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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第五章(明正学園) VS三坂総合高校
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21(舞姫) 魔法

 計り間違えた――と、ブロックに跳んでから失策ミスに気付く。空中で彼女だけ時が止まったようだった。それを見越して少し遅めに跳んだはずなのに、それでもこちらを置き去りにするほどのジャンプ力。


 ばんっ!


 清々しいほど綺麗に私の上を通過したボールは、誰もいないコートの真ん中へ。


 私は首だけ振り返ってボールの行方を確認し、すぐに彼女に向き直る。


 やる気に満ちたツリ目に、左のサイドテール。


 露木つゆき凛々花(りりか)ちゃん。改めて見ると本当にいい身体をしている。みまりちゃんに優るとも劣らないバネの持ち主。高校では時々こういう子が現れるから油断ならない。基本的に学年と体格が比例する小・中ではあまりないことだが、高校生になると、去年の止水しすいや、今年のみまりちゃんみたいな子がいい例で、即戦力選手っていうは珍しい存在ではなくなる。


 もちろん、珍しくないだけで、多いわけではないのだが。


 この明正めいじょう学園なる無名校(少なくとも私は明星めいせい学園以外の県庁地区代表校を意識したことがない)には、そんな子が二人もいる。


 そして、さらに、即戦力なんて表現では足りない、怪物バケモノの領域に片足突っ込んでいるような子まで。


 さかえ夕里ゆうりちゃん。


 今の、露木ちゃんのレフトオープン。私が上を抜かれたのは、露木ちゃんの身体能力だけが原因じゃない。打点の高さも、滞空時間の長さも、練習の時とは比べ物にならないほど増大していた。身体が温まったからとか、気持ちがノってきたからとか、そういうのの域を越える変化。


 たぶん、栄ちゃんが何か魔法を掛けたのだ。露木ちゃんの眠っていた力、露木ちゃん自身も無自覚アンコントローラブルだった力を、なんらかの方法で、栄ちゃんは引き出してみせた。


 言っておくけれど、負け惜しみではないわよ? 私と晶子はさっきまで174センチの西垣ちゃんを掴まえていた。なのに上を行かれた。偶然にしては出来過ぎ。なら、種か仕掛けがあってしかるべきなのだ。


 そして、そんな栄ちゃんの魔法が、もし、露木ちゃんだけではなく、今川いまがわはやてちゃんにも掛かっているのだとしたら――。


 サーブは露木ちゃん。


 ばしっ、と我流なフォームから繰り出されたフローターは、止水のいるコースの深いところへ。


 これも栄ちゃんの指示なのだろうか。なかなかいやらしい戦法だ。二人しかいないアタッカーのうち片方に、コートの後方でボールを取らせる。すると、当然そのアタッカーは踏み込みが遅くなるから、Aクイック―レフト平行などのコンビは使いにくくなる。


 コンビが使えなければ、トスを晶子に上げるにしろ止水に上げるにしろ、相手ブロッカーは余裕を持ってこちらの攻撃に対応できることになる。その場合、ブロックを攻略できるか否かは、アタッカーの腕次第。セッターにできることは僅かで、決めるためにはアタッカーが頑張らなくてはいけない。


 しかも、今回はブロッカーが栄ちゃん一人じゃない。今川颯ちゃんもネット際に上がっての、二枚ブロック体制。


舞姫まきさんっ!」


 止水しすいが私の名前を呼ぶ。大きく身体を横に開き、肩の高さまで持ち上げたアンダーハンドでボールを捉えるところだった。重心はしっかり前に残してある。レシーブした直後にネット際へ走り出すつもりなのだ。


 私は打つ気満々の止水の姿を見て、微笑む。


 そうね。ここは一つ、アタッカーに頑張ってもらいましょう。


 ばむっ、とレシーブが上がる。少し短い。けれど問題はない。私は落下点に入り、ジャンプ。


「レフト、行くわよ!」


「お願いしますっ!!」


 バックゾーンから嬉しそうな声を上げる止水。横目でその位置と、一歩目の踏み出しの大きさを計る。そこから経験則ではじき出される、ジャストのトスの軌道をイメージ。指先の感覚を研ぎ澄まし、ボールが触れた瞬間に、


 しゅっ、


 と平行気味のトスを放つ。常人では間に合わない。でも、走り出した今の止水なら、これがベスト。


「っらああああっ!!」


 止水の肢体が躍る。彼女の強みの一つが、その突進ダッシュ力。バックゾーンからでもすぐさまネット際に切り込み、レフト平行に合わせられる――それが在原ありわら止水しすいという三坂みさか総合のエースだ。


「しゃあッ!!」


 ばんっ!


 と、ジャストミートでボールを叩く止水。それは、栄ちゃんと今川ちゃんの横を抜け、クロス方向へ。それを、


「っ――たあぁー!」


 がっ、と露木ちゃんが床に倒れ込むようにしてレシーブ。思わず目を見張る。二枚ブロックにしてはやけにあっさりクロスに抜けたと思っていたけれど、それはあちらの思惑通りだってことかしら。いや、それにしても、よく止水のスパイクに反応できたわね……。


「ナイスレシーブ、露木さん!」


 驚いている場合ではなかった。レシーブが上がったとなれば、あちらの攻撃が来る。


 ボールは私たちから見てレフト側――あちらから見てればライト側――の外に上がった。ブロックから着地した栄ちゃんが真っ先に落下点へ走る。栄ちゃんはボールを追いながら、ボールの飛んでいった主審ライト側から味方のいる副審レフト側へと、スパイクの踏み込みにも近い器用な足さばきで身体を反転させていく。


「ほな、今川さん、行くでっ!」


 ボールに追いつくと同時にきっちり味方側へと向き直った栄ちゃんは、しっかり足を踏ん張って体勢を整え、ジャンプトス。


 今川ちゃんはセンター付近に下がってトスを待ち受ける。私は晶子しょうこに目配せして、恐らく来るであろうセンターセミに備える。


「レフトや!!」


 レフト――?


 私は耳を疑った。しかし、直後に二つの目が「耳はいたって正常だ」と訴えた。


 ひゅんっ!


 と栄ちゃんは全身を使ってボールを送り出した。暴投ならぬ暴セット。弾丸のようなトス。それは栄ちゃんの宣言通りにレフトを目指していた。しかし、今川ちゃんはセンターで、露木ちゃんはまだレシーブの姿勢から立ち直れていない。


 どういうこと――? 私は刹那のうちに頭を働かせる。しかし、あれこれ考えるまでもなく、栄ちゃんははっきりと答えを口にしていたではないか……。


『今川さん、行くでっ!』


 まさか。


 と、次の瞬間、


 びゅうっ――!


 疾風かぜが、吹いた。


 見ると、センターにいた今川ちゃんがけ出していた。


「晶子、移動攻撃ブロード!」


 私は右隣の晶子をせっつく。晶子は「は、はいです!」と慌てて返しながら走り出した。私たちはトスを見上げながらサイドステップで副審側ライトへ移動していく。が、私たちの動きより明らかにトスのほうが速い。今川ちゃんはこれに合わせられるというのか。


「うおおお……っ!」


 レフトに向かって疾走する今川ちゃんはそう叫びながら、だだだだっ、と強引に踏み込み、


 だんっ、


 と縦ではなく、ほとんど横に向かって、地面を蹴った。


 身体を斜めに傾けて、必死に右腕を伸ばし、逃げるボールに向かって手を伸ばす今川ちゃん。私と晶子も同様に横っ跳びで手を出すが、ボールにはまるで届かない。そして、


 ぱしんっ!


 今川ちゃんの手は、果たして、ボールに届いた。手首の力で叩かれたスパイクは、私と晶子が回り込めなかったストレート側に抜けて、サイドラインぎりぎりへ。後衛バックの止水がフライングで食らいつくが、その手がスパイクコースと交差したのは、ボールが床を跳ねたあとだった。


「っとわ!?」


「おっと危ない」


 副審レフト側へ跳んだ今川ちゃんは、着地後、その勢いを止められずにスコアボードのほうへと突っ込んだ。星賀さんが咄嗟にスコアボードを動かして道を作る。今川ちゃんは「ととと……」と速度を落として、最終的にはぼふっと壁に体当たりして止まった。


 まったく無茶をする――と私は目を細め、彼女を見る。走り幅跳びみたいな踏み込みで打った今川ちゃん、ではなく、意図的にそう『させた』栄ちゃんのほうを。


 栄ちゃんは、私の視線に気付くと、イタズラがバレても悪びれない子供のように、ぺろっと舌を出した。


 なるほど……じゃあ、やっぱり、今のが『そう』なのね。


 私は魔法の正体を理解すると同時に、同じセッターとして、彼女に畏れに似た感情を抱く。


 セッターはアタッカーの力を100パーセント引き出すようなトスを上げるべし――それが一般的な理念スタンスだ。私もそのことは常に心に留めている。それぞれの好みを把握し、その日の調子を察知し、あとは実戦の中で微調整して、最高ベストを追い求める。全てはチームのみんなが一番打ちやすいトスを上げるため。


 けれど、栄ちゃんがやったのは、さらに上の次元。


 彼女が上げたのは、アタッカーの力を120パーセント引き出すトスだ。


 アタッカーが一番打ちやすい打点、タイミング――それらを理解した上で、栄ちゃんは、露木ちゃんと今川ちゃんにその『上』を強制した。


 ほんのちょっとだけ、本当にちょっとだけ、打点を、タイミングを、ズラしたのだ。


 露木ちゃんと今川ちゃんが普通に打ったのでは届かない高さ、間に合わない速さ。


 彼女たち自身が、その潜在能力ポテンシャルを限界まで発揮しなければ、打ち切ることができないトス。


 それは、一歩間違えれば、アタッカーを無視した独りよがりなトスに成り下がる。


 成功させるには、ボール半個分のズレも、コンマ五秒のズレも、許されない。


 恐ろしく正確な制球力コントロールを要求される。


 それほどの技術テクニックを持っているというだけでも、県内屈指のセッターに数えられてもおかしくはないだろう。


 しかも、栄ちゃんは、そんな神業トスを、今日初めてコンビを組んだ相手に送ってみせたのだ。


 少なくとも、私には無理。今でこそ止水や晶子のトスの好みは熟知しているが、それはこの一年間で少しずつ積み上げてきた成果だ。出会ってすぐの頃は探り探りトスを上げていた。


 信じ難いプレーを見せた栄ちゃんは、しかし、何食わぬ顔で露木ちゃんや今川ちゃんに明るく声を掛けていた。


 私はスコアーボードを見る。4―4。同点。


 栄ちゃんたちは、何やら三人で話をしている。今度は何を仕掛けてくるのかしら――と見つめていたら、三人がこちらに振り返った。私はとりあえず、微笑んで軽く手を振っておいた。


「っらああ、もう一本来いやああ!!」


 ちょうどそのとき、拾ったボールを相手コートに返しながら、止水が嬉々として叫ぶ。


 んー……まあ、ひとまず止水が大いに楽しそうだから、あれこれ考えるのは終わってからでよさそうね。


 私は止水と晶子に次の攻撃のサインを送り、相手のサーブに備えた。

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