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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第五章(明正学園) VS三坂総合高校
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24(颯) 敵

 中学三年の夏。


 県庁地区予選、最終戦。


 米沢よねざわ中VS千川(せんかわ)中。


 第一セットは21―25でわたしたち千川中が勝ち、第二セットは25―23で露木つゆきたち米沢中が勝った。


 そして運命の第三セット。


 25―24で迎えた、露木凛々花(りりか)のサーブ。わたしはFR(フロントライト)にいた。


 露木のサーブを、わたしの対角であるキャプテン・稲森いなもり狐火このひが拾った。セッター・菊名きくな小玉こたまは、トスをエースのわたしに上げた。わたしはそれを、全力で、決めるつもりで打った。


 しかし、わたしのスパイクは相手コートに落ちなかった。ブロッカーが指先を当て、リベロが飛び付いて拾った。そして、それをセッターが、


「あたしにちょうだいっ!!」


 バックレフトから叫んだ露木凛々花のほうへ、とーん、とオープンの二段トスを上げた。


 バックアタックなんて、まともに練習したこともないはずの露木凛々花は、そのトスを強引に打った。わたしはセンターの富良野ふらの叡子えいことブロックに跳んだ。ボールはクロスへ。咄嗟に手を伸ばした。ふっと風が指の先を撫でた。そして、




 ばんっ!




 ボールが床を跳ねた。


 わたしたち、千川中のコートの床を。


 ――――――


 露木凛々花と目が合った瞬間に、わたしはあの最終戦のことを思い出した。


 あの時はいつもネット越しにぶつかっていた視線だけれど、今のわたしたちの間には、心の蟠り以外に何もない。


 なんでわたしが敵である露木凛々花のフォローなんかしなければならない、と頭では思うが、記憶は露木凛々花がここで決められるヤツであることを主張する。それをわかっていながら手を抜いたりさかえに繋いだりするのは、フェアじゃない。最善ベストのプレーを目指すならここは露木凛々花に二段トスを上げるべきなのだ。


 露木凛々花だって、きっと、今ここにいるわたしが今川颯でさえなければ、あの最終戦のようにトスを呼んだだろう。


「露木っ!!」


 わたしは敵の名前を呼ぶ。


「今川っ!!」


 敵はわたしの名前を呼ぶ。


 わたしは露木凛々花がスパイクの姿勢を取ったのを確認してから、わたしにできる範囲で露木が好きな高めのトスを上げる。さかえ夕里ゆうりみたいに見抜いたわけじゃない。ただ知っているだけだ。露木凛々花は平行やセミより、オープントスで打つのが得意な選手なんだってことを。


 とーん、と上がったトスを見て、露木は落下点へと踏み込んだ。タイミングは合っている。あとは跳び上がって打つだけ。


 ばちんっ!


 少し湿った気持ちのいい音が鳴った。ボールはブロッカーの横をすり抜け、クロスへ突き刺さり、


 だんっ、


 と相手コートの床を跳ねた。


 びぃっ、と笛が鳴る。主審の早鈴はやすず知沙ちさ先輩の腕はわたしたちの側に伸びていた。


 スコア、6―5。


 着地した露木凛々花が――どういう顔をしたらいいのかわからないのだろう――怪訝そうにわたしに振り返る。わたしも――どういう顔をしたらいいのかわからなかったので――眉を顰めてヤツを睨み付けた。そんなだったから結局は、


「「ふんっ!」」


 と互いにそっぽを向いた。


 そうだ。露木凛々花は憎き敵なのだ。わたしはわたしのするべきことをやっただけ。星賀ほしか志帆しほ先輩の言うように、三対三ミニゲームに勝つために必要だからトスを上げただけ。それだけのこと。


 しかし、これで一点分、アタック決定本数で露木に差をつけられてしまった。最後の七点目は、何がなんでもわたしが決めたい。


「栄っ!」


 わたしはセッターの栄夕里に呼び掛ける。栄はわたしの顔を見ると、ぐっと親指を立てた。そして、相手コートから返ってきたボールを受け取り、わたしにパス。


「ナイッサー、よろしゅー」


 わたしはサービスゾーンに立って、相手を見据える。


 そのとき、ふと露木の背中が視界に入った。会えば正面衝突ばかりしていたので、あいつの後ろ姿をまじまじと見る機会はあまりなかった。むろん、サービスゾーンから見たのはこれが初めて。


 脳裏に、露木との闘争の日々が過る。


 その最後に浮かんだのは――あの県大会での出来事。


 初めて挑んだ、中学総体県予選。わたしたち千川中は、わたしたち自身が驚くほど、あっけなくボロ負けした。


 一回戦の先発組。開会式を終えてすぐの、朝一アサイチの試合。


 初めての県大会は、どきどきや、わくわくなんて、感じる暇もないほどあっという間に、終わった。


 地区予選での、露木たち米沢中との激戦が嘘のような負け方だった。


 ようやく本来の力を出せたと感じたのは、二セット目の半分も過ぎた頃。


 それは、しかし、反撃の狼煙とはならなかった。むしろ、たとえ本来の力が出せたところで相手のレベルにはまるで届かないという運命ぜつぼうを思い知るだけだった。


 それでも……わたしは諦められなかった。がむしゃらに戦った。必死に繋いだ。遮二無二打った。


「だあ……っ!!」




 だんっ!




 最後の一打。わたしのスパイクはネットを越えなかった。相手のセッターにシャットアウトされたのだ。


 ――ぴいいぃぃぃー!


 妙に白けた笛の音が、試合の終わりを受け入れられないわたしを諭すように、長々と鳴り響く。


 わたしを止めた相手のセッターは、冷徹な目でわたしに一瞥をくれると、歓喜するでも安堵するでもなく、ただ静かにエンドラインへと走っていった。


 わたしはどこを見るでもなく呆然と立ち尽くした。どれくらいそうしていたのだろう。リベロの塚本つかもと瑞奈みずなにユニフォームの裾を引っ張られ、わたしはやっと我に返った。既にエンドラインに並び終わった他のメンバーの悔しそうな顔を見て、ああ、そうか、負けたのか……と、わたしはようやく理解した。


「「ありがとうございました!!」」


 わたしは深々と頭を下げる。唇と悔しさを噛み締める今の顔を、誰にも見られたくなかったから。


 正面にいた相手のセッターと握手をするときも、わたしは俯いたままだった。


 それから、監督のところに集合して、応援席に礼をして、わたしたちは速やかにコートを出た。


 そのときだった。


 ちょうど、隣のコートに米沢中のメンバーが集合していた。これからウォーミングアップに入るのだろう。その中には当然、露木凛々花の姿があった。ピンぼけしていた世界が急に鮮明になる。わたしは露木を見た。同時に、露木もわたしに気付いた。


 目が、合った。


 そして、次の瞬間、露木凛々花は……。


 ――――――


「さああっ! 来いやああー!!」


 在原先輩の声で、記憶の底から現実に引き戻される。


 わたしはスコアボードを再確認。6―5。勝利まで、あと1点。


 この1点を決めて……露木との因縁かこ決着ケリをつけるんだ。


 すうっ、とわたしは大きく息を吸い込み、


「行きますっ!!」


 腹の底から声を出した。

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