで止めた。二人の間で圧し潰されかけていた星賀さんは、ウチらが二人を押さえると、何事もなかったような涼しい顔で裁定を続けた。


「今川さんの話の途中だったね。それで、露木さんに負けた姿を笑われたと思った今川さんは、そのあとどうしたのかな?」


 ウチにお腹を押さえられている今川さんは、大きく深呼吸をして怒りの暴走を抑える。圧力鍋の喩えで言えば、吹っ飛んだ蓋を被せ直すのはもう諦めて、火を少しだけ弱めたって感じや。もちろん、派手な吹き零れこそしないものの、中身は依然ぐつぐつしている。


「……露木に笑われて、もちろん、わたしはすごい腹が立った。許せないと思った。仕返しはしないまでも……正直、お前も負ければいいんだ、って思った。――最初は、な」


 今川さんは、涙で滲んだ目で、忌々しそうに露木さんを睨みつけた(あるいは、忌々しく思っているのは、自分自身なのかも知れない)。


「お前のことはムカつくし、嫌いだけど……何度も本気でぶつかってきたライバル的なヤツだから、嫌でもわかるんだ。お前が色んなものを背負ってプレーしてて……必死で立ち向かおうとしてるのが。だから……もう試合の終盤なんかは、ただ純粋に……見入ってた」


 痛みを堪えるように顔を顰める今川さん。一筋の涙が今川さんの頬を伝う。


「最終的に負けたときも……お前が悔しがってるのは、自分のことみたいによくわかった。それで、もう……わたし、どんな顔していいのかわからなくて……。仕返しとか、そんなことできるような状態じゃなくなってたんだ……」


 そう言うと、今川さんは唇を噛んで下を向いてしまった。露木さんも何を言ったらいいのかわからず、口を開けて呆然としている。意気阻喪に茫然自失……二人を拘束するウチと在原さんの目的が、次第に「暴れないよう押さえる」から、「倒れないよう支える」に移っていく。


 露木さんと今川さん――二人の仲違いの理由は、この上なく明確やった。


 どっちも、自分が相方に嘲笑わらわれたと思って、ずっと目の敵にしとったんや。


 ところが、蓋を開けてみれば、相方が口にしたのは、ライバルとしての自分への信頼。


 露木さんは今川さんの負けた姿を見て、感じるものがあった。


 最初は不安。けれども、やがてそれは心の支えに変化して、露木さんに不屈の力を与えた。


 今川さんも露木さんの負けた姿を見て、感じるものがあった。


 最初は侮蔑。けれども、やがてそんな気持ちも吹き飛ぶほどに、今川さんは感動を覚えた。


 二人の見たっちゅー『冷たい嘲笑』なんて、出てくる原因ワケが見当たらない。なんとなれば、二人がそれを見たっちゅーまさにその瞬間、相方のほうは、不安なり感動なりで、その心は激しく揺れていたからや。上から目線で嘲弄する余裕があるはずもない。


 二人が嘘をついてるようには、ウチには見えへん。というか、そこんとこは二人のほうがもっとよくわかっていて、だからこそ、過去に自分が見たものと、今見ているものが違い過ぎて、どうしていいかわからんようになっている。


「……なんつーか、すっきりしねえ話だな」


 ぼそっ、と在原さん。言い出しっぺならぬ聞き出しっぺなので、責任を感じているようやった。星賀さんは思案顔で露木さんと今川さんを観察している。誰も口を開こうとしない。


 在原さんの言う通り、みんな、どこか腑に落ちていないようやった。


 二人の言い分が正しいとすれば、結局は、どっちも思い込みからくる見間違いやったっちゅーことになる。露木さんも今川さんも、試合に負けたんがショックで気が弱ってた。そんなときに相方の姿を見て、負けた自分を嘲笑わらわれているように見えてしもた――と。


 ただ、気になるのは、二人とも『そういう風に感じた』『そんな気がした』ゆーレベルやなくて、はっきり『見た』言うとること。


 これが浅い仲なら、疑心暗鬼でそういうこともあるかなっちゅー落としどころもあるんやけど、二人は昨日今日の知り合いやない。お互いのことをよう知ってて、ひねくれとるけど信頼もしとる。『感じた』『気がした』くらいなら、どっかで『相方は本当に自分を笑っていたのか?』っちゅー自問自答セーフティが発動するはずや。


 しかし、この件に関しては、そのセーフティがまったく機能していない。


 単なる見間違いでは説明がつかへん。


 決定的で、断定的な、何らかの『事実』がある。


 当人たちにもウチらにも見えてへんこと――せやけど、それは一体何や……?


「…………あの」


 重苦しい沈黙を破って控えめに手を挙げたのは、瀬戸せと希和きいなさん。


「ちょっと、いいですか……?」


 その時、ウチの耳は微かに、こっ、と体育館の時計が進む乾いた音を聞き取った。

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