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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第五章(明正学園) VS三坂総合高校
163/374

23(凛々花) 名前

 中学三年の夏。


 あたしは最後にして最大の大舞台に臨もうとしていた。


 冬のオープン大会とは違う、地区予選を勝ち抜いて辿り着いた、初めての県大会(上のステージ)


 和田わだの総合体育館――その会場に入ったとき、あたしはざわっと肌が粟立つのを感じた。


 県大会ここは、地区大会(今まで)とは、レベルが違う。


 直感で、そんな焦りを覚えた。


 初めてで浮き足立っている、とは違う。体育館に充満する熱気が、緊張感が、迫力が、地区大会のそれとはまったく桁違いだった。


 自分たちがひどく場違いなところに来てしまったんじゃないかっていう、不安。


 その不安は、最悪の形で現実となった。


 地区予選の最終戦であたしたちと互角の勝負を演じた千川せんかわ中が――あの今川いまがわはやてが、緒戦でいとも容易くあしらわれていた。


 一回戦の先発組――朝一(アサイチ)の試合で、少し硬いのはわかる。でも、それに以上に、相手が強かった。


 あたしは今川颯の試合の第一セットを、ギャラリーから見ていた。結果は10―25の大敗だった。


 あたしは目の前の光景が受け入れられなかった。ギャラリーの鉄柵を握る手が、震えた。


 震えが止まらないまま、あたしたちはあたしたちの試合の準備に入った。次に今川颯の姿を見たのはコートに入るときだった。試合に負けてコートを去る今川颯たちとすれ違ったのだ。


 あたしは不安を抱えたまま試合に臨むことになった。


「「お願いします!」」


 県庁地区一位のあたしたち米沢よねざわ中が一回戦で当たったのは、南地区六位の古手川こてがわみなみ中学校。


 順位の上では、格下。


 さらに、相手に私より高い選手プレイヤーはいなかった。


 試合は、一方的な展開になった。


 一方的な――あたしたちの劣勢だった。


 理由は単純。練度がまるで違っていた。


 サーブは当たり前のように速く、厳しく、そして外さない。


 パスは正確で、丁寧で、ミスしない。


 スパイクはふかさない、ネットにかけない、ちゃんと手にミートする。


 ブロックに隙間はなく、タイミングも揃っている。


 連携はスムーズ。苦しい場面でも簡単には落とさない。チャンスボールではきっちりコンビを使ってくる。


 声を掛け合い、指示を飛ばして、着実に着実に、『バレーをする』。


 そう……彼女たちはみんなバレーをしていた。あたしたちのやってきたバレーは本当のバレーではなくて、ボールを繋いだり打ったりする子供の遊戯あそびだったと思えるほどに。


 地力が違い過ぎた。


 そして、何もできないまま第一セットが終わった。最終スコアは、14―25。身体は疲労ではなく心労で弱っていた。背中を伝う汗は冷や汗だった。エースのあたしがそんなだから、みんなの表情も暗かった。


 あたしたちは地区一位。県庁地区で一番強い中学。二強の和田わだ中と光ヶ丘(ひかりがおか)中を退けて、あの今川いまがわはやてにも勝って、一番になったのに……。


 こんなに……こんなに力の差があるものなの……?


「……強いね……」


 セット間の僅かな時間、部長の高田たかだ紀梨乃きりのがぼそっとそう呟いた。


「いやー……むしろ私たちが下手過ぎるってーかー」


 疲れた声で茶化すように言ったのは、レフト対角の足利あしかが香澄かすみ


「ま、南地区と比べちゃうとね……」


 セッターの広瀬ひろせ舞美まみが遠くを見ながら言った。


「このままだと、二セット目も一セット目の繰り返しだ」


 リベロの玖珂くが多磨子たまこ


「でも、逆に吹っ切れたって気がしないでもないかも」


 センターの保原やすはら唯代いよ


「どっちですか」


 ツッコミを入れたのは、二年生の石田いしだ梨紗りさ。控えのセンターだ。


「なんとかしたいね。なんとかしよう」


 ライトの木内きうち近子ちかこは、そう言って紀梨乃きりのに視線を送った。紀梨乃きりのは頷いて、そして、あたしに向き直った。


凛々花(りりか)……今川さん、見てるよ」


 紀梨乃きりのはあたしが背を向けていたギャラリーを一瞥した。あたしは少しだけ首を捻って、視界の端でそちらを見る。米沢中の応援席に、いつの間にか、千川中メンバーが集まっていた。


千中せんちゅうも、二セット目は粘ったみたい。15―25だったかな」


 紀梨乃は力の入っていなかった口の端を、少しだけ吊り上げる。


「じゃー負けてらんねーな、凛々花」


 香澄が可笑しそうに言う。近子が続く。


「作戦は、地区予選の最後と同じってことだね」


「うん……オーケー」


 言って、指先のストレッチをしてみせる舞美まみ。無言で頷く多磨子たまこ唯代いよ。同じく黙ってあたしたちを見守る梨紗りさ。そこで、紀梨乃きりのが全員に向けて言う。


「ここからは――全部凛々花で!」


「「おう(はい)っ!」」


 揃って声を上げ、一斉にあたしを見るみんな。あたしは拳を握りしめた。


「……任せなさいっ!!」


 震えは、しかし、完全には収まらなかったけれど、もう堪えられないほどではなかった。


 そして、二セット目が始まる。一セット目よりもあからさまに、トスがあたしに集中する。あたしは無我夢中で跳んだ。全身全霊でボールを叩いた。後先のことなど考えずに、力の限り打ち続けた。


 やがて、18―24のマッチポイント。


 相手のサーブは、リベロの多磨子たまこのところへ。レシーブはセッターの舞美まみに返る。舞美はセットする前から「凛々花(りりか)!」と叫んで、レフトオープンを上げた。当然ネットの向こうには二枚ブロック。けど、そんなもの今のあたしの目には入らない。ただ上がったトスを、決める――!




 だんっ!




 渾身の力で打ち込んだボールは、しかし、ワンタッチを取られ、繋がれてしまう。


 相手は二段トスでレフトへ。ブロックに跳ぶ舞美まみ紀梨乃きりの。ボールは紀梨乃の手を弾き、高い軌道を描いてクロス深くへ。あたしは手を伸ばすが届かない。香澄かすみがジャンプするが届かない。多磨子たまこが全力で追うが――届かない。


 試合は、終わった。


「「ありがとうございました……!!」」


 あたしは肩で息をしながら、最後に出せるだけの声を出した。それくらいしか、負けたあたしにできることはなかった。


 そして、あたしたち米沢中は、感慨に浸る間もなく、次の試合のチームに押し出されるようにして、コートから去った。


 この場でやり残したことは、あと一つだけ。応援してくれた人たちへ、感謝の言葉を述べること。


 紀梨乃きりのを端にあたしたちは横一列に並ぶ。そして、一斉に礼。


「「ありがとうございました!!」」


 頭の上から降り注ぐ、ささやかな拍手。横にいる紀梨乃きりの舞美まみがお辞儀の姿勢から直ったのを感じた。しかし、あたしはなかなか頭を上げることができなかった。


 水滴が、一雫、ぽとりと床へ落ちていく。固まっていたあたしの背中を、紀梨乃きりのが優しく叩く。あたしは観念して顔を上げた。


 ギャラリーにいたのは、米沢中のメンバー、父兄、それに千川中のメンバー。


 当然、千川中メンバーの中には、今川颯の姿も。


 今川颯は、真っ直ぐに、あたしを見下ろしていた。


 そして……。


 ――――――


 ――――


 ――


 憎き今川いまがわはやてと決着をつけるための入部試験。あたしと今川颯の早とちりから始まった七点先取一セットマッチの三対三ミニゲームは、4―4の佳境を迎えていた。


 相手強いし、それ以上に味方にとんでもないのがいるしで、本来の目的を忘れそうになっていたが、しかし、今川颯の顔を見たら(当たり前だけど)怒りが湧き上がって気が引き締まった。


 そうだ。あの県大会の時、あたしは心に誓ったじゃないか。


 今川颯だけは、許さない。必ず叩き潰してやる。


 しかし、今のとこ、アタックの決定本数は一本ずつで同点だ。レシーブだって、あたしはスパイクカットで、今川颯はサーブカットで結果を残してる。ミスの数も同じくらい。加点方式でも減点方式でも、今のあたしたちの間に大きな差はない。


 となれば、このサーブで攻める!


「行きますっ!!」


 ばしっ、とあたしは気合いを乗せてサーブを放つ。『狙いは深いところやで』というさかえ夕里ゆうりのアドバイス通りに。しかし、


「そう何度も同じ手を食うかよっ!」


 ばしっ、


 と相手のエース――在原ありわら止水しすい先輩が、力強いオーバーハンドでカットを上げた。体勢は崩れていないどころか、ボールと一緒に身体を前進させていた。たぶん、あたしがサーブを打つのと同時に後ろへ下がったのだ。そして、前に動き出しながらカットをした。それなら、レシーブしたボールはしっかり前に飛ぶし、レシーブと同時に前衛フロントへ上がれる。


舞姫まきさんっ!」


「舞姫先輩!」


 レシーブをした在原先輩と、もう一人のレシーバーである小金井こがねい晶子しょうこ先輩が、セッターの鴨志田かもしだ舞姫まき先輩にトスを求める。コンビ攻撃だ。在原先輩はレフト平行、小金井先輩はAクイックのタイミング。


 対してこちらは、栄の指示で今川颯がセンター、栄はややライトに寄って待ち構える。トスは果たして――センターに上がった。それを見て今川颯がブロックに跳ぶ。栄も素早く移動して手を出す。


「決まれです……っ!」


 ぱんっ、


 と小金井先輩は今川颯と栄の間に打った。クロス打ちに備えていたあたしは逆を突かれ、一歩目を出すのが遅れる。このままでは抜かれる――!


「っ、ワンチだ!」


 ごっ、


 とボールの軌道が上を向いた。今川颯がスパイクに触れたのだ。ここであたしがレシーブし損ねるわけにはいかない。今川颯がワンタッチでプラス評価を得たのなら、あたしだってレシーブでプラス評価を狙う。


「上が――ったわ! 栄!」


 あたしはどうにかボールに追いついて、ボールを無理矢理ネット際へ返す。レフト側に上がったカットは、少し勢いが強く、高い。このままでは相手コートにチャンスボールが返ってしまう。


「絶好球やでー、露木さんっ!」


 栄はピクニックに出掛けるみたいにスキップしてボールを追いかける。


 いや……違う。あれはスキップじゃなくてスパイクの踏み込みだ。


「そおー」


 栄はネットに沿ってレフトへ切り込んで、ジャンプ。ボールの落ち際に合わせて空中で身体を相手コートに向けて捻り、


「れいっ!!」


 ぱあんっ、


 と左手でツーアタックを打った。タイミングはドンピシャ。高さも速さも十二分の攻撃は、辛うじてブロックに跳んだ鴨志田先輩や、咄嗟にがら空きのストレートに詰めた在原先輩をかわして、誰にも触らせることなくクロスコースの隅に決まった。


 ……っていうか、栄夕里あいつ、本当にめちゃくちゃ上手いわね。それとも、小学生からバレーやってる人間にとってはあれくらい普通なの? よくわからないわ……。


 とにかく、これでスコアは、5―4。


 こちらの三連続得点で、ついに逆転。


 しかし、試験官あっちのチームも、当然やられっぱなしじゃない。


 三度目のあたしのサーブ。やっぱり在原先輩を狙ってみたけれど、在原先輩はそれを小金井先輩に任せて、レフトに開いた。


「決めろですっ、止水!」


「言われなくても吹っ飛ばしてやらあッ!!」


 小金井先輩のカットから、鴨志田先輩のトス、そして、打つたびにどんどんその威力が増しているような在原先輩のスパイク。


 だがんっ、


 と打たれたボールは、今川颯と栄の手をぶち破って、ストレート方向へ飛んでいく。クロスに構えていたあたしは(ストレートへの強打は二人がブロックで塞ぐことになっている)、走ったが、まるで間に合わなかった。


「こればっかりはしゃーないなー。切り替えていこかー」


 止められずに悔しがる今川颯と、拾えずに悔しがるあたしに、栄は明るく声をかける。


「ほな、次の攻撃役レフトは露木さんな。気張ってやー」


「もちろんよ!」


 スコア、5―5。


 先に1点取ったほうが、王手を掛ける。確実に決めておきたいところ。


 あたしは今川颯を見た。すると、今川颯もちょうどあたしを見たところで、目が合った。あたしは、きっ、と今川颯を睨みつけ、ぷいっ、と相手コートに向き直る。


 サーブは小金井先輩。ばしっ、ばしっ、と二度、ボールを真下に叩き付けてから、すっ、とフローターの構えを取った。少しだけ右足を前に出して立ち、ボールを持った左手は腰の辺り、打ち手の右腕は頭の上に伸ばしている。練習量がびしびしと伝わってくる洗練された動き。静かにこちらを見据えてくる鋭い視線。


 ごくりっ、とあたしは唾を飲み込んだ。


 主審の早鈴はやすず知沙ちさ先輩が、びぃー、と電子ホイッスルを鳴らす。


 すうっ、とゆっくり左足を踏み出す小金井先輩。足と同調シンクロして持ち上がっていく左手。そして、


 すぱんっ!


 ゆっくりだったのは最初だけだった。左手からボールがトスされた瞬間、右手が素早く振り抜かれる。打ち出されたボールの速度も当然それ相応で、ほぼ床と平行な軌跡を描き、白帯はくたいすれすれを通過してあたしのほうへ飛んできた。


 そのボールがさらに、ふらふらっ、と手元で小刻みに揺れ始める。


 これはヤバい……!


 胸元へぐんぐん迫るサーブ。栄のいるフロントゾーンまで飛ばせる気がしない。そうでもなくともあたしはそんなにサーブカットが得意なほうではないのだ。一体どうすればいい――。


 迷っても時間は待ってくれない。サーブはもうすぐそこまで来ていた。


「上だっ!!」


 右から声がする。あたしは反射的にその指示に従った。身体をライト向きに開き、迫るボールの勢いに逆らわず、ただアンダーハンドの真芯に当てることだけを考えて、引きつける。


 ぼむっ、


 と手元で気の抜けた音が鳴る。当てるべきところに当てられたのは、感覚でわかった。もちろん、運ぶべき方向(セッターのほう)に運べなかったのも、感覚でわかった。


 とーん、とボールはあたしの右方向上空へ舞い上がる。アンダーハンドの面がそちらを向いていたのだから当たり前だ。あたしは何を言うべきか迷う。カバーお願い、とか、フォローよろしく、とか、二段持って来い、とか、言うべきことはたくさんあった。けれど、それらは全部喉元のところで急停止した。


 なぜなら、あたしのレシーブしたボール――その落下点にいるのは、今川颯だから。


 今川颯ライト側に向いたあたしの視線と、レシーブしたあたしの(レフト)側を向いている今川颯の視線が、交錯する。


 目が合った瞬間、あたしは確信した。


 あたしたちは、今、まったく同じことを思い出していると。


 最後の夏――県庁地区大会、米沢中と千川中で優勝を争った、あの最終戦。


 三セット目、25―24で迎えた、米沢中あたしたちのマッチポイント。


 あの時は、サーブカットではなくスパイクカットだったけれど、状況はほぼ同じ。


「露木っ!!」


 今川颯が、あたしの名前を呼んだ。


 どういうつもりなのかは、それだけでわかった。


「今川っ!!」


 あたしも、今川颯の名前を呼んだ。


 そして――。

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