18(止水) ノーマーク
目の前で跳ね、視界の上方へ消え、そのままオレの頭上を越えてすっ飛んでいくボール。
背後で、ぼんっ、とバウンドしたところで我に返る。ついでに後ろを振り返る。そしてボールを取りに走る。
走っているうちに、自然と心臓の鼓動が早くなってくる。疲労で、ではなく、期待に、だ。
やがてボールに追いつく。オレは、ぱきっ、と指に力を込めて、それを片手で拾い上げた。
――ようやく試合が始まったな、と心中で呟く。
まったくマークしてなかった初心者の、目が覚めるような一撃。スコアは、1―3。
オレは拾ったボールを、ネット際の鴨志田舞姫さんにパス。キャッチした舞姫さんは、オレの顔を見て、くすり、と微笑んだ。
「サーブカット、一本集中っ!!」
「集中ー」
オレが声を出すと、こだまのように小金井晶子が繰り返した。トーンが平坦なので何を考えているのかはわかりにくいが、恐らく、晶子も晶子で気持ちを切り替えたんだと思われる。根拠はない。ただなんとなくそう感じるだけだ。
守備位置は、スパイクカットの時とは逆で、オレがやや前衛寄り、晶子がやや後衛寄りに構える。
―――ネット―――
鴨志田
在原
小金井
―――――――――
相手のサーブは、赤リボン――栄夕里。一目で只者じゃないとわかる只者じゃないヤツだ。何者なのかは知らない。
「行っきまーす!」
明るい声でそう言って、栄は、ばしんっ、と左手でフローターサーブを打った。狙いはオレ。それも深いところ。レフトサイドの角。サーブで崩すならここしかないってとこだ。
「止水、無理すんなです!」
「っ――わあーってるよ!」
エンドライン際を狙ったそれなりに球威のあるサーブを、下がりながらのオーバーハンドでネット際の舞姫さんのところまで飛ばすのはさすがのオレもキツい。ここは晶子の言う通り、Cカットでいいから真上に飛ばす場面。
「晶子っ!」
だばしっ、とダブルコンタクト上等のオーバーハンドで、オレはコート中央にボールを上げる。そして、直後に体勢を立て直し、前衛に走る。
「二段、持ってこい!」
「決めろですよー!」
とーんっ、とレフトサイドに上がる二段トス。オレが後衛から助走を始めていることを考慮して、ネットからは離してある。トスそのものは打ちやすいが、ネットから1~2メートル以上離れているトスっていうのは、打ち方が通常のそれと変わってくる(要するにバックアタックの打ち方になる)ので、きっちり打ち切るには多少の技術が要求される。
もちろん、オレにとっちゃ造作もねえが。
「もらったああーっ!!」
ばんっ!
オレは渾身の力でスパイクをストレートに叩き込む。こりゃ決まったな! と思った次の瞬間、
「ワンタッチ!」
ボールは、がっ、と栄夕里の右手に当たって相手のチャンスボールに。うげえっ、と変な声が漏れる。
「もらったんじゃなかったですか、止水!?」
「っるせえ! 次は決める!」
口ではそう言いつつ、実際は半々だろうな、とオレは内心で思っていた。
あの赤リボン――栄夕里。オレが打つ直前まではクロスコースを塞いでたはずだった。元々読んでいたのか、見て咄嗟に切り替えたのかはわからねえが、どちらにせよあいつのワンタッチは偶然じゃねえ。そもそも、初見のアタッカーの、それもバックアタック気味のスパイクに一発目からドンピシャで合わせてきたって時点で相当だ。
マジで何者だ……あいつ。
などとオレが冷や汗をかいている間に、向こうは攻撃の態勢を整えつつあった。
ボサ髪のヤツが堅実にチャンスボールを返し、長身の初心者がさっきと同じように、レフトでトスを待っている。対するこちらのブロッカーは、舞姫さんと晶子の二枚。
「晶子、ストレート側は任せたわ」
「任されたです!」
「もし抜かれても責めないから安心して。あの子、初心者だけれど高いものね初心者だけれど」
「い、意地でも抜かせないです!」
「あら、やる気があって何よりだわ」
軽口を叩いているのは(舞姫さんに軽口という意識はないだろうが)、余裕の表れか。
舞姫さんの言う通り、相手は高いが初心者だ。レフトオープンの強打しか来ないとわかっていれば、高さの不利はある程度カバーできる(あと、言うほど舞姫さんも晶子も低くない)。少なくともワンタッチは取れるだろう。あとは、それをオレが拾えばいいだけ。
「行くでーっ! 西垣さん!」
「レフトー」
栄と長身の初心者が声を掛け合う。今度もオープン攻撃。舞姫さんと晶子はレフトサイドでトスを待つ初心者の前に立ち、いつでも来い状態。
さあ、ここを繋いで反撃だ。
「よっ!」
ボールが自身の真上に来た瞬間、ふっ、と栄がジャンプする。さっきはしていなかったジャンプトス。なぜ――?
「ほい!」
「「っ!?」」
さっ、
と空中で捉えたボールを、栄はバックトスで誰もいないライトへ持っていく。
だが、もちろんそれはトスミスなんかじゃない。それが証拠に、
「ととと、っと……!」
ライトへ走り込むボサ髪のヤツ。ワンタッチボールをチャンスにして、ブロックフォローのためにセンター付近にいたボサ髪が、全速力でライトに走っていた。こちらのブロッカーは初心者しか警戒してなかったから、今から逆サイドへは回れない。
「晶子、下がれ!」
「わかってるです!」
オレは晶子に守備に加わるよう指示を出す。晶子はネットから離れてBRに、オレはBLに構えて、強打に備える。
ノーマークになっちまったもんは仕方ねえ。全力でレシーブするまでだ。
「来いやああー!!」
人によっては恐いと感じるらしい(そんなつもりはないのだが)オレの雄叫びを受けて、しかし、ボサ髪は顔色一つ変えずに踏み切った。そして、
とんっ、
と柔らかいタッチでボールを押し出す。ボールは絶妙な力加減でアタックラインの上に。オレは予想外のフェイントに虚を衝かれ、反応が遅れる。どうにか足を動かしてフライングするも――まるで届かず。
スコア、2―3。
「おうおう……味な真似をしてくれるじゃねえか」
オレはボールを拾って立ち上がり、ネットのすぐ向こうにいるボサ髪にパスする。ボサ髪はボールをキャッチすると、ばつが悪そうに目を逸らした。
「ビビって強打できなかっただけですよ」
はっ、とオレは笑い飛ばす。
「謙遜すんなよ、新入生。いいフェイントだったぜ」
事実、ボサ髪の今のプレーは大したものだった。踏み込み中にオレと晶子の守備位置が深いことをきっちり確認していたこと。移動ジャンプという不安定な体勢からぴたりとボールをアタックライン上に落としてきたこと。直前まで奇襲・奇策を悟らせなかったこと。どれも高い技術と豊かな経験がなきゃできないことだ。
「…………」
褒められたことが意外だったのか、ボサ髪は言葉の裏を探るような目をオレに向けてきた。
「なんだよ?」
「あっ、いえ……先輩は、その、フェイントに寛容なんだなって」
「セコイだのヒキョウだの言うと思ったか?」
オレは意地悪く歯を見せる。ボサ髪は何も言わず、ひょいっと肩を竦めた。イエスってことだろう。
「安心しろ。少なくとも今の二年のレフト・ウイングスパイカーには、フェイント決められてケチつけるようなヤツは一人もいねえよ。もしいたならそいつはニワカ野郎だ。てめえの学年で県内最強の右が誰なのかを知らねえ」
オレの仄めかした人物にピンとこなかったのか、ボサ髪は「はぁ」と曖昧な返事をした。ま、地区も学年も違うとそんなもんだろうな。
「ところで、お前、名前は?」
「瀬戸希和ですけど」
「瀬戸な。覚えとくぜ。次は拾うからなっ!」
「はぁ……」
困ったように首を傾げるボサ髪――瀬戸に背を向けて、オレはサーブカットの守備位置につく。今度はさっきより少し深めの位置。攻撃に集中できるならしたいが、あの赤リボンにもう一度同じコースを狙われたら厄介だからな。
だが、それならそれで、こっちも加速するまでだ。
「舞姫さん」
オレはネット際にいる舞姫さんに声をかける。舞姫さんはオレの顔を見て察してくれたようで、ふふっ、と微笑んだ。
「わかってるわよ」
「よろしくお願いします」
オレはサーブカットの構えを取りながら、全身に意識を向ける。適度に筋肉もほぐれてきた。もう十分暖まっただろう。
相手に取って不足はねえ。どころか栄夕里に至っては、逆にこっちの力が試されているんじゃねえかと思うくらいだ。
練習試合前の景気付けになればと思って引き受けた試験官役だが、既にオレはかなりマジになっていた。
<バレーボール基礎知識>
・ダブルコンタクト
一人のプレイヤーが二度続けてボールに触れる反則。古くはドリブル、合わせてダブドリとも言います。
例えば、オーバーハンドにおいて、左右の指がボールに触れるタイミングがズレたとき(先に右手でボールを捉えて、そのあとから左手を添えるようにしてボールを飛ばす、など)や、
スパイクで、流れたトスを左手で押さえ、そのボールを右手で叩く、といったプレーは、ダブルコンタクトの反則を取られます。
ただし、ファーストタッチ(レシーブ)における偶然のダブルコンタクトは、許容されています。
例えば、アンダーハンドでレシーブしたときに、ボールの勢いが強過ぎて、腕に当たったボールがそのまま肩や胸などに当たってしまったとき。これは偶然のダブルコンタクトに該当するため、反則を取られません。
偶然のダブルコンタクトではない、と判断されるのは、例えば、アンダーハンドで軽く真上に上げたボールを、同じプレイヤーが続けてオーバーハンドで処理してチャンスボールにする、みたいなプレーです。二つ以上の動作でボールに連続で触れると、ファーストタッチでもダブルコンタクトを取られます。
この偶然のダブルコンタクトの許容は、アンダーハンドだけではなく、オーバーハンドでレシーブする際にも適用されます。変化の激しいサーブを受けるときに左右の指がボールに触れるタイミングが多少ズレてしまっても、それが一つの動作の範囲内なら反則にはなりません。
指の力に自信がある方は、積極的にオーバーハンドを使っていきましょう。




