17(希和) 跳躍
「よし、露木さん、今川さん、メンバーチェンジだ。瀬戸さん、西垣さん、行けるかな?」
待て待て! いや待て待て!
「どうした? 身体を暖めておくように言っただろう?」
しれっ、と言い放つ星賀志帆さん。確かに言われたけれども! と私は反抗する。
「身体を冷やすなって意味かと!」
「加熱と保温は全然違うぞ」
星賀さんは体育館の壁際に置いてあるポットを指差してそんなことを言う。くっ……言った言わないでは、実際に言われてしまっているので反論できない。となれば、
「西垣さんも、ほら、何か言って!」
「えっ?」
隣を振り返ると、西垣芹亜は腕を回したりジャンプしたりしていた。普通に乗り気だった。マジか。
「ああっ……もう、わかりましたよ」
西垣がやる気な以上、私も頷かざるをえない。星賀さんにツッコミを入れているうちに身体も暖まってしまった。これも計算尽くなら私が叶う相手じゃない。逆らうだけ無駄だ。
「ほら、チェンジだよ! そこの強いだけの役立たず二人! とっとと引っ込め!」
自棄気味に毒をまき散らしてみたが、露木凛々花と今川颯の二人は向こうの三つ編みの人の冷笑がよっぽど堪えたらしく、言われるがままとぼとぼとコートを出た。
ってちょっとあんたらっ!? 「うるさい! このままやらせろ!」的なのはないわけ!? 喜んで「どーぞどーぞ」する私の作戦が……。
「おー、意外とやる気やんか、瀬戸希和さん」
愉快そうに駆け寄ってくる栄夕里。なんてことだ……完全に自分で自分の首を絞めている。
「西垣さんも、よろしゅー」
「よろしくお願いします……。西垣芹亜です」
「栄夕里ですー。ほんで、西垣さんは初心者やってんな?」
「はい。あっ、でも、一応、体育でやったことあるので……ルールとかは、大丈夫」
「ほな、ポジションどーする?」
栄は私に振ってくる。私はぼさぼさの髪をさらにぼさつかせながら返す。
「栄は、そのままセッターお願い。私がライトで、西垣はレフト。レシーブは……まあ、私ができる限り取るわ。西垣は手が届きそうなものだけお願い」
大体のポジションは、こんな感じだ。
―――ネット―――
栄
西垣
瀬戸
―――――――――
「ええんちゃうかな。ほな、楽しんでいこかー」
「うんっ」
栄夕里と西垣芹亜は純粋に楽しそうだった。一方で、私はそこまでレクリエーション気分になれずにいた。今日はほとんど見学のつもりで来ただけだったし、あっちの短髪の目つき恐い人の腕もげそうなスパイクとか受けたくないし。
「おう、決まったかー!?」
向こうのサービスゾーンから、その短髪の人が声を掛けてくる。栄が手を振って「オーケーですー」と答える。私と西垣は所定の位置に散る。そして、主審の早鈴知沙さんが電子ホイッスルを鳴らす。
「っらあ、行くぞ!」
「「来ーい!」」
「こ、来ーい……」
小声でそう言いながら、無難に、無難に、無難に――と私は心の中で唱える。
ばしんっ、と放たれたサーブは、私のところへ。なんだかんだで気を遣ってくれたのか、そんなに難しいサーブじゃない。丁寧にやれば取れるはず――。
ばむっ、
とアンダーハンドでレシーブ。ボールは、この三対三で初めてまともに栄夕里に返った。ちょいレフト寄りのBカットだが、栄は「ナイスカットー!」と明るく言ってセットアップ。同時に西垣が右手を挙げる。
「レフトー」
えっ、打つ気なのか……と私は意外に思う。栄も一瞬不思議そうな顔をした。けど、すぐに切り替えて、西垣の呼び声に応じた。
「ほな行くでー、西垣さーん!」
「レフトー」
一度目とまったく同じトーンでのんびりと言う西垣(たぶん「レフトー」を「トス来ーい」くらいの意味で使っているのだ)。栄は地に足をつけたまま、しっかり狙いを定めて、しゅっ、と文句無しに美しいオーバーハンドで、レフトオープンを上げた。
見るからに打ちやすそうなボールが、ひゅるる、と放物線を描いてレフトへ飛んでいく。
それを見上げた西垣は、
「右……」
ぼそっ、とそう呟いて、ずんっ、と右足を踏み出す。
「左……」
また同じように呟いて、ずんっ、と今度は左足を出す。
その辺りで、おや――? と栄と相手セッターの三つ編みの人が目を細めた。私はまだ何が起こっているのかうまく飲み込めてない。
「両……っ」
ぐんっ、
と腕を背後に大きく振る西垣。そこで私もようやく気付く。
「足――!」
だだんっ、
跳躍。それはまさに空中に躍り出るようなジャンプだった。初心者っぽさ全開の、実戦ではまずありえないゆっくりとした踏み込みから、西垣は全身を使って跳び上がった。高さは十二分。タイミングもぴったりだ。腕もしっかり引かれている。あとは打つだけ――。
「えいっ」
そんな気の抜けるような掛け声に乗せて、
ばちんっ――!!
と、強烈なスパイクが放たれた。
あまりのことに誰も動けない。向こうの三つ編みの人が申し訳程度にブロックに跳んだくらい。けれど西垣の高さは圧倒的で、ほぼノーマークで打ち込まれたボールは、コート中央で跳ねて高々と舞い上がった。
「……ふむ」
総口ぽーかんの状況で、星賀さんだけが意味ありげにそう呟いた。そして、はらりっ、とスコアボードをめくる。
スコア、1―3。
「おっ! おお! おおおーお!?」
興奮気味に奇声を発したのは、栄夕里。
「すごいやん、西垣さん! キミほんまに初心者なん!?」
「えっ、う、うん……これくらいは、た、体育で……」
体育の授業だけで初心者がみんなこんなスパイクを打てるようになるんなら、私はバレー部辞めるね。
「あ、あと、栄さんのトス……すごく、打ちやすかった」
「そうかー? そらどーもー」
照れたように笑う栄夕里と、掴みどころのない笑みを浮かべる西垣芹亜。
私は横目でスコアボードを確認。1―3。
七点先取一セットマッチだから、普通の試合に置き換えれば、現状は第三セット目、19―21でサーブ権を得た場面ってことになる。
地力の差は明らかだから、何もしなければ一方的にやられておしまい。なら、いっそ――。
「……栄、ちょっといい?」
「およ? どないしたん?」
ボールを受け取ってサービスゾーンに向かう途中の栄を掴まえて、私はごにょごにょと耳打ちする。栄は私の話を聞き終えると、にんまり笑った。
「なんや、秘めたる闘志に火が点いてもーたん?」
「そんな大層なものじゃないわ」
もし火が点いているのだとすれば、たぶん、それはお尻にだ。
そう――全ては自衛のため。170を越えるアタッカーの殺人スパイクなんてまともに受けたくないし、土下座必至の冷笑&『目障り』のダブルパンチだって食らいたくない。
無難に、適当に、程よく、この場を乗り切るのだ。
「まっ、とにかく了解や。任せときー」
ぐっ、とサムアップして、サービスゾーンに向かう栄。私は相手コートに向き直り、棒立ちしている西垣に手頃な守備位置を指示してから、すうっ、と深呼吸。
私はエースの座なんてこれっぽっちも興味がない。しかし、経緯はともあれ、乗り掛かった船。せいぜい沈まない程度には足掻いてみましょうか。無難に無難に、ね。




