16(舞姫) 言い過ぎ
『はあ!? 明星学園と明正学園を間違えた!?』
携帯電話の向こうで、我らが三坂総合高校女子バレーボール部キャプテン・蒼木漣は驚き七割怒り三割くらいの叫び声を上げた。
「そうなのよ。私としたことがうっかりしてて」
『なんのためにお前を残したと思ってんだよ、舞姫……。で、明星にはいつ着くんだ?』
「ああ、そのことなのだけれど」
かくかくしかじかなのよ、と私は事の経緯を説明する。
『はあ!? 入部試験の手伝い!? いや、わけわからないこと言ってないでさっさと来いよ!!』
今度は驚き四割怒り六割くらいの叫び。
「もう了承してしまったし、着替えも済んでしまったから」
『練習試合はどうするんだよ!? 言っとくけどもうすぐ試合始まるからな!?』
「もちろん、そんなに長居するつもりはないわ」
『当たり前だ!!』
怒り十割。もはや叫びではなく怒鳴りだった。
「まあまあ。帰りにプリンおごってあげるから」
『ふざけるな! そこはドーナツだろ! チョココーティングのやつ!』
「じゃあ、先生にはうまく言っておいてね。よろしく、漣」
『怪我とかだけはするなよ! じゃあ、またあとで!』
「はーい」
漣とそんなやり取りを終えて、私は更衣室を出た。先にアップを始めるよう言って送り出した二年生の在原止水と小金井晶子は、他校の体育館であることを感じさせない馴染み具合でパスをやっていた。
私は準備体操をしつつ、明正学園女子バレーボール部のキャプテンであるという星賀志帆さんと打ち合わせがてら雑談をして、止水たちのアップに合流した。
そして、あれよあれよという間に三対三のミニゲームが始まった。
私たちの陣形は、前衛二人の後衛一人。こんな感じだ。
―――ネット―――
鴨志田
小金井
在原
―――――――――
相手の強打には、セッターの私とミドルブロッカーの晶子で二枚ブロック。強打がないと判断できる場合は、晶子は後衛に下がってレシーブ。攻撃役はレフトエースの止水メインで、晶子はサブ。可能なら速攻―平行のコンビを使っていきたいけれど、状況次第だろう。
あちらは黒髪タレ目の子がレフト、赤茶髪ツリ目の子がライト。二人はどちらも元レフトのウイングスパイカーで、ポジションは一点ごとに入れ替えする、というようなことを先程話していた。
セッターは、チョコレート髪に赤リボンの子。元セッターというには堂に入ったスパイクを打っていたが、彼女が中学時代にどういう役割だったのかは不明。
サーブ権はこちら。トップバッターは止水。構えはフローター。
やがて、びぃ、と電子ホイッスルが鳴る。
止水は一度深呼吸をしてから、基本に忠実なフォームでボールを打ち出した。
ばしんっ、と真芯で捉えたボールは、タレ目の子とツリ目の子の間くらいへ。
「「オーライ!!」」
二人揃って声を上げ、二人揃って落下点に動き出す。あらあら? と見守っていると、案の定『お見合い』ならぬ『お付き合い』をした。つまり、ボールを譲り合ってミスするのではなく、奪い合ってミスした。
スコア、0―1。
「あたしの邪魔はするなって言ったはずよね、今川颯っ!」
「お前こそ、なんでわたしのボールを横取りしようとするんだよ!」
「今のローテではあんたが攻撃役でしょ!? サーブカットは任せなさいよ!!」
「任せろって、お前サーブカット苦手だろ! わたしはこれくらいなら自分で取って打てるんだよ!!」
「はーい、喧嘩はそれくらいでなー」
赤リボンの子が二人を宥めつつボールを拾い、こっちに戻す。私はそれを受け取って、サービスゾーンにいる止水にパス。止水は拍子抜けな顔をしていたが、最初だから仕方ないか、と思ったのかすぐ調子を切り替えた。
「っらあ、もう一本!!」
「「さあ来おーい!!」」
声は変わらず元気な二人だった。ミスのことを引き摺っている様子はない。緊張しているわけでも萎縮しているわけでもない。パスやスパイクを見る限りでは、荒削りだけど、少し慣らせばうちでも即戦力としてベンチ入りできそうな子たち。
さっきのお付き合いは、余りあるやる気が空回りしたということで……次は期待していいのよね?
二人のポジションは入れ替わり、ツリ目の子がレフト、タレ目の子がライト。
ばしんっ、と打たれた止水のフローターは、またしても二人の間、ややツリ目の子寄り。
「任せろっ!」
そう言って落下点に走ったのは、タレ目の子。ツリ目の子もボールに反応していたが、さっきのお付き合いを思い出してか、今度は素直に譲った。レフトに大きく開くツリ目の子。私は晶子にブロックに入るようアイコンタクト。そして、タレ目の子がレシーブを、
「あっ……」
ごっ、と腕に当て損ねた。ボールがレフト側のツリ目の子のほうへ流れる。
「えっ!? どっ、この――」
打つ気満々だったツリ目の子は、急に自分のほうに飛んできたボールに戸惑い、慌ててアンダーハンドでカバー。ボールはタレ目の子の真上くらいに。タレ目の子はそれを強引に打ち、
ずざっ、
とネットに掛けた。それによって大きくたわんだ網が、ぺちっ、と私の頬を打つ。
スコア、0―2。
「ちょっと今川颯!? なにやってんの!? 得意のサーブカットでしょ!?」
「う、うるさい!! お前こそなんだ今の二段トスは!? 低いし雑だし打てたもんじゃないぞ!!」
「打てないなら打たなければよかったじゃない!!」
「トスが上がったらそりゃ打つだろ! わたしはエースなんだから!!」
「エースはあたしよ!! なに勝手に決めてんの!?」
「あのー? もしー? ご両人ー?」
ネットに掛かったボールを私に渡した赤リボンの子が、少し心配そうに二人に声をかけた。今にも相手に掴み掛かりそうな勢いで睨み合っていたツリ目の子とタレ目の子は、赤リボンの子の声掛けに反応して、多少の落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、もう線引くわよ! 真ん中の線ね! こっからそっちはあんた! こっちはあたし!」
「線上に来たボールは全部わたしが取るからな!」
「次はあたしが取るわよ! 守備役なんだから!」
どうやら話はまとまったらしく、二人は守備位置についた。止水は三度「行くぞ!!」と声を張り上げる。ただ、心なしか、回数を重ねるごとに止水の声は小さくなっているように思う。対して、向こうの二人の「さあ来い!!」はどんどん気迫を増している。これではどっちが勝っているのかわからない。
ばしんっ、と止水のフローター。今度は二人の間に打たず、ツリ目の子の守備範囲の中に打ち込んだ。当然ながら、ツリ目の子は真っ先に声を出し、素早く落下点へ入って、
「オーライオーライ! ……あっ」
がっ、とほぼ正面に来たボールをタレ目の子のほうに弾いた。
「なにやってんだよ、露木凛々花!?」
「う、うるさい!!」
さっきとはあべこべに、ツリ目の子のカットミスをタレ目の子が繋ぐ。そして、なんとか繋がったそのボールを、ツリ目の子が無理矢理強振。弾丸のようなスパイクは一直線に、
ずさっ、
とネットを直撃。それによって大きくたわんだ網がまたしても、ぺちっ、と私の頬を打つ。
スコア、0―3。
「おい、露木凛々花!! なんで打ったんだよ!? 明らかに無茶だろ!?」
「さ、さっきあんただって同じことやったじゃない!」
「にしても限度ってもんがあるだろ!?」
「トスを選んでちゃエースなんて務まらないでしょ!!」
「だからエースはわたしだって言ってるだろ!!」
「お、お二人さーん……!」
ボールを私に渡した赤リボンの子は、私と目が合うと、ぺこぺこ頭を下げながら慌てて二人の元へ走っていった。ツリ目の子とタレ目の子はまたエースが云々とぎゃあぎゃあ口論をしている。
うーん、どうしたものかしら……と、私は少しひりひりする頬を擦りながら思案する。
他校の新入生のことだから、と思って傍観していたけれど、私たちもボランティアで付き合っているわけではないのよね。この調子が続くと明正学園に留まった目的が果たせなくなってしまう。それは困るわ。
というわけで、ちょっとだけ。本当にちょっとだけ。うん、ちょっとだけ釘を刺しておきましょう。
「おいお前らっ! それくらいに――」
いつの間にか私の横に来ていた止水が、問題の二人に声を掛ける。私はその止水の言葉を遮るように、彼女の口元を手の甲で塞いだ。そして、止水に呼ばれて振り返った二人に、できるだけ愛想よく微笑む。
「露木さんと今川さん、でよかったわよね?」
「「は、はい」」
二人は私と目が合うと、狼狽えたように顔を強張らせた。私は微笑を保ち、できるだけ優しい声音で言う。
「やる気がないなら帰ってくださる? 目障りよ」
「「…………」」
ぴし、と表情が凍りつく二人。隣の止水がごくりと息を飲む。赤リボンの子も笑顔が引き攣っていた。後ろのほうで、はぁ、と晶子が溜息をつくのも聞こえる。
あらあら? おかしいわね。そんなにキツく言ったつもりはなかったのだけれど……。あっ、『帰れ』が言い過ぎだったのかしら。そうよね、今日が初対面の、しかも他校の新入生だものね。私たちは部外者なわけだし、『引っ込め』くらいにしておくべきだったわね、うん。
「ふむ。鴨志田さんの言う通りだ」
しみじみとそう言ったのは、明正学園のキャプテン、星賀志帆さん。
「よし、露木さん、今川さん、メンバーチェンジだ」
「「「えっ!?」」」
驚きの声を上げたのは、三人。露木さんと今川さんと、星賀さんの隣で観戦していた気怠げな子。
「瀬戸さん、西垣さん、行けるかな?」
ノーとは言わせぬ笑顔を、星賀さんは残る二人の新入生に向けた。




