13(希和) ウォームアップ
私にはちょっと理解できない酔狂な成り行きで、新歓イベントは大きく動き出した。
謎の三人組の登場で、十中八九ただの釣りだろと思っていた入部試験が本格的に実施されることになったのだ。
人数的に必要そうだったので、とりあえずやる気満々な三人――うち二人はまさかの『あの二人』だ――に付き合って、私もアップに混ざる。
バレーをするのは久しぶりだった。身体は固いし重い。それにボールが大きいし重い。けど、曲がりなりにも小四から続けてきただけあって、これが案外すぐに感覚が戻ってきた。パス程度ならどうということはない。
ぼむっ、ぼむっ、とアンダーハンド。久しぶりなので早くも腕が赤くなっている。
としゅ、としゅ、とオーバーハンド。高校生用の五号球の大きさと重さを感じる。
私のパスの相手である千川中のエース――今川颯も、最初はぎこちなかったが、段々とボールに慣れてきたようで、普通にパスを返してくるようになった。彼女の体格なら、かえって高校生用の五号球のほうがやりやすいんじゃないかと思う。
やがて、隣のコートから、ばちんっ、と力強いミート音が聞こえてくる。
謎の三人組が、対人レシーブを始めたのだ。レシーブ&トス役の二人と、スパイク役の一人に分かれ、スパイク役が打ち、レシーブ&トス役の片方が拾って片方がトスを返す、という練習。小気味よく打っては拾い、拾ってはトス、そして打ち――を繰り返している。
対人レシーブは上級者向けの練習メニューで、全員に標準以上の技術がないと成立しない。横目に見たところ、スパイク役の一番長身の人も、レシーブ&トス役の二人も、かなり上手い(レシーブ&トス役の片方――三つ編みの人は、トスする際にジャンプトスまでしていた。たぶんセッターなのだ)。
スパイクの音が聞こえるようになって、なんとなくアンダーハンドやオーバーハンドを続けるのも間が悪くなってきたと思い、私は一旦パスを打ち切った。ボールをキャッチすると、今川颯が不思議そうな顔で私を見てくる。
「こっちも肩を暖めるの。ちょっと離れて」
「あ、ああ……」
私たちはコートの端と端に(つまり九メートルほど離れて)立つ。私は、大きく肩を回すようにして、ボールを投げる。キャッチボールだ。
ボールをキャッチした今川颯に、私は『投げてこい』とジェスチャーする。今川颯はそこでようやく私の意図を察したらしく、私の動きを真似するようにボールを返してきた。何を戸惑うことがあるのだろう……と私は一瞬怪訝に思ったが、よくよく考えれば、基礎練習の流れは学校によって違うから、戸惑うのは当然と言えた。
ただ、私は小学生のときから『肩のウォームアップ=キャッチボールから』だったので、もうこの流れが完全に身体に染み付いている。別のやり方でアップをしたらたぶん変な感じがするだろう。
私と今川颯がキャッチボールを始めたのを見て、露木凛々花と栄夕里も同じようにキャッチボールを始めた。続いて、私が投げる腕を利き腕の右から逆手の左に切り替えると、露木たちもそれに倣った。いつの間にか私がアップの主導権を握ってしまっている。……まあ、いいか。
キャッチボールをある程度やったら、次は『叩き付けスパイク』。軽くドライブ回転を掛けつつボールを頭の上に投げ、それを利き手でスパイク。狙いはすぐ真下の床。
ばふっ、
と、少し外した音が響く。久しぶりならこんなものだ。
ワンバウンドしたボールは、ぽーん、と跳ね上がってちょうど今川颯のところに。
今川颯は少し驚いたような顔をした。そして、いかにも見よう見まねという感じで、ぎこちなく『叩き付けスパイク』をやった。
ごっ、
と手首にでも当たったらしい音。ボールはほぼ無回転で、跳ねた場所も私の足元近くだった。
ここで、私はようやく気付く。
「もしかして……こういう練習やったことない?」
今川颯は、ミートし損ねた掌を見つめながら、ぼそりと言った。
「……ちゃんとしたのはない」
「マジで……?」
じゃあ普段一体どういう練習してきたんだ。
「もしかして、露木さんも?」
今川颯の様子を見た栄夕里が、相方の露木に訊く。露木はそっぽを向いて答えた。
「来たトス打って決められれば、別に問題ないでしょ」
いや正論だけども。去年の地区予選で負けてる身としてはぐうの音も出ないけれども。
二人の様子を見た栄夕里はからからと笑って、ぐるりと肩を回す。
「ほな、もうネット使うて打とかー。試験官さん方もあったまったみたいやし」
ネットの向こうの三人に視線をやる栄夕里。向こうは対人レシーブを止めて、一番長身の目つきの恐い人が答える。
「オレらはいつでもいいぜ!」
すると、明正学園女子バレーボール部のキャプテンだという星賀志帆さんが進み出てきて、場を仕切る。
「では、新入生組と試験官組に分かれてスパイクを打とう。知沙と西垣さんは、済まないがボール止めをお願いする」
「はーい」
そこからは、既に話がついていたのか、星賀さんと向こうの三つ編みの人が、それぞれボール籠を傍らにネット際に立った。星賀さんがセンター付近、三つ編みの人がライト付近。つまり、私たちはレフトサイドから、向こうの人たちはセンターのややライト寄りから、スパイクを打つことになる。
ボール止め、との指示を受けたマネージャーの早鈴知沙さんと西垣芹亜は、星賀さんと三つ編みの人のネットを挟んで反対側に立つ。二人の役目は、ボールがスパイカーの足元に転がっていかないように止めることだ。打ったボールの大半は、エンドライン向こうの壁際に溜まるが、たまに勢いよく撥ねたボールがスパイカーのところまで戻ってくることがある。バレーの怪我で一番多いのがスパイクやブロックの着地際における捻挫なので、それを未然に防ぐための、これはとても大事な役目だ。
というわけで、スパイク練習が始まる。
「おっしゃあ、一本お願いします!!」
全員が配置に付いた直後に、迫力のある声が上がる。向こうの一番長身の人だ。セッターの位置にいる三つ編みの人が山なりのボールを彼女に投げる。長身の人は、それをオーバーハンドでセッターに返す。三つ編みの人はやっぱりセッターだったようで、返ってきたボールを慣れた様子でジャンプトス。セミオープンのトスを上げる。長身の人はそれを、
「っらあああ!!」
――ばちんっ!
と、ネットなんて存在しないんじゃないかってくらいの角度でコートに叩き付けた。ネットの反対側にいた早鈴さんがたまらず「ひゃっ!?」と頭を抱えてうずくまる。
……っていうか、やっば、あの人滅茶苦茶強いんだけど。
「よーし、こっちも負けてられへんなー! ほな、トップバッター行かせていただきます!」
呆然とする私の前で、栄夕里がアタックライン付近に立って左手を挙げた。星賀さんは「こっちは直接投げるよ。それと、全部オープンだから」と断って、栄もそれに「はーい」と応じる。
そして、星賀さんが、ぽーん、とボールを高めに投げる。
栄夕里をそれを見て、タイミングを計り、たっ、と助走に入る。
とりあえず思ったのは――とにかくフォームが綺麗。
左打ちの栄にとっては打ちにくいはずのレフトサイドからの攻撃。しかし、栄はまったく苦にすることなく、たたんっ、と滑らかに且つ軽やかに跳び上がり、ぱちんっ、とジャストミートのスパイクをクロスいっぱいに決めた。
……こいつは洒落にならないレベルで上手い。パスを見たときから薄々思っていたことだが、確信に変わった。
「お願いしますっ!」
さて、お次は露木凛々花。
去年の県庁地区一位、米沢中のエース。
星賀さんがボールを投げる。露木は力強く床を蹴る。栄に比べるとフォームは粗いが、すぐに、そんな細かいことはどうでもいいか、という気分になる。
スーパーボールのように躍動感のある踏み込みから、ぐんっ、と全身を使って高々とジャンプする露木。
陳腐な表現だけれど、こいつは本当に、羽が生えたかのように高く跳ぶ。
――だんっ!
高い打点で捉えたボールは、ジャストミートしていないにもかかわらず、コート中央で跳ねた。
米沢中の〝薄明の英雄〟――目の前で見てようやく、こいつがあの露木凛々花なのだと、頭ではなく身体が思い出す。
「一本、お願いします!」
そして、三番手、今川颯。
去年の県庁地区二位、千川中のエース。
星賀さんがボールを投げる。今川颯は、トスを見て、若干その場で溜める。ゆったりとしたリズムで助走する露木と違い、今川のそれは急だ。ネットを挟んで見ると、まるで短距離走の選手が目の前に突っ込んでくるみたいに感じる。
やがて、今川は、今川の中で「ここだ」と思うタイミングで踏み切りを始める。
一陣の風のように、というとやはり陳腐かもしれないが、こいつは本当に速く跳ぶのだ。
――だんっ!
露木と同じく白帯の遥か上から打ち込んだボールは、やはりコート中央辺りで跳ねた。
千川中の〝黎明の風雲〟――露木が露木であったように、こいつもまた、まごうことなくあの今川颯なのだ。
露木と今川のスパイクを見た栄や星賀さん、それに向こうの人たちまでもが「ほー」とか「へえ」とか口々に呟く。
……非常に、あとに続きにくい。
「お、お願いします……」
四番手は、私。
去年の県庁地区三位、和田中出身の、特にエースとかそういうのではない、しがないライトアタッカー。
高校生の高さで打つのは、これが初めて。
星賀さんがボールを投げる。無難に無難に……と思いながら踏み込んで、本当に無難に、べしっ、と無難なスパイクを打った。
どよめき的なものは起こらない。星賀さんに微笑まれたくらいだ。
いや、比較対象のレベルが高過ぎますって、マジ。
と、かくして一通り全員が全員の感じを掴んだところで(試験官チームのすらっとした人は私が打っている間にこれまた見事な速攻を打ち込んでいた。たぶんミドルブロッカーなのだろう)、二週目からはテンポよく打っていく。向こうのコートにどんどん散らばっていくボール。やがて籠が空になったら全員で球拾いをして、再び籠が空になるまで打つ――。
そうして二度目の球拾いが終わったところで、ぱちんっ、と星賀さんが手を叩いた。
「それではこれより、明正学園女子バレーボール部の入部試験を開始する!」
あっ、やっぱ本当にやるんだ……。




