10(知沙) 自己紹介
現在時刻は、10時ジャスト。
挑戦券を持った五人の新入生は、一人も欠けることなく、定刻の五分前に揃って体育館へと現れた。
ネットを張り終え、志帆ちゃんと柔軟体操をしていた私は、その新入生五人の姿を見て、何はともあれその身長に驚いた。
全員が全員、私と志帆ちゃんが見上げるほどに、背が高い。
具体的には、160台二人、170台三人だ。
超大型新人の登場に開いた口が塞がらない私。一方、志帆ちゃんはすぐに切り替えてにこやかに新入生たちを迎えた。
「ようこそ、女子バレーボール部へ。ひとまず着替えを済ませてしまおう。自己紹介はそのあとで」
そう言うと、志帆ちゃんは新入生を引き連れて更衣室へ向かった。151センチの志帆ちゃんだけれど、身長差についてはまったく意に介していないようだった。まあ、志帆ちゃんは先生やナナちゃんが相手でも気後れとかしないから当然と言えば当然か……。
そして、五分後。
志帆ちゃんと、学校指定のジャージに着替えた新入生たちが更衣室から戻ってきて、今に至る。
コートで円になっての、自己紹介。
まずはキャプテンの志帆ちゃん、次にマネージャーの私が簡単に挨拶し、そこからは時計回りに新入生が名乗りを上げていく。
「露木凛々花です。出身は米沢中。バレーは中学からで、レフトのウイングスパイカーをしていました」
一人目は、三人いる170台の子のうちの一人。気の強そうなツリ目と、彼女くらいの美貌でなければ許されない左のサイドテールが特徴的。髪は綺麗な赤茶色で、毛先にウェーブがかかっている。洋風美人って感じだ。
「栄夕里いいます。出身は隣の県で、親の都合で高校からこっちに通うことになりました。バレーは小学生のときからやってます。それと、利き手は左です。どうぞよろしゅー」
二人目は、独特のイントネーションで喋る、チョコレート色のショートヘアに赤いリボンの子。身長は160半ば。本人の申告に拠ればサウスポーらしい。雰囲気はふわっとしているが、その瞳の奥に油断ならない何かがあるような気がする。
「今川颯と言います。出身は千川中。バレーは中学からで、レフトのウイングスパイカーをやっていました」
三人目は、一人目の露木さんと同じくらいの身長の子。容姿は露木さんと対照的で、和風美人って感じだ。切れ味の鋭いタレ目が特徴的。しっとりとした長い黒髪は、右の顎の辺りで結ばれ、身体の前側を岩肌を滑る滝のように伝っている。
「瀬戸希和です。えー……出身は、和田中。バレーは小四からで、中学ではライトでした」
四人目は、五人の中で一番低い子(それでも160はある)。整った顔立ちをしているのに、天然パーマなのか寝癖なのかわからないぼさっとした黒髪のせいで、美人度が下がっている(たぶん敢えて容姿に気を使っていないのだろう。目にかかるくらい伸ばした前髪も、たぶん敢えてだ)。
「西垣……芹亜です。えっと……出身中学は、桜田第三です。バレーは……その、えっと、やったことないんですけど、やってみようというか、やってみたいと思いました」
五人目は、新入生の中で一番背の高い子。体格もさることながら、立ち姿が綺麗で、どことなく運動神経が良さそうなオーラがある。ただ、喋り方や雰囲気は意外にもどこか抜けた感じ。伸ばしている途中なのか、やや半端な長さの色の抜けた髪を、無造作に首の後ろでくくっている。
「露木凛々花さん、栄夕里さん、今川颯さん、瀬戸希和さん、西垣芹亜さん……ね。ありがとう」
確認の意味(主に私のためだ)も込めて、全員の名前を復唱する志帆ちゃん。予定では、ここから全員で柔軟をして、そのあとに簡単な練習(初心者にはレクチャー)、そして希望者には入部試験(合格しないと入部を認めないってわけではないので、実質的には腕試しと言うべきだろう)を受けてもらい、残った時間はお菓子パーティという流れになる。
メインはお菓子パーティだから、確かに、志帆ちゃんの言う通り、ナナちゃんが来れなくなっても、なんとかなってしまうのかもしれない。
ただ、一つ、誤算があった。
「それで、入部試験というのは!?」
ずいっ、と露木さんが志帆ちゃんの前に進み出る。
「一体何をするんですか!?」
ほぼ同時に、今川さんも志帆ちゃんの前に立つ。
「……ん?」
いきなり自身より20センチも高い二人に詰め寄られ、戸惑いを隠せない志帆ちゃん。私もどうしたらいいのかわからずおたおた、そうしているうちに露木さんと今川さんが睨み合いを始めて、今度はおろおろ。
何がどうなってるの……?
そう思っていたら、意外なところから助け舟が出された。
「はーい、そこまでやー、二人とも」
明るくそう言って露木さんと今川さんの間に割って入ったのは、隣の県から来たという栄さん。
栄さんは露木さんと今川さんの肩をぽんぽんと叩きながら、人懐っこい笑みを志帆ちゃんと私に向ける。
「驚かしてもーてすいません。この二人、なんやえろー仲が良いらしくて、入学式の日からずぅーっと勝負や勝負や言うてるんですよー」
「「仲は良くない!」」
「しかも、入部試験で負けたほうは入部を辞退するー、なんて決め事までしとるみたいなんですわ」
「えっ!?」
私は思わず声を上げてしまった。軽いお遊び要素として盛り込んだ入部試験が、まさか新入生同士の入部を賭けた勝負の場にされるなんて考えてもなかったからだ。
私は志帆ちゃんを見る。志帆ちゃんは困ったように微笑していた。
「なんとか言ったってくださいよー、先輩方」
にこやかに仲裁を頼み込む栄さん。その両隣では露木さんと今川さんが睨み合ってバチバチと火花を散らしている。とても「試験官が寝坊してるから入部試験は無しでそんなことよりみんなで楽しくお菓子パーティしようよ!」なんて言える雰囲気ではない。
「あっ、ちなみに、その入部試験の内容ってどんなものなんです? ウチも興味ありますわー」
にこにことそう言う栄さん。でも、よく見たら目が本気だった。この子もこの子で、目的はお菓子より入部試験にあるらしい。いや、やる気がある子は大歓迎だけれども。
(ど、どうするの、志帆ちゃん!?)
私は口パクで志帆ちゃんに訊く。志帆ちゃんは私の言いたいことを正確に理解して、微笑を返す。
(まあ、なんとかなるさ)
(ええっ!? 本当に!?)
「先輩方ー?」
不思議そうに首を傾げる栄さん。志帆ちゃんは、こほん、と咳払いをして、平常通りの落ち着いた調子で答えた。
「失礼、入部試験についてだったね。そう焦らずとも、内容はその時になったら説明するよ。というのも、実は試験官が少し遅れていてね。まあ、初心者の子もいるみたいだし、とりあえずはみんなで柔軟体操から始めるとしよう」
志帆ちゃんがそう言うと、栄さんは「はーい」と笑顔で頷いた。露木さんと今川さんも、志帆ちゃんに『諭された』と思ったのか、いがみ合うのをやめて大人しく引き下がった。
何気ない一幕だけれど、この丸め方はさすが志帆ちゃん、と言うべきだろう。
例えば私なら、考えなしに「実は試験官が遅れてて」などと最初に切り出して、興奮している露木さんと今川さんに「じゃあ試験はどうなるんですか!?」と詰問され、余計に状況をこじらせていたに違いない。
けれど、志帆ちゃんは今、ナナちゃん遅刻の事実を、あたかも二人を落ち着かせる方便のようなニュアンスで、『焦らずに』と『とりあえず柔軟体操から始めよう』の間に挟み込んだ。
こうされると、露木さんと今川さんはナナちゃん遅刻の事実に口を出しにくい。即座に突っかかれば『焦って』いることになるし、間を置いてから訊こうにも、志帆ちゃんの言葉のあとでは『とりあえず柔軟体操から』って流れになっているから、蒸し返しにくい。
「じゃあ、みんな、手を広げても隣とぶつからないくらいに広がって。まずは屈伸から」
志帆ちゃんの機転で一触即発の空気はひとまず鳴りを潜め、ごく普通の柔軟体操が始まる。
いちっ、にっ、さんっ、しっ――と声を揃え、身体をほぐしていく私たち。
まだお互い探り探りな雰囲気だけど、声を出して身体を動かしているうちに、少しずつ緊張もほぐれていく。
あとはナナちゃんが間に合って、露木さんと今川さんが仲直りしてくれればいいんだけど……。
なんて思っていた、その時だった。
――ばあんっ!
突如、体育館の扉が、勢い良く開けられた。
「すいません!! 遅れましたあ!!」
肩で息をしながら大声でそう言ったのは、見たことのない学校の制服を着た、髪の短い女の子。
…………って、誰っ!?




