2(夕里) 腕時計
四月。
私立明正学園高校入学式、当日。
「あかん……早く着き過ぎてもうた」
桜田駅のホームに降り立ち、腕時計を確認して、独り言。
知らない土地やから、と思って気張った結果だった。周りを見ても、同じ制服を着ている子は一人もいない。心細い。
いや、いっぱいおっても、それはそれで心細い、か。
ここにウチの知り合いはいない。それもこれも父親の勤めていた会社が倒産したからだった。幸い再就職先の目処はすぐ立ったものの、勤務先は隣の県。ウチは急遽進学先の変更を余儀なくされた。
一応、一人残って寮っちゅー道もあった。せやけど、親を心配させたないし、将来的に見て桜田市は都心まで電車一本やし、これも天か何かの思し召しやろ、と思て友達と別れることを決めた。
と言っても、昨日もネットで話したし、そのときまでは、まだ別れた実感はなかったのだけれど。
今は……うん、少し、心細い。
元いた学校は大学附属の中高一貫校で、父親のことがあるまでは何の疑いもなく持ち上がると思っていた。
特に、あれだけ頑張ってきた部活――あの仲間と高校では一緒にプレーできないというのは、やっぱり寂しい。
って、あかんあかん! 今日は晴の入学式! 感傷的なんはなしなし!
「それに、勝ち続けて全国で対決ってのも燃えるやんな!」
駅のトイレの鏡の前で、そう宣言してみる。
チョコレート色のショートカットに、前髪の左側に結んだ赤いリボンがトレードマーク。ぱっちりお目めと、ちまい鼻。見慣れた自分の顔。
小振りな唇の端に指を当てて、にっ、と笑顔にしてみせる。
湿っぽい顔してたら、うまくいくもんもいかなくなってまうわ。
ついでに、とウチは身だしなみを整える。髪の毛とか、制服の襟元とか、家を出る前にチェックしたけれど、念のため。
そのとき、ふと、右手に巻いた真新しいアナログ時計に目がいく。なんとなく違和感を覚えて携帯の時刻と見比べると、五分も遅れていた。どういうことやと思ってよくよく見てみたら、竜頭が出ていて針そのものが止まっていた。さっき時間を確認した時に、袖かどこかに引っかけたんやと思われる。
ウチは携帯の時計を見ながら、今一度、秒単位で時刻を合わせる。
――かちっ。
時計は、再び正しい時を刻み始めた。
よし。これで、もうおかしなところは一つもないな。
そうと決まれば、ちょっと駅前の散策でもしよかー。
たっ、と足取り軽くトイレを飛び出して、ウチは中央改札を抜ける。西口を出て、高いビルに囲まれたロータリーを見回す。さすが県庁所在地だけあって開発が進んでいる。
ここが……これから三年間通う街か。
すうっ、と排気ガスの匂いのする空気を吸い込む。
今日は、入学式。
はてさて、どんな人と出会えるんやろな。
登場人物の平均身長(第五章):154.3cm




