9(止水) 寝坊
突然だが、オレたちは今、時間に追われている。
あるいは、時間が迫ってきている、というべきか。
ひどい挟み撃ちだ。勝ち目はない。逃げ場もない。為す術なんてあるはずない。
「舞姫さん! 今、何時っすか!?」
「んー、9時49分ね」
「あと十分――! おいっ、晶子、道わかったか!?」
「い、今調べてるですからっ! えっと……メイセイ学園メイセイ学園――あったです! こっちですっ!」
晶子は携帯の画面を見ながら、西口のほうへ向かう。オレは晶子の荷物を持ってその後に、舞姫さんは電話で話しながらオレの後に続く。
「あっ、もしもし、漣? うん、今、桜田駅。うん、はぁーい、うん、ごめんなさいねぇ。じゃ、またあとで」
電話を切った舞姫さん。オレは振り返って訊く。
「キャプテン、なんて?」
「先にアップ始めてるって。安全の範囲内でさっさと来い、だそうよ」
「ボール持ちじゃなくてマジよかったっすよ……」
「止水には前科があるものねぇ」
「いやいや!? 今回はオレじゃなくて晶子がっ!!」
「ボクのせいですか!? 止水も寝坊したからこうなったですよね!? あっ、ここ右に曲がるです!」
駅前の大通りを突き進むこと数分、交差点で晶子が立ち止まる。信号は全方向赤だ。
「この通りを突き当たりまで行った先に敷地があって、すぐ右手に正門があるみたいです」
身振りも加えて説明してくれる晶子。どうやら目的地は目と鼻の先にあるようだ。道のり的にもほぼ一本道。ここまで来たら迷うこともない。となれば、
「よっしゃ! アップがてら競争しようぜ!」
オレは息巻いてそう提案する。しかし、晶子は呆れ顔で、舞姫さんは苦笑いで言った。
「また止水はそういう……普通に危ないですよ」
「加速るのはコート内だけにしてね」
「ちぇー」
常識派の晶子と良識派の舞姫さんにノーを突きつけられ、オレは唇を尖らせる。これが翠さんかみまり辺りなら一も二もなく乗ってきてくれただろうに。残念だ。
信号が変わる。タイミング良くオレたちの進行方向が青になった。オレたち三人は、漣さんの指示通りに安全の範囲内で急ぐ。
月末のブロック大会地区予選へ向けた、最後の練習試合。その会場へと――。
「見えたっ!」
通りの突き当たりに小綺麗な校舎が目に入った瞬間、だっ、とオレは反射的に駆け出していた。
「だから走るなですよ、止水ー!」
「あらあら」
そんなことを言いながら、ついてくる晶子と舞姫さん。
オレは歩道や校門近くに車や人がいないのを確認しつつ、猛然とダッシュ。
正門を抜けて、さっと周囲を見回す。校舎と校舎の隙間の向こうに体育館らしき建物を発見。オレはさらに加速する。
「うおおおおおおっ!!」
「おい待つですってば、止水ー!!」
「あらあらあら」
制止の声を遠くに聞きながら、オレは真っ直ぐ体育館を目指し、ひた走る。
前だけを見て。
脇目も振らず。
おかげで、オレたちはとても重要な情報を見逃した。
登場人物の平均身長(第五章):167.2cm
<バレーボール基礎知識>
・『ボール持ち』について
大会や練習試合に行くときは、自校が所持している用具を部員が手分けして(あるいは顧問の先生が車で)会場まで持っていきます。
具体的には、ボール、ボール籠、ウォータージャグ(タンク)、スクイズボトル、救急箱、スコアブックなど。大会なら、横断幕なども持っていきます。
ボール持ち、とは、ボールを持っていく担当のことです。六個入りの専用の袋があるので、それに詰めて持っていきます。
このボール持ちが遅刻すると、当然ながら、とても困ったことになります。




