19(志帆) 呉越同舟
内容は大幅に予定からズレて、それでも趣旨はほぼ予定の通りに始まった、此度の入部試験。
新入生チームと試験官チームに分かれての、三対三。
現在、スコアは0―3。
露木凛々花さんと今川颯さんに替わって入った瀬戸希和さんと西垣芹亜さんが、栄夕里さんとポジションなどを打ち合わせしている。
私はスコアボードの横に立ちながら、コートの中の彼女たちには聞こえない程度の声で、隣に立つ露木さんと今川さんに問い掛ける。
「さて、君たちはなぜ自分たちが交替させられたのかわかるかな?」
返事はない。鴨志田さんの叱咤がよほど応えたのだろう、抜け殻のようだ。
「黙っていては、本当にこのまま引っ込んで終わりになってしまうぞ。君たちはエースの座が欲しかったのではないのか?」
ぴくりっ、と二人に反応がある。戯れに褒賞としたエースの座だが、こんなに食いついてくれる新入生がいたのは嬉しい誤算だ。
「……まだ、可能性はありますか?」
露木さんが真剣な表情で訊いてくる。私は頷く。
「もちろん。まだ試合は終わっていない」
「……どうすれば、いいですか?」
今川さんが同じくらい真剣に訊いてくる。私は微笑する。
「大前提、必須条件として、何よりもこの試合に勝つことだ」
そのとき、ばちんっ、と快音が響く。西垣さんが、初心者とは思えない見事なレフトオープンを決めたのだ。
私は横目で露木さんと今川さんの表情を伺う。二人とも西垣さんの強烈なスパイクに目が釘付けになっていた。
「……ふむ」
私はスコアボードをめくる。1―3。
「期待せずにはいられない逸材だね、彼女は。身長も君たちの中では一番高い」
聞こえよがしに言うと、二人は揃ってこちらに振り返った。反応が面白いので、もう少し煽りたくなってくる。
「栄さんのトスも良かったね。彼女はまだその実力の半分も出していないだろう。それでも、その只者じゃなさは隠し切れていない」
その栄さんに、瀬戸さんが話し掛けていた。
「今の一撃で、腰の重そうな彼女も動き出したね。何を仕掛けていくのか楽しみだ」
やがて、プレーが始まる。栄さんのサーブで切り崩し、相手の攻撃を在原止水さん一枚に限定する。そこからワンタッチを取って、チャンスボール。西垣さんのレフトオープンを警戒している相手の裏をかいて、瀬戸さんがトリッキーなプレーを見せた。
スコアは、2―3。
露木さんと今川さんはコートのほうに集中していた。前屈みになるほど熱心に見つめている。
ここまで来たら、あとはもう、背中を押すだけでいいだろう。舵取りの方向さえ間違えなければ、彼女たちはきっとうまくやってくれるはずだ。
「もう一度訊こう。君たちはなぜ自分が交替させられたのだと思う?」
試合を見るのに夢中になっていた二人は、私の声で我に返り、ばつが悪そうに応えた。
「自分勝手なプレーをしたから……?」
「周りを見てなかったから……?」
自覚はあったんだな、と苦笑が漏れそうになる。あるいは、試合を見ているうちに気付いたのか。三坂総合の三人がまとまっているのは当然として、新入生チームのほうも、初心者の西垣さんをフォローする形で声を掛け合っている。即席チームのわりにバランスがいい。
でも、まあ、それはそれだ。
「いや、私は決して、君たちがお互いのことしか見ずに二人勝手なプレーをしていたから替えたわけではないよ」
二人勝手という造語が意味するところを感じ取ってか、二人は何か言い返そうとする。私はそれを制するように続けた。
「鴨志田さんのいうやる気の有無でもない。技術や実力やチームバランスを鑑みてのことでもない。もっと単純なことだ」
試合のほうは、栄さんのサーブから始まる。私はコートから一時的に視線を外して、露木さんと今川さんを見る。
「君たちでは試合に勝てないと思ったからだよ」
私は意図して冷ややかな表情を作った。さっきまでの煽動や揶揄や皮肉とは、明確に差をつける。自然と、露木さんと今川さんの表情に緊張が走る。
「私はね、試合に勝ちたいんだ。成り行きで始まったミニゲームでも手を抜くつもりはない。だから君たちを引っ込めた。君たちでは勝てないと思ったからだよ」
念押しのように繰り返す。と、最初は殊勝に聞き入っていた露木さんと今川さんの瞳に、反発や闘志の炎がちらつき始める。
それでいい――私は目を細めて、雰囲気を和らげる。そして、コートのほうに視線を戻す。小金井さんがスパイクを打つところだった。
だごっ!
「ワンチやでー!」
小金井さんのスパイクは、栄さんの腕に当たってFLにいる西垣さんの後方へ。
「頼む、西垣っ!」
それを瀬戸さんが繋いで、
「はーい」
西垣さんがカバー。
「よっ、と」
ラストボールは栄さん。
「晶子っ!」
ジャンプしてのオーバーハンドで狙ったのは、今しがたスパイクを打ったばかりの小金井さんの後方。
「わっ……かってるですー!」
ぎりぎりボールに追いつく小金井さん。レシーブが少し乱れる。
先程から、主に栄さんの活躍と機転で新入生チームが粘っていた。しかし、彼女たちは決め手に欠けていた。鴨志田さんたちは、西垣さんをきっちり二枚ブロックで抑え、瀬戸さんのマークも怠らない。フロントゾーンへの返球禁止――と、ラリーが続くように設定したルールでは、有利なのは地力があるほうに決まっている。
なかなか決定打が出ない新入生チームに、露木さんと今川さんはやきもきしていた。自分なら決められるのに、という思いが顔に出ていた。頃合いだろう。
「呉越同舟という言葉がある」
二人の注意を引くために、唐突にそう言ってみる。二人は私に振り返って、それから互いに顔を見合わせ、眉をひそめ合い、不機嫌さを隠さずに言った。
「「……勝つために、こいつと仲良くしろってことですか?」」
いいや、と私は首を振る。
「少し違う。試合に勝てるのなら、無理に仲良くする必要はない」
私の回答が意外だったのか、二人は目を丸くした。私はコートを見ながら続ける。
「同じ船に乗り合わせていようと、呉は呉で、越は越。相容れないものは相容れない。だが、私はそのほうがいいと思う。無辺の大海に漕ぎ出でようとするならば、尚更だ」
だんっ、
と、在原さんの力強いスパイクが決まった。彼女ほどのスパイカーを一枚ブロックで抑え続けるのは、いかに栄さんでも限界があったようだ。それに、在原さんのほうも、打つたびに調子が上がっているように見える。
はらりっ、と『3』の幕をまくる。
スコア、2―4。
「どうだろう、露木さん、今川さん。頭は冷えたかな?」
私の問いがゴーサインであることに気付いた二人は、こくりっ、と頷いた。
「よろしい。今度こそ存分に暴れてきたまえ。――メンバーチェンジだ!」
私は手を挙げてプレーを止める。主審の早鈴知沙が両手を胸の前でぐるぐると回した。コートの中の新入生三人が、露木さんと今川さんの前に集まってくる。露木さんと今川さんは、律儀にぺこりと頭を下げた。
「「勝手なことして、迷惑をかけた。ごめんなさい」」
二人の謝罪を受けて、栄さんは茶化すように、瀬戸さんは呆れたように、西垣さんは不思議そうに言った。
「二人はほんま息ぴったりやんなー」
「しっかりしてよね、マジで」
「迷惑……?」
「と、とにかく、あとは任せてってこと!」
首を傾げる西垣さんの前に、露木さんが手を掲げる。西垣さんは「あっ、は、はい」と流されるままにメンバーチェンジ。あとは今川さんと瀬戸さんが交替すれば完了だ。しかし、瀬戸さんは腕を組んだまま、今川さんを訝しげに見つめている。
「……な、なんだ?」
「いや、ちょっと気になったんだけど……あのさ、今川」
瀬戸さんは、ふぅ、と溜息を一つ挟んで、問うた。
「私の名前、わかる?」
「……………………瀬川ミイナだろ?」
「瀬戸希和だ!」
キレ気味に言って、瀬戸さんはがしがしと乱暴に頭を掻く。そして、びしっ、と今度は露木さんを指差す。
「露木凛々花! あんたが今交替したこのノッポの名前はなに? 言ってみろ!」
「い、石垣さんでしょ!? 石垣なずなさん!」
「西垣芹亜です……」
あはは、と愛想笑いを浮かべて正解を言う西垣さん。露木さんの頬が引き攣る。そこへ、追い打ちをかけるように栄さんがにっこり笑みを浮かべて迫る。
「露木さーん? まさかウチのことは覚えとるやろー?」
「あ、あんたは同じクラスなんだから覚えてるわよ! 栄でしょ!」
「下の名前はー?」
「ゆっ――ゆうき!」
「わーん! 今川さーん! 今川颯さーん! ウチら友達やんなー?」
「さ、栄……ゆうみ?」
「コラ! わりとマジでコラ! 二人ちょっとそこに直らんかい!!」
「「うっ……」」
栄さんは器用に目を三角にして怒ってみせる。露木さんと今川さんは言われた通りに直立の姿勢を取った。
「瀬戸さん、どないします、この二人? いてまいます?」
「とりあえず説教よね」
「コラ! 露木さんと今川さんコラ! キミらあれか! お互いのことはあんだけフルネームで呼び合っといて他は覚える気ゼロか! 仲良しか! 大好きか! 二人の世界か!」
「ホントそれよね。完全にお互いのことしか目に入ってなかったってことじゃない」
言われるがままの露木さんと今川さんは、みるみる顔を上気させた。そこへ西垣さんが驚いた声で追い打ちを掛ける。
「わっ、露木さん、今川さん、耳まで真っ赤になってる……」
「「う、うるさい!!」」
「口答えしないっ!」
「「っ!?」」
予想外に強気に責め立てる瀬戸さんに、露木さんと今川さんは目を白黒させる。そろそろ口を挟もうかと思っていると、瀬戸さんと目が合った。瀬戸さんは、はぁぁ、と深い溜息をついて、胸に手を当てた。
「……私は、瀬戸希和。和田中出身で、中学の地区大会ではあんたたちと戦ってる。覚えてないかもしれないけど」
「「…………」」
「まあ、別に私はあんたらみたいに目立つ選手じゃなかったから、気にしなくていいわよ。でも、こうして同じ船に乗り合わせた以上、多少は興味を持って」
言うと、瀬戸さんは栄さんにアイコンタクトを取る。栄さんは瀬戸さんに倣うように胸に手を当てた。
「ウチは栄夕里な。夕日の夕に里山の里と書いて、ゆ・う・り。よろしゅー。ほな、次!」
言って、栄さんは西垣さんに名乗りを促す。西垣さんは邪気なくふわふわと笑って言う。
「西垣芹亜です。えっと……西に垣に芹に亜と書いて、西垣芹亜です」
瀬戸さんはさらに、私たちのことも紹介してくれる。
「で、あちらのスコアボードの先輩が、キャプテンの星賀志帆さん。主審の先輩がマネージャーの早鈴知沙さん。そして、あちらが――」
瀬戸さんはコートの向こうを手で示す。と、三坂総合の三人は、紹介を待たず自ら名乗った。
「オレは三坂総合二年、在原止水だ」
「同じく三年、鴨志田舞姫よ」
「二年、小金井晶子です」
露木さんと今川さんは、自分たちを囲むメンバーをぐるりと見回して、こくこくと頷いた。覚えた、ということだろう。
「……じゃ、あとよろしく」
気怠げにそう言った瀬戸さんは、何事もなかったかのように今川さんとタッチして、背中を叩いてコートの中へ押しやる。
私は笛を鳴らすタイミングを計り兼ねている知沙に手を振った。
「始めてくれ」




