14(透) 普通の女の子
ミニゲームのあとはチーム練の時間……だったはずだが、道重さんの『今日はもうやりきった! 解散! お疲れ!』という言葉で、私たちの今日の体育の授業は終了した。
終業の鐘が鳴るまで、あと15分ほど。ちょっとした自由時間。
周りを見回す。道重さんは星野さんとお喋り。霧咲さんは……あれ? 宇奈月さんと話してる。それから、あとの二人は二人でクールダウンの柔軟中。
それじゃあ、私は?
私は、思い切って、両手で持ったペットボトルをこきゅこきゅと上品に飲んでいる三園さんに話し掛けてみた。
「お、お疲れ様」
「ん……お疲れ様です」
三園さんは意外そうな顔で私を見上げる。
「こっ、ここ、いい?」
「はい。どうぞ」
私は三園さんの隣に体育館座りする。お互いに座っているので、目線の高さは大体同じ。薄茶色の癖っ毛頭のてっぺん以外はあまり見たことなかったから、ちゃんと顔が見えると、ドキドキする。
「えっと……その、最後はやられたよ。三園さん、すごいね」
「いや、ラストプレーですごかったのは、明らかに宇奈月さんですよ」
「ううん、三園さん、かっこ良かった。あっ、と、途中の速攻とかもすごくっ!」
「まあ、私は別に、足手纏いになりたくてこの種目を選んだわけではありませんから」
「そ、そっか……そうだよね、ごめん」
あうぅ、気を悪くさせちゃったかな……? 三園さんは霧咲さんとはまた別の意味で表情が変わらないから考えが読みにくいよ。
なんていうか、霧咲さんが鉄仮面なら、三園さんは硬い粘土でできたマスクだ。
ゆっくりと、時間を掛けて力を加えないと、形が変わってくれない。
「ところで、昨日もお話しましたが、バレー部の件はいかがですか?」
びくっ、と反射的に肩が竦んだ。表情を変えずこちらも見ずに話し出すのは心臓に悪いよ、三園さん。
「えーっと……ああ、うん。そう、だね」
「もしバレーが嫌なら、無理強いはしませんが」
「あっ、いや、私はバレーが嫌なわけじゃなくて……」
はた、と三園さんが私を見る。ほんの少しだけ開いた口は、なんだかラムネの瓶の飲み口に似ている。
「……失礼しました。確かに、藤島さんはバレーが嫌いなわけではないと仰っていましたね」
言うと、三園さんは、また前方の虚空を眺める体勢に戻ってしまった。
「立ち入ったことを訊くようですが、何かあったんですか? どうにも、去年地区予選で戦った藤島さんと、今の藤島さんは、少し違うような気がして」
昨日もそうだけど、三園さんが中学時代の私を覚えてくれていたという事実が、なんだかくすぐったい。
そのくすぐったさが、私の口を軽くする。
「…………恐い、んだ」
「と、言いますと?」
「私ね……去年、初めてちゃんと全国のコートに立ったの。県代表の、ウイングスパイカーとして」
「それは県選抜のことですか?」
「うん、そう。……でも、私、通用しなかったの。四戦目で負けちゃった」
「……ふむ」
全国大会――その記憶は、私の中で、あまりに抽象的で、朧げだ。
「私は光の中にいたの。でもね、それが、どんどん暗くなっていって、最後には、もう何も見えなくなった。そこから先は……よく覚えてない」
そして、ただ『恐怖』という感情だけが、残った。
「スポーツで勝つことは……私にとって当たり前で、簡単なことのはずだった」
恵まれた体格、体力、運動神経――、
「……でも、背が高くて力があるだけじゃ、超えられない壁っていうのが、確かにあって」
それらに比例して重くなっていく期待に、とうとう、私は圧し潰された。
「去年の全国大会でそれを思い知って……それから、私は、バレーも、他のスポーツも全部……恐くなったの。自分の力が通用しないこと、期待に応えられなくて負けることが……私は、恐い」
この話をするのは、三園さんが初めてだった。
落山中の仲間や、県選抜のメンバーも知らないこと。
私の話を聞いた三園さんは、ぽつりと、表情も口調も変えずに、言った。
「臍が茶を沸かしますよ。何をほざいてやがるんですか、あなた?」
「ふえぇぇええっ!?」
そこまで辛辣な返答は想定してなかったよ!?
「自分の力が通用しないのが恐い? 期待に応えられなくて負けるのが恐い? あなたそれ本気で言ってますか?」
「え、えっと……そんなに変だったかな……? 自分の悩みをこう言うのはあれだけど、けっこうあるあるな悩みな気がするんだけど……」
「確かに、勝負事の世界に生きる大部分の人は、多かれ少なかれそういうことで悩んでいると思います。藤島さんほどの逸材なら周囲の期待も一入、その分プレッシャーも大きいでしょう。
しかし、それはそれとして、逆にお尋ねしますが、ならば今さっきのあなたはなんだったんですか?」
「えっ?」
「今の試合、藤島さんは私たちに負けましたよね。序盤は大活躍でしたけど、宇奈月さんがマークについてからは散々でした。
パスカットされ、得意のリバウンドも抑え込まれ、あげくボールを回してもらえなくなり、スリーポイント合戦に至っては完全に蚊帳の外です。
女子バスケットの試合で180超の選手が空気になるケースなんて、私は寡聞にして知りませんよ。無様この上ないです」
「そ、それは言い過ぎでは……?」
「はい。言い過ぎました。すいません」
ぺこり、と三園さんは頭を下げる。
「と、まあ、客観的に見れば散々だった今の試合ですけど。藤島さん、試合中・試合後と、少しでも恐い思いをしましたか?」
「……あ」
「ほら見たことですか」
三園さんは、すくりと立ち上がって、私を見下ろした。
「藤島さんは、確かに臆病な性格なのかもしれません。でも、特に際立って小心者だと言うわけではないはずです。負けず嫌いな面もあります。
期待に圧し潰されてしまうこともあれば、逆に期待に応えようと奮起していつも以上のプレーをすることもあるでしょう。
全国大会の件だって、きっと、初めてのことで少し動揺しただけです。次の機会があれば案外のびのびできるかもしれません。
要するに、です」
私は、話しながら微かに笑っている三園さんを、見上げた。
「あなたは、どこにでもいる、平凡な、ごく普通の女の子なんですよ」
ぽんっ、と三園さんは、私の頭に手を乗せる。
「私は、ラストプレーで宇奈月さんとリバウンド勝負をしていた藤島さん、いい顔してたと思いますよ」
くしゃ、と三園さんは、私のハネ癖のある髪を撫でる。
「中学生の頃、私が密かに応援していた藤島さんと、ちょうど同じ顔をしていました」
そう言うと、三園さんは私の頭から手を離して、また私の隣に座った。
「藤島さん、ぜひとも一緒にバレーをやりましょう。普通なあなたのことですから、また恐い思いをする可能性も大ですが、その時は、私が責任もって背中を支えますゆえ」
「三園さん……」
涙が溢れそうだった。
声を上げて泣いてしまいそうだった。
それを堪えようとする今の私は、たぶん、女子高校生的にアウトな顔をしているに違いない。
でも、
「藤島さんのそういう顔も……私は、悪くないと思います」
三園さんは、そう言ってタオルを差し出した。私はそれを受け取って、涙を拭った。
「バレー、やる気になったら、明日の放課後に体育館に来てください」
私はしゃくり上げながら、こくん、と頷いた。
「よかったです。楽しみにしていますよ、藤島さん」




