123(真直) 駆け引き
前衛に上がった我らがエース――板野万里さんが決めて、同点。
序盤の藤本いちいさんの連続得点でリードされていたけれど、藤本さんが後衛に下がってから、どうにかこうにか追いついた。
藤本さんのいる館商との戦いに勝機を見出だすとすれば、彼女が後衛にいる間に、いかに粘り勝つか。尾崎玲子さんと斎藤明晞さんの両サイド攻撃は強力だけれど、こっちも、うちで最長身のミドルブロッカー・長谷川香弥ちゃんが、前衛で頑張ってくれている。
勝負になる。
勝ちの可能性が、ある。
スコア、7―7。
サーブはキャプテンの最上瑶子さん。考えの読めない顔で、相手コートを見つめている。
そのとき、ざわっ、と肌が粟立つのを感じた。
背筋が凍りそうになる。
身体が震え上がるほどの、恐怖。
何かが、誰かが、私を見ている。
咄嗟に視線をあちこちに動かす。そして、ほどなく、彼女と目が合った。
〝千紫万紅〟――藤本いちいさん。
彼女が、守備位置のBRから、じっと私を見据えていた。
何をする気……?
その疑問は、果たして、すぐに氷解する。
瑶子さんがサーブを放ち、それを斎藤さんがセッターに返した直後に、藤本さんが、踏み込みのタイミングを伺い始めたのだ。
やがて、セッターのセットアップと同時に、あの強烈なジャンプサーブと同様――力強く床を蹴って、大きく腕を振り、アタックラインへ迫る。
「っ……! バックアタック!!」
私の声で、前衛の三人が藤本さんの動きに気付く。かと言って、今の館商は三枚攻撃――しかも両サイドアタッカーがエース級という布陣。バックにまで気を回している余裕はない。
藤本さんはセンターの宝円寺さんとほぼ同じタイミングで迫ってきている。いわゆるパイプ攻撃――センター線の前後時間差――新人戦では見たことのない連携。
そして、トスは、ふっ、と藤本さんに上がった。
サイド攻撃を警戒して広がっていた万里さんと娃佳さんは間に合わない。まともに跳べるのは香弥ちゃん一枚。
どこだ……? どこに打ってくる? 何をやってくる――!?
私は全身全霊で藤本さんの動きを読む。香弥ちゃんのブロックに当てて後ろへ吹き飛ばすつもりなのか、クロスへ打ち込んでくるのか、それともストレートを抜いてくるのか、前にフェイントを落としてくるのか、それとももっと別の――。
ボールがトスされて、藤本さんが最高到達点でそれを捉える、ほんの僅かな時間。
藤本さんの意図を読もうと必死になって頭を働かせているうちに、はっ、と私は『そのこと』に気付いてしまった。
私がこうしてどこへ動くか決めようとしている――その私の動きを、考えを、藤本さんが、見ている。
読み合い、探り合い、押し引き、駆け引き……全国大会を経験し、数多の強敵を蹴散らしてきた藤本さんの次元は、私が足掻いてどうにかなる次元を遥かに超えている。
こっちの動きも考えも、何もかもが、見切られている。
藤本さんという怪物に触れようとした私は、そんな、絶望的な力の差を思い知った。
ダメだ……。
そんな思いが過って、足を止めてしまいそうになる。
どこへ動いても、取れっこない……。
考えることを止めてしまいそうになる。
……でも。
それでも――、
絶望に立ち向かわなければ、取れるものも取れないっ!
ぎりぎりまで迷って、私は右へ一歩踏み出す。クロスコース――!!
瞬間、藤本さんは、私の逆へ強烈なスパイクを放った。
――ばんっ!!
ボールが、誰も触れず私たちのコートに落ちたボールが、強く弾んで、そして、
ひゅっ、
と、私の視界の中、エンドラインを超えていく。
決勝戦が始まってからずっと守ってきた最終防衛線。
あの人からもらった私の紅が……突破された。
ごんっ!
すさまじい速さでコート後方の壁にぶつかったボールは、床を転がり、ころころと、私たちのコートまで戻ってくる。
呆然と立ち尽くし、それを見つめる私。そのとき、びりっ、と視線を感じて、向こうのコートに目をやった。
着地した藤本さんは、背筋をぴんと伸ばして、静かに、冷たく、私を見下ろしていた。
思わず、私は怪物から目を逸らしてしまいそうになる。けれど、それより早く、BRにいた瑶子さんが、私と藤本さんの間に割って入って、私の顔を正面から覗き込んだ。
「真直……」
「……瑶子さん、私――」
下を向きそうになる私の肩を、ぽんっ、と瑶子さんが叩いた。そして、瑶子さんは両手でTの字を作って、素早くベンチに視線を送る。
直後、主審が同じTの字のサインを作り、笛を鳴らす。
スコア、8―7。
決勝戦、最初のタイムアウトが取られた。




